第29話再会?

 「ほーう、お前さんが季節遅れの転入生かぁ・・・・・入学に遅れたってのは、間抜けだが・・・。んー、イケメンだなぁ・・・・。えーーーっと、名前なんだっけ?」


 扉を開けると目の前に見知らぬ男が立っていた。アオの容姿を確認すると、期待を損したのか肩をがっくり落とした。

 どうやら、アドルフは念話を利用して、先だって男を呼びつけていたようだが、アオのことは入学を勘違いした間抜けな生徒、という風に伝わっていたようだ。

 赤茶色の長髪を後ろに束ねていたが、全体的に髪が整っておらず、朝起きたままそのまま来たようなずぼらさを感じとれた。

 加えて、服装も乱れていた。腰から飛び出たシャツや、力なく曲がった猫背の姿は、男の無気力な性格が見て取れた。

 アドルフの言っていた担任がこの男なのだと思うと少し呆然とした。しかし、すぐに穏やかな表情で反応する。


 「はじめまして、私はアオと申します。これからよろしくお願いします。」

 

 「あーそうだそうだ、アオな・・・・。すまんな、名前を覚えるのは苦手でな・・・。とりあえず、教室に行く前にお前さんには、制服に着替えてもらうからなー・・・。あー、自己紹介な・・忘れす前にしとくわ。

 俺はレッド・スタークス。お前さんがこれから入るDクラスの担任をしてる。よろしくな。」


 アオは軽く一礼する。

 レッドは、頷くと体を反転させ、トボトボと歩き始めた。

 廊下には人の気配がほとんどなく、登校の時間を過ぎ皆教室に入っていた。静かな廊下を歩くと、レッドが扉の前で止まる。


 「ここは、更衣室だ。制服は中にあるから着替えて来てくれ、俺はここで待ってるから・・・ふぁーあ、ねみぃなあ~。」


 大きなあくびをする。そして、壁際で中腰になると、うつらうつらと顔を揺らした。

 このままでは寝てしまうのではと感じたアオは、足早に更衣室に入る。

 

 部屋には扉のないロッカーがいくつも並べらており、それぞれに鏡が一枚貼られていた。中心には長いベンチが置かれていて、一度に多くの人が座れるようになっていた。

 ベンチの上には丁寧に畳まれた制服が置いてあった。アオはそれを手に取り確認する。

 先ほど擦れ違った生徒や、ラグナが着ていたものと同じ白い服であった。

 素早く着替えて、鏡の前に立つ。

 白基調の制服には、黒いボタンが一列で中心に並び、横には脇から腰にかけて、そして腕の部分にも黒いラインが縦に入っていた。

 純白の制服は、清廉潔白さを主張しているのか、はたまた魔術師の卵という意味合いなのだろうか。何にせよ、派手さは否めない色合いで合った。

 そして、胸元と腰辺りには、黒い刺繍が刻まれており、特に胸元の紋章は、この学園の校章なのだろうか、赤い竜が杖に巻き付いているようなデザインがなされていた。

 キュッと、藍色のネクタイを締めると、我ながら似合っているなとアオは少し声を漏らした。


 部屋を出ると、やはりレッドは鼻風船を膨らませていた。アオが着替え終わるまで、10分もかからなかったのに、この熟睡速度には驚愕した。

 アオは、咳ばらいを一つ入れる。


 「先生、お待たせしました。今着替え終わりました。」


 「ん、ああ・・・寝ちまってたなぁ・・・・。おー、似合ってるな・・・。よし、じゃあ我らがDクラスに行くとしようかねー。道すがら、この学園やクラスについて軽く説明するぞー。」


 やる気無さげに腰を上げると頭をかきながら廊下を歩く。アオは並走する形でレッドの話を聞く。


 「この学園について、理事長からいろいろ聞いてるか?」

 「いえ、ルべリア魔術学園という名前くらいしか。」


 「はあ、マジかよ~。丸投げじゃんかぁ~・・・・。

  まあいいや、まずはこの学園の校風からな。ルべリア魔術学園は自由に重きを置いている。なんでも、大賢者ミハイル・ノーストイアが言った”固定観念と当たり前の現実からの解放、それが魔術を鍛える最大の要素である”とか何とかいう格言を、勝手に読み替えて、この校風になったらしいが、結構曲解だよなこれ。」


 理事長の代わりに学園の校風について語らされるレッドは気を落としつつも、安直な校風を鼻で笑った。あまり、学園の趣向に同調していないのだろうか。

 アオは、ミハイルの言葉から記憶の中の彼を思い出す。こんな、真面目な言葉を離したことがあっただろうか。頭の中では、いつだって勇者アルスと肩を組んで次の悪巧みを相談する姿が浮かんでいた。   

 自由というより、自由奔放という方が合っているのではと、微笑した。


 「ん?なんか面白いことでもあったか?」

 「いえ、何でもありません・・。それより、先ほど私はDクラスに入るという話でしたか、他にもクラスがいくつかあるのですか?」

 

 「ん、ああ。大きく5つに分かれている。上から、S、A、B、C、Dと分かれていてな。まあ、上からというには、基本的に成績順でクラス編成が決まるわけだ・・・・。まあ、そうじゃない理由もあるんだが~・・・・。まあ、そのうちわかるさ。

 さて、説明も終わったところで、ここが、我がDクラスの教室だ。さーて、今日はどれだけ登校してるかなぁ~。」


 クラスの編成基準について曖昧にぼかしたレッドの説明は、教室に到着したことで打ち切られた。

 話を聞く限り、どうやらDクラスは成績の芳しくない者が集まっているようだが、ここにアリスもいるということは、彼女の成績も悪いということだろうか。確かに、アオの記憶の中では、お転婆で、はしゃぎ回っていたアリスが、学業の似合う雰囲気を持ち合わせてはいなかった。

 しかし、ここは魔術学園。神聖術を使えるアリスに比べられる者など存在するのだろうか。

 そんな、疑問を浮かべつつも、アオは教室の扉の前に立つ。

 

 心臓の鼓動が大きくなる。手汗が滲む。遂にこの時が来たのだと、体が震えた。

 10年。アオの中では体感で1000年の時間待ち続けた瞬間が、この扉を隔てた先にある。


 レッドが扉を開くと、生徒の視線が集まった。

 教室を一周見渡すと、ため息一つ吐いて、中心の教卓に肘を付いた。


 「はー、なーんで、今日も半分しかいねーんだぁ・・・・。おい、お前ら集団で俺を貶めるつもりかぁ?集団ボイコットかぁ?」


 総数の半数しか教室に生徒の姿がないと、不満を吐露した。

 すると、レッドの視線の先から声が上がる。


 「そりゃあ、先生の授業がつまんねーからだって。」

 「あハハハ、アサギの言う通りだな、座学なんて興味ないんだって、せーんせ。」

 「こ、こら、二人とも!先生が一生懸命授業してくださっているのに、そんな態度失礼でしょ!」

 

 不満を垂れる男女二人の生徒に、委員長と呼ばれる女生徒が注意を入れる。

 日常的な会話なのか、周りの生徒も聞き流していたり、言い争いにあたふたする者、自分の世界に入り込んでいる者、様々だった。

 基本的にレッドは生徒に舐められているようであった。

 

 アサギと呼ばれた、最初に文句を放った生徒がにやついた顔を見せる。

 

 「えー、でもなぁ委員長、見ろよ、あのだらしない恰好!

  あれが教師のする格好かね。ほら、委員長もよく言ってるじゃんか、風紀を乱すなってさ。あの格好はどうよ?風紀乱してね?」

 「そ、それは・・・。」

 

 「あハハハハハ。委員長も擁護できてないじゃーん。せんせー、風紀乱してるから、服装正せってさ!」

 「ちょっと、ベルベットさん!私は、そこまで言ってませんよ!・・・・。

  あの、レッド先生・・・・もし可能なら、もう少し、清潔な恰好をしてくだされば、みんなも真剣に授業に参加してくれると思うのですが・・・・。」


 ドッと、笑いが起こると三人の言い合いで教室の空気は、ハチャメチャになっていた。

 ピクっと、レッドの眉間に皺が寄る。言いたい放題言われて、流石に堪忍袋の緒が切れかけたが、もともと無気力な性分から、ため息を吐いて気を紛らわした。


 「お前ら、言いたい放題なぁ。はあ、リーズレット・・・、俺は風紀を乱していたかぁ・・・、服装については考慮しとくよ・・・。」

 「あ、いや、その、そんなつもりは・・・。」


 レッドも乗っかるように茶化すと、リーズレットは狼狽する。

 その光景をくすくすと笑いをこらえ切れない二人。

 リーズレットが二人を睨みつけると、また口論になりそうなので、レッドはそれを未然に防ぐように言葉を発した。


 「あーそんなことより、今日はな、転入生を紹介する・・・・。待たせたな―、はいってこーい。」


 唐突な、レッドの転入生発言に、一同はざわついた。5月に転入ってどういうことか、それもDクラスに来るとはどんな問題児かとか、いろいろな声が囁かれた。

 そんな、静かな喧騒の中、アオは教室に踏み込んだ。

 見渡すと、10人ほどの生徒が席に着いてアオを見つめていた。

 教室には長机が階段状に並べられていて、数人で共有できるような形になっていた。教室の広さは学園の規模に比べると、控えめであった。

 右側の窓ガラスからは、外の景色が見えた。広い敷地が広がっており、違うクラスの生徒が実践演習をしていた。

 

 

 アオは、ざわつく教室には一切の感情を抱くことなく、瞬時に教室の一番右奥に座っていた少女に、心を奪われていた。その少女は、外の景色を見ていた。

 

 「えー、じゃあ、自己紹介からって・・・おい、どこいくんだ!おーい!」


 レッドの静止など振り切り、構うものかと一歩、一歩階段を上がる。クラス中の唖然とした視線が集まる。異様となった空気を切り裂きながら、アオは少女へと足を運ぶ。

 視線の先の少女もアオに気づくと、アオの方へ視線を向けた。あまり転入生への興味が無かったのか、直前まで反応できなかった。

 近づくその転入生が目の前に立つと、少女は呆然とそれを見上げた。


 アオは、その少女見下ろす。

 記憶の中の少女が走馬灯のように流れる。小さい頃のアリスの笑顔が浮かんだ。

 目の前の少女の、大きな黄金の瞳と、それを飾るように煌びやかなブロンドの長髪は、彼女の透き通るような肌とマッチして、人工物なんじゃないかと疑うほどの見目麗しい少女だった。記憶の中の少女をそのまま大きくさせたようなそんな印象があった。

 アオは、記憶よりも成長した少女が、間違いなく再会を待ち続けた少女だとわかると、穏やかな表情を浮かべた。

 そして、座る少女の上から覆い被さるように、抱きしめた。


 「アリス!・・・アリス!・・ずっと会いたかったです!どれだけ、どれだけこの時を待ち望んだか!アリス、良かった、生きていてくれた!・・・・・。私は・・アオは・・約束通り、再びあなたの前にはせ参じました。」


 突然の、アオの奇行にクラス一同は熱を帯びたように、盛り上がる。そして、皆一斉に席を立つと、二人に注目した。

 

 「ヒュー――!なんだ、なんだ、アリスにこんなイケメンの彼氏がいたのかよ!」

 「ちょっと、あたしは聞いてないわよ!アリス、言ってくれりゃあ、もっとドラマチックな再会劇を用意したのにさ!もう、水臭いじゃんかぁ!」

 「突然の転入生、感動の再会、いけるわ新作!メモメモ!」

 「ウェディングは、ぜひ我が商会を御贔屓にアリス殿。」

 「うむ、漢だな。」


 祝福なのか、茶化しているのか、とにかくアリスに対して声援が飛び交う。

 その音声は全く耳に入ることなく、アオはアリスを抱きしめ続ける。

 アオは、歓喜で涙を流すと、体が震えるのに気付く。

 しかし、それはアオの体ではなく、抱きしめていたアリスの体であった。アリスも感動で体を震わせてるのだろうか。アオの笑顔が明瞭を増した。

 しかしそれは、天地ほどかけ離れた勘違いであった。

 

 「な。」

 「な?」

 「何、抱き着いてんのよぉーーーーーー!!!!」



 アリスの激高と、顎へのアッパーが見事に決まる。

 アオはそのまま空中を舞うと、クラスの視線がスローモーションの様に移動する。

 宙を舞う最中、驚きで口を開けるクラス一同を横目に、険しい表情のアリスの顔が目に焼き付く。

 そのまま、地面に背中から落ちると、ドサッと静かに落下音だけ響いた。

 何が起きたのか、アオを含めアリス以外の誰も理解できない。

 

 アオは、倒れた状態でアリスを見上げた。そして、辛うじて口を開く。


 「ア、アリス、どうして?私です・・・・・アオです。忘れてしまったのですか・・・?」


 「私は、あなたのことなんて、全然知らないわよ!!」


 空気が凍り付く。

 アリスは、顔を赤めらせつつも、プイと顔を横に向けると仁王立ちした。チャキっと、腰に掲げた鞘に収まった剣が音を鳴らした。

 

 アオの精神が崩壊する。ようやく、再会したアリスからアッパーを食らい拒絶され、更にアオのことを認識できていなかった。否、記憶にな様子だった。

 転生してから、いろいろなことで心労を重ねていたアオだったが、アリスとの再会を思い出せば何とかやってこれた。のだが。

 あまりの衝撃にアオの意識が遂に飛ぶ。パタリと首が力なく地面に垂れた。


 『え?えええええええええええええええええええええええええええええええ!!』


 空気一閃。

 二人の感動の再会?は、全く想像を絶するものとなり、アリスの圧倒的拒絶にクラス一同の感情は180度フル回転して、困惑の嵐となった。

 少し顔を赤めらせながらも、しかめっ面で仁王立ちするアリス。驚愕で、ざわめくクラス。そして、開幕意識を完全に外界へと飛ばしたアオ。混沌に満ちた教室がそこにはあった。

 

 アオの意識が夜まで目覚めないのは、また別の話だ――。

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