第27話孤独と希望

 アルストリア大陸には、人魔大戦以後、大きく三つの大国によって成り立っていた。

 一つは北部の山々に囲われた極寒の大国。ノーストイア帝国。大賢者ミハイル・ノーストイアの名を冠するその国は、大陸屈指の魔術大国と言われている。マリアベルのような功績を収めた魔術師を多く輩出しているた。

 二つ目は、大陸東側に位置し、レイヴェルト王国とは山脈を境に隔てた、海洋と工芸の国。ロンゴルド連合国。多種族を束ねた文字通りの連合国は、かつての大英雄ディギン・ロンゴルドとクルス・ティターニアを信奉する、亜人種と呼ばれる人間によって治められている。多くの工芸品を生産し、また海路による他大陸との貿易も盛んで、大陸の中でも屈指の物流を誇る。

 そして三つ目は、大陸中央から南へ縦長に位置する、豊かな自然と多くの人間が住まう大国。レイヴェルト王国。大陸で最も人口が多く、王都だけでも100万人もの人間が暮らしていて、その大半はヒト種が暮らしていた。農業などの食料生産が、豊かな土壌と気候で成立しており、北のノーストイアにとっては消費のほとんどがレイヴェルト王国からの供給で賄われていた。

 また、この国が建国される以前より、ヒト種によっていくつかの集落が築かれていて、それぞれの領主が現在でも貴族として、政治経済ともに優位な立場を維持している社会が、構築されていた。

 さらに、この国には大陸で屈指の特徴があった。それは、軍事力である。

 特に王国最強の10人によって構成された、王直属の十本の研ぎ澄まされた剣である、十光剣。

 そしてこのような大陸最強の戦力を持つレイヴェルト王国が、今もなお緊張状態にある東の魔族領との国境を守護していた。

 そして、最強の矛に対して、最硬の盾も有していた。それは、王都ルクスタッドにあった。


 ――今、アオはその王都ルクスタッドに構える巨大な開門の前に立っていた。


 アオは門を前に佇む。

 門を抜けた先を見ると、馬車での通行も可能なほど広い道が続いており、多くの人々が門を往来していた。

 そして、アオはその往来の中、立ち止まって、どこまでも続く防壁を見ていた。

 山を貫いて、歴史を感じさせる風貌で王都全体を守るそれは、高さはさほどなく、近くで見ると劣化が進んでいるのか、欠けた箇所や苔が生えた場所も見える。

 しかし、アオの眼には、確かに空中の巨大な結界が見えていた。サウストリアの中央にあった白い塔とは比べ物にならない高さの建造物が王都の中心より全体を、囲うように透明な結界が展開されていた。

 これこそ、レイヴェルト王国最硬の盾である。

 魔獣などの、魔族の侵攻はこの結界によって防ぐことができ、人々は危険な魔族領との隣り合わせの生活でも、安全に過ごすことができていた。


 「すごいな、これがマリアベルの研究成果の一端ですか・・・・。私の師匠はやはり偉大でしたね。」


 アオの眼に映る壮麗な結界が、マリアベルの評価をさらに上げる要因となった。

 そして、少しの緊張と新たな地への一歩に心躍らせながら王都に入るのであった。


 どこまでも続く広い一本道は、街道よりも美麗にレンガが並べられており、サウストリアと同じように数々の店や建物がその道を添うように建っていた。

 基本的にはレンガ造りであったが、少し道を逸れると小さく親しみやすい雰囲気の商店街が続いたり、迷路のように入り組んだ道沿いには、いくつもの住宅地が区分けされていた。

 とにかく、至る場所に建物が乱立しており、そしてたくさんの道の一つ一つが一度入ると、出られない迷宮造りのようになっていた。


 アオは、歩き続けること、永い時間。自分の位置もわからなくなっていた。困ったように壁に手を置くと

 

 「広すぎる・・・・。私の眼が完全な状態なら、アリスを一瞬で探し当てることができるが・・・こう、建物が乱立していては、遠視では限界がありますね・・・・。どこか、見渡せる高い場所があれば・・・。」


 アオは、上を見渡すように歩く。すると家々の間から他の建造物を高見するように延びる塔が見えた。


 「あそこからなら、一望できるかもしれない。」


 アオは、その塔を目指すべく歩みを進めた。迷路を抜けると開けた場所に着いた。

 そこは、公園のような場所で、子供たちやそれを見守る親の姿、老夫婦や若いカップルなど、多くの人々が集う、憩いの場となっていた。その場所を象徴するように、遥か高く時計塔が建っている。

 大きな時計の針は、12時を超えていた。

 アオは、その時計塔の中に整備されたどこまでも続く階段を上ると、黄金色こがねいろに輝く鐘を中央に構えた、フロアに着く。

 風が吹き抜ける。昼下がりの日差しを時計塔の大きな時計が反射していた。


 そこから、どこまでも広く続く王都が一望できた。

 

 「すごい・・・・。」


 アオは、驚嘆する。そこから見えた人間たちの発展の歴史を。数々の建築物。あれは、教会だろうか、あの広場ではいろんな出し物を、人々が見に集まっている、あの大きな建物はギルドの本部かもしれない。

 アオの眼に映る様々な風景が、人間の進化の足跡を見るようで、感嘆の想いで言葉を失っていた。


 ふと、視点を先に映すと、遠方に影が見える。気になったのか、アオの眼に力が籠る。

 蒼くゆらゆらと光ると、玲瓏れいろうな瞳がはるか遠くを映した。


 「あれは・・・・城でしょうか・・・・。思えばここは王国でしたね。王様の住まう城があるのは当然か・・・。とりあえず、あの城を目印に前進して行きますか。」


 遠方に聳え立つ城を目指して、足を運ぶことにした。したのだが・・・。 

 

 「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・」


 進めど進めど、城の姿形も見えない。


 「はあ、はあ、はあ、はあ・・・」


 だんだん、陽が傾き、今何時でどれだけ進んだのかわからない。


 「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・・・・・・見えた・・・。」


 道を抜けると、城の姿が目に入った。まだ距離はあるが射程範囲に捉える。

 同時に、辺りがすっかり夜になっていることに気づく。

 人々の喧騒の中を歩いてきたつもりが、暗闇と静寂だけがアオを包む。

 

 そして、重大なことをアオは思いだした。


 「お金が・・・・ない・・・・」


 思えば、手ぶらで歩いていたアオは先のことなど何も考えていなかった。

 お腹が鳴ると、思考も停止して絶望する。


 「今夜は、野宿しかないですか・・・。」


 近くの建物の壁にもたれると、そのまま体を丸くしてうずくまる。

 春先とはいえ、夜は冷え込む。気温の低さは、アオの得意の身体強化の神聖術で防いでいたが、それでも心までは温められない。

 つい先ほど、マリアベルと別れ、そして気持ち新たに王都に入った時は期待と希望に満ちていたが、いざ一人で夜を迎えると、えも言われぬ焦燥と寂寥が襲い掛かっていた。

 1000年以上を生きる竜にとって、痛みや戦いによる死の恐怖は超越してきた。

 しかし、アオは自分でも驚くほどに孤独に対して耐性がなかった。

 こんなに広い王都を探し回っても、アリスがいなかったら?この世界の知識も少ない自分がどう生活すればいいのか。

 竜の時には一切感じなかった不安が込み上げてきた。


 「アリス・・・・はやく・・・会いたいです・・・。」


 泣きたくなる声で弱音を呟くと、フッと光が差し込むのが見えた。

 

 「おい、兄ちゃん。こんなとこで何してる?」

 

 低い声がした。男性の声だ。

 顔を上げると、眩しさで目がくらんだ。声の主が明かりを手に話しかけてくれた。

 アオは、相手の顔がはっきりと確認できないままに答えた。


 「実は、お金がなくて・・・・ここで一晩過ごそうかと・・・道の邪魔にならにようにしますので、どうか今晩だけはご容赦お願いします・・・・」


 アオは、懇願するように声を絞る。肉体的には何ら問題ないが、心が折れかけていた。

 見かねた声の主は、そっと手を差し伸べた。

 

 「兄ちゃん、立つんだ。」


 「し、しかし・・・」


 「いいから!立って、とにかくうちに入りな。話はそれからだ!」


 声の主は無理やり、アオの手を引っ張ると、アオが背中を預けていた建物の中に入った。

 

 暖かな光が広がる。アオは、家の中を見回した。

 手狭な部屋にいくつもの小さなテーブルとイスが配置されていて、その奥から食欲をくすぐる香ばしい匂いがする。

 

 ぱっと、手を振り下ろすと、声の主がこちらを振り向いた。

 少し、眉を吊り上げた表情で細身の、初老の男性が、ため息をつく。

 イスに座るようにアオを促すと、対面に坐した。


 「兄ちゃん、どうして行き倒れていたのかは、聞かねえけどな・・・・。困ってるなら、誰かに頼れ。ドアを叩いて、助けを請え。全員とは言わねえが、必ず誰かが手を貸してくれる。そしたら、今度は兄ちゃんが誰かを救えばいい、その恩を返せばいい。それだけのことだ。そうやってみんな支え合って生きてる。こんな若いのに、孤独になれるんじゃねえ・・・・。」


 「・・・・ありがとうございます・・・・。」


 自然と涙が零れ落ちた。亭主の優しさが胸に染み渡る。

 隠してきた、不安が雫となって流れ出た。


 亭主は困ったように頭をかく。すると、奥から声が聞こえてきた。


 「あんた、帰ってたのかい。ん・・・なんだいその子は・・・まあまあ。こんな二枚目なお兄さんを無理やり飲ませて連れてきたのかい!あんたも、いい加減に気に入った子を無理くり連れ回す趣味やめなさいよ!ほら、この子も辛そうに泣いてるじゃないの!」


 「いや、違うんだよ、今回は行き倒れていた兄ちゃんをほっとけなくて引っ張て来ただけだってのに・・。」


 「ほーら。やっぱり無理やり引っ張て来てるじゃないかい・・・・。大丈夫かいお兄さん?どこか、具合は悪くないかい?」


 アオは、二人のやり取りに呆然としていたが、声を掛けられ正気を取り戻す。

 亭主の奥さんだろう女性は、少しふくよかだが、亭主と反して優しそうな空気を漂わせていた。

 涙を拭うと、真っすぐ二人を見た。


 「奥さん、ご主人の言う通りです。ご主人は、私が行き倒れていたのを救ってくださったのです・・・。こんな、夜分にご迷惑なのは重々承知です。ですが、どうか、一晩だけ泊めていただくことはできないでしょうか・・・・。今すぐに報えるものはないですが・・必ずこの恩をお返しします。だから、どうか、お願いします!」


 アオは、立ち上がると直角に腰を曲げた。

 二人は驚いて顔を見合わせた。

 そして、奥さんの方が優しく目を緩めた。


 「顔を上げて、お兄さん・・・・。お腹すいてるだろう?まずは、お腹いっぱい食べて、今日はゆっくり眠りなさい。」


 アオは、顔を上げる。

 亭主は黙って頷くと、奥の方へ歩いていく。

 アオは、気持ちを押し上げるように言葉を紡いだ。


 「ありがとう・・ございます!」


 もう一度、深々とお辞儀すると、奥さんは優しく微笑んだ。


 アオは、二人の手料理をいただくと、孤独の王都散策を忘れるくらいに暖かい気持ちに包まれた。

 優しく繊細な味付けは、空腹だからということを差し引いてもお釣りがくるくらいに美味であった。

 きっと、昼間には多くの人で賑わうだろうその店の味を堪能した。

 そして、精神的疲労なのか、倒れるようにベットに入ると、堕ちるように眠りについた。


 朝になると、奥さんは朝食を用意してくれていた。

 感謝の言葉と、料理への感動を伝えると、笑いながら”また、いつでも来なよ”と言うと穏やかに見送ってくれた。

 

 店の外に出ると、早朝早々と亭主は店の前で一服していた。ふわふわと、煙が空中へ昇る。

 アオに気づくと、頷いて前を見た。

 朝の光が、空中の塵や埃と反射して、キラキラと煌びやかに輝いて見えた。

 

 

 「昨晩は、本当にありがとうございました。このご恩は、いつか必ず返します・・・。ご主人の言葉・・・とても、胸に刺さりました・・・。これからは、もっと、誰かに頼って生きて行こうと思います。」


 ふっと、亭主は笑うと、煙草の火を消した。


 「そうかい・・・・。兄ちゃんはいい奴だよ。目を見りゃわかる。大丈夫、いい奴には必ずいい奴が集まるもんだ。安心して周りに頼りなよ・・・・。

  人間は、食って寝るだけなら一人でできる・・・。でも、こうしてでかい街作って、肌寄せ合ってるのは、一人じゃできないことが生きていく上であるってことだ・・・。それを忘れんなよ?

 ・・・・・・いけねえな、年を取ると説教臭くなっちまう・・・。達者でな兄ちゃん。」

 

 照れくさそうにまた、煙草を咥える。

 アオは、深々と一礼する。そして、後ろに体を向けようしたその時、、声が響いた。


 「おじさん!おはよう!」


 「お、おう!嬢ちゃん、朝から走って、転ぶんじゃねえぞぉ?」


 「はーい!」


 アオの、正面を声の主が走り去ろうとしていた。

 アオの眼が、それをスローモーションのように捉える。

 金色の絢爛華美な長い髪がふわりと揺れ、永いまつ毛の下には黄金に照り輝いた大きな瞳が目を釘付けにした。

 少女はアオに目も暮れることなく、駆け抜けていった。


 アオの記憶の中で、少女が笑った。

 

 ”まったく”と、亭主は嬉しいそうに少女を見送ると、自分と同じ様に少女を見つめていた少年が微動だにせずに、立ちすくんでいたことに気づいた。


 「に、兄ちゃんどうした?魂ここにあらずだけどよ。」


 「ご主人・・・・。あの女の子と、知合いですか?」


 「いや、知り合いってわけじゃねえけど、いっつも朝早くここを駆け抜けていくんだよ。名前は知らねえが、ありゃあ、王立魔術学園の制服だな・・・。って、兄ちゃんなんだい、そのにやけ面は。まさか、一目惚れでもしたのかい?」


 亭主は、アオをからかうようにニヤニヤ顔で、投げかける。

 言葉の意図など露知らず、アオはそのままの緩んだ口元を向けた。

 アオの嬉しそうな顔に、逆に面食らったような表情を亭主が浮かべる。


 「ご主人、王立魔術学園はどこにあるかわかりますか?」


 「ああ。この道を真っすぐ行ったところがそうだよ。」


 「ありがとうございます。」


 ぺこりと、一礼するとアオは振り向くことなく道を進んだ。

 亭主は首を横にかしげると、満足げな笑みで送り出した。


 「また、うちの料理食いに来いよな。」



 

 少し坂になったその道の先に、荘厳な門の向こうに、学び舎が構えていた。

 朝日が照らす。春先の冷たい空気を感じさせないほどに陽光が差した。

 門の前で深呼吸する。

 そして、一歩。アオは、王立魔術学園に踏み込むのであった。 

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