第31話決意の夜
目が覚めると見知らぬ天井が広がっていた。暗がりの中、体を起こすと、そこはふかふかのベッドの上で、どうやら夜まで寝てしまっていたようだ。
辺りを見渡すと、机と椅子の他必要最低限の家具しか置かれていなかった。窓からは学園の校舎が見えた。
どうやらここは、理事長の言っていた学生寮であり、この一室はアオに当てられた部屋であった。
アオはベッドから足を降ろす。暗闇の中、教室で起きたことの記憶が映像を見ているように鮮明に蘇る。
あれは間違いなくアリスだった。そのアリスに見事な昇拳を食らうと、自分のことなど知らない発言を放たれ、そして絶望と失意の中、意識も搔き消えては、この状態となる流れが、頭の中を支配した。
肩を落とすと、光のない部屋がアオの気分を更に低下させる方へ助長させた。
(アリスにいったい何があったのか・・・・。あんな乱暴な一面があったとは・・・。でも、アリスが生きていた・・。それだけでも、最高のことじゃないのか・・・。いや、しかし私を覚えていないとなると、今後いったいどう接すれば・・・。)
ぐちゃぐちゃと、心の中でいろいろな考えが入り乱れる。
これから、どうすればいいかわからない。アリスは生きていた。でも、これが自分の本当に望んだ結果だっただろうか。先の見えない道の真ん中に立っているような、そんな気がしていた。
アオの感情を知ってか知らずか、外が異様に騒がしい。アオは喧騒に気付かないで悶々としていたが、扉の外から声が近づく。
そして、扉が勢いよく開けられた。
「おーい、転入生!起きてるか―って・・・・。なんだこの真っ暗な部屋は・・・。そして、なんだ、あのすべてに絶望した人間の末路みたいな姿は・・・。」
「やはり、まだ立ち直れていないのだろう。あんな、綺麗な一撃を食らってはな・・・。ふっ、ふふっ・・・・あんな、醜態を晒せば・・・立ち直れないのも無理はないな。」
「あ、ジュウベイ君、そんな笑ったら、だめだよ・・・・。もし、僕の立場だったら・・・もう学園には行けないだろうけど・・・・。そ、それでも、彼の味方になろうって決めたじゃないか!」
「何気にお主も、ひどい言い様だがな・・・。」
パチンと部屋の明かりがつくと、流石のアオも扉の前の群衆に気づいた。
見知らぬ4人のうち一人と目が合った。アオに笑顔を向けると、白い歯が見えた。
綺麗な銀髪が特徴的な少年は、どこか気品を感じさせたが、それに反して笑った顔が親しみやすい印象を覚えた。
「よう、転入生。とりあえず入るぜ。話はそれからだな!」
ぞろぞろと、アオの部屋に入る少年たち。若干追いつかない気持ちを胸に、アオの学園での最初の夜が始まろうとしていた。
4人の少年は、アオの部屋に入るとそれぞれ床に腰を下ろした。アオも合わせるように床に座る。
アオは、まだ気落ちしていたが、部屋の主として自分が切り出さなければと、口を開いた。
「あの、皆さんはDクラスの方で間違いないですか?・・・先ほどはお見苦しい所をお見せしました・・・。」
「ああ、俺たちはお前と同じDだぜ。それとここは、Dの学生寮な。
なんだ、まだ気落ちしてんのか?事情はよく分からねぇが、俺たちはなんとも思ってねぇからよ!な、みんなもそうだろ?」
銀髪の少年に一同は肯定の意志を見せた。アオは、その反応と少年のどこか親しみやすい雰囲気に、気が紛れたのか、笑みをこぼした。
「そうそう、笑った方がいいぜ。折角の面が勿体ないぜ・・・。とりあぜず、自己紹介からだな。俺は、アサギ・クロイツ。みんなからは、アサギって呼ばれてる。よろしくな!」
そう言うと、アサギはまた顔をクシャっと緩めた。明るくて、乗りの良さげなその少年は、銀色の髪がサラリと揺れる美少年で、黙っていれば気品にあふれた雰囲気を纏っていた。
アサギは、次に回すように顔で促すと、その隣に座っていた少年が言葉を発した。
「次は、
笑いを堪えるのに必死な少年は、黒髪を後ろの上部に一本で束ねており、ヒラヒラとした薄い服を腰に巻いた一本の帯で締めていた。不思議な服装と体を震わせていたが、滲み出る硬派な雰囲気のジュウベイが、アオの勇士に好感を持っていた様子だった。
そんな、ジュウベイの言動に慌てる素振りを、隣の少年が見せていた。
「ちょ、ちょっと、ジュウベイ君失礼でしょ!アサギ君も必死に笑い堪えてないでよ!
まったく・・・・。ごめんね、彼らはこんな感じだけど根はいい人たちだから許してあげてね。
えっと、僕はライド、よろしくね!
あんな醜態を晒して明日が不安だろうけど、大丈夫!僕らは君のことを蔑んだ目で見たりしないからね!ま、まあ僕なら死にたくなるけど・・・。で、でも、基本的にDクラスのみんなは、表面だけで人を判断しないから、すぐ打ち解け合えるよ!」
ライドは、フォローをしているのか、毒を吐いているのかわからないほどに純粋に思ったことを吐いた。ライドは、おかっぱと丸メガネが特徴的で、小柄な秀才タイプという雰囲気を感じた。しかし、前述の発言から相当な天然なのではと伺える。
そんなライドにため息を吐いたのは、最後の一人だった。
「お主も大概だぞライド・・・。まあ、こ奴らの言う通り、あまり気を落とすでないぞ。ああ、俺はボルグ・グロンゾ。見ての通りドワーフ族だ。よろしくな転入生。」
言葉少なめに固い口調で紹介を終えたのが、ドワーフのボルグだった。ボルグは背丈はライドに並ぶほどに小さめだったが、肩幅と隆起した筋肉はヒト種にはないポテンシャルを感じさせた。
「ま、今は4人しか紹介できないけど。他の奴らも追々知っていけるだろう。とりあえず、お前の紹介も含めて、これでもしながら、語り合おうや!」
4人の優しい言葉で、少しアオの気持ちが安らいだ。
アサギは、地面にトランプを叩きつけるように投げると、ニカッと歯を見せて笑った。
どうやら、初日の夜はまだまだ続きそうだ。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
「私は、アオと申します。アリスとは、10年ぶりに再会したのですが・・・・どうやら、アリスは私のことを忘れていたようでして・・・・。そのショックで事切れてしまったというわけなのです。」
「くくくっ、お前がぶっ飛ばされたときは驚いたけどな・・・。10年前って言ったら、俺たちがアリスと初めて会ったのもそれくらいだよな、ジュウベイ?」
「ああ、初等部からいた儂やアサギ、ベルベットは10年来の付き合いになるな。」
「逆に、僕ら高等部からの入学組は、Dクラスに入ってまだ1ヶ月になるね。
結構入学組は多いから、アオ君も、すぐ仲良くなれるよ!」
アオの紹介を聞きながら、アサギはカードをシャッフルして、分配する。
どうやらこの学園は初等部と高等部に分かれており、アサギとジュウベイはアリスと同じで初等部から学園に在籍していて、ライドとボルグのような高等部からの入学者もいるようだった。
アオは当然、10年間のアリスを知らないが、アサギとジュウベイはよく知っているようだった。
カードが配り終わると、とりあえず大富豪をやろうとアサギの提案に全員賛成した。アオが、ルールがわからないと言うと、一同驚愕した顔をしたが、アサギは笑いながらルールを教えてくれた。
アサギのこの優しい態度が、クラスメイトの信頼を集めているのだろうと感じさせた。
各々、カードを確認すると思い思いの表情を浮かべた。歓迎会込みで、大富豪が始まった。
「つまり、アサギとジュウベイはアリスとは長い付き合いになるというわけですね・・・。アリスは南方の森で過ごした時の話をしていませんでしたか?」
「いやー、一切聞いたこことねぇな。南方の森って、あの魔獣だらけの森だろ?そもそも、あんなところ人なんか住んでないだろ・・・。」
「ああ、全くないな。儂らの記憶で一番古いのは、入学式の時、母親と笑いながら学園まで来ていたことだな・・・。」
「そういや、そうかもな・・・。思えばあいつ、あの頃はよく笑ってたよな・・・。今は、ムスッと可愛げなくってよぉ、あ、でも、久しぶりにあんな慌てふためいた顔見たな。」
「そ、そうですか・・・・。」
二人の言葉はぐさぐさと刺さる。自分の知らない、アリスの10年を知る二人が妙に羨ましかった。
そしてその中に、自分もいたのではないかと思うと、少し心臓のあたりが痛くなった。
アサギは、狼狽えるアリスを思い出し笑いしそうになるのを、ぐっとこらえた。
そして、肩を落としたアオを見かねて肩を叩いた。
「ま、まあ、俺たちもさこの通り、アリスの過去の話なんて聞いたことないんだよ・・・。それに、知ってる人を殴り飛ばす奴じゃないよ。だから、本当におまえのこと忘れているのかもしれない・・・。」
「ま、殴ったのは、知らない奴だからというだけでもないがな・・・ふふっ・・。」
「・・・・・・そう、ですね・・・・。」
バシンと、両隣から平手を頭に食らうジュウベイ。アサギは、ため息を交じりに手札のカードを捨てる。そのカードを見て、得意げな顔をしたライドは続けざまにカードを出すが、ボルグはそれを何事もないように対処した。
アオの手札は何故か最初に配られた枚数よりも減っていない。むしろ増えていた。どうやら、自分には回って来ないカードがタイミングよく出されて一度も番が回っていなかった。それに加えて、相手のカードを渡される始末。
しかし、そんなこと露知らず、ゲームよりも他のことで頭が占有されていて集中できていなかった。
アサギの言葉を受け、アオの頭の中で二つ確定していることがあった。
一つは、アリスはアオについての記憶がない。これは、森で過ごした間の記憶がごっそり抜けているのか、それともアオと出会ったことだけがすっぽり抜けているのかは、わからない。
しかし、アサギやジュウベイが森で過ごしたことを一切聞いたことがないということは、前者の可能性が高い。
二つ目は、アリスの雰囲気の変化だ。アリスの目からは、どこか張り詰めた糸の様に、柔らかさがなく、アオも初めて見る冷たい雰囲気があった。
それに加えアサギの発言だ。アオの中で、アリスは良く笑う少女だった。感情を想うままに表に出す、純粋な性格であった。きっと、この10年でアリスを大きく変えた何かがあったのだろう。そう思えた。
気になるのは、性格面だけでなく、アリスの状態にも違和感を感じていた。それは――
「はい、革命!!」
「嘘だ!!アサギ君また、ズルしたでしょ!?」
「またって何だ!?俺は、一回も卑怯なことはしてないっての!」
「いや、明らかに手札の減りが早い。配るときに既に細工していたな。」
「ああ、俺もカードがヤケに弱い・・・。アサギ、お主には失望したぞ。」
「なんで、誰も俺の実力を信じてくれないの!?な、なあ、アオも何とか言ってくれよ!俺はイカサマは働いてないよな?・・・・って、おーい、アオー?聞いてるか?」
「・・・・・・あ、はい・・・すみません、聞いてませんでした・・・。」
一同は顔を見合わす。昨日の今日で、吹っ切れるわけはない。アオの心ここにあらずな姿を、心配そうな顔を浮かべる3人。
アサギは、それでも、笑顔を絶やさずアオの背中を叩いた。
「いつまで、辛気臭い顔してんだ!・・・なあ、アオ。今日あったことはそりゃあ、衝撃的だっただろうけどよ、学園での生活は始まったばかりだぜ!とりあえず、今を楽しめよ、なっ!」
「アサギ・・・。」
その言葉に俯いた顔と気持ちが前を向く。不安が紛らわされたような気がした。アサギの言葉には不思議と、心を動かさせる。アオはそう感じた。
アサギの言葉の後を追うように3人も反応した。
「そうだな、不安だろうがとりあえず、ここにいる奴らはおまえの味方だ。今日はそれだけでも覚えてくれればいい。」
「そ、そうだよ!この先不安で、アリスさんの前にもどうやって立てばいいのか、吐きそうな気持だろうけど・・・。僕に出来ることならサポートするから!うん、多分!」
「だから、ライド、お主は傷口をエグッとるだけだぞ・・・。まあ、前の3人の言う通りだ。それに、俺も入学して一か月だしな、お互い気楽にやていけばいいだろう。」
「ジュウベイ、ライド、ボルグ・・・・、ありがとうございます。」
ジュウベイは、無言で頷く。ライドは、親指を立てて眼鏡をクイっと上げた。ボルグは、無反応だったが、少し顔が緩むのが見えた。
アサギは、アオに近づいて肩を組んだ。
「それにな、過去のアリスを知るのも大事だけどよ、今のアリスを知るのも大事だと思うぜ!今のあいつのこと、あいつの周りを取り囲む環境、そういったものが分かれば新しく見えてくることもあるだろ?」
「ああ、学園のアリスがどういう生活を送っているのか。それを理解した上で、おまえの記憶と照らし合わせれば、アリスが記憶を失くした原因に繋がることもあるだろう。」
「今の、アリスを知ること・・・・。確かにそうかもしれないですね。」
アオの中で新たな目的が生まれる。
強い意志を目に宿すと、ようやく4人もアオの本当の素顔が見れたのだと満足そうに笑った。
暖かい雰囲気が部屋を満たす中、アサギのカードが5人の中心に投げ捨てられた。
「はい、ごっつぁんでーす。俺の勝ちなー。」
『はあ?』
アサギの手札がゼロになると、高らかな勝利宣言でゲームが終了した。
それを認めまいと、3人の講義の声が飛び交う。
「ちょっと、やっぱり不正してたでしょ!?」
「ああ、お前には、ほとほと失望したぞ。」
「たかがゲームでそこまでしなくともよかろうに・・。」
「だから、なんで俺の信頼ゼロなわけ?・・てか、アオ、おまえその手札の枚数なんだよ!?ぎゃははははは!!・・・・おまえ、大富豪弱すぎだろ!?」
「あ、あれ、いつの間にこんなにカードを持っていたとは・・・しかし、カードを一番持っていたという観点からすれば、私が一番と言えますね!」
アオの素っ頓狂なプラス思考に、一同は笑い声をあげた。その笑い声に最初は驚いたアオも、徐々に釣られるように声を出した。
転生してから、ここまで馬鹿笑いしたことがあっただろうか、アオの中で何かが吹っ切れた気がした。
夜も深まる中、アオの部屋は笑いに満ちる。星の光よりも明るい空気がそこにはあった。
「じゃあ、また明日な、アオ。」
「はい、今日はありがとうございました。おかげで、目の前が開けた気がします。また、明日からよろしくお願いします!」
アオの明るい声のトーンを受けて、安心したように4人は部屋を後にした。
鎮まる部屋の中には、さっきまでの喧騒が残り香の様に反響するようだった。
アオは、自分の顔が緩んでいること気づくと、アリスの張り詰めたあの目を思い出した。
「今のアリスを知ること、これが当面の私のやるべきことですね・・・。そして、忘れてはいけないのは、私の最優先事項はアリスの笑顔を守ることだ。アリスを笑顔にするためにできることをしていこう。」
決意を新たにアオの学園生活が幕を下ろした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます