第41話攫われたアリス

 クラス中がざわつく。視線がベルベットに集まった。

 アリスがいない・・・。いや、まだ大事になったわけではない。単純に更衣室にいないだけかもしれない。

 それでも、アオの不安が高まる。それを察したアサギが肩に手を置いて頷く。


 「落ち着けよ。トイレに行ってるかもしれねえだろ。それに、まだ演習場にいる可能性だってあるはずだ。」


 「いや、トイレはいなかったし、演習場にもいねえよ・・。だって、競技服がロッカーに掛けられてたし・・。

 それによ・・・更衣室も、無茶苦茶に散らかってて・・・・。なにより、これが置いてあった・・・。」


 ベルベットは不穏な顔を浮かべながら、それを前に出した。

 それは、白色の片手直剣用の鞘だった。金色の装飾が散りばめられた荘厳な鞘は、並みの剣が納まる代物ではないと感じさせた。

 クラス中が目を大きく見開いた。それは、紛れもなくアリスの所有する聖剣、クラウソラスの鞘だったからだ。

 アオは、聖剣を見たことはなかったが、アリスの鞘であることは一目で理解した。

 

 既に演習場にはいない事実。荒らされた更衣室。そして、収まる剣を失った鞘。

 全てが、最悪のシナリオを容易に想像させた。

 騒めく教室で一人、アオの感情が爆発した。


 「うわぁ!?」

 「きゃああ!?」


 アオの内側より発せられた、神聖力の波動が教室中を震撼させた。

 唐突な衝撃波に、耐えられず倒れ込むクラスメイトもいた。

 アオは、それを気にかける様子もなく、強化の神聖術を全身に張り巡らせると、教室を出ようと一歩踏み出す。

 それを、アサギの右手が差し止める。肩に触れると、震えるアオの体を感じ取った。


 「落ち着け・・・アオ。」


 「アサギ・・・・。」


 ギンと憤怒と焦燥に駆られたアオの眼がアサギに向けられる。

 当然だ。アリスが、今どんな目に合っているのか、想像を絶するようなこともあり得るかもしれない。不安は頂点に達していた。

 その瞳の奥の感情を感じ取ったアサギが、それでも、アオを止めれたのは、俯瞰していられるほどに冷静でいられたからだ。

 そのことを、少しだけ自己嫌悪していた。彼の良性か悪性か、アオの感情が正しいのはわかっていても、最善の手を優先させる彼の手は少し冷たさを感じさせた。

 震えるアオの肩を力強く止めると、アサギはアオに言葉を向ける。 


 「落ち着け、まずアリスがどこにいるのかわかるのか?」


 「・・・いえ・・・わかりません・・・、しかし―」


 「まずは!・・・まずは落ち着け。いいか、最速最善でアリスを探し出すぞ。そのために今できることを冷静に対処するんだ、いいな?」


 「・・・・はい・・・わかりました。」


 アサギの言葉に納得し、アオは行き場のないほどの熱い感情をなんとか落ち着かせた。

 アオの落ち着きによって、クラスも冷静さを取り戻す。取り乱して、荒げる者はいなかった。

 

 「と、とりあえず、先生に言った方がいいよね?」

 

 「そ、そうね・・・わ、私、先生たちに知らせてくるね。」


 「待てっ!!それはだめだ・・・学園側に知られるのはやめた方がいい・・。ただでさえ、アリスは目立つ存在だ。これ以上今回の騒動で立場を危うくさせるのは良くない・・。せめて、レッド先生には知らせたいが・・・。」


 「くそっ!あの野郎、今日に限って遅刻してやがるぜ!」


 学院への現状説明を優先させようとするライドとリーズレットを止めるアサギ。

 アリスの立場を慮っての判断だった。貴族のアリスが、何か問題を起こせばたちまちその噂は広がりかねない。例え、被害にあったのがアリスであってもだ。

 教師への通告を止めたアサギだったが、レッドは信頼しているようだった。

 それもあって、ベルベットは寝坊でこの場にいない担任に、苛立ちを露にしていた。それほど、レッドへの期待や信用は高かったのだ。

 

 「だから、少数精鋭で行く。とりあえず、アリスの居場所だが・・・・。メイリス、アリスに付けてるよな?」


 アサギの問いに視線が集まるのは、メイリスと呼ばれる生徒だった。

 おもむろに席を立つと、ふわふわと眠たげな細い目でアサギの前に立つ。くるくるの癖の強い髪の毛が特徴的で小柄な少女だった。

 

 「うん~つけてるよ~。アリちゃんが、一応つけてって言ってたから、遠慮なくね~。」


 「よし、じゃあ、居場所もわかるか?」


 「うん~、ちょっと待ってね~・・・・・。う~ん、ここからすっごい南西にいるような・・。

  う~んでも、この方向はまずいかもしれない・・・・。」


 メイリスは、指でこめかみをくるくるとなぞる仕草をすると、アリスの向かう方角を口にした。

 どうやら、彼女の魔術で、特定の対象の位置を把握できるようだ。

 大体の位置が分かったのに、メイリスの表情は重い。

 何かを察したアサギは大きく息を吐いた。あまり芳しくないのは空気で伝わる。


 「・・・貧民街か?」


 「うん・・・。間違いないと思う・・・。」


 貧民街という言葉にクラスがどよめいた。

 アオは、何がどうなったのかわからない様子で、アサギに視線を送る。

 

 「貧民街・・とは、なんですか?」


 「詳しい話は省くが、この国には大きな貧富の差が存在してる・・。そういった貧困層の住民が暮らす区画を貧民街と言って、王都にもいくつかあるんだが・・・。ここから一番近い貧民街が、アリスの向かう方角と合致する・・。アリスがいる、確証はねえがな・・。貧民街は、とにかく物騒だ。しかも、外界の人間に協力をしてくれるはずがないんだよ。ましてや、貴族も多く通う魔術学園の生徒の頼みなんかな・・。」


 貧民街という言葉を聞いて、アオは考える。貴族という華やかな人種がいる中で、その陰に隠れて決して陽の目を浴びない者たちがいることを。

 それでも、アリスに何かするものなら、どんな相手でも容赦はしないと心に決めていた。


 「わるい、メイリス。もっと詳しく居場所、わかんねえか?」


 「う~ん、ありちゃんとの距離が遠いから、難しいけど~。・・・やってみる!!」


 「ちょっと、メイリス!あんた、大丈夫なの?」

 

 「そーちゃん、心配してくれてありがと~。でも、私も、アリちゃんを救う手伝いがしたいから・・大丈夫だよ!!」


 「もう・・お人よしなんだから・・。」


 アサギの頼みを承諾したアイリスは再度、アリスをサーチする。先ほどとは違い、かなり力を籠めているような、神妙な顔つきになる。そして、オーバーヒートしたのか、鼻からタラリと血を流していた。

 その表情を心配そうに見つめるのが、メイリスを制止しようとしたエルフの少女だった。

 メイリスの魔術のリスクの高さを理解している口ぶりであった。

 懸命なメイリスを一同が見守る中、突然はっと、指をこめかみから離す。


 「はあ、はあ、はあ~・・・見つけた・・。大きな倉庫・・。そこにアリちゃんがいるよ~。なんだか、黒いローブを着た人たちに、囲われてる~。ごめんね~、これぐらいしかわからなくて~。・・・ふわ~~。」


 「メイリス!?」


 ふらっと、体を後ろに倒れそうになったメイリスを、エルフの少女が抱きかかえるように支えた。

 息を荒げて辛そうなメイリスに、顔を引きつらせる。

 アサギは、膝をついて、メイリスの手を取る。アオも同じように膝をついた。

 

 「ありがとう、メイリス。十分だ・・。ほんとに助かったぜ!」


 メイリスは親指を立てると、そのまま眠りについた。

 すーっと、寝息をたてるメイリスの顔を確認すると、アサギは立ち上がり、アオ、ジュウベイ、ベルベットの方に目を配る。

 その仕草にエルフの少女が勘づくと、倒れるメイリスを想う強い眼差しを、アサギに送る。


 「うちも、手伝おうか?」


 「いや、おまえの魔術は街を破壊しかねない・・。貧民街でのいざこざは、最小に抑えたい・・。

  それに、さっきも言ったろ、少数精鋭だってな。おまえは、メイリスのこと頼むわ。」


 「・・・・わかった・・。アリスのこと任せたよ・・。メイリスの為にもね・・。」


 「ああ、任せろ。」


 アサギは誓いを立てるように頷いた。

 そして、教室を見渡すように視線を上げた。


 「ライド、リーズレット。レッド先生にこのこと報告しといてくれ。たぶん、宿舎で寝てるよあの人・・・頼むわ。」

 「りょ、了解!」

 「は、はい!」


 ライドとリーズレットが、勢いよく教室を出て行く。

 続けて、ボルグに視線を合わせる。


 「ボルグ、アリスの鞘、頼むわ。これがただの鞘じゃないのは、おまえならわかるよな?」


 「・・・・うむ、承った。おまえたちも、気をつけてな。」


 ベルベットからアリスの鞘を受け取るボルグ。職人だからこそわかる、アリスの聖剣の重要性。それを納める鞘もまた、宝に値するとボルグは知っていた。最も信頼のおける人物にアサギは託したのだ。


 「ああ、助かるわ。・・最後に、エルメ。多分、、街での戦闘は避けられない・・。それでだ・・・街の修繕は、おまえの商会に任せていいか?もちろん払いは、レッド先生でな。」


 「心得たよ、アサギ殿。この、エルメ・フェルナンド・ゴルドの名に懸けて、その依頼確かに承諾したよ。」


 エルメと呼ばれる気品のある少年は、自身への商会への依頼に承諾した。

 雰囲気は貴族のようだが、Bクラスのような棘はなく、とても親しみやすい声色をしていた。


 「ありがてえ・・。それから、みんなも聞いてくれ。さっきも話したが、これは大っぴらにできない事案だ・・。だから、アリス捜索は限られたメンバーで行く・・。心配も尽きねえと思うが、ここは俺たちに任せて、待ってくれ!」


 アサギの言葉に、無言で頷くDクラス一同。アオは彼の流れるような人員配備に、舌を巻く思いだった。

 そしてクラスの反応に安堵したアサギは、大きく息を吐く。そして、全てのお膳立てが整ったというように、後ろを向く。

 すると、準備は万端だという表情を浮かべる3人は、既にアサギの問いは必要ない様子だった。

 予想はしてたが、それでも少し可笑しくなって、笑みを浮かべた。


 「何をニヤけている。行くぞ。」


 ジュウベイは、腰に携えた武器をかちりと、少し抜いて様子を確かめると鞘に納めた。準備はできているようだ。


 「とっととアリス見つけて、5人でどんちゃんしようぜ!」


 ベルベットは、男勝りに右手の義手を掲げると、同じく親友を救うメンバーにいる自覚を既に、持っていた。

 そして、最後に、アオが一歩前に出る。アサギと目をジッと合わせる。


 「アサギ・・・・。あなたがいなければ、私は闇雲にアリスを探して、最悪の事態を迎えたかもしれません・・・。あなたの冷静さに救われました・・。いや、今回だけじゃない。あなたに、何度救われたか・・。改めて、感謝を。ありがとうございます。」


 頭を下げて、感謝を述べるアオ。

 その姿に少し驚いて目を見開くアサギだったが、すぐにいつもの軽い調子で話しかけた。


 「まだ、礼は早いぜアオ。それは、アリスを見つけてからな。さあ、顔を上げろ、ヒーロー。

  おまえが、アリスを救うんだ。」


 「・・・・・はい!」


 アオの誓いにも似た返事に、3人は同じ気持ちを通わせる。アオこそがアリスを救うヒーローになると。

 4人は、走り出す。アリスの元へ。

 アリス救出劇が幕を下ろした。

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