第46話一騎当千

 王都上空。それも貧民街の真上を滑空するように、ただ真っすぐに飛ぶ者がいた。

 アオは、アサギの鎖で前方に投げ飛ばされると、その勢いのまま空中を裂いて進む。体を直線にして飛ぶ姿は、射られた矢のようだ。

 アオの前方に、倉庫地帯が広がる。いくつも並べられた倉庫の前に降り立った。


 ドゴッ!!

 地面に強引に着地すると、アオは周囲をすぐに見渡した。上空で見た通り倉庫の群れ。それも、一つ一つに大きな差はなく統一された造りであった。

 目立つ倉庫など当然なく、一つ一つ探すほかなかった。

 アオは、一つ目の倉庫の前に立つ。倉庫を開けようとするも、厳重に鍵が掛けられていて開かない。

 アオは、息を大きく吐くと、拳を構えた。


 「緊急事態です・・・。お許しください!」


 謝りながら、アオの拳が扉をべっこり凹ませると、ドアは上から倒れる。鍵を探す余裕などなかった。強引とはいえ最善の方法だと、アオは無理やりに思い込む。

 

 急ぎ中を確認するが、誰もいない。何の変哲もない物置だ。

 舌打ちをすると、アオは隣の倉庫へ走る。そして、こじ開ける。確認する。次の扉へ行く。

 これを幾度も繰り返す。いったいどれだけの扉を破壊しただろうか、わからない。

 扉を破壊する善悪の葛藤よりも、アリスを心配する気持ちの方がアオの頭を占有していた。

 

 そして次の扉へと向かうアオ。扉の前に立つと、中から笑い声が聞こえた。アリスの声では当然なかったが、最早そんなことどうだって構わない。

 アオがいつも通り冷静であれば、アリスがどんな状況かを予測して扉を開ける方法を考える。しかし、今のアオにその思考力は働かない。アリスを助ける。その想いが拳を走らせた。


 轟音とともに扉が倒れる。中にいたのはしっかり確認するまでもなく、道中何度も衝突したローブの連中だった。ビンゴ。ここが、アリスの捕まった場所だとアオは直観する。

 視線を前に送ると、アオの眼に影が映る。アリスだ。縄で縛られ自由を奪われたアリスが、倒れていた。

 そんな、状態が霞むほど、アオの瞳に衝撃の光景が入り込む。

 アリスが泣いていた。涙を流していたのだ。

 アオは驚愕する。アリスが、学園で、誰かの前で涙を流した所を見たことなどなかったからだ。例え、大衆の前で敗北しても、例え、誰かに賞賛されることのない修練を続けても、決して泣くことなどなかったのだ。

 アリスの頬を涙が伝う。その姿を見たアオの感情が沸々と燃え上がる。


 ゆっくりと歩き出す。アリスを救うため。アリスを泣かす者たちを排除するために。

 

 ※※※※※※※※※※※※※※※


 「おい、止まれ!!」


 ガリオの言葉など耳には入らない。アオは悠々と闊歩する。ガリオ以外のローブの連中は、アオの殺気で佇むことしかできずにいた。アオは、歩きながら周りのローブの連中の位置と数を素早く把握した。

 

 言うことを聞かない侵入者に苛立つガリオ。腕を組んで構えていた。


 「ちっ!聞き分けのねえ野郎だなぁ!?・・もう、いいおまえら燃やせ・・。ここを見られて。ただで帰らせるわけにもいかねえからなぁ・・。」


 ガリオの指示で、ローブの連中は意識を取り戻したようにアオに敵意を向ける。

 その空気感がアオの足を止めた。

 そして、素早い詠唱と魔力操作で、連中は魔術を展開する。


 「ファイヤアロー!」

 「ショックウェーブ!」

 「アイスショット!」

 「ロックミサイル!」

 「サンダースティンガー!」


 魔術の嵐が巻き起こる。爆発の中心でアオの姿が消えた。

 アリスは身体を必死に動かして、アオの名を呼ぼうとするも声が出ない。

 

 ガリオは、爆発を目にして満足げに笑う。

 しかし、その笑顔はすぐに神妙な面持ちに変わる。

 

 爆風により上がった砂埃がおさまると視界がクリアになる。誰もが倒れ込むアオを予想した。

 しかし、そこには誰の姿もない。跡形もなく消え去っていたのだ。

 おかしい。ガリオの額に汗が垂れる。魔術の威力は申し分ない、たった一人を相手にするには過剰な威力だが、それでも木っ端微塵になるほどではなかった。

 

 アリスの瞳から大粒の涙が流れる。アオの姿が視界から消えて最悪の結果が頭をよぎる。絶望で俯いてしまう。――だが。

 

 「ぐああっ!!」


 突如、呻き声と一緒に、倉庫後方の壁に何かが激突する音が響き渡った。その場にいた全員が、音源の方を確認すると、ローブを着た一人が、めり込んだ壁の中から倒れ落ちる瞬間だった。

 何が起きたのかそれはすぐにわかった。先ほどの魔術の爆心地から右斜め前方の場所で拳を前に突き出した状態でその原因が立っていた。

 アオは、襲い来る魔術の連鎖を回避すると、統率を失ったローブの一人を正拳突きで弾き飛ばしたのだ。

 

 慌てふためくローブの連中に対するアオの猛攻が始まる。

 集中力を欠いた連中の懐に入ると、次々と一撃を放つ。


 「ぐあっ!」

 「がああっ!」

 「うわああっ!」


 アオの俊敏な動きと、華麗な武術に為すすべなく攻撃を受ける連中に、ガリオが一喝する。


 「何してんだてめえら!!たった一人に臆してんじゃねぇ!!とっとと、燃やしやがれ!!」


 命令通りに魔力を溜めるローブの連中を、アオの眼が捉える。

 それぞれの魔力の流れ、兆候を把握すると、優先順位を決める。そして、魔術発動直前の相手から、線をなぞるように攻撃していく。

 それでも、魔術の発動を完全には防げない。遠方からの魔術に対しては、軽やかなステップで躱していく。回避と攻撃を冴えわたる思考で巧みに切り替えると、次々と相手を戦闘不能にしていった。

 

 攻撃が掠りもしないアオの動きに、ガリオは焦りの表情を浮かべていた。

 

 (なんなんだあいつ・・・。最初の魔術の時もそうだが、先読みが過ぎるぞ・・・。魔力の流れを見ているとしか思えない反射速度だ・・。ありえねえぞ、そんなことできる奴なんか、一人しかいねえだろ。極めつけにあの動き・・。なんの流派か知らねえが、並みじゃないほど洗練された武術だ。こりゃあ、こいつら程度じゃあ歯が立たねえな・・。)


 ガリオが思考を終える瞬間、最後の一人がガリオの顔すれすれを通り抜けて行った。ドカンと壁にローブの男がぶつかると、意識を失い地面に倒れる。

 ガリオの視線はアオから離れない。先ほどまでの余裕の笑みは消えて、眼前の強者をしっかりと見定める態勢に入る。

 アオの体型、服装、性別を確認して、あることに気づく。

 

 「おまえ、学園の生徒か?ハハッ!たった一人で、お姫様を救いに来たってことか!?勇敢だねぇ・・。」


 言葉を投げかけつつ、ガリオは分析を続ける。

 

 (このお嬢ちゃんを助けに来たってことは、例の落ちこぼれクラスの一人か・・。無傷であれだけの数をいなしたのには、驚いたが、雑魚相手じゃ奴の力量は正確に測れねえな・・。まあ、所詮は魔術も碌に知らないガキだ。このガリオ様の敵じゃねえな。)


 ガリオはアオとの間をゆっくりと詰める。一定の距離をあけて止まると、腕を組んで仁王立ちした。

 その考察が、勝利の確定を導き出すと、顎をあげて見下すようにアオを見る。

 

 アオの蒼く淡い眼光がガリオの余裕の笑みを捉える。アオはガリオの内に秘められた魔力を確認する。ローブの連中とは比べ物にならない魔力量に、この場を指揮していたことも含め、眼前の男が今回の首謀者で間違いないと踏んだ。


 「あなたが、アリスを攫った者たちのリーダーというわけですね?」


 「ああ?まあ、そうなるか。一応極秘の依頼なのに、こんなことになっちまって、参ったぜ・・。勇気ある兄ちゃんには悪いが、ここで消えてもらうぜ。」


 ガリオの魔力が一気に高まる。空気がピりつく。風がガリオの周りに流れ込むように吹き抜けていく。

 アオのも臨戦態勢を取り、神聖力を高めていく。眼前の敵は、油断していい相手ではないことを肌で感じ取った。


 「俺は黒風の旅団、風撃のガリオだ。ま、意味ないけど一応あいさつしとくぜ。ここまで、頑張った兄ちゃんのこと覚えておきてえからよぉ、名前教えてくれよ。」


 なおも挑発的態度を取るガリオ。

 どうせ、ここで倒されるから覚える必要はないと言うようだった。

 アオは、そんな言葉では動じない。アオはゆっくりと拳を前に構える。


 「私はアオと申します。」


 「アオ君ね・・。覚えておくわ・・。俺の討伐記録の一人としてなっ!!」


 言葉を終えるか否かのタイミングで、ガリオは一気に前方へ踏み込んだ。

 アオとの間合いを詰めて、拳を振りかざす。


 黒風の旅団ガリオとの最後の戦闘が始まるのであった。

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