第48話アオを追う者たち

 そこでは、Dクラス3名と黒風の旅団との苛烈な戦闘が佳境を迎えていた。


 無数の斬撃痕が道や建物の至る所に残る貧民街入り口付近で、ジュウベイは黒ローブの連中の最後の一人を倒す瞬間であった。


 「ふんっ!!」


 「ぐああああ!!」


 ジュウベイの一太刀が空を切ると、飛来する斬撃が男の体を吹き飛ばした。

 どさりと、道の真ん中で倒れ、意識を失った。その周りにも、同じようにジュウベイの刀の餌食になった者たちが累々と横たわってた。

 

 ヒューっと、風が吹き抜けると、その一帯で人の気配が消えていた。

 ジュウベイはここでの仕事を完遂したことを確認すると、刀を鞘に納めた。

 

 「ふぅ、これが最後か・・。なかなか、骨のある奴らだったが、もしかすると指定犯罪者組織だったのかもしれないな。」


 戦闘を終え満足げな顔で笑うジュウベイは、ベルベットの言う通り戦闘狂であることが伺えた。

 しかし、一人として息を絶えてる者はおらず、殺生は好まないのも彼の美徳か、はたまた気まぐれか、何よりジュウベイの戦闘力の高さは十分に発揮されたようだ。


 戦闘を終えて、気の抜いたジュウベイの視界から外れた建物の屋根に、息を潜めていた者がいた。

 黒風の旅団の一人だが、荒ぶる鬼神が油断する瞬間を待ち続けていた。弓を射るような態勢を取る。

 そして、今まさに一矢を報いる瞬間を得たと、魔術を放つ。

 

 「食らえ!!ファイヤアロー!!」


 ジュウベイへと繰り出された、右斜め後方からの奇襲。真紅に燃える炎の矢がお襲い掛かる。

 全く気付く様子の無いジュウベイ。不意打ちは成功したように見えた。

 

 「我は常世の神火を掌握する者。――永劫灼炎領域プロメテウス


 その詠唱が発せられると、ジュウベイに向かった火の矢が視えない壁に当たったかのように、空中で静止した。

 ジュウベイが後ろを向いて見えた光景は、ゆらゆらと浮いた炎がどこかへ飛んでいく瞬間だった。

 炎は呪文詠唱者の手元に飼いならされた獣のように留まった。


 「おいおい、最後まで気を抜くなって教えなかったか、ジュウベイ。」


 「ふん、援護がなくても今の攻撃くらい躱せたわ・・。」


 「ふっ。そりゃあ失敬したなぁ。・・・ま、無事でなによりだよ。」


 炎を遊ぶように指先で操るのは、レッドだった。

 レッドはジュウベイに降りかかる火の矢を自身の魔術で阻止すると、その炎を完全に支配していた。

 ジュウベイは強がっているが、死角からの奇襲に気づかなかったのも事実。まさに絶妙なタイミングでの援護であった。


 屋根の上でローブの男は唖然とする。当然のことだ、完全に裏を取った攻撃を防がれたのだから。

 しかも、自分の放った渾身の魔術が軽々と止められると、今まさにその男の指先でおもちゃのように転がされている。理解が追い付かず立ち尽くす。

 すると、レッドの視線が男の目と合う。余裕の笑みが男の恐怖を煽った。

 震える足が絡まって動けない。


 レッドは敵の位置を確認する。

 

 「あれか・・・。よしジュウベイ!今から特別講義だ。汎用魔術と固有魔術、系統が一緒の術式ならどちらが、より強力な魔術だと言えるでしょうか。」


 「なんだ、藪から棒に・・。ふん、そんなの決まっている。固有魔術だ。それぞれの魔術師が己の特徴に整合するように改良を重ねた魔術が、誰にでも使える魔術に劣るわけがない。」


 「ぶぶー、不正解!」


 「な、なにー!?」

 

 ジュウベイの答えを完全否定すると、ふて腐れるジュウベイを横目に、レッドは弓を射るように構えた。

 すると、先ほど奪った火はメラメラと形状を変え、レッドの伸ばした手のひらから大きな十字の弓を創り出した。

 その十字の交わる箇所で新たに輝く炎の矢が形成される。

 

 「いいか、二つの魔術に強弱の差はない。あるのは、勝者の数だけだ。確かに、おまえの言う通り、魔術師は己の資質に会った魔術の研究をしてきた。しかしそれだけで、汎用魔術が劣る理由にはならない。重要なのは練度だ・・。見てろ。これが、極めた汎用魔術の威力だ。」


 ようやく状況の最悪さを察したローブの男は、屋根の上を逆方向に走り出した。燃え上がる炎の矢が自身の創り出した魔術の比ではないと一目でわかった。

 

 去り行く背中をレッドの視線は逃さない。ロックオンを決めると弓を強く引っ張る。


 「ファイヤアロー!」


 勢いよく炎の矢が放たれた。凄まじい速度で、男のの横を通過した。その余波で男は屋根から吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた後、そのまま意識を刈り取られた。

 過ぎ去った炎の矢は、空高く舞い上がる。そして、レッドの指がパチンとなった。

 ドゴン!!

 空中で光が弾けると、爆音と熱風が押し寄せる。

 皮膚に刺さるような高温と、眩い光が魔術の範囲と威力を物語る。

  

 ジュウベイが口をぽかんと開けていると、肩をポンと叩かれた。


 「ま、魔術の講義はこの辺で。他の奴らは、どこに行ったんだ?」


 「あ、ああ。この道の先に行ってるはずだ・・。」


 「そうか、じゃあ、俺らも向うぞー。」


 ジュウベイはだらりとした猫背を後ろから追いかける。

 目の前の男が確かに魔術学園の教師なんだと実感する瞬間だった。

 二人は、先を急ぐ。


 (この程度の連中なら、あいつらでもなんとかなるな・・・。)


 相手の力量が分かると、レッドは少し安堵する。

 しかし、この先でアオが相手をしたガリオについては知る由もなかった。

 

 

 ジュウベイの戦った道の先で、アサギとベルベットは既に敵を制圧しており、アサギの鎖でローブの連中を拘束している最中だった。

 アサギは顔を上げると、ベルベットの魔術で抉れた地面を見つめる。

 燦燦たる有様に、ため息をついた。


 「しっかしよ、おまえはいつもやり過ぎなんだよなぁ。こんな、荒らして、後始末のこと考えろよな。」

 「おまえだって、その鎖ブンブン振り回して、ぐちゃぐちゃにしてるじゃねえかよ!」

 「俺は、おまえと違って最小限に抑えてんだよ!」

 「同じだろうが!自分のこと棚に上げてんじゃねえよ!」 

 「なんだとぉ!?」

 「おお、やるかぁ!?」


 「・・・・何をやってるおまえらは・・。」

 「ま、いつも通りで、なによりだがな。」


 取っ組み合いが始まる寸前で、ジュウベイたちは追い着く。

 いつも通りの姿にレッドは胸を撫でおろした。

 間に立つようにジュウベイが言葉を挟むと、息を合わせたように二人はジュウベイに詰め寄った。 

 

 『だって、こいつが!』


 「・・・わかったから、落ち着け。・・・それで、アオはどこにいるんだ?」


 いつもの言い合いに後に来た二人は、ほっとするも、現状を把握するためにも喧嘩を仲裁する。

 アオの姿がないことを確認したジュウベイの問いに冷静になったアサギが答えた。


 「ふー。悪い、落ち着いた。アオは倉庫の方に向かったぜ。今頃アリスを助けてるんじゃないか。」


 「ってことは、アオ一人か・・・。」


 「まあ、あいつなら問題ないさ。・・・ってか、先生いんじゃん!あの二人は流石優秀だなぁ。それで、ライドとリーズレットは一緒じゃないのか?」


 「ああ、あの二人は俺を呼びに来た後に、騎士団を呼びにいった。アリスの体裁のこともあるから、到着する前に撤収しないとな・・。直ぐに見つけて――。」


 ドンッ!!


 レッドの言葉を遮るように轟音が響く。その音の方へ全員の視線が動く。遥か先。空中に光る何かが打ち上げられるのが見えた。

 それが空でピカッと光ると、大きく弾けた。音と風が勢いよく吹き抜けていった。

 かなり遠くで起きた出来事の余波がここまで届いた。レッドはその事象に焦りを覚える。


 「な、なんだ!?風の魔術か!?・・・おい、まさかあの爆発の方向にアオが向かった訳じゃないよな?」


 「え、ああ、そうだよ。・・・・まずいかな?」

 「まずいに決まってるだろ!!」

  

 レッドは、えへっと頭をかくアサギに、唖然とする。これは、洒落にならないとレッドの額に汗が滲む。

 先ほどのローブの連中ならまだしも、もし仮にこの規模の魔術を使う相手と相対していたらアオの身が危険なのは明白だと、感じ取ったのだ。


 「とにかく、急ぐぞ!!」


 レッドの言葉に3人は頷くと、急ぎ倉庫の方へと走り出した。

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