第40話見守る少年

  アリスにバレないようにそっと、その場を離れるアオは、生徒たちの登校時間と丁度重なるように教室に入る。

 すでに、何人かの生徒がいたが、その中で、すぐにアサギを見つけると、その隣に座る。そして、嬉しそうな表情でアオは頬杖を付いて前を見つめていた。

 何かを察したアサギは、口元を吊り上げると、アオの方に体を寄せた。


「ははーん、何かいいことでもあったなぁ?」


「はい、アサギに言われて朝の・・・見ました・・・。」


「・・・そっか。それで、答えは見つかったか?」


 その問いに記憶の中、今朝の風景が蘇る。

 ぬかるんだ地面を踊る足音、軽やかに剣先が空気を裂き、煌びやかに反射する汗の飛沫。

 アリスがただひた向きに、懸命に剣を振るう姿が、朝靄の背景とともに蘇る。


「・・・はい。感謝しますアサギ。今朝の光景を知らなければ、私はアリスをかわいそうだと、思っているだけの情けない自分になっていたことでしょう。・・・でも、これで答えを得ました。

 私が、今すべきことは・・・・アリスをもっと知るために、陰ながら見守ることです!!」


「ああ、そうだな、あいつは努力家だ。って・・え!?・・・陰ながら・・見守る?いやいや、もう十分アリスを知れただろ?・・・これからは、仲良くなるために話しかけたり、もっと関わっていくとこじゃないのか!?」


「いえ・・まだまだです。まだほんの一部ですよ・・。それに、なぜか、陰からアリスを見守るのが、すごく楽しいというか、なんというか、表現しにくいのですが・・・・元気になりました。」


「・・・・・・・・・・・。」


 アサギは、あらぬ方向へとアオを変換してしまったのだと思った。これは、自分の責任なのかと。

 少し後悔してしまうアサギではあったが、アオのなんとも言えない幸せそうな顔を見て、そっとしておくことに決めた。


 アオが浮かれた表情で、現を抜かしていると、Dクラスの面々が登校してくる。

 がやがやとした空気にふと顔を上げる。Dクラスの風景が目に入ってきた。

 アリスは相変わらず、外を見ていた。眠そうなベルベットと、それをからかうアサギ。

 ジュウベイは、真っすぐで細身の鮮やかに装飾された鞘に、納められた不思議な形の細剣を、手にすると何やら満足げに眺める。

 ボルグとライドは楽しげに会話し、委員長と呼ばれた真面目そうなリーズレットは、授業の準備を始めたり、眠たげな生徒、エルフの女の子、気品ある少年や、ゴスロリで血色の悪そうな少女、豪快な縦ロールの女の子。

 個性あふれる生徒たちが過ごす、このDクラスを改めて眺めた。


 (そういえば、色々あって、クラスをちゃんと見ていなかった・・・。ここが、アリスの過ごした学園。アリスの学友たち・・・。確かに、このクラスなら、アリスも寂しい想いはしなかったことでしょう・・・。でも、それでも・・・・)


 アオが思いを馳せると、教室の扉が開いた。


「おーう、今日はどれだけいるかな~?・・・まあまあ、だな・・・まあ良しとしよう。

 よーし、今日は、炎の魔術の汎用術式の例と術式解析やってくからな~、準備しろよ~。

 あと、今日から学園内の備品改修のために外部から来賓があるけど、おまえら問題起こすなよ?」


 気だるそうに入るのはDクラスの担任のレッドだ。ボサボサの長い髪を手荒に後ろで結ぶ髪型で、今日もクラスの人数を確認する。

 そして、連絡事項を告げると、クラスを煽った。アサギやベルベットが反発するも、ひらひらと手を振り受け流す。

 これが、アリスの日常。アリスは普段この空気の中で過ごしていた。それは、間違いいなく過去のアリスにはない環境だった。

 アオは改めて今のアリスを見ていかなければと再認識した。


 アオの陰から見守る生活が始まった。

 授業中。クラスの騒動に、あまり笑わないが、たまにクスリと笑みを見せていた。そんな時に、アオと目を合わせると、慌てたように外に顔を向ける。そして、アオがショックでうなだれて、アサギがからかう。いつもの流れになっていた。

 昼休憩。アリスはベルベットや他の女生徒と食堂での昼食を取ることもあったが、主に一人屋上で過ごすことが多かった。

 手すりに身を預ける彼女は儚げに、風に吹かれていた。

 業後。皆が帰る中、アリスは一人、魔術学園に隣接する巨大な図書館。王立図書館に足を運んでいた。そこで決まって読むのは、数々の剣豪や剣聖の剣術の術理について書かれた書物だった。

 剣を振るわないときでさえ、たゆまぬ研鑽を重ねる。

 そして、誰もいなくなった夕暮れの演習場。人目を気にしなくてもいい時間帯になると、一人剣を片手に、修練に励む姿を毎日目にした。


 アオの眼に映る少女は、日々のほとんどの時間を剣術の向上に使っていた。およそ、年頃の少女が過ごす日常ではない。それでも、アリスは何かに抗うように、何かを証明をするように、ひたすらに汗を流していた。

 それを陰ながら見守るアオは、アリスにたまにバレかけそうになるも、機敏な動きでなんとか隠れたり、そっとベンチにタオルを置いて帰ったり、慣れてくると意外に大胆な行動を取っていた。


 そんな姿を見守る者がいた。

 夕暮れの校舎の中から、三人はアリスを見守るアオの姿を見つめていた。


「くーーー、なんか見てて歯がゆいわぁ!!・・こう、なんて言うんだろうな、もっと、方法があるだろって、言いたくなるよなぁ・・・・。」


「てか、アオさ、ただのストーカーじゃね?」


「いや、陰ながら見守る姿・・・。漢だ。」


 アサギ、ベルベット、ジュウベイは三者三様の感想を述べる。

 三人ともアリスとは初等部から学園で一緒に過ごした仲で、理解者でもあった。

 そんな、アリスの秘密の特訓を知る数少ない級友であったが、今はアオの奇妙な動きを心配そうに眺めていた。


「しかし、おまえがアリスのこと、アオに話したって言ったときは、マジかよって、思ったけどよ・・・。あんなに、アリスを想う奴、他に見たことねぇわ・・。そういう意味じゃ、良かったかもな・・。」


「ああ、儂らは、アリスのことを理解はしても、救えはしなかった・・・。今のクラスはアリスにとって居心地がいいだろうが、それでも、全てを解決したわけじゃない・・。あいつの前にあるのは、いつだって茨の道だ。だが、アオは・・・きっと・・。」


「そうだな。アオはきっと、アリスを救いたいんだよ・・。記憶の中のアリスが、剣を振るうような奴じゃないってことは、アオの中で根っこのようにへばり付いてる・・。でも、過去じゃなくて、今を見るって決めたからな・・。その葛藤の中で、あんな変なことになってるんだけどよきっとな・・・。それでも、諦めてない。俺たちも長いこと見てないアリスの本当の笑顔を、取り戻すことをさ・・。」


 アオは、アリスを心配そうに見つめていた。アリスの動きに一喜一憂して、慌てふためく姿を、アサギは笑みを浮かべながら、眺めた。

 その光景は、誰よりも眼前の少女を想う少年の姿だった。


「けど、あいつなら・・アオなら、俺たちができなかったことをしてくれるんじゃなかって、期待しちまうんだよな。おまえらだって、そうだろ?」


「まあね~・・・。」


「・・・ああ、そうだな。」


 夕暮れに照らされる演習場に二人。

 もどかしくも、少女と少年の距離は空いていた。それを、期待と信頼の眼差しで見守る三人は、いつかこの距離を埋めて、少女と笑顔で並び合う少年の姿を夢想していた。


 あくる日。奇妙な夢で寝付けなかったアオは、珍しく遅く起きてしまい、アリスの姿を見守ることなく教室へ向かった。

 廊下で見知らぬ二人組とすれ違う。作業着と持っていた脚立から、先日レッドが話していた改修に来た来賓だと察した。

 教室に入ると、アリスはまだ席にはいなかった。

 アオは、席に座ると早速アサギにいじられる。


「あれー、今日はストーカーしてないじゃん?」


「ええ、今日は少し寝過ごしてしまいました・・。不徳の至りです。アリスは頑張っているというのに、情けない限りです・・・。って、私はストーカーではありませんから、見守っているだけですから・・。まあ、たまにタオルをそっと置いたり、アリスが図書館で眠ってしまったときはそっとブランケットを掛けたり、少し見守るの範疇を超えはしましたが・・・でも、邪な感情は一切ありませんから!」


「・・・いや・・おまえ、それはー・・。」


 からかってアオの反応を見るつもりが、思ったよりも狂気的な一面が見えてしまい、アサギは言葉を失う。

 これは、期待するのは早計かと思ってしまったが、穏やかに笑うアオの表情にアサギも思わずつられて笑った。


「おーい、おまえらアリス知らね?こんな時間なのに、教室にいなくてよー。」


 そんな二人に声がかかる。ベルベットからだ。

 どうやらアリスを探しているようだが、確かに教室に姿が見えない。

 ホームルームぎりぎりになってまで、朝の修練をした記憶がなかったので、少し心配になっていた。


「まあ、着替えにてこずってんだろ。更衣室見て来いよ。」


「そうか・・更衣室か。わかった、見てくるわ・・。あ、おい、アオ。流石に着替えまで見守るんじゃねーぞ?」


「し、しませんよ、そんあ破廉恥な・・・・こと・・・・。」


 アオの妙な間に、怪しげに睨むベルベット。脂汗を流すアオを横目に教室を後にした。


 ホームルームの時間になっても、レッドが姿を現さなかった。どうやら、これは良くあることだそうだ。

 時間を間違えて寝坊することが常習だったので、生徒からのレッドに対する心配はゼロに等しかった。

 それよりもアリスだ。流石に遅刻をしたことはない彼女の様子が気になり始める。


 そして、不安を察したようなタイミングでべルベットは、勢いよく扉を開けた。

 その音に一同は視線を向ける。息を荒げるベルベットは、神妙な面持ちだ。

 呼吸も整わないうちに、口を開いた。


「大変だ!・・・アリスが、アリスがどこにもいねぇ!!」


 空気を凍らせる一言。

 まだ見ぬ騒動の予感が、教室に流れた。

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