第43話託すもの。託されるもの。

 刀と魔術がぶつかり合う音が貧民街に響き渡る。

 轟音が空気を振動させると、貧民街の住民もその騒動に気づき始める。

 異常さに恐怖した人々が慌てて街を後にする。そして、街に一層閑散とする空気が満たした。

 迅速さを優先させる余り、隠密性を失った一行であった。

 それでも、ジュウベイのおかげで、足止めを食らうことなく、3人は先へ進む。


 アオは前を向いていたが、それでも一人戦う選択をしたジュウベイを心配そうに顔を暗くさせる。

 アサギは、その肩をポンと叩くと、いつもの明るい笑顔を見せた。


 「心配するなって!ジュウベイは、強いぜ。おまえもあの一撃見たろ?そう簡単にあいつが負けるかよ!」


 「そうだぜ!・・あいつは知られてないと思ってるが、実は超戦闘狂だからよ、今も笑いながら、ばっさばっさと敵を切り伏せてるぜ、きっとな。だから、心配するだけ損てもんだ。」


 「・・・はい、そうですね・・。彼の覚悟に必ず報いましょう。」

 

 アサギに呼応するように軽口を放つベルベット。二人の言葉がジュウベイを深く信頼しているのが伺えた。その雰囲気にアオも、ジュウベイの刀を信じると決める。

 前を向くアオの表情を見て、二人は顔を合わせて笑った。


 アオは、晴れやかな表情になるも、ある疑問が頭に残る。あのジュウベイの剣撃だった。

 以前、Dクラスは落ちこぼれのクラスだと言われていた。しかし、ジュウベイの剣撃は、少なくともあの時戦ったBクラスの生徒と比べることまでもない練度だ。

 もし、あの時アオでなく、ジュウベイが模擬戦をしていたら勝敗は一瞬で決まっていたのではないか。

 アオは心配と同じかそれ以上にジュウベイの強さと、まだ見ぬDクラスの実力に高ぶる。

 いつか、手合わせしたい。そんなことまで思うようになっていた。


 3人は道を真っすぐに走る。ふと、辺りに気を配ると、人の気配が全くしない。

 道を囲うように住居は立ち並んでいる。いくら騒動から逃げている住民がいるとはいえ、この静けさは異様だった。

 その状況を察した3人は顔を合わせると、急ブレーキを掛けて立ち止まる。

 あたりを警戒する。


 瞬間――頭上から火の玉が雨のように降りかかる。


 「はっ!上だ!」


 いち早く気付いたアサギの一言で、ベルベットとアオは攻撃を躱すと、続く2撃3撃目もヒラリといなす。

 地面に火の玉が当たると、そのまま煤となって消えた。

 無傷の三人は、視線を周りの建物の屋根に移した。

 すると、ぞろぞろと黒いローブを着た者たちが姿を現した。

 奇襲で終わらせるつもりだったのだろうが、アサギに察知されご破算になる。

 

 「ちっ!・・・まさか、奇襲に気づかれるとは・・・。前衛にいた奴らとも連絡が途絶えるし・・・くそっ!話が違うぞ!・・・ただの学生ではなかったのか。」


 「はっ、これが奇襲?聞いて呆れるぜ・・・てかよ、上から見下ろされるのは無性にむかつくなっ!!」


 悔しそうに舌打ちする連中に、アサギは得意げな表情で挑発すると、両の手から鋼の鎖を飛ばした。

 凄まじい速度で屋根に乗る黒いローブを着た者たちを、搔っ攫う。

 そして、横なぎに鎖で、地面へ叩きつけた。

 

 「ぐああ!!」

 「な、なんだ?!」

 「よ、避けろ!」 


 刹那の候で気に反応できずに叩き落される者。ギリギリのところで躱すも、地面に着地する者。

 悶絶して動けない者。

 多種に渡って累々としていたが、アサギの奇襲が敵の目線を同じ場所まで引き吊り落とした。


 「き、貴様、よくもやってくれたな・・・。」


 「奇襲のお手本を見せてやったんだよ。・・・さて、どうしたもんかな・・・ま、あんたたちも覚悟はできてるんだろ?」


 アサギが構えるのを隣で、アオも戦闘態勢を取る。

 うつ伏せていた者たちも起き上がり、更にぞろぞろと気配を消していた別の仲間が、建物の隙間から姿を現す。

 数では圧倒的に有利性を持ってる連中は、奇襲を受けつつもすぐに態勢を立て直し、詠唱を開始する。

 掌に紅い火の影が見える。先ほどと同じく、連続火炎魔術を繰り出すつもりのようだ。

 

 「おいおい、奴さん本気だなぁ・・。しゃーねぇ、ここは俺に任せて、二人は先行ってくれ。」


 「アサギ・・・・。」


 この場を取り持つことをアサギは口にすると、二人の間を割って入る姿があった。

 ベルベットは、アサギの隣に立つと、強い視線でアサギを見る。


 「いや、ここはあたしに、任せてあんたらは先に行きな。」

 「はあ!?ここは、俺がやるって言ってんだろ!お前はすっこんでろ。このタコ!」

 「なんだと、こらぁ!!てめえのちんけな鎖じゃ、心もとないから、あたしが自ら前に出るっていう、この優しさが分からないかねぇ?」

 「知るか、そんなこと!てか、何がちんけな鎖だってコノヤロー!・・いいぜ、試してやろうか今ここで!!おまえの義手なんて木っ端微塵にしてやるよ!」

 「ああ、やってみろよ?おい、こいよ、おいこら!」


 「・・・二人とも、今は痴話げんかしてる場合では・・・。」


 急に火がついて言い合いになる二人。額をぶつけるくらいに近づく二人の間を、アオは割って入ろうとするも、その熱気に圧されて押し返される。

 戦闘中だというのに、痴話げんかをする目の前の存在に、苛立ちをみせるローブを着た者たちは、我慢の限界に達していた。


 「き、貴様ら!どれだけ我らを苔にすれば気が済むんだ!・・・くそっ、くそっ、・・もういい!全員放て!!」


 その合図に、一斉に火の矢が放たれた。幾数もの火の矢が降り注ぐ。

 二人は言い合いをやめて警戒態勢に入る。しかし、それでも煮え切らない様子のベルベットが一歩前に出て、右手の義手を前に突き出す。

 光沢を帯びた白銀の右手を真っすぐに伸ばすと、手のひらを前に向けた。

 

 「うるせえんだよ!!!」


 怒号とともに、ベルベットの手のひら、正確には手の中央に空いた穴から、幾千もの魔力で生成された弾が放出された。

 その弾は、飛んでくる火の矢を精密に撃ち落とす。

 余韻を残すように、空中に残滓のような魔力弾の破片が、キラキラと光を反射して漂っていた。

 

 火の矢を完全に防がれ、唖然とするローブを着た者たち。彼らの中では、それなりに渾身の一撃だったのだろう。それを、意図も容易く撃ち落とす少女の魔術に、声も出ない。

 アサギは、怒りを垂れ流すベルベットの背中を見て、首を横に振る。

 この場を任せろと背中で語るのを悟ったようだった。


 「ベルベット・・・。」


 アオの心配そうな声に耳を傾ける。

 しかし、目の前で呆然と立ち尽くしていた者たちが、気を取り戻すように、続く追撃の準備を始めるので、ベルベットは眼前を警戒しながらも、おもむろに言葉を発した。


 「アオ、あたしの心配なんてしてないで、アリスだけを考えてな・・・。なーんて、何もできなかったあたしが言えることじゃないけどさ・・・。それでも、アリスを一番近くで見てきたから、わかるよ・・。今のアリスには、あんたが必要だってね・・。悔しいけどさ!・・あんたが一番アリスを想ってるよ・・。だから、立ち止まるんじゃないよ!今度アリスに会った時、泣いてる顔だったら、承知しないんだからね!」


 「・・・・承知しました。必ず、アリスを笑顔に・・・。だから、ご武運を。」


 アオの言葉を皮切りに二人はベルベットとは逆方向へ向きを変える。

 そして、アサギの手首の黒いバンドから先ほどの鎖がするするとアオの体を巻き付いていく。

 続く反対側の鎖を、目線の少し上方に位置する建物の壁に、鞭のようにしならせて、先端を埋め込ませる。

 

 「しっかり掴まってろよ、アオ!」


 「え、それは、どういう―」


 言葉を途中に、アサギは突き刺さった鎖を高速でバンドの中へ収容していくと、その反発で体は宙を舞った。

 鎖に巻かれたアオの体もグッと、勢いよく射出されると、一瞬で街を一望できる高度まで打ち上げられる。

 

 それを見たローブを着た連中は咄嗟に火の矢で撃ち落とそうとする。

 しかし、ベルベットはそんなこと許さない。

 右手から光の弾を発射して、火の矢を撃ち落とした。


 「おいおい、あたしを前によそ見とはいい度胸だな!!・・・アリスにした仕打ち。100倍で返してやるよ!」


 空中へ飛び立つ二人を撃ち落とすのを諦めた連中は、標的をベルベットへと変えた。

 魔術の詠唱に入ると、再び集中砲火の準備を開始する。


 ベルベットは、ニヤリと笑って見せると、右手を前方に構え左手で腕を支えるような体制で魔力を義手へと集中させる。

 すると、手甲に填められた色取り取りの美麗な玉が輝きを放つ。


 「我は未知を探求する者。星の導きのもと、世界の頂を目指す、果てなき探求者よ。その旅路に深い加護を与えたまえ――。」


 「今だ、一斉掃射!!」


 詠唱をするベルベットに火の矢の雨が降り注ごうとする。

 それを向かい撃つように、魔術を発動させた。


 「天まで駆けろ!!――星夜を砕く千景の十字マギア・マギ・クルス!!」

 

 刹那、白銀の右手から純白の熱線が放たれた。

 凝縮した魔力による閃光が、飛び交う火の矢を飲み込むと、その勢いを削ぐことなく敵中央を穿つ。

 

 「ぐわああああああ!!」


 あたりを白い光が包む。弾ける魔力光線にローブの連中は吹き飛んだ。

 ぷすぷすと、地面から焦げるような音が鳴る。

 驚愕の一撃は地面を抉り、数十メートルまでの道を損壊させた。

 

 熱せられた地面などお構いないしに悶絶するローブの連中たちを見下ろすベルベットは、痛快に決めたと、今日一の笑顔を見せた。

 

 「どんなもんだい!!」


 荘厳な義手を天高く掲げると、茶色係った長髪をなびかせた。

 

 

 アオは、轟音の方へはあえて振り向かずに、ふわりと浮いた体を滞空させる。

 そして、アサギがこちらに振り向く。

 空気を突き破るような音の中、真っすぐと前方へ指をさした。

 その先にあるのは、大きな倉庫の群衆地帯だった。


 「見えるか?あそこがこの辺りで一番大きな倉庫が、密集している。この兵隊の数だ!間違いなくアリスはあそこのどこかにいる!・・・こっからはどうするかわかるな?」


 「アサギ、あなた、まさか・・・。」


 アサギは困ったように笑うと、今度は下に指を向ける。

 ベルベットたちといた道とは違う場所から、二人を見上げて魔術の詠唱を開始する者たちがいた。

 アサギの真意をアオは理解した。今度は自分の番だと、彼は語ったのだ。

 アオは強く真っすぐな視線を、アサギに向けると、小さく頷いた。

 

 その表情に満足げに笑うアサギは、空中でもう一度アオの体を鎖で巻き付かせる。

 そして、後方へ鎖をいっぱいに伸ばす。

 アオはアサギの後方でふわりと浮く。アサギの顔は見えない。それでも、先ほどの笑顔でわかるのだ。彼に迷いはない。


 「アオ!・・・散々聞いたことだからよ、俺は少なめに言うぜ。俺はよ、不器用にもアリスを想うおまえに、胸が熱くなったよ。すげえなって、感動したよ。・・だからよ、おまえのその想い全部アリスにぶつけて来い!俺が、簡単に落ちたんだ。単純なあいつならいちころだぜ!・・・・だから、真っすぐ進めよ、ヒーロー!!」


 アサギは、握り締めた鎖を前方にしならせると、巻き付いたアオをぶん投げた。

 アオは、アサギの前を擦り抜ける瞬間、地上から大量の炎の矢がアサギ目掛けて飛んでくるのが見えた。

 

 「アサギ!!」


 その声にアサギはニヤリと笑うと親指を立てて見せた。そして、容赦なく襲い掛かる炎の猛襲が直撃する。

 アオは、爆発に巻き込まれえるアサギを見つめていたが、すぐに首を横に振る。

 そして、鎖の勢いに任せ前方に飛ばされると、不安を掻き消すように前を一点に見つめた。

 必ず無事でいる。そう信じて、眼前に見据えた倉庫目掛けて、一直線に飛んで行った。


 空中で爆発を確認すると、満足げな表情でローブを着た連中はほくそ笑んだ。が、それも柄の間。

 煙が風に吹かれると、そこに現れたのは、鎖で丸められた球体だった。

 金属が軋むような音を奏でるその球体には、一切の傷はなかった。


 「ばかな・・・あれほどの火力で・・こんなはずが・・。」


 唖然とする者たちの視線の先で、鎖の球体が弾かれる。

 中から、悪戯っぽく笑う少年が姿を現した。

 少年は、高所から軽々と地面に着地すると、焦りの気配を漂わせる敵前で余裕の笑みを浮かべた。


 「さあ、俺たちも始めようぜ。」


 アサギの戦いも幕を開ける。


 耳元で、空気を裂く音が鳴り響く。アオは、体を地面に平行にさせる態勢で、自分が一番早く飛ぶ方法を取る。

 

 (アリス、アリス、アリス!)


 ただ一人の少女を想う少年は真っすぐに飛ぶ。一切の迷いはない。

 

 ジュウベイは、アリスを闇から救えと言った。

 ベルベットは、アリスの笑顔にしろと言った。

 アサギは、アリスに想いを伝えろと言った。


 アオはそれぞれの想いを託され、今ここにいる。

 その想いを胸に、アオはアリス目掛け空を駆けるのであった。

 倉庫までもう直前だ。 

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