第30話真夜中の思惑

 王都ルクスタッドの北東に位置するその場所は、貴重な鉱石のとれる鉱山地帯となっており、その麓には魔術学園にも引けを取らないほど広大な敷地の中、立派な屋敷が建っていた。

 

 夜も遅く、その屋敷に仕えていた一人のメイドが、厨房からこっそり夜食を摘まんで、廊下を静かに歩いていた。

 すると、廊下の先の部屋から声が聞こえた。その部屋は、この屋敷の主の部屋の一つであった。

 いくつもある部屋の中でも、書斎の役割を与えられたそこから、音が廊下に漏れ出ていた。

 メイドは、バレてしまえば、職を失うのことを分かっていながらも、興味本位で扉の傍で聞き耳を立てた。

 どうやら、二人の人物が会話をしている最中であったが、和やかな様子ではない。


 「やはり、決行なさるのですか、父上。」


 「ああ、お前も腹を括れ。これは、のためでもあるのだ。お前もわかっているだろう?」


 「・・・・。しかし、他に手段があるはずです・・・。そう、そうです、俺が彼女を説得してみせます・・・。大丈夫です、弟たちに比べればまだ、話を聞いてくれるでしょうから・・。」


 「ならん。例え、あれに、自ら放棄する意思があっても、かの剣がそれを拒むだろう・・・。外から契約を打ち切る他に方法はないのだ・・・。それに、母親譲りの頑固な性格だ。お前の説得など耳を貸すはずあるまい・・・。」


 父と呼ばれる男と、その息子だろうか。二人の会話は、豪華な部屋とは不釣り合いなほどに、緊張の糸が張り詰めたような雰囲気であった。

 息子の説得に一切応じる気のない父親は、肩を竦めると、窓から外を見渡す。そこから見えるのは、漆黒の闇を照らす星々の煌めき、そして、その光を受けてひっそりと建っている白い塔であった。

 父親は目を細めてその塔を見つめると、息を一つ吐いた。


 「それにな・・・あれが、どれだけ我が家名に泥を塗ってきた?これ以上は目に余る狼藉だろう・・・・。」

 

 「・・・・・。彼女に剣を取らせたのも俺たちではないですか・・・。」


 息子の拳に力が入る。父親の発言に苛立ちを表に出した。凄まじい憤怒の気配が体から溢れた。

 父親はその気配を察知したのか、背中で自分の考えは変わらないことを醸し出した。

 二人の気がぶつかると、部屋の外まで殺気に満ちた。

 メイドは口を押えて体をブルブルと震わせると、ここに来たことを後悔した。あまりの殺伐とした空間に息も詰まる様子だった。と、同時に、会話の内容がかなりまずい状況を作ろうとしていると察した。

 ゆっくり立ち上がると、震える足を引きずるようにその場を後にした。このことを急いで伝えなくてはならないと、必死に足を動かした。

 

 凍てつく空気を断ち切るように、父親は首を横に振る。


 「はあ、お前も今年で18だ。かの剣も、今度こそお前を選んでくれるだろう・・・。そうすれば、ようやく家督をお前が継げる。その後、あれをどうするかはお前の好きにすればいいだろう。」


 「・・・・・・約束ですよ。それと、あの子を無事に解放することも、忘れないでください・・。」


 「・・・・ああ、わかっている・・。話は終わりだな?。」


 今だ背中を向ける父に無言で頷くと、部屋の外に出る。

 廊下に出ると、何かを気にするように辺りを見渡す。しかし、何もないことを確認すると、会話を意図的に切られたと感じ、煮え切らないような足取りで部屋を後にした。

 

 扉を見つめて一人、鎮まる部屋の中でため息をつくと、椅子に深々と腰を掛ける。

 そして、部屋の天井を見上げると、不敵に口元を吊り上げる。


 「ふっ・・・。まあ、無傷とはいかないだろうがな・・・・。」


 悪意を含んだ笑みで、何かを画策する屋敷の主人の一室と、方角的に真反対に位置するとある部屋。

 一人用のベッドと、机が置かれただけの簡素な部屋だったが、一人で扱うにはあまりにも広かった。                

 明かりを一切付けずに、暗闇に包まれた部屋の窓は開き切っていた。

 窓の外には広々としたベランダの上空には明瞭に数々の光を灯した夜空が展開していた。

 そして、一人、夜空を見上げる姿があった。

 憂いに満ちたその表情がいったい誰に対して、そして何を想っているのか知る由もなかったが、一滴の涙が零れると、星屑に輝く黄金の髪が風に揺られた。

 ふと、部屋の明かりがつく。一人のメイドが部屋に入ると、ベランダで佇む部屋の主を心配そうに見つめた。


 「奥様、夜風はお体に障ります。どうかお部屋で休まれてください。」


 「もう、奥様は、よしてって言ってるじゃない、リーリエ。」


 窓の外から、その外見や雰囲気に反して、明るく、親しみやすさの籠った声色の主は、先ほどまでの曇った表情はなく、微笑を浮かべて部屋に戻る。

 リーリエの呼び方に、困った顔で笑うと、優しく諭した。

 リーリエは軽く頭を下げる。


 「申し訳ございません、アイリス様。以後気を付けます。」


 にこっと、笑うとアイリスはベッドに腰かける。

 リーリエは、暖かい紅茶の用意を始める。アイリスが好物であるとずっと思っているようで、毎晩飲んでもらうことを至上の喜びとしていた。手慣れたあっという間にカップに注ぎ込んだ。。

 アイリスは手にカップを取ると、その香りを鼻に近づけた。

 そして、本来ならコーヒーが飲みたいと思っていたが、以前それを提案したとき、夜に飲むのは良くないと諭されて以降、日中でもなんとなくコーヒーは頼まなくなっていた。

 それ以来、リーリエには勘違いを抱かせているわけだが。

 アイリスは、カップに映る自分の顔が複雑に歪んでいることに気づくと、無理やりに笑う。


 (あの子も、コーヒー好きだったわね・・・。)


 記憶の中の少年が美味しそうにコーヒーを口に運んでは至福の顔を表に出したあの昼下がりを思い出すと、心に込み上げる切ない気持ちが目元を刺激した。

 涙をぐっとこらえて、カップに口を付けようとした瞬間、部屋の扉が開かれた。


 「大変だよ!アイリス様!」

 「ちょっと、コレット!またあんたは、そんなに勢いよく扉を開けて!アイリス様に失礼でしょ!」


 「ふふふ、いいのよ、リーリエ。それでコレット、今日はどんな大変なことがあったの?」

 

 そのメイドは、なぜかパンを片手に握り締めていた。力の加減を誤ったのか、しおれた靴下の様に垂れていた。

 アイリスは、叱りつけるリーリエを笑いながら止めると、息を荒げて入ってきたもう一人のメイド、コレットに視線を移す。

 呆れた表情でコレットを見るリーリエは、言い足りない言葉を飲み込んだ。

 質問の雰囲気から、このコレットがたびたび、大変な話題を持ってくることが伺えた。

 

 アイリスは、どんな話だろうと内心楽しみに待つと、いつもと違う真剣なコレットの表情に、違和感を覚えた。

 深呼吸を一回いれるコレット。そして、意を決したように口を開いた。


 「アリス様が、危険なことに巻き込まれてるかもしれないの!!」


 パリん!!


 カップが割れる音がする。

 アリス、危険、その単語がカップを握る手から、力を奪うほどの衝撃が走る。

 急いで割れたカップを片付けるリーリエに、謝罪や感謝の言葉を忘れるほど、動揺していた。

 震える手で口元を覆うと、祈るように強く目を閉じた。


 (どうか、アリス無事でいて・・・・。どうか、どうか、誰か、誰でもいいから・・・アリスを守って・・・・。アオ・・・・助けて・・・。)


 零れ落ちる雫が、奥底に蓋をしていた想いを押し出した。

 この広くて何もない部屋に一人、何もできない自分を恨みながら、その誰かが愛娘を救ってくれることを願う。

 不気味なほどに照り輝く夜空が、これから音連れる災難を予兆させた。

 長く長く続く夜はまだ、明けない。

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