第34話アリス・ローズレイン2

 学園には4つの演習場が存在している。屋内と屋外で二つずつある演習場は、生徒たちの魔術を実際に行使するために用意された場所で、魔術の試し打ちをすることで術式の構築や組換えの糸口を見つけたりすることに活用される。

 第三演習場は屋内演習場の一つであり、攻撃術式の威力を測定する案山子のような模型が多数置かれていたり、丸い水晶を中心に円形に台座が置かれた器具など、おそらく魔術の試験に使うだろう装置が設置されていた。

 演習場の側面にはアリーナ状になっていて、上から演習場一帯を眺めることのできる仕様になっていた。

 そして、中央奥側には四角く繰りぬかれた床に色の違うタイルが敷き詰められた広い空間があった。


 アオは、扉を開けて演習場に入る。すると、すでに見知らぬ黒色の服を着た生徒が集まっていた。

 部屋の広さに呆然としていると、肩を叩かれた。


 「アオ、俺たちも競技服に着替えに行くぞ。」


 「・・・・あ、はい・・・、競技服?」


 アサギに言われるままに後を着いて行くと、そこは更衣室であった。制服を受け取った部屋と内部構造は一緒であり、それぞれのロッカーにそれは置かれていた。

 アサギの言っていた競技服が用意されており、どうやら全生徒に授業時に合わせて準備が施されているようだった。

 着替えてみると、体にかなり密着して、身体ラインを浮き彫りにさせるようなぴっちりとした服であった。黒基調の伸縮性に富んだ素材の競技服は、肩と脇から白いラインが伸びており、左胸に例の杖と赤い竜のシンボルが刻まれていた。

 シンプルだが、機能性は良く、アオは制服よりも動きやすさを感じていた。


 ベンチに腰かけると、隣にアサギが座った。服の調子を確かめるように腕を上下に動かすと、しっくりきたのか満足げな顔になった。


 「この服すげぇんだぜ。こんなダサい外見だけど、いくつもの汎用術式が組み込まれているんだよ。・・・こんな風にな!」


 アサギの掌に空気の乱れが発生すると、風の魔術によって圧縮された空気の球が出現した。

 服に施された汎用術式を実演するために、アサギは風の魔術を使って見せた。

 すると、前から人影が近づく。

 ジュウベイだ。貫禄ある風貌も競技服がいい具合に相殺していた。

 腕を組んでアサギの前に立つと、息を一つ吐いた。


 「こんなところで、魔術を使うとレッドの奴にどやされるぞ・・・。」

 「だーいじょーぶだって、競技服の仕様説明っていえば、赦してもらえるって!

  えーっと、これがこの服の性能な、魔力を流せば基本誰でも使える術式が埋め込まれた優れモノってわけだ。」


 「へー、それはすごいですね・・・・。」

 「・・・・あんま、驚いてねぇなぁ・・・・・。」


 アオの反応に不服そうなアサギ。

 その反応は最もであった。アオは魔術ではなく神聖術を使う。大っぴらには公言できないことではあるが、魔術の使わないアオには服の性能は、響かなかった。

 

 「ま、まあ、まだ実感してないだけですよ・・・、この授業でわかるんじゃないですか?」

 「・・・・ま、それもそうか・・・。」


 謎のフォローで気を紛らわすアオ。なんとかごまかせたと、大きく息を着いた。

 汎用魔術は誰でも簡単に発動できる術式だが、得手不得手は存在する。いかにこの服が多数の術式を刻印されてても、全ての術式を発動できる生徒などいないはずだ。ゆえに、アオは、いざ魔術を使ってみろと言われたら、強化の神聖術で茶を濁すことに心の準備をしていた。


 「しっかし、Bクラスとの演習か・・・だるいなぁ・・・。」

 「同感だな・・・・。」

 「そういえば、クラスのみんな不満そうな声をあげていましたが、Bクラスはそんなに嫌な理由があるのですか?」

 

 アサギとジュウベイの憂鬱な態度は、アオの目にも明らかだった。

 それだけじゃない、ボルグもライドも同じく気だるそうだ。これは、何か理由がなければ納得いかないと、アオは問いかける。


 「Bクラスはなぁ、貴族が多いんだよ・・・てか、よくよく考えたら、貴族しかいなあれ・・。」

 「それだけじゃない、Bクラスの貴族は特に庶民に対して下に見ている連中が多い・・。落ちこぼれと揶揄されるDクラスとの演習で問題が起きないわけがないのだ・・・。」

 「ああ、アリスもいるし、間違いないなぁ・・・」


 「え、アリスは貴族ですよね?それなのに、Bクラスの方とそんな衝突が生まれるものですか?」


 Bクラスは庶民を見下している。ならば、同じ貴族であるアリスとは仲が良いのではないのかとアオは思考する。

 アオの質問に、少しを間を置くと、部屋の中が静まり返った。

 すると、更衣室の外から声が聞こえてきた。

 一同が扉の方に顔を向けると、ボルグが代表するように扉の前に立った。

 

 「なにやら、外が騒がしいな・・・。これは、まさか・・・・」

 「ああ、そのまさかだ・・・。もう始まりやがった・・・。アオ、論より証拠だ。とりあえず、現状をその目で確認するのがいいさ・・。ただし、一つだけ約束しろ、アリスがどんな状況に陥っても、あいつに同情や心配の声を掛けたりするな。」

 「・・・・よくわかりませんが・・・・承知しました、どんなことがあっても、取り乱さないように努めます。」 


 アサギの言葉の意味はよくわからないが、きっとアリスのためなのだろうと理解したアオは、肝に銘じるとともに、更衣室を後にする。


 演習場は既に不穏な空気で満たされていた。各所で、生徒が散らばっていたが、みな部屋の一か所に視線が集まっていた。

 アオの眼もそれを捉えていた。


 「アリス?」


 視線の先には、アリスとベルベット、それに数人の知らない生徒が向かい合って立っていた。

 Bクラスの生徒だろう。アサギの言う通りすでに問題が起きていた。

 

 「はあ、ただでさい落ちこぼれの多い、それも庶民のDクラスと一緒の空気を吸わねばならないことに、耐えかねないというのに・・・・。おやおや、落ちぶれ貴族の、それも無能のアリス・ローズレインまでいるとなると、貴族の名が穢れそうで胸が痛いなぁ・・・。なあ、そうだろ?」

 「ええ、見ているだけで、無能がうつりそうだ。」

 「庶民と絡むなど、貴族の恥ですね。」


 三人のBクラスの生徒はDクラスとアリスを罵倒すると、高笑いした。

 演習場が声で響くと、不穏な空気が流れる。

 ベルベットは、苛立ちで肩を震わせると、一歩前に出た。


 「てめぇ・・黙って言わせておけば、いいか――」

 「待って、ベル。大丈夫だから、私がなんとかするから・・。」

 「だけど、アリス・・・・。わかったよ、悪かったアリス・・・。」


 素直に応じてくれたベルベットに笑顔で答えるアリス。その笑顔が、作り物であると遠目に見ていたアオでも分かった。それゆえに、ベルベットは侮辱を言われた時よりも苛立ちの表所を浮かべていた。

 

 アリスは大きく深呼吸すると、一歩前に出た。それを待っていたかのように、三人は不気味な笑みを浮かべた。

 

 「我がローズレイン家の侮辱を甘んじて受け入れることはできない・・・・。貴殿に決闘を申し込む・・・・。」

 「ふふ、ふはははははは、いいだろうアリス・ローズレイン。我、シュナイダー・ヴォ―ドランがその決闘謹んでお受けしよう。レッド教諭、模擬戦の許可を。」


 アリスの決闘申請を受け付けると、シュナイダーという男は、演習場のアリーナに坐していた、レッドの方に呼びかける。

 レッドは一連のやり取りを見ていたのだろうか、だるそうに立ち上がると、アリーナから飛び降り、アリスの元に近づいた。

 

 「いいのか、アリス?」


 「・・・はい、先生・・・・。」


 「はあ、わかった。模擬戦を許可する・・・。両者は、闘技エリアで待機していろ・・。」


 アリスの少し間を置いた返事に、何かを察したのか首を横に振ったレッドは、渋々二人を演習場奥に設置された闘技エリアに誘導した。

 その場を離れようとするアリスに、弱弱しく声がかかる。

 

 「アリス・・・・。」


 「大丈夫、ベル・・。いつものことだから・・・。行ってくるね。」


 「・・・ああ、無茶すんなよ・・・。」


 ベルベットの言葉に、去り際のアリスはやはり、笑顔を作るとそのまま闘技エリアに入っていった。

 

 ベルベットが苦悶の表情を浮かべると、アオたちもそこに集まる。

 アサギは、その心情を理解したのか、後ろからベルベットに声をかける。


 「・・・・いつものやつか?」

 「ああ、連中、また、アリスが反発するのをわかって挑発してきやがったんだ!」

 

 「え・・・それは、どういう意味ですか?」

 「貴族ってのはな、自分の侮辱や汚名は、決闘で自分の正当性や清廉性を主張する風習みたいなのがあるんだ・・・。だから、ローズレイン家でアリスは、馬鹿にされたまま無視はできないいんだ・・・。無視したら肯定したことになちまうからな。加えて、アリスは聖剣の守護者だ・・・・。自ら闘いを挑むしかないってことだ・・・。」


 歯を食いしばって悔しがるベルベットの代わりにアサギは説明した。その本人も拳を強く握りしめていた。

 アリスは、侮辱を受けただけでなく、出来レースのように決闘の申し込みを誘導させられたということだった。みんなの表情も暗い。真実なのだと物語っていた。


 「そして、これは今回だけのことじゃない・・。日常茶飯事で起こってることだ・・・。そして、さっきも言ったが、アリスは魔術が使えない・・・。この意味わかるな?・・・・。これが、学園でのアリスの抱えている苦難の一つだ・・。アオ、辛いだろうが、その目に焼き付けてくれ・・・・、アリスのために何かしたいなら、見ないではいられないことだからよ・・・。」


 アサギは、辛そうに口にする。アオは、まだ実感が湧いていなかったが、それでもアリスの作り笑顔が、正の感情で生まれたものではないということは、明白だった。ゆえに、アサギの説明がアリスの辛苦の現状を語るに相違なかった。

 沸々とした感情が湧き起こる。まだ、自制できるレベルで。


 アリスとシュナイダーが、エリアに上がるとお互い一定の距離を開けて向かい合った。

 アリスは腰に帯剣していた。教室で身に着けていたのとは違う剣のようだった。

 演習場にいたB、D両クラスが、闘技エリアに集まる。

 演習場の熱気が闘技エリアに集中した。Bクラスのアリスに対する煽りの声が上がる中、Dの面々は少ないながらも、応援や激励の声で押し返す。

 がやがやとする声をレッドの一声で、搔き消される。


 「えー、5分ワンマッチの一般模擬戦を行う。勝敗は、競技服に掛けられた防御術式が完全に消滅するか、5分経過後の防御術式の破損具合で決するものとする。また、相手を死に至らしめるほどの極大魔術の使用は禁止だ。お互い正々堂々とした魔術戦を期待する。両者準備はいいな?」


 『はい!』


 二人の同意で、演習場の奥の壁に、緑色のゲージのようなものが浮かび上がると、下の方に100%と記載があった。そして同時に、競技服のラインに緑色の光が発すると、体の周りを覆うように防御術式が展開した。

 両者の術式の発動を確認すると、レッドはゲージの間のタイマーが5:00であることを見る。

 そして、息を大きく吸った。

 

 「模擬戦開始!」


 レッドの合図とともに、アリスが駆け出す。

 アリスとシュナイダーの模擬戦が始まった。

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