第47話蒼天に輝く

 凄まじい速度の拳が、アオの眼前に近づく。アオの眼には目の前の拳に込められた高密度の魔力が映る。瞬時にアオは自身と同じ肉体強化による、近接戦闘を得意とした魔術師だと判断した。

 

 ふわりとアオは身体を反らす。ガリオの右拳は流れるように後方へ向かう。ゆっくりとした体感時間の中でアオは改めてガリオの魔力を視る。


 (高濃度の魔力が腕に込められている・・。魔力が外に漏れ出すほどだ・・。これを直接受けるのはまだ今の段階では難しいか・・。)


 ふと視界にガリオの顔が映る。そこには、不敵に笑みをこぼした男の姿だった。その瞬間、ガリオの腕の周りの魔力が揺らぐ。

 

 「くッ!?」


 ヒュンッ!

 風を切るような音に気づいた時にはすでに攻撃を受けていた。アオの頬からタラリと紅い雫が流れる。

 すぐに態勢を立て直すために、後方へ下がる。視線を上げると、余裕の顔のガリオが見えた。

 

 (なんだ今のは・・・。攻撃は避けたはずだ。なのにこれは・・・一体なんだ。)

 

 「はっ!よく避けたな。無理やり受けるんじゃなくて、あれを躱す反射速度は、なかなかのもんだなぁ。だが、まだまだこれからが本番だぜぇ!!」


 地面を蹴り一気に間合いを詰めるガリオ。ガリオのラッシュが始まる。

 アオは、先ほどの攻撃のカラクリが分からない以上、攻撃を躱し続けるしかない。寸でのところで拳を避ける。しかし、同様に躱した後に来る、不可避の攻撃が襲い掛かる。

 スパッと、服や表皮を切り傷のように裂いていく。一撃一撃が大きなダメージではないが、それでも防戦一方で息も上がってくる。

 

 (あの攻撃が分からない、一瞬魔力が揺らいだように見えたが・・。攻撃の正体が分からなければ、反撃のしようもない・・。)

 

 紙一重の回避をしながら、アオは必死に思考する。眼力を最大限使うも、高速戦闘下でははっきりと魔力の流れが視えないでいた。

 

 ガリオの拳が正面から来るのを、アオは安直に横に避ける。しかし、ピタっと拳は空中で止まると、ダリオの軸足がくるりと回転する。

  

 (しまった!)


 「もらったぁ!!」


 ガリオは身体を反転せると、アオ目掛けて渾身の一撃を放つ。

 アオはフェイントの初撃を避けたことで、続く二撃は腕を十字に構えて、ガードで受けるしかなかった。

 ドゴンッ!!

 鈍い音がアオの左腕に響くと、拳が触れた箇所がズタズタに裂けていく。

 その瞬間を、アオの両眼が確かに捉えた。

 

 ガリオの攻撃の流れに合わせるように、アオの体は後方へと飛ばされる。

 地面を擦りながらなんとか着地した。

 アオの左腕の跡が、攻撃の威力を物語る。服を裂き、表皮はボロボロになり、血が滲み出ていた。


 (やはり、凄まじい威力だ・・。後方への体重移動と防御術式が、あと少し間に合わなければ骨を砕かれていた。・・・しかし、お陰でようやく正体がわかった。)


 眼前の標的に攻撃がヒットし、満足げな表情をするガリオ。致命を与える傷ではないが、傍から見れば、攻勢なのはガリオと言わざるを得ない。

 

 「どうだい俺の一撃、結構効くだろ?しかし、褒めてやるよ。顔面を砕きにいったが、良くガードを間に合わせたなぁ。だが、じり貧だな兄ちゃん。こりゃあ、兄ちゃんが俺の拳で立てなくなるまで、時間の問題だなぁ?」


 にやけるガリオの言葉は尤もだった。アオは攻撃を何とか防いだものの、これを繰り返されれば敗北は必至。暗雲が立ち込めるかと思われた。

 しかし、アオの表情は焦りなどは浮かべていなかった。むしろ、戦闘が始まって一番余裕の風格をみせていた。

 骨には至っていないが、左手のダメージは相当なものだ。それでもアオから苦悶の気配がないことに、ガリオの目が少し吊り上がる。


 「確かに、あなたの攻撃は強烈だ。そして、素晴らしい魔力コントロールだ。私がここに来て戦った相手の中で圧倒的強者です。・・・ですが、今後あなたの拳が私にダメージを与えることはないでしょう。」


 「は?何言ってんだ・・・。もうダメージは与えられない?・・ハハハハハ!!たった今食らっといてよくそんな大口叩けるなぁ?どうした、さっきの衝撃で頭までイカレちまったか?」


 それでも、アオの表情は揺らがない。確かな自信のもとにその発言をしていた。

 ガリオは、妄言だと思いつつも、集中力は絶やさない。実戦経験済みの魔術師であるガリオは、軽口を叩きつつも、負け筋の可能性を脳裏で消さない精神力を有していた。

 拳に魔力を籠める。今までよりもより濃密に。やっかいな不安を拭うには早期の決着が最適解と判断したダリオは、次の攻勢で勝負を決めるつもりだ。


 「いいぜ、そんなに言うなら試してみろよ。ご自慢のその動きで俺を捉えられるならなっ!!」


 ガリオの猛攻がアオを襲う。速度も上がり、拳が空を切るたびに、その空気を裂く音が、格段に上がった攻撃の威力を物語る。

 ガリオの中で、拳を躱されるのは計算通りである。その後の不可視の攻撃さえ当たれば、勝機は見えてくるからだ。

 しかし、異変に気付く。先ほどまで当たっていた追撃が掠りもしない。

 ガリオの額に汗が流れる。


 (攻撃が当たらねえ・・。さっきよりも速さも威力も上げてるのに、あいつに掠りともしない。いや、当たってる感触はある・・。なのに、ダメージが入らねえ・・。ちっ、埒が明かねえ、不意打ちでかますしかねえな。)


 焦りの表情を浮かべつつも、ガリオは冷静に一歩下がる。そして、足元に魔力を集中させると再度アオとの間合いを詰める。

 刹那、アオの寸前で地面を蹴りあげると、姿がかき消える。

 

 後ろにいたアリスの目にはその動きが見えていた。高速で移動したガリオがアオの背中を取っていたことを。

 声にならない叫びで必死に訴えるもアオには届かない。


 (取った・・。逝ねや!!)


 ダリオの拳が無防備なアオの背中に突き刺さる。


 ドゴン!!!


 轟音が鳴り響く。手ごたえあり。ガリオは確信した、はずだった。

 アオに突き刺さったはずの拳が微動だにしない。

 その理由は眼前にあった。アオの右手が掠り傷一つなく、ガリオの拳を受け止めていたのだ。

 ガリオは驚愕の表情でアオを見ると、その顔は一切の変化もなく冷静そのものだった。


 「ば、馬鹿な!不意打ちで、しかも直撃だぞ!!どうして、無傷で受け止められる!?」


 「いいでしょう、お教えします、なぜ私が無傷なのかを・・。まず、あなたの拳の周りには、目に見えない風の刃が展開していた。この刃が打ち込みの瞬間にしか発現しないことから、認識するのに時間がかかってしまった。しかし、先ほどあなたの攻撃を受けた時に確認できました。そして、あなたの動きにも慣れた。落ち着いていれば、刃が私の体に触れる瞬間に、一点集中で防御術式を展開すれば、無傷での対処は容易でしょう。」


 ガリオは図星を付かれたように唖然とする。

 アオの眼には、最初から不自然に揺らぐ魔力の流れが視えていた。しかし、高速戦闘の中それを細部まで確認できずにいた。それを、先刻のガリオの一撃を受けた時にはっきりと両眼に捉えた。

 アオの腕に拳が触れた時、揺れる魔力が刃の形状に変わると、アオの左腕を斬撃で切り裂いたのだ。

 打ち込みの瞬間、それも戦闘中に風の刃を生成するだけのガリオの魔力コントロールは、称賛に値する。ゆえに、アオはガリオを褒めていたのだった。

 しかし、それを上回るほどの速度で防御を展開するアオが一枚上手だった、ということだった。

 

 ガリオが初めて集中力を欠いた瞬間をアオは見逃さない。掴んだ拳を勢い良く引っ張ると、続けざまに左の肘打ちを腹部にきめる。


 「ぐはっ!!」


 ガリオは、倉庫の扉の前まで飛ばされると、悶絶して蹲る。

 アオは、尽かさず間合いを詰めるため、地面を蹴りあげた。


 「ウィンドウォール!!」


 接近を感じとったガリオは、風の防壁を展開した。アオとガリオの間を完全に隔てた。

 アオは直前で止まると舌打ちする。完全に前方が見えなくなるほどの分厚い風の障壁がアオの進攻を防いだ。

 

 (咄嗟の魔術でこの練度・・。突破するにはリスクが高い。それに、超えた先でカウンターを狙ってる可能性もある・・。このまま、逃げてくれれば、アリスを救うことはできるが・・・どうする・・。)   


 ガリオは、ふらふらと立ち上がる。息を荒げて、アオが追撃してこないのを確認する。


 (なんて一撃だ。次食らったら意識を保てる自身がねえ・・。俺の攻撃のタネもバレてる。やはり、魔力を視る眼があるんだ・・。くそっ、どうなってるんだ、落ちこぼれクラスじゃなかったのか・・。まさか、あれが後世の十光剣候補と謂われるSクラスなのか!?・・・いや、今は考えても仕方ない・・。もう、俺の攻撃は当たらねえ・・。でも、この位置なら。あいつは避けられねえはずだ。)


 ガリオは体内の魔力を一気に高める。

 その気配をアオも感じ取る。防壁の先で高密度の魔力が一点に集まるのが視えた。

 

 (何をする気だ・・。もう、あの拳は私には当たらない・。相手もわかっているはずだ・・・。はっ!この位置、まさか!?)


 アオは咄嗟に後ろを振り向く。そこには真っすぐの瞳でアオを見つめるアリスの姿があった。

 ガリオとアオとアリスが一直線に並ぶこの位置。ガリオの狙いをアオは理解した。

 

 (私が避けられないのをわかって、魔術を放つつもりだ・・。あの魔力量、間違いなく最高威力で飛んでくる。今の私で受け止められるのか・・。いや、受け止めなくては、アリスが連れ去られるんだぞ・・。今、約束を果たさなくていつ果たすんだ!)


 アオの記憶。アイリスとの約束。必ず、アリスを守ること。アオの覚悟が決まる。


 ガリオは魔力を両手の中心に溜めると、そこに乱気流の渦が生まれる。

 その乱気流が密度を増すと、超圧縮した風の弾が生成された。


 「荒ぶる風よ、空を切り裂き大地を穿ちて、その真価を示せ。」


 アオは荒ぶる嵐の防壁越しで、ガリオの魔術が完成するのを確認する。

 息を大きく吐き、体の力を抜く。そして、イメージする。目の前の魔力量に耐えうるだけの強化された自分自身を、それを形にするために。

 

 (イメージしろ、最硬の自分を。形作れ、最強の盾を。・・・私は、なんだ?・・・世界を蹂躙した最強の竜だっただろう!)


 脳裏に浮かぶのは、巨大な翼を持つ蒼き竜だった。その牙は全てを砕き、その爪は天地を切り裂く。そして、その鱗は如何なる攻撃も通さない無敵の盾。


 ガリオとアオを隔てた風の壁が開かれると、アオの視界に小さな嵐の球体が映る。

 

 「全てを壊せ!――破壊する嵐の咆哮アネモスカタストロフ!!」


 渾身の一撃。全てを破壊する嵐の咆哮が放たれた。空気を裂きながら一直線にアオのもとに飛んでいく。

 アオは両手を前に出す。そして、一気に神聖力を両腕に集中させた。

 

 「これは鱗。アリスを守る私の盾だ・・・。――蒼白竜鱗ドラゴエスクド

 

 神聖術を発動させると、アオの腕が一瞬蒼くステンドガラスのように輝く。

 そして、嵐の咆哮を両手で受け止めると、アオのすぐ真後ろ以外に暴風が吹き荒れる。

 ガシャガシャと周りの物を弾き飛ばす。倉庫に嵐が吹き荒れた。

 アオは、足元の集中を切らすと弾き飛ばされそうになるのを、必死で耐える。

 しかし、思った以上の威力にアオの鱗が剝がされていく。絢爛と鱗の破片が宙を舞う。


 (このままでは・・・・。)


 その時、アオは視線に気づく。アリスだ。アオは背中を見つめるアリスの気配を感じ取った。

 負けられない。ここで、抑えなければアリスは死ぬ。その威力がこの魔術にはあった。

 ふと、走馬灯のように思い出したのは、幼きアリスではなく、必死に剣を振るう今のアリスだった。


 (ああ、よかった・・。私もちゃんと前を向いているんだ・・。アリスに伝えたい。私は今のアリスと一緒にいたいのだと・・。そのために、私は負けられない!!)


 アオの神聖力が爆発する。破損した鱗が再構築されると、堅牢な両手が嵐の球体をしっかりと掴んだ。そして、徐々に手を上へと掲げる。


 「はあああああああ!!!!」


 両足を地面に埋め込むほど踏ん張りをきかせ、嵐の咆哮をそのまま上方へと飛ばす。

 咆哮は天井を突き破ると、巨大な穴を創り出した。そして、倉庫の上空へと吹き飛ばされると、ピカッと光を弾かせて一気に拡散した。

 上空からの爆風が貧民街に吹き荒れる。爆音と風圧が辺りにいた者の視線を奪った。

 

 嵐が吹き止むと、天井から差し込んだ光がアオの周りを舞う粉塵で反射した。

 ガリオはだらんと力なく腕を降ろす。勝てない。自身の誇る最強の魔術を防いだ眼前の少年に、恐怖と焦燥を覚えた。


 ゆっくりとアオはガリオの距離を詰める。

 はっと、意識を戻すようにガリオは近づく厄災への対処で頭を巡らせる。震える身体で得た答えは、命乞いだった。


 「ま、待ってくれ!!おまえの目的も金なんだろ?金が欲しくて嬢ちゃんを助けに来たんだろ?・・無能とはいえ三大名家だ。貴族の報奨金が欲しくてここまで来たんだよな?」


 ピクっと、アオの動きが止まる。

 その動作で、ガリオ自身の予想が的中したと思った。

 少し勢いを増した声で続ける。


 「そ、そりゃそうだよなぁ。同じ学園とはいえ、こんな無能で家柄しか取り柄の無いガキを、無償で救いになんて来ないよなぁ・・。俺の依頼主は多額の報酬を用意している。おまえもきっと満足のいく額だ。いい案がある、その報酬全部おまえにやる!だから、ここは見逃してくれねえか?」


 アオは下を向くと体を震わせた。

 眼前の男の言葉全てに憤怒しか湧き起こらなかったからだ。


 アオの瞼の裏に、剣を振るうアリスが蘇る。雨の日も、朝も夕も、一日ただ剣術を磨くために捧げる日々。いつも馬鹿にされ、誰かに認められることもない日々。気づいてやらなければ、誰にも理解されないその信念。

 全てが、アオの中でアリスとして大切に映った姿だ。それを、ガリオは否定した。いや否定すらしていない。何も見ていないのに勝手にアリスを推し量り、侮辱したのだ。その上、金銭目的だと勝手に決めつけもした。

 アオも、まだ完全にアリスを理解したわけじゃない。それでも、アリスを虚仮にした男に怒りをむき出しにするほどには知っている。アリスが何の取柄もない少女でないことを。


 「なあ、いい案だろ?」


 「黙れ・・・。」


 「はい?」


 アオはガリオの言葉を聞くや否や、一瞬で間合いを詰める。

 ガリオの震える身体から大量の汗が流れ。目の前の怒髪天の強者に取り次ぐ言葉を懸命に探す。

 

 ぐっと、アオは右手に力を籠める。青白く光る拳に神聖力が集まる


 (この一撃は、私のわがままだ。でも、ここで出す拳でなければ、私が生きる意味などない。)


 「ま、待て、話を聞け!頼む、助けてくれ!そ、そうだ、あのガキはおまえにやるよ。俺が依頼主に言っておけばいいんだ、あんな無能、引き取る価値なんてないってな!そうだ、いい案だろ!?」


 全てが逆効果だった。怒りの全てを右拳に乗せて、最後の命乞いをするガリオの顔面目掛けて振り抜かれる。

 

 「何も知らないくせに、アリスを語るなああああああ!!」


 破滅の一撃。アオの右拳はガリオの顔面をぐにゃりと凹ませると、胴体ごと後方へ吹き飛ばした。

 ガリオは倉庫の外へ一直線に飛ぶと、向かいの倉庫の扉を突き破り、その倉庫の後方の壁に激突した。

 殴られた瞬間に意識は消え去り、人形のようにだらりと、地面に倒れた。


 天井から差し込まれた光に照らされたアオの姿が、アリスの目に映った。

 全てを否定してくれた。あの男の放った言葉の全てを、ただアリスのために。

 アリスは大粒の涙を流しながら、その背中を見つめる。


 (ああ、アオ・・・ありがとう・・・。)


 アオは高々に右拳を天に掲げた。

 倉庫の中の一騎打ちはアオの勝利で終わった。

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