第38話雨降って・・地・・

 この違和感は何なのだろうか。

 アオは、わからなかった。


 Bクラスとの模擬戦を終え、クラスメイトに囲まれながら賞賛の嵐にあうアオ。

 レッドは、すでに演習どころではないと判断し、授業を早々に切り上げた。

 ボロボロになったBクラスの生徒は、恨み言を吐きながら、アオを睨みつけると、悔しそうに部屋から出て行く。

 それを、得意げに見やるDクラス一同は、一層アオへの感心は高めた。

 盛り上がるクラスメイトの中、アオは一人浮かない顔をした。

 クラスの反応に対して、自分自身の評価はそこまで高くないことに、地に足がつかないような乖離した感情を心に浮かべていた。

 

 アオは、アリスのことも、貴族のことも、学園も、魔術も、人間についても、何もかもを完璧に理解していなかった。当然だ。家族の温もりすらも最近まで知らなかったのだから。

 そんなアオが、転生してから抱いた始めての紅く燃えるような感情は、憤怒だった。誰に対してではない、他ならない自分に対して抱いたものだった。

 だからこそ、アリスを罵倒した生徒に対してではなく、アリスに涙を流させた自分の不甲斐なさに怒りを抱いたのだ。

 これは、アオにとって半ば八つ当たり。そんな、アオを称賛するクラスの声は、彼にはくすぐったくもあり、また、素直に納得のいく評価でもなかった。

 

 早々に演習を終えると、余った時間を教室で過ごすことになった。

 窓越しに外の風景が見えた。大きな雲が王都の広い空を埋めていた。今にも雨が降りそうだ。

 妙に浮足立つクラスの中アオは、まだ腑に落ちないような表情を浮かべていた。隣でアサギはその表情に気づく。声を掛けようとすると―

 ベルベットが威勢よく教室へと帰還した。彼女はアリスを追って演習場を後にしたが、帰ってきたのは一人だった。


 「よーう、アオ、聞いたぜ!!なんでも、Bクラスの奴らに一泡食わせたらしいじゃねーか。すでによ、Cクラスの奴らには知れ渡っててな、あいつらも歓喜で盛り上がってたぜ!・・・いやー、あたしも見たかったわぁ!あいつらの悔しさで歪む顔をよ!」


 「そりゃあ、すごかったぜ!Bクラスの奴らの魔術を拳でぶっ飛ばすは、ひらひらと躱すわで、終始アオは無傷でよ。それに加えて、的確にBクラスを倒す姿は感無量だったなぁ。まさに、完全勝利だったよな、アオ!?」


 「・・・・・え、ええ。・・・どうだったでしょうかね・・・。」


 Cクラスにまでアオの武勇は轟いていた。貴族に対する反感なのだろうか、この国での彼らと庶民との間の価値観は離れているようだった。

 そして、この噂はアリスの耳にもいずれは届く話だ。

 アオの行動が彼女にどんな影響を及ぼすのか、どんな感情を抱くのか、考えるのも憚れるほどだった。

 

 アオのどこか上の空の生返事に、ベルベットは首をかしげてアサギの方を見る。

 アサギも、首を横に振る。アオが、勝利に浮かれていないのはわかるが、ましてや喜んでいないようにも見えた。

 空気を悪くしたと思ったアオは、ベルベットの方に顔を向けた。気になることもあったからだ。


 「そういえば、アリスはどうしたのですか?教室には戻っていなようですが・・・。」


 「ああ、アリスな・・・。まあ、疲れただろうし、今日はもう寮に帰ったよ・・。アリスは真面目だから、一個や二個授業に出なかったくらいで、何ら進級に影響はねえさ。」


 「・・・そうですか・・・。」


 なおも、煮え切らないアオにアサギは口を開く。


 「なあ、ヒーロー。どうした、そんな浮かない顔して・・・。おまえは、誰にもできないことをしたんだから、もっと胸を張っていいと思うぜ?」


 「アサギ・・・。しかし、これがアリスのためになったのか・・・、私にはわからないのです・・・。だから、素直に喜べない・・・。私はただむしゃくしゃしたから、暴力を振るったに過ぎないのではないのでしょうか・・・。」


 アオの行動は詰まるところ憂さ晴らしだった。皆が、アオを褒めても響かないのは、自分の中にどこか罪悪感があるからなのだろうか。胸の奥に棘が引っかかるのは、単にアリスのためではないと感じているからなのだろうか。この感情は何だろうか、アオにはわからなかった。

 耐えきれなくなった雲から大粒の雨がぽつりと降りだした。雨脚は強くなる気配がした。

 

 「んーー、アリスのためになったかって言ったら、絶対そうだって頷けないな・・・。アリスがBクラスをボコボコにしろ、なんて言ってないからな。」

 「・・・・・・。」

 「でも、”誰かのため”なんて、本当に存在するのか?」

 「え、それは・・・どういう意味ですか?」


 アサギの突拍子の無い発言に、目を丸くして問い返す。

 アサギは、少し表情を和らげると話を続けた。


 「助けてくれって言葉に手を差し伸べるのは案外誰でもできる。本当にすごいのは、声にならない叫びを感じ取って救いの手を差し出せる人間だろ。・・・・けどよ、どっちにしても結局エゴなんだよ。助けたい、誰かのためになりたい、って自分の願望をさ、言ってみりゃ押し付けてるだけなんだよ・・。だから、今回のおまえの行動も自分のためにしたことなんだよ、きっとな。」


 「・・・そうかもしれません・・けど――」


 「わかってる、おまえがアリスを恩着せがましく救おうとしたわけじゃないってことくらい。」


 雨が強くなる。熱い雲が昼の日差しを遮りどんよりとした空気を創り出した。

 アオの気持ちを読み取るように言葉を遮るアサギは、遠い目をした。


 「さっき、俺が言った”誰にもできないこと”ってのは、別に一騎当千したおまえの戦うすがたじゃないないぜ?・・そりゃあ、アオの戦闘センスには驚いたさ・・でもそれが全てじゃない・・・。

 みんなもそうだ。それだけを称賛してるわけじゃない。」


 「・・・では、いったい私にしかできなかったこととは・・?」


 「俺たちは、貴族に対して・・・そのあえて突っかかたりしない・・・できないって言った方がいいか・・・。問題を起こすといろいろと自分に不利な立場になる。この国での暗黙のルールみたいな感じだ・・・。でも、本当は面倒ごとを避けたいだけなんだよ・・。この国の法律は貴族だろうが庶民だろうが平等に裁く・・。そんな、建前を置いて、本当は立ち向かう勇気がないだけなんだよ・・・。でも、おまえは違った。俺たちが建前を敷いてる間に、泣いてる少女のために一人立ち向かった。声にならない叫びを出すまでもなく、追いつめられた少女に目を反らした俺たちとは違う・・・。なあ、アオ。どうか胸を張ってくれ。俺たちはおまえの行動に感動した、嫉妬した、悔いを改めた。だから、俺たちはおまえを称賛する。おまえが真の勇気あるヒーローだってことをな!」


 アサギの真っすぐな言葉に、アオは素直に頷いた。

 気づくとアオの顔にはかすかに笑みがこぼれていた。

 アサギは相手の欲しい言葉を本当によくわかっているなと、アオは自分にない優れた才能を持つ彼に感謝した。

 決してアリスのためではなかったかもしれない、もっといい案があったかもしれない、それでもアオは、今回の行動が間違いじゃないと証明してくれたアサギに、Dクラスに深く感謝していた。


 アサギは、アオの明るくなる顔色を確認すると満足気に腰を深く椅子にもたれた。

 そして、いつもの何もかもお見通しのような、得意げな表情を浮かべる。


 「それにな、おまえが本当に気にしてるのは別に、アリスのためとかどうとかって話じゃないだろ?」


 「え?・・・それは、いったい・・・。」


 「やっぱろ、自分でも気づいてなかったか・・・。そうだな、じゃあヒントだけ。アオの目には、アリスは悲劇のヒロインに映ったか?ただただ、不運に打ちひしのめされる哀れな少女に見えたか?」


 「それは・・・・・。」


 「この質問の意味を知るには、あと一歩アリスについて知る必要がある・・。それがわかれば、アリスのために出来ることも、見えてくるんじゃないか?」


 アオの中の棘。アリスに対する違和感。それがわかるのだろうか。まだ自分には知らないアリスがいるのだろうか。

 アオは、アサギの言葉を信じて、アリスの今をもっと知ることを次の指針に定めた。

 もう、不安な表情はどこにもない。

 ぐちゃぐちゃの心境に、この感情にも終止符を打てるだろうと思った。

 

 雨はまだ降り注いでいたが、遠く空の端の雲の切れ目から、明るい陽の光が漏れ出しているのが見えた。

 答えを得るのは、もうすぐだ。

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