第36話魔を視つめる眼

 (アリスが魔術を使えないのは、最初から分かっていた。なぜなら、アリスは神聖力を持つ稀有な存在だから。魔術など使えなくても、関係ない、そう思っていた・・・。)


 アオの最初の違和感は、アリスの周囲に精霊がいないことだった。アオの特殊な眼は神聖力の集合体である精霊を視ることができる。幼いアリスには確かにあった精霊の加護はなくなっていた。

 しかし、アリスの体内には黄色のオーラが見えた。なるほど、精霊はいなくてもアリスは神聖力を練りだす方法を身に付けたのだろう。そう勝手に思い込んだ。

 なぜ、記憶が無くなったことで、神聖術も使えなくなっているのでは、と思案できなかった。自分自身もこの世界に転生した時は、神聖力すらまともに使いこなせなかったというのに。

 この学園で、魔術が使えないことがどれだけのハンデを生むのか考えもせず、浅はかにも、自分の都合の良い理想のアリスを思い浮かべていた。

 だが、実際はどうだろうか。魔術学園で魔術が使えないこと、聖剣の守護者などという大役を背負わされ、あまつさえ同じ貴族から蔑まれる始末。これを、苦悩と言わずなんだというのか。

 アオは自分の愚かさを恨む。今のアリスを知りたいと言いつつ、過去の幻影を重ねる自分勝手な思い込みを。

 アオは自分の無力さを憎む。涙を浮かべ打ちひしがれるアリスに、何一つしてあげれない自分自身の非力さを。


 自分自身への怒りを胸に、アオは目の前を覆いつくすBクラスの生徒たちの前に立ちはだかる。

 アオの挑発が作用して、苛立ちの表情が、総勢で40ほど見えた。

 アオは模擬戦が始まる合図を待つと同時に、体内に流れる神聖力を感じ取っていた。

 息を大きく吐く。大見得を切ったアオだが、対人戦は初だ。如何なる対処もできるように体の力を極力抜いていた。


 レッドは、模擬戦の準備のためにエリア外でゲージの設定をいじる。

 そこにアサギたちはぞろぞろと歩み寄る。アサギの顔は悶々とした表情を浮かべていた。

 

 「いいのかよ、先生・・。こんな無茶許して・・。てか、ちゃっかりタイマー10分に増やしてるし・・。」

 「だって、あいつの目見たろ?怖いのなんのって・・・。それに、やけくそじゃないのは伝わったからいいんじゃねえーか。・・・なあ、おまえらも気にならないか?あいつの実力をさ。」

 「ああ、実は儂も気になっていた。・・・・見てみろ、あの集中力。あのようなスキの無さを見せられては、こちらも期待に心躍るというものだ・。」

 「おまえまで・・・。まあ、気にならないって言ったら噓になるけどよぉ・・・。ったく、負けるんじゃねぞヒーロー。」


 ジュウベイはアオの自然体な様子に期待の眼差しを送っていた。アサギも、同様にアオを見る。

 アオのことを心配しつつも、自分のできないことをやってのけそうなアオに同じく期待していた。


 「これより、Bクラス40名対アリスの模擬戦を執り行う。勝敗は先ほどと同じだが、今回はイレギュラーだ。危険だと判断したら即座に試合を中止するからな。」


 アオは無言で頷く。しかし、Bクラスはアオを叩きのめしたいという感情で頭が支配されていた。

 今にも魔術で攻撃を仕掛けてきそうな気迫が空気中に満ちる。

 アオの模擬戦が始まる。


 「模擬戦開始!」


 合図とともに魔術が放たれた。一人の生徒が、先制攻撃を仕掛ける。


 「ファイア・バレット!!」


 火の玉が一直線にアオ目掛けて飛んでくる。アオは、一歩もその場を動くことなくその場で構える。

 ドカンッ!!

 爆発音とともに無抵抗なアオに直撃すると、炎が弾けた。

 

 魔術を放った主は、得意げな表情を浮かべる。

 無防備な状態での一撃。通常なら、相当なダメージを追うはずだ。

 ぷすぷす燃える音と煙の中からアオが姿を現した。アオは右拳を真っすぐに突き出す姿勢を見せると、服に着いた煤を払う仕草をして、余裕の表情で立つ。

 

 空気がどよめく。

 ありえないものを見るような目をする術者は、驚愕で口を震わせる。


 「ば、ばかな!あれほどの、威力の魔術を・・・どうやって!?」


 動揺するのも当然であった。この術者は、模擬戦が始まる前より詠唱を終えると、魔力を最大限まで溜め込んでいたのだ。そして、試合開始と同時に、先制攻撃をお見舞いするという魂胆であったのだ。

 ジワリと汗が滲む。渾身の一撃は無防備のはずの相手に傷一つつけることができない事実に焦りを見せた。


 アオは、動揺を隠せない相手に、質問の返答をした。


 「撃ち落としたのですよ。右の拳でね。」

 

 「は?何を馬鹿なことを言っているんだ・・・。素手で魔術を弾き飛ばす奴がいるはずないだろ!ましてや、無傷で済むはずがない!」

 

 「無理に信じてもらわなくて結構です・・・。目の前に起きたことが真実なだけですので・・・。

  さて、もう終わりですか?もっと、あなた方の自慢の魔術、お見せください。」


 アオは、手をクイと曲げて挑発する。

 Bクラスの生徒は目の前の余裕に満ちた表情と、ルール違反で発動させた規定外の威力の魔術を軽く弾き返したアオに、恐れて体が前に出ない。

 そんな不穏な空気に、しびれを切らしたのはシュナイダーだった。


 「全員で、波状攻撃だ!一気に中距離魔術で仕掛けろ!」

 「し、しかし、貴族たる者、一人に対してそのような・・・。」

 「ええい、何を世迷言を言ってる!あのような奴にあんな舐めた態度を取らせることの方がよっぽど貴族の恥だ!」

 「わ、わかりました・・・・。」


 シュナイダーの叱咤に周りの生徒は、急ぎアオの周りを扇状に囲うように配置を変える。

 そして、それぞれ魔力を籠めると、詠唱を始めた。


 「吹き荒れろ空威の刃、ウィンド・スラスト!」

 「其は鋭き氷の棘、アイススピアー!」

 「爆散する雷鳴、サンダーボム!」

 「炎上に帰せ、ファイア・バレット!」


 風、氷、雷、炎の魔術の一斉射撃が、アオを襲う。

 アオの眼が見開かれた。蒼白く燃ゆるように輝く両の眼が、目まぐるしく動く。

 アオの視界と思考内では凝縮されたような時がゆっくり流れる。

 そして、全ての魔術の規模、速度、角度、タイミングを把握すると、最初に前方より来る風の刃を掌底で弾き飛ばす。

 続いて、右方向から飛来した氷の棘を難なく蹴りで落とすと、その姿勢を流れるように低空に屈ませると、一番速度のある雷の弾を躱す。そして、最後に斜め左から放たれた火の玉を正拳突きで消滅させた。

 一挙手一投足が、正確に魔術を討つ。キラキラと空中に魔術の残滓が舞い散る。

 魔術を放った生徒たちは、意気消沈したように体を震わせた。

 

 シュナイダーは呆けた顔をすると、余裕そうなアオがため息をついたのが見えた。

 まさか、貴族の自分たちが庶民如きに呆れられている。そう思うと沸々と怒りが湧き起こる。

 

 「な、何をしている!怯むな!絶え間なく、攻撃を叩き込むのだ。」


 シュナイダーは動揺する生徒に一括する。魔術の連続攻撃が始まった。


 踊るように容易く攻撃をいなすアオの姿に、アサギたちも驚きを隠せずにいた。

 動揺する一同を代表するように、アサギは疑問を吐露した。


 「素手で魔術を叩き落としてるぞ・・・。いや、強化の魔術を使ってるのはわかるが・・。あそこまで正確に当てれるもんなのか・・・。」


 「仮定の話だが、恐らくあいつは魔力の流れ、規模、速度、タイミングを視ることができるんだろう・・・。じゃなきゃ、あれほど正確無比に四方から飛んでくる魔術に反応できないはずだ・・・。加えて、あの鋼鉄に匹敵する身体強化・・。まさに武人。いやー、うちのクラスは脳筋が多いとは思ってたけど、ま―た増えちゃったな・・・。」


 レッドが解説するも全く腑に落ちないアサギ。

 凄まじい練度の硬化の魔術。それによる鋼鉄の拳を体現したことは理解できた。

 しかし、魔力を視ることができる眼。これだけが納得がいかなかった。


 「魔力を視るって・・そんな荒唐無稽なことができる魔術師は、この国に一人しかいないんだぞ!」


 「そう、王国最強の10人。十光剣。その一人が、魔力を視る特殊な眼。通称、魔眼を有している。アオもそれに近いものを持ってるってことだろう・・・。信じがたいってのは、わかるがそれが、現状できる仮説で一番根拠がある。」


 「それで、アオはあれだけ冷静に立ち回れるわけなのだな・・。極めつけに模擬戦前の落ち着き。ふっ、妬けるほどの実力を見せるじゃないか、あいつめ。」


 「ま、まさか、アオ君がこんなにすごいなんて・・・。」


 三人が感嘆に浸ると、一人黙り込んでアオの動きを観察する者がいた。ボルグだ。

 他の者がアオの能力について気にする中、ボルグは、今もなお鮮やかに踊るように、飛んでくる魔術をいなしている、アオの動きに注目していた。

 

 「どうしたボルグ、黙り込んでよ。まさか、武器を使わないアオには興味がそそらなかったか?」


 冗談交じりにアサギが突っかかると、ボルグは真剣な表情をすると、口を開いた。


 「おまえたちは、あのアオの動きに何も感じないのか?」


 「動き?・・・まあ、確かにキレはすごいな、あんまよく見てなかったわ、魔術を素手で撃ち落とすことの方が印象強すぎるしさ・・・。その動きがなんだってんだよ。」


 はあ、と呆れたようにボルグは息を吐く。

 そして、今一度アオの動きを見やると、目を輝かせた。それは、職人であるボルグが業物を前にした時と同様の表情だった。

 

 「あれは、あの踊るように拳をふるう動き・・・・間違いない。ドワーフの英雄。ディギン・ロンゴルドが生み出したホロと呼ばれる武術だ。」


 ボルグの言葉で、また一つアオの未知なる一端が暴かれたのだった。

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