第42話サムライと呼ばれる者

 朝のホームルームが各クラスで終わる中、学園はいつもと変わらぬ1限目を開始しようとしていた。

 アリスやDクラスの現状を知る者など学園にはいなかった。

 

 レッドを呼びに校舎を駆けだしたライドとリーズレット。

 レッドが住まうのは、宿舎と言われる教員用の建物だった。学生寮は学園には毎日登校する習慣を身に付けさせるためという独特の理由で、敷地の外に設けられていたが、教員用の宿舎は学園内に配備されていた。

 宿舎は金銭的援助の一環なのだろう。しかし、教員の給与が生活に困る額とも思えないという見解から、いつものレッドの性格や気質を加味して、ろくでもない金の使い方をしているに違いないという、あらぬ疑いをクラスから掛けられていた。

 しかし、その真意は誰も知らない。


 ライドとリーズレットは、宿舎目掛けて一直線に走る。今日は、レッドが寝坊しているということから、アサギが宿舎へ向かうように指示したのだった。

 その役目を与えられながらも、リーズレットは怪訝そうな顔をしていた。

 

 「それにしても、貧民街だなんて・・。こわいわね・・・。あそこは、犯罪も横行していて、場所によっては、騎士団も手をこまねくほどの危険地帯だと言うから・・・。アサギ君たち、大丈夫かしら・・・。」


 「・・・・・・・・・。」


 「って、ライド君?!聞いてるの?」


 「・・・え、あ、あれ?・・ごめん。ぼーっとしてて・・・。それで、何の話だっけ?」


 「もう、いいわよ!・・何か考え込んでたみたいだけど、集中しないと転ぶわよ・・。」


 「あははー、気を付けるよ・・・。」


 リーズレットの言葉を右から左へ流すライドは、何やら深く考え込む様子が見えた。

 教室を出てから、言葉数も少なく、心ここに在らずだった。

 そんな、ライドに強い口調で注意するも、心配そうなリーズレットはちらちらと、ライドを覗く。

 その視線に気づいたライドは、心配を掛けまいとリーズレットに笑いかける。

 リーズレットは顔を赤めらせてそっぽを向く。

 リーズレットの想いなど、微塵も理解していないライドは、申し訳なさそうに頭をかいた。


 そんなこんなで、二人は宿舎に到着した。

 築が長い建造物なのだろう、外見はかなり古い様子だ。簡素な造りでもあり、生徒と教師で住まいのレベルに大きな乖離が見受けられた。

 二人は二階に駆け上がり、レッドの部屋の前に到着する。その勢いのままベルを鳴らそうとすると、待ち受けていたかのように扉が開かれた。

 

 「うわっ!?って、え?ライド、リーズレット!?・・・まさか、寝坊した俺を呼びに来たのか?つ、ついに、俺はクラスの成績優秀者二人を怒らせてしまったのか!?・・・待ってくれ、言い訳の時間をくれ・・・そうだ、昨日はちょっと用事があって―」


 「そんなことどうでもいいんですよ!!・・先生、大変です!」


 飛び出してきたのは、ボサボサの髪と、みっともない服装で着飾ったレッドだった。寝坊したことが真実だと告げると、見事な焦り具合だったが、言い訳の言葉をライドに遮られた。

 レッドは、焦燥するライドの様子に、ただ事でない事態だと察した。

 真剣な眼差しがレッドに向けられる。


 「・・・・どうした?・・・何があった?」


 様子を感じ取ったレッドに、リーズレットは絞り出すように答える。


 「ア、アリスが攫われてしました!」


 「な、なにィーー!?」

 

 空気が変わる。

 レッドの死んだ魚のような眼に、光が灯る。

 状況は理解できていないが、アリスが、生徒が攫われたことに対して、いつもの気だるさが消えた。

 二人も見たことのない表情になるレッド。

 そして、少し遅れながらもアリス救出に向かうのであった。


     ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 時を少し遡り、ライドとリーズレットが宿舎へ向かう途中。

 4人もまた、学園を後にしていた。

 アリスの居場所が貧民街の倉庫であることがわかった。その場所目指して走り出す。

 アサギを先頭に風を駆け抜けるように進む中、ジュウベイがおもむろに口を開く。

 

 「しかし、どうやってアリスを攫ったんだ?あの学園の結界は強力なはずだ・・。もし、その結界を潜り抜けるほどの手練れなら、更衣室を散らかした状態にしたまま去るだろうか・・・。どうも、その辺りが嚙み合わない・・・。」


 「確かにそうだな。・・抵抗したアリスが剣を抜いたからってのもあるだろうが、鞘をそのまま置いていったのも、計画性の無さが見えてくる・・。そもそも、剣まで奪う理由はなんだ?」


 ジュウベイの疑問はアオも感じていたものだった。学園の結界を一度体感している身としては、冷静に考えると賊の稚拙さが垣間見えてきた。

 そして当事者であるベルベットが、その用途の拙さを指摘するように、今回の犯行がどうやって、そしてどのような理由で行われたのか、疑問を抱くのも当然と言えた。

 3人の視線がアサギに集まる。今回の騒動に対して的確に指示を出した彼ならこの質問に答えられるのではと思ったからであった。

 その目線を感じ取ったのか、アサギは頭をかく仕草をすると、期待に応えるように頷いた。

  

 「まあ、あくまで想像だが・・。数日前に、レッドが学園の改修工事のために来賓があるって言ってたろ?

  恐らく、その中に賊は紛れ込んでたんだろ・・。外部からの客には結界は作用しないからな・・。     

  けど、どうして聖剣まで持って行ったかはわからねえな・・。あれは、持ち主以外では絶対に使えない代物なんだが・・。」

 

 アオは思いだす。今朝廊下ですれ違った、来賓を。学園に難なく侵入できるのは、その許可を得ている人物である。故に、この期間改修工事に来る一帯に紛れ込んだという手法だった。

 アオは、合点もいくが同時に更なる疑問が思い浮かぶ。

 

 「しかし、どうして今朝犯行に及んだんでしょうか?結界のことも考慮していたということなら、しっかりとした計画はあったはずです・・。であれば、もっと早期に実行できたのではないですか?」


 結界を擦り抜ける方法まで完全に考え込まれていたのに対し、最後のアリスを攫うタイミングが、やはり突発的な行動であったと思えてしまう。

 

 「ああ、それは、おまえがスト―・・じゃなくて、アリスをずっと見守ってたからだろ。朝となく夜となく、べっとり付かれたら、流石に襲えないしな。本来、生徒が下校する夕方を狙うつもりだったが、それもできないと・・。けど、今朝ようやく一人の瞬間が訪れたから、犯行に及んだんだろ・・。」


 「なるほど・・それで・・・。では、私がアリスを今日も見守っていたら防げたことだったのですね・・・・。」


 アオは悔しさを露にする。

 賊がアリスを襲ったのは、結局更衣室だから、アオが今朝アリスの修練を見守ったとして、必ずしも防げたとは言えない。

 それでも、考えてしまう。どうして、今日に限って寝坊などするのか。どうして、大事な時にアリスを守ることができないのか。

 アオの感情は他の3人にも伝わった。それでも、言葉はかけられない。現実は変わらないからだ。

 ジュウベイとベルベットがそっと、背中を叩いて鼓舞する。

 アオもそれに呼応するように、ただアリス救出を考えるように切り替えることができた。

 

 4人は、風のような速さで、王都の太い道を走り抜ける。強化の術式を付与してるので、歩く人々には、風が吹き抜けるような余韻を残させた。

 そして、アサギは道を把握しているように細い道へ突然逸れると、迷いない足取りで進む。

 一行はどんどん、王都の中心から離れ、次第に人の気配もなくなっていった。


 「てか、何の気なしに付いてきたけどよ・・。この道で大丈夫なのか、アサギ?」


 「ああ、南西にある貧民街で、倉庫が密集しているところがある。そこが一番アリスのいる可能性が高い。・・・・そうら、着いたぜ・・・。ここが貧民街だ。」


 ベルベットの問いに軽く答えると、アサギは貧民街へ入ることを告げた。

 

 貧民街。アオの眼の前に広がる光景は、その名にふさわしく薄汚く、昼間なのに妙に暗い感じが陰湿さを増していた。道も何年も補装していないようにガタついていて、周りの住居も背が低く、ボロボロの外装が目立っていた。なにより、そのほとんどが同じ様式で建設されており、一軒一軒に個性などは感じられなかった。

 空気がどんよりと重くなるのを4人は感じ取った。雰囲気が長居をしてはいけないと、伝えているようだった。


 「それに、道が分からなくても、自ずとわかるようになるぜ・・・。ほら、やっこさんからお出ましだ・・・。」


 4人は急停止する。アサギの言った通り、目の前に黒いローブを着た者たちが道を塞いだからだ。

 フードで顔は見えなかったが、メイリスのサーチした姿と合致する者たちが十数人。アオたちの前進を阻むように立ち塞がる。

 すると、そのローブの連中の間から、声が聞こえた。


 「おまえたちに忠告する。魔術学園の生徒よ、これより先へ進むことを禁ずる。もし、忠告を無視するというのなら、強硬手段を取らせてもらうぞ。」


 ローブの連中の忠告は、アリスを攫ったことを告発するようなものだった。

 その言葉に真っ先に怒りを浮かべるのはベルベットだった。

 ベルベットは、拳を手のひらに当てると、前に出る。


 「あー?何が忠告だ!あんたらこそ、覚悟はいいんだろうなぁ?アリスにした仕打ち、絶対許さねえからな・・。たっぷりとその身に報いってのを叩きこでやるよ。」


 「・・・まったく、せわしない奴だぜおまえはよ・・。ま、そういうことだ、あんたらの言う強硬手段で、ここを通らせてもらうぜ!」


 ベルベットの後に続くようにアサギも前に出る。アサギは両手首に黒いバンドを填めると、臨戦態勢を取る。

 アオも、同じく前に出ようとする。すると、後ろから肩を掴まれて止められた。

 ジュウベイだ。ジュウベイは、アオの顔を見ると、黙って頷く。

 そして、アサギとベルベットの間を割って入るように3人の前に出た。

 アオは、その背中から発せられる覚悟にも似た気合を感じ取った。

 

 「ジュウベイ?」


 「おれが道を創る・・。おまえたちは先に行け。」


 「いいのか、ジュウベイ、ここを任せて・・。」


 「ああ、こんな所で、4人足止めなど愚の骨頂だ。ここは、儂が抑える。迷わず進め。」

 

 アサギの心配など問題ないと、ジュウベイは足止めを買って出た。

 今もなおアリスにどんな危険が迫ってるかわからない。連中の目的が時間稼ぎなのは明白だった。

 だからこそ、ジュウベイの決断に反対する者はいない。

 その背中は、既に心をを決めているようだった。

 そして、ジュウベイは前を向いたままアオに声をかける。


 「アオ。」


 「・・・なんでしょう、ジュウベイ。」


 「おまえは、アリスを救う唯一の希望だ。・・儂らは、アリスとの付き合いは長いが、結局アリスの問題を解決できなかった・・。だが、おまえは違う・・。あの演習場で、おまえが怒りを表にして、Bクラスに立ち向かったとき確信した・・。リスクなんて考えず、ただアリスを想える存在は、おまえだけだとな。・・・だから、こんなとこで、立ち止まるな。迷うな。走り続けろ。そして、いつかあいつを闇から救い出せ。」


 アオは、ジュウベイの強い想いを無言の肯定で示した。

 その反応を見たわけでは無い。それでも、空気感でジュウベイはアオの返事を感じ取った。

 

 少し、笑みをこぼすと、ジュウベイは前に歩みを進め、道の真ん中で仁王立ちする。

 そして、懐に携えた武器に手を当てる。鞘に納まった武器を腰に当てたまま、姿勢を低く屈ませた。  

 大きく息を吐くと、集中力を一気に高める。

 ジュウベイの腰にある武器は、通常の片手直剣ではなく、それよりも細く長く、鞘に納まった状態でもわかるその形状は、通常の剣とは異質なものであるのを読み取れた。


 「あの武器は・・・片手直剣ではないですね・・。」


 「おまえは、初めて見るか。・・・あれは、刀っていうこの国では主流にない、片刃しかない剣なんだよ。あいつは、ジュウベイは、隣の大陸のとある国からの留学生だ。

  その国の戦士は、あの刀を身に付けてるらしいんだ。そして、その国での戦士は皆こう呼ばれている――サムライってな。」


 「サムライ・・。」

 

 アオの眼に魔力の流れが映る。膨大な魔力がその刀に注ぎ込まれていく。

 姿勢を低くしたまま、刀に魔力を集中させるジュウベイ。

 魔力が見えない者にも、空気がピりつくのを感じ取らせた。

 構えを一切崩さない少年に焦りを見せるローブの連中は、頬に汗を流していた。


 「き、貴様、何のつもりだ。お、大人しく来た道を帰るなら、手荒な真似はしないでいてやる・・。だから、その武器から手を放せ!」


 「・・極致に至るは、我が刀。その一刀は花のように儚く、滝のように豪胆なれ―。」


 「き、貴様どうなっても知らんぞ・・。か、構えよ。詠唱開始だ。奴に目に物を見せてやれ!」


 ローブの連中は、忠告を完全に無視するジュウベイに、急ぎ魔術の鉄槌を食らわせんと詠唱を始める。

 しかし、ジュウベイの詠唱の方が早く、濃密な魔力は完全に一点に集まる。

 空気が震える。ジュウベイの一撃が整う。

 刀の柄を強く握ると、前方に視線を上げた。

 

 「き、貴様―」


 「一刀に処せ。居合――地裂荒斬ちれつこうざん!」


 居合による一刀。鞘から白銀の刃が、大下段切りのもと、振り抜かれる。

 白く輝く巨大な斬撃が弾かれると、地面を抉りながらローブの連中の中央を穿つ。


 「ぐああああああああ!!!」


 中心にいた者たちは剣圧で吹き飛ばされると、その場所は地面が抉れて一つの道ができた。

 脅威の一閃。信じられない威力の一刀が、道を塞いだ連中の陣形を崩した。

 吹き飛ばされた者たちは地面に叩きつけられると悶絶して蹲っている。

 砂煙が舞う中、あまりの衝撃に全員が言葉を失った。

 ジュウベイは、刀を鞘に納めると、息を一つ吐いた。


 「走れ!!」


 ジュウベイの一喝に、3人は気を取り戻して駆け抜ける。

 ジュウベイの隣を擦り抜ける瞬間、アオはジュウベイの方は一切向かずに先へと走り抜けた。

 その背中を今度はジュウベイが見送る。

 

 「立ち止まるなよ、アオ。おまえは、アリスのヒーローなのだからな・・。」


 道の端にいたローブの連中がジュウベイの一撃に唖然としていると、3人はその道の中心を駆け抜けていく。

 その内の一人が気を取り戻した。そして、手のひらを向けると魔術の準備を始めようとする。

 

 「・・・行かすか!!」


 それを察したジュウベイは地面を蹴りあげると、飛ぶように一瞬でローブの連中の前に立ち塞がった。

 そして、道を分けるように、真一文字に刀を振り抜いた。

 道を横断する細い切れ目ができると、その線を越えてはならないという忠告のようにも見えた。

 今度は自分たちが足止めをされて、見事に狼狽える連中。ジュウベイは、魔術の発動を完全に防いだ。

 

 「この場を抑えると言った漢の言葉を無にさせるようなことはしないでくれ・・・。この道を行きたくば、儂を退けてからにしろ。もっとも、先ほどのサムライの一刀、受ける覚悟があるのならな。」

 

  ジュウベイが先ほどと同じように居合の構えを取ると、ローブの連中は後ずさりする。

  アオの一刀が記憶に新しすぎて、ジュウベイに立ち向かう勇気を削ぎ落した。

  

  しかし、それでも目的遂行のために震える手をジュウベイに向ける者もちらほら見えた。

  詠唱を始める連中を見て、ジュウベイはニヤリと笑みを浮かべた。


 「その勇気、賞賛に値する。ならば、儂も全力でそれに応えよう。儂の名は、ジュウベイ・カグノミヤ。サムライの剣技、とくと見よ。」 


 ジュウベイの刀と魔術がぶつかる。

 貧民街に轟音が鳴り響く。

 ジュウベイの戦いが始まった。

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