第37話完全勝利

 勇者アルスと共に大陸を旅し、魔王を打ち倒したドワーフの英雄。―ディギン・ロンゴルド

 彼は当時のドワーフの戦士の中にはない、武器要らずの戦闘方法を用いていたという。

 曰く、敬虔な修行僧でもあったディギンが武器を使わない理由は、命の奪い合いの責任を忘れぬためである。と、言われてはいるが真意はわからない。

 わかる人間などこの時代に生きているはずもないからだ。


 「ホロってあのホロか!?・・・あんな古式武術、使える奴なんているのか?」


 ボルグの言葉に真っ先に驚きの顔をしたのはレッドだった。ボルグのホロという武術に関して情報を有してたようだ。

 ボルグは、怪しむレッドを横目に静かに頷く。


 「ああ、確かに大陸では古い武術だ。今や知る者の方が少ないのも事実。だが、ドワーフの中にも使える者はいる。その内の一人は、ロンゴルド連合国で最強の武闘家だ。

 そして、アオの構え、動きは見紛うことなくホロだ。・・・しかし、美しいな・・・あの踊るような、舞うような、自由で型の無いような動き・・・。ドワーフでも、なかなかあのキレには達せない・・。」


 ボルグが目を見張るほどのアオの動きは、確かにヒラヒラと空中を舞う蝶の如く自由で、相手の魔術を掠ることなく躱していく。

 例え、躱せないタイミングであっても、鋼鉄の拳が脚が揮えば、魔術を掻き消す。まさに鉄壁。時間内でBクラスがアオに勝利することは現状、不可能であった。

 余裕の表情を見せるアオに苛立ちを露にしたのは、シュナイダーであった。


 「・・・・なぜだ・・・なぜ、凡百の庶民如きに、一撃もまともに当たらんのだ・・・・。

  こうなったら、全員での同時攻撃で仕留めるぞ!」


 「し、しかし、シュナイダー殿、それでは、この狭いエリア内・・・我らにも被害が出てしまう・・・。タイミングを一緒にするなど、自滅行為に他なりませんぞ?!」


 「ええい!悠長なことを言っている場合か!!40人もいて、たった一人にダメージ一つ与えられないことがどれだけの醜態か、わかっているのか!?・・・多少の犠牲覚悟で、やるしかないだろう!?・・・。総員、魔術詠唱開始。」


 Bクラスは互いの顔を見る。自滅行為には抵抗はあるが、シュナイダーの言葉は確かなものだと理解もしていた。一斉にアオの方に顔が向く。その顔にはある種の覚悟が表れていた。 

 魔術の詠唱が一斉に始まると、魔力を練り上げるようにそれぞれの掌に集まる。

 

 (これが、貴族の矜持というものですか・・・浅はかだが、侮れない・・。しかし、これは・・・)


 「まずいな・・・。タイミングをずらすことで、お互いの魔術の干渉を抑えていたのを、一斉射撃で仕留める方法にシフトしやがったなぁ・・・。これは、流石にアオでも危険か・・・・。潮時かな・・・。」


 「待ってくれ、先生!!アオの眼は、まだ微塵も諦めちゃいない!!頼むよ、もう少しだけ様子を見てくれないか・・・。」


 先ほどまでの心配そうな気持ちはすっかり消え去り、ただただアオがBクラスに勝利することだけを信じている真っすぐな目が、レッドに向けられた。

 アサギに同意するように、3人も頷く。

 レッドは、呆れるように大きく息を吐くと、頭をかく動作をする。


 「・・・・まあ、なんとかなるかぁ・・・・。それに、おまえらに乗せられて、教師ながらアオを応援したくなっちまったわ・・・・。」


 外野からの熱い視線に気づくことはなく、アオは眼前の状況を見据えていた。

 徐々に魔力が集まり、詠唱も終わる頃合い。これだけの、攻撃を同時に受ければ、流石のアオも躱しきれないし、自滅覚悟とはいえ、相手の肉体へのダメージも心配であった。

 

 アオは眼に力を籠める。

 アオの眼には、魔力の流れが見えている。一人一人の魔力の大小は違う。そして、息を合わせての攻撃とはいえ、詠唱を終えるタイミングは一緒ではない。

 

 アオは、魔術の予備動作の速度の速い順番で目星を付けると、線を引くように繋ぎ合わせた。

 そして、大きく息を吸うと、神聖力を全身へ巡らせる。

 ふわっと、体が浮くように、線の始点目掛けて、高速で移動すると、詠唱中の相手の懐に入り込む。


 「え?」

 

 ドゴッ!!


 アオの拳が腹部にめり込む。

 鈍い音だけ残して、1人目が場外へ飛ばされた。当の本人は地面に転がり落ちると、何が起きたのかわからなかったが、ただただ腹部への痛みで悶絶する。

 魔術の準備に気を取られて、Bクラスの大半が、何が起きたのかわからないでいた。

 現実を理解していない一同が唖然とする中、アオは次にターゲットを据えると、間合いを詰めて同じく拳で吹き飛ばす。続く、3人、4人・・・と凄まじい速度で魔術発動前に敵を吹き飛ばしていく。

 Bクラスの緑のゲージが少しづつ削られていく。

 

 「すげえな・・・・。先生の言ってた魔力を視る眼を使って、魔術の発動兆候が早い順になぎ倒すことで、攻撃をキャンセルしている・・・。」

 「ああ、一斉攻撃をしたいがために、タイミングを合わせたことを逆手に取った、見事な戦法だが・・・。これは、あいつの速度と攻撃力、そして武術も相まって初めて成立するものだな・・・。」

 「儂でも、あそこまでの高速戦闘はできないだろうな。ふっ、一泡吹かせるだけだと思ったが、完全勝利で終える気だぞあいつ。」

 「ぼ、僕なんて何が起こってるのか目で追えないよ・・・・。」

 「ホロの使い手だ。これくらい当然の御業と言うわけだな。」


 観客の熱気が上がる中、アオの猛襲は止まらない。次々に、敵を吹き飛ばす。

 その様子を後方に構える者たちが、徐々にその刃が近づくことに気づく。

 焦りと恐怖が眼前に迫ると、震える手をアオの方に向けた。


 「くっ、くそが!これでもくらえ!!」


 未完成の魔術が炸裂する。しかし、単体でしかも不完全な魔術はアオの前には意味をなさない。

 アオは、火の粉を振り払うように魔術を掻き消すと、術者も弾き飛ばした。

 そして、アオの攻撃は止まらくことを知らず、加えて焦ったBクラスの魔術の乱発も難なく対処していた。


 一番後方で、シュナイダーは現状を俯瞰しようとしていた。

 しかし、想像を絶するほど最悪の状況に、ただ口を開けて呆然としていた。

 一斉攻撃の命令は果たされず、乱立した魔術の発動は当然アオには届かず、信じられない速度でクラスの大半がノックアウトされていく様は、シュナイダーの脳内では処理しきれなかった。


 「シュ、シュナイダー殿!?こ、これから、いったいどうすれ――ぐあああああああ!!」


 傍にいた生徒が後方へ吹き飛ばされると、右隣に恐怖が立っていた。

 ゆっくりと、シュナイダーの方を向くと、彼の中での恐れが最大に達した。

 震える身体が後ろに下がると、アオが一歩一歩詰め寄った。

 シュナイダーは、意を決したように構えると、魔力を籠める。


 「くっ、くそが!!

  い、凍てつく至点、汝は氷牙を穿つもの、荒天せよ我が無双の槍よ―アイシクル・スティンガー!!」

 

 シュナイダーの手から氷の槍が伸びる。

 アオに氷の槍が向かってくる。

 刹那、アオは右手一つで槍を受け止めると、キチキチと氷が嘶いた。

 そのまま、槍を握りつぶすように力を加えると、氷の槍は空中に霧散した。

 反射する氷の粒が空中を舞う中、シュナイダーは力を失くしたように立ち尽くす。

 

 「ば、馬鹿な・・・。我が固有魔術を素手で・・・。こ、これは、何かの間違いだ・・・。

 しょ、庶民が・・・貴族に勝つなど、あってはならないのだ!」


 「・・・貴方がどう思うかは自由ですが、一つだけ言わせてもらいます。身分や立場で、相手の力量を測るのはやめた方がいいですよ。今回のように、模擬戦なら良かったものの、実践ならどうなるかわからないですからね。」


 「なっ、やめっ――!」

 

 シュナイダーの懇願も虚しく、アオは渾身の一撃を顔面に叩き込んだ。

 それまで、他の生徒には顔への打撃は控えていたが、私怨ともいえる一撃をシュナイダーに食らわせた。

 シュナイダーは、場外へ吹っ飛ぶと暫くぴくぴくと痙攣し、意識を失う。


 Bクラスの緑のゲージがゼロになる。

 アオは、屍のように辺りに倒れるBクラスの生徒の中心で一人立ち尽くす。

 演習場が静まり返ると、レッドは慌てて宣言した。


 「し、試合終了。勝者、アオ!!」


 高らかな勝利宣言。そして、100%のゲージがアオの完全勝利を表した。

 Dクラスの歓声と、アオに走り寄るクラスメイト。

 それを、現実に感じ取るとアオは少しの高揚感を抱く。

 と、同時に心にしこりが残る。

 

 (これで、良かったのだろうか・・・。)


 歓声と称賛の声とは裏腹にアオの不安は消えなかった。

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