第44話

 アリスは目が覚める。そこには暗がりの空間が広がっていた。

 さらに状況は悪く、口元や手首足首を縄で縛られ、全ての行動を封じられていた。

 辛うじて頭を動かして辺りを見回す。そこには、黒いローブを着た者たちが怪しげに会話をしている。


 「なんで、もっと穏便にぶつを運んでこれなかったんだ!」

 「それは、こちらのセリフだ!何が、何事もなく攫う準備ができているだ!対象は日夜監視されていたぞ!」

 

 「それより、外の奴らとの連絡が取れないぞ・・・。何かあったのか・・。」

 「いつまで、ここで待てばいいのだ!定刻はとうに過ぎてるというのに、一向に物を回収に来ないではないか!」


 かなりの人数が集まっていたが、焦りや不安がこちらにまで伝わるほどに、統率が取れていなかった。

 アリスは記憶を辿る。更衣室に、堂々入ってきた連中に抵抗虚しく掴まり、この怪しい暗がりへ連れ込まれたのだった。

 そして、会話の内容から連中は、アリスを誰かに引き渡すためにこの場に攫ったが、現状重なる問題で何も出来ずに纏まりの無い様子であった。

 

 更にアリスには、連中の会話の中で気になる点があった。それは、アリスが監視されていたということだ。それも、日夜問わず。

 おそらく連中は、アリスが一人で修練を行う時間帯、さらに学園内の生徒が少ない夕方に攫う予定であったのだろう。しかし、何者かの目を気にしてなかなか手が出せず、焦った連中は朝の修練後を奇襲したというわけだった。

 アリスは、自分の修練は誰にも見られないように行ってきた。ただ、最近アリス自身も、何かの気配を感じてはいた。

 それをアリスは不気味には思っていなかった。その視線がとても暖かく優しいことを知っていたからだ。

 そして、この時ようやく確信した。誰がアリスを見ていたのか、いや、見守っていたのかを。


 (そっか、そうだよね・・。だから、私はずっと、守られていたんだ・・・。ずっと、見守ってくれてたんだ・・・。)


 アリスの後方から怒号が飛ぶ。


 「おーい!ぐちゃぐちゃ、うるせーぞ!眠れねえじゃねえか!」


 アリスの横を素通りする声の主は、他の者たちと違いローブで姿を隠していなかった。

 灰色の髪を逆立て、目つきも吊り上がり、人相は相当悪い。さらには、その男が来たとたんに、騒がしかった空間は静寂に満たされた。

 代表するようにローブの一人が前に出る。


 「し、しかし、ガリオ様・・。本来ならすでに依頼主の言っていた間者が来る時刻・・。それに、外も何やら騒がしい様子・・。もしかしたら、騎士団が来ているのではないのですか!?」


 「予定が遅れたからって、動揺してんじゃねーよ、ばーか。それでも、黒風の旅団の一員かよ・・まったく・・。それにな、騎士団がこんな貧民街に来るわけねーだろうが。・・・ま、仮に来たとしても返り討ちにすればいいだけだろーが?。そのために俺がいるんだろ?」


 自信ありげに笑う男の言葉は、ローブあの連中たちに安堵の声をもたらした。

 それほどのが信頼にこの男に集まっていた。

 ガリオと呼ばれるこの男が、連中のリーダーであり、さらにアリスに驚愕の真実が突き刺さる。


 (黒風の旅団!?・・確か、Aクラスの犯罪組織。どうして、そんな危険な人たちが・・・。私、ここで・・・終わるの?)


 この国で指名手配されている犯罪組織、あるいは犯罪者にはSからAクラスで格付けされている。

 その中でも。AとSクラスに関しては、大陸間で共有されるほどの脅威レベルとされている。

 そして、黒風の旅団はAクラスに該当する危険性。アリスは現在の状況と照らし合わせても、自分の身にこれから起こることは予想できた。

 妙に冷静なのは、それほどの修羅場を日常に感じていたからだろうか。アリスは、状況をすんなりと享受していた。

 アリスの日常が、皮肉も精神を鍛える要因となっていたようだ。

 

 アリスの視線がガリオに向くと、その視線に気づいたのか、ガリオは後ろへ振り向いた。

 身動きを取れないアリスの元に近づくと、膝を曲げてしゃがむ。

 薄汚い笑みを浮かべながらアリスを見下ろした。


 「ふっふっふっ。随分、余裕そうな顔してるじゃねえか。なあ、嬢ちゃん、俺ぁ風の噂で聞いたんだけどよ・・・。無能のアリスって呼ばれてるの、マジなの?」


 アリスの目が見開く。悪意にも似たその表情が、アリスの両目に映る。

 アリスの心の壁にヒビが入る音がした。

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