第45話涙の理由
私はアリス・ローズレイン。誇り高きローズレイン家の名に連なる者だそうだ。
ローズレイン家はレイヴェルト王国三大貴族の一つで、聖剣クラウソラスを守護する役を担っているお家だ。
聖剣クラウソラスを所持した代々のローズレインの剣士は、皆華やかしい功績を残し歴史に名を刻んできた。中には、大陸最強の剣士に与えられる称号、剣聖と呼ばれる者も輩出してきた名家の中の名家だ。
実は、私は今のローズレイン家当主の真の娘じゃない。私の叔父に当たるんだけど、正直その辺の経緯がよくわからない・・・というか覚えていないが正しいかな。従兄弟も3人いるど・・・私にとっての家族はお母さんだけだって、ずっと思ってきた。
私は、6歳の頃、聖剣に選ばれた。自分でそれを手にしたのか、それとも誰かにそうするように指示されたのかはわからない。私は、その剣を握る前の記憶が無い。
だから、私の生涯は聖剣を所持した時から今に至るまでの10年くらいしかない。
お母さんは、私の記憶について知っているようだったけど、私がそれを聞くといつも悲しそうに涙を零していた。だから、私はそれ以来過去のことを知ろうとは思わなかった。
聖剣に選ばれてからは血も滲むような訓練が始まった。ローズレイン家に伝わる剣術を叩き込まれたのだ。
本当に毎日朝から晩まで剣を振るった。お母さんと一緒に過ごす時間も少なくなっていった。
でも、それでも、魔術だけは使えなかったな・・。どうしてだろう、他の従兄弟は皆使えるのに、私だけ使えない。
私は剣を振るった。
一向に魔術が使えない私に、痺れを切らした叔父は、私を魔術学園に入学させた。すごく怒って、怖かったなぁ。けど内心では、同い年の友達はいなかったから、すごくワクワクした。それに、お母さんと一緒に手をつないで入学式に行ったことも、嬉しかったな。
けど、結局私の魔力はゼロという判定だった。十光剣の人が言ったことだから、間違いないってさ。
前代未聞のことだって騒がれたけど、それよりも、かなり焦ったなぁ。ローズレイン家で魔術が使えないなんて、また叔父に怒られる思ったからさぁ。
魔術が使えなくても、私は剣を振るった。
最初は良かった。私が魔力が使えなくても、初等部の皆は優しかった。ベルに、アサギに、ジュウベイ。いつも仲良くしてくれて、楽しかったな。
でも、中等部からは同じ貴族の子が入学してきて、それからは私の噂は広がった。
名家のローズレイン家。それも、聖剣に選ばれたのに、魔術が使えない。宝の持ち腐れ。貴族の恥さらし。落ち目のローズレイン。そして、無能のアリス。
魔術が使えなくても、罵倒されても、私は剣を振るった。
噂は叔父の耳にもすぐ入った。家に帰るといつも叱られた。従兄弟にも疎まれて、私の味方はお母さんだけだった。そんなお母さんと会うのも辛いくらい、あの家に居たくなくて、結局逃げてきた。
私は中等部から寮で暮らすようになった。学園での生活も辛いことが多かったけど、家に居るよりもましだった。
誰かに助けを求めればいいのにって?それはできない。私はローズレイン家の人間だから。聖剣に選ばれたから。これ以上は逃げられない。証明するしかない、私が聖剣に足る人間であると。
そうすれば、あの家で胸を張って過ごせる。お母さんとまた暮らせる。
魔術が使えなくても、罵倒されても、家に居場所が無くても、誰にも助けを請えなくても、私は剣を振るった。振るい続けた。
誰に褒められることもなく、成果が出ることも、満足のいくこともない。馬鹿され、泥だらけになり、雨に打たれても、私は剣を振るった。
胸の中が虚空に至るくらい、剣を振るい続けた。なんか最近、面白くない。そういえば、最後に笑ったのっていつだったかな。
入学式も過ぎたころ、彼に出会った。彼が私の前に立つと、ふわりと懐かしい香りがした。花の香りだと思うのだけど、名前が思い出せない。あれは、なんて花だっただろうか。
いきなり、抱き着く彼を思わず、殴り飛ばしちゃった・・。でも、仕方ないじゃん。白昼堂々、皆の前で。それに・・男の子にあんなことされたの初めてだったし・・。
寮でも皆にいじられた・・。すごく恥ずかしくて、大きな声で否定して、すごく盛り上がって、寮長に怒られちゃった。
そういえば、あんなに感情をむき出しにしたの、久しぶりだったかもしれない。
彼に謝れるかな・・。明日になったら、謝ろう。うん、そうしようって思ったの。
次の日、案の定、昨日の光景がフラッシュバックして、目を合わせることもできない。恥ずかしい。こんな真っ赤な顔、見せられないよ。でも、謝らなきゃ。こんな態度じゃ、彼も気分良くなかったよね。
彼が私の過去を知ってる風だった。私のこと家族だって。すごく優しくて、暖かい声がすっと胸に入ってきた。でも、途端に頭がズキズキする。彼の言葉を聞くと、懐かしくてとても辛い。
結局、またひどい言葉を投げちゃった・・。あー、もう、嫌われちゃったかな・・。最後に、謝りたかったのに・・。本当に私って最低ね。
いつも通り、模擬戦はこてんぱんにされた。いつものこと、大丈夫。今回は結構いい線だったよ。次は勝てるよ、なんて、自分に言い聞かせてた。
普段ならそれで終わるんだけど、彼と目が合ってしまった。どんな表情だったと思う?憐れみ?違う。心配?違う。
負けた時、鏡に映る私の顔そのままだった。すごく悔しくて、今にも泣きそうで。でも、必死に耐えてるの。
そんなのに、見たらさ。泣いちゃうよね。初めて泣いた。一度も流したことなかったのに、涙が溢れて出た。後から来たベルベットが驚いてたな。
彼は、私だった。私の感情そのものだった。初めて、誰かと通じた気がしたの。
Bクラスの生徒を一騎当千の圧勝。彼の勇名が轟いた。すごい!見たかった!正直、ムカつくあいつらを返り討ちにする所を私も傍で見たかったな。アサギが、自慢げに皆に話すのを、ちゃっかり聞き耳たてちゃった。
私のため・・なのかな。そうなんだよね・・・そうだったら、嬉しいな。
ああ、でも・・お礼も言わなきゃだね・・。
最近、物陰からの視線を感じる。なんだろう、ずっと見られてる?でも、なんだか、そんなに怖くなかった。
図書館で寝た時、毛布があった時と、雨の修練でベンチにタオルが置いてあった時は少し、震えたけどね・・・。でも、私のこと見守ってくれてるんだって思ったの。あれ、私って変かな?変じゃないよ。だって・・初めてだったんだもん。誰かに興味を持ってもらえるなんて・・。
なんかさ、一人じゃないんだって思えた。誰かに背中を支えられてるように感じたんだ。
彼と出会って、なんかいろいろと騒がしくなった。高等部に上がってから、関わりが少なかったクラスに興味が湧いた。すごく楽しそうなクラスだって知れた。
いつの間にか、魔術が使えないことよりも、彼のことで悩むようになった。いきなり、強烈なスキンシップをしたり、クラスにすぐ溶け込んだり、アサギにいじられて一喜一憂したり、私のことをすごく気にかけてくれたり・・。
ほんとにどう責任とってくれるの?頭の中いっぱいよ!
今日も私は剣を振るう。
明日は、謝れるかな・・・。
今日も私は剣を振るう。
明日は、お礼、ちゃんと言えるかな・・。
明日も、明後日も、彼に会いたいな・・。
※※※※※※※※※※※※※※
「ハハハハハ!!傑作だな!無能のアリス!・・・彼の三大貴族の一角であらせられるローズレイン家。それも、聖剣に選ばれたのに・・・。くくくくっ!魔術の使えない、三流以下の無能ときたもんだ!!こりゃあ、傑作だ!!」
下卑た笑いでアリスを馬鹿にするガリオ。その蔑んだ瞳がアリスを見下ろす。アリスの学園での評価を知っているようで、口が縛られたアリスに言葉をぶつけ続ける。
歯を食いしばるアリスの口元の縄を、ガリオは指先でつついた。
「声も出せねえよな?でもよぉ。その縄、確かに腕力じゃあ流石に引きちぎれねぇけどな、強化の汎用魔術が使えりゃ、誰でも千切れるんだぜ?・・強化の汎用魔術なんて、今時、貧民のガキでも使えるぞ!?・・な、なのに、嬢ちゃんときたら、くくくくっ!ハハハッ!!貧民のガキ以下とは、なんともお粗末だなぁ!?」
悔しい。アリスの心に声にならない想いが、湧き起こる。
誰かと比べられて、評価が劣るのことは構わない。それが公平な評価ならなおさらだ。
それよりも、碌に自分を見たこともないのに、勝手に判断する目の前の悪党に対して、そして、その言葉通りに何も言い返せない自分に対して、腹が立ち悔しく、悲しく、怒れてくるのだ。
「部下にも聞いたぜ?なんでも嬢ちゃん、その聖剣を振り回して抵抗したらしいな!?だけど、聞いてびっくり!たった二人も倒せずに捕まったてなぁ!?・・聖剣クラウソラスを使いこなせないのに、腰に携えちゃて・・・。ほんと、宝の持ち腐れじゃねえか。羨ましいね、何もしなくても、そんな宝を持てるなんてさ。あーあ、なーんで、神様は不平等かなぁ。なあ、そう思うだろう、嬢ちゃん?」
何かに訴えかけるように、アリスに語り掛けるガリオは、アリスを見下ろす優越感とアリスのような貴族に対する劣等感にも似た感情が垣間見えた。
ガリオは、アリスの表面しか見ていない。ただアリスの短所を言うことで悦に浸るようだった。
しかし、アリスには関係ない。ガリオはアリスの何も見ていない。アリスの苦悩も、努力も、全てを。
大声で否定したいのに、声が出ない。何もできない悔しさはやがて、アリスの眼を潤わす。
ガリオは立ち上がると、最後に吐き捨てるように侮蔑の言葉を放った。
「まあ、嬢ちゃんもさ、大変だったよな。散々馬鹿にされて、何の成果も得られずに、ただただ傷つくだけの、何の意味もない学園生活・・。でも、最後に生産性のあることができたな。嬢ちゃんのおかげで、俺たちはがっぽり儲かるわけだ・・。ま、これから嬢ちゃんがどうなるのか依頼主しか知らねえけどよ、それでも、最後に誰かのためになってよかったな・・。」
ガリオはわざと、しおらしい態度でアリスを侮辱すると、高笑いしながら後ろを向いた。
離れていくガリオを見上げるアリスの瞳からは大粒の涙が流れていた。
悔しさがアリスの精神でも耐えられないほどに押し寄せた。学園の生徒や家族とは違う。こんな、金の為なら平気で人を不幸にする下衆に、同情にも似た言葉を投げられたこと、それに対して一言も言い返せない自分にも、どうしようもなく悔しくて涙が止まらなかった。
(悔しい・・・。こんな奴に・・言われるままで、なにもできない、私自身に悔しくて
アリスの頬を伝う涙が、冷たい倉庫の床に落ちる。
――その瞬間、轟音とともに、鋼鉄の扉が開かれた。いや、壊されたと言う方が正しい。扉は、べっこりと内側に凹むと、上から倒れ込んだ。
その音に倉庫の中の全ての者が反応する。
「ああ?!なんだっ!?」
ガリオが奥から声をあげると、視線が扉の方に集まる。
暗がりの倉庫を照らすように外から光が差し込まれていた。その中心に影が一つ。
その影はゆっくりと倉庫に入る。煌々と蒼い二つの光が浮いていた。
それは、蒼空に輝くアオの瞳だった。その眼は大声をあげたガリオを素通りして、縄で縛られ地面に倒れる少女を映していた。
その少女は、泣いていた。涙を流していた。普段決してそんな姿は見せない。その少女が涙を流していた。
アオの感情の扉が開かれる。
「おいおい、なんだてめえは!?」
ガリオはアオに怒鳴る。しかし、そんな言葉アオの耳には入らない。そんなことなど頭の中に考える余地もない。沸々と感情が湧き起こる。
アオの知りたいことはただ一つだった。
アオの体から神聖力が漏れ出す。当然誰にもわからない。それが、アオの怒りの体現であるということを。
「誰が・・・・」
「ああ!?聞こえねえよ!!」
「誰が!・・・アリスを、泣かした!!」
怒号とともに放たれたのは殺気だった。アリス以外の全ての者の体を凍り付かせるように、殺気を空中を伝わせ飛ばした。
ガリオ含め、誰一人その場を動けない。連中は、眼前に光る蒼い双眼だけが不気味に見えた。
アオはゆっくりと歩き出した。そして、静かなる闘志に火が着いた。
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