第24話勇者
マリアベルの言う通り、早朝の森は魔獣の気配は少なかったが、それでもまったく遭遇しないといこともなく、襲い来る魔獣の攻撃を対処しながら進んでいた。
戦闘のほとんどはアオが担当した。相対する魔獣の脅威度が低いこともあったが、アオの洗練された動きはそこらの魔獣が叶うものではなかった。
飛び掛かるウサギ型の魔獣を華麗に避けると、手刀で意識を飛ばす。オオカミの群れが襲ってきても、踊るようなステップで攻撃を避けると、華麗な足さばきでなぎ倒す。星熊が再度現れれば、攻撃の暇など与えずに、見事な正拳突きでノックアウトした。
強化の術を覚えたことで、強固な防御力を手に入れた。それを攻撃へ転用することもできた。しかし、それだけで、流動的で洗練された攻撃法には結びつかない。
マリアベルは、アオの動きを観察する。魔術に詳しい彼女も、アオの体術には疑問を感じていた。
攻撃の型のようなものがしっかり身に付いていた。それこそ、武術の達人のように。人間に転生したての彼にそれができるのだろうかと。
最後の魔獣を手刀で仕留めると、パンパンと服の汚れを払った。
「思ったより時間を取られましたね・・・。さあ、行きましょうか。もう、昼を過ぎてしまいました。早いところ森を抜けましょう。」
「・・・・・・・・気に食わないわね・・・・。」
「え、何がですか?」
マリアベルは腕を組み、仁王立ちで足をゆすると、明らかな不満を表していた。
こういう時の彼女はめんどくさいぞと、アオもだんだん理解してきた。
また、調子に乗るな!とか、そんな程度で悦に浸るな!とか、なんとか言うに決まっている。
アオは、薄い笑顔を浮かべて、構えた。
「なんで、生まれたてのあんたに、そんな武道を極めたみたいな動きができるのよ!納得のいく説明をしなさい!」
「あー、そのことですか。はいはい、歩きながら説明するので、足を動かしてください。」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!」
すたすたと歩くアオあの後ろを駆け足で追いつくと、マリアベルはふんぞり返るように答えを言えという目線をアオに送る。
アオは、どんな罵詈雑言が来るのかと構えたが、杞憂に終わって少し拍子抜けしていた。
催促を求める目線に、どこから話すべきかと考えた。
そして、最初に自身の過去の話を口にする。
「それでは私の記憶から一つ。私は昔、勇者一行と旅をしていました。その時の仲間にドワーフの戦士がいたんですが、これがドワーフに似つかわしくない、体術を好む男でしてね。勇者は、”戦士と言ったら、斧とか大剣使えよ!物創りの種族の名が泣くぞぉ”とか言っていましたが、彼は
「ゆ、ゆうしゃ?勇者って、あの勇者?・・・・人魔大戦を終わらせたあの勇者?魔王を討伐して、大陸を救ったあの勇者?」
「人魔大戦?という言葉はわかりませんが、確かに当初からいろんな人から勇者と呼ばれていましたよ。魔王も倒したのも彼で間違いないでしょう。それが何か?」
マリアベルは、足を止めると信じられない光景を見たように目をまん丸にすると、ふわふわと力が抜けたように地面に膝をついた。
下を向きながら、何かをぶつぶつと呟く彼女に首をかしげるアオは、何を驚いているのかわからなかった。
アリスがあんなに嬉しそうに勇者の話をしていた時は嫉妬の炎を見せたが、それでもすんなりと自分の記憶の中の話を受け入れてくれた。だから、この時代の人間もこんなもんだろうと自身の尺度を決めていたので、ここまでの反応は想定していなかった。
「そんなに、驚くことですか?あの勇者ですよ?あんな生意気でふざけた男、大したことないですよ。」
「はーーーーー!?あんた何言ってるの!?勇者アルスよ!?この名前を聞いて敬う心を持たない奴なんて、一人としていないわよ!!」
「う、苦しですよ・・・マリアベル・・・・。」
凄まじい剣幕で幕してると、アオの胸ぐらを掴み上げるマリアベル。
目はギラつき、今にも食いついてきそうな勢いだ。
胸をグワングワン揺らすと、アオの顔もその勢いで前後ろに揺れた。
アオは、本心じゃない軽口を零したことを後悔した。
「いい?あんたが、勇者の何を見てきたか知らないけどね、あの方たちはとんでもない英雄なの!」
「は、はい・・わかりましたから・・・マリアベル・・・まずは、、離してください。」
「まだ、わかってないようね・・・・ここに座りなさい!私が勇者一行の偉業をあんたの頭に叩き込んでやるわ!」
そう言うと、ぱっとアオの服から手を離した。
アオは、くるくると体を回すと近くの木の根元に、キラキラと光る何かを口から吐き出した。
「うっ、気持ち悪い・・・・。」
何とか、気を落ち着かせると、マリアベルはビシッと地面を指していた。ここに座り傾聴せよ、と言うようにふんぞり返っていた。
アオは、ふらふらその場に着くと、言うがままに、なすがままに、正座した。
こほんと、咳払いを入れる。マリアベルはこのふんぞり返る姿が妙に似合っていた。
「まず、勇者には4人の仲間がいたわ。一人は、あんたの言っていたドワーフの戦士。ディギン・ロンゴルド。彼は、武器を一切持たなかったわ。その代わり彼の武器は鍛え抜かれた肉体そのものだったの。卓越した武術で敵をなぎ倒し、強固な肉体は仲間への攻撃を防ぐ、まさに屈強な戦士の鏡ね!そして、彼の武勇に惹かれて集まった亜人たちによって創られた東の大国が、ロンゴルド連合国よ。」
「は、はあ。ディ、ディギン。確かにそんな名前だったような気がしますね・・・・そういえば、戦い方に似つかぬ大雑把な性格でしたかね・・・あ、いや、これは悪口ではないですよ!?確かに、武骨で責任感のある立派な男だったと、思います・・はい。」
ギンッ!と無礼は許さないぞ、という目線がアオを刺す。アオは、背筋を伸ばすと、脂汗がタラリと額に流れた。
マリアベルは一息つくと、二人目の説明に入る。話はまだ長そうだ。
「二人目は、エルフの射手。クルス・ティターニア。パーティの紅一点ね。彼女の射る弓矢は、まさに百発百中だったそうよ。なんでも、千里を見通すほどの、特殊な眼を保有していたとかで、彼女に狙われたら最後、どんな場所でも逃げ場はないと言われていたわ。・・・・ん?そういえば、あんたも不思議な眼を持っていたはね。確か魔力が見えるとかなんとか・・・・・まあ、いいわ。それより、クルスとディギンは、実は恋仲だったのよ!そして、ディギンは愛するクルスの家名にちなんで、連合国の首都をティタニアと名付けたそうよ・・・・。素敵よね~。」
マリアベルはキラキラと瞳を輝かせると、手を組んで天を見た。
ああ、そんな名前でしたねと言いかけた口を、アオは塞いだ。
「こ、恋仲だったとは気づきませんでしたよ・・・。い、言われてみれば~お似合いの二人でしたね~。」
「ほんとにそう思ってるんでしょうね?・・・・」
野生の勘なのか。アオの演技臭い言葉に疑いが持たれる。
獣が獲物を見定めるようにマリアベルは、じっくり舐めるようにアオを見る。
なぜこんな仕打ちを受けているのかわからないアオだったが、とにかく嵐が過ぎ去るのを固唾を飲んで待った。
まあいいわ、とマリアベルが離れるとアオは身体にある全ての空気を吐くように、ため息をついた。
三人目の説明に入る前にマリアベルは咳ばらいをまた入れると、少し真剣な顔つきになった。
アオは、精神が持たないと感じていたため、早く解放して欲しい思いでマリアベルの話を待つ。
「三人目は、何といっても我が祖国、ノーストイア帝国の由来となった人物。大賢者ミハエル・ノーストイアよ。彼はその叡智でそれまで一部の英雄にしか使えなかった魔術の汎用化に、成功した大英雄よ。彼の考案した汎用術式は、当時の人間たちの戦力を大きく底上げする結果になったわ。そんな彼の偉業に惚れ込んだ当時の皇帝が彼の名前に改名するほど、偉大な人物ってわけよ~。まあ、かくいう私もそんなミハエルの英雄譚を読んで、汎用魔術の研究者になろうと決めたもんだけどね~。」
自慢気にミハエルの話を終えると、機嫌を取り戻したのか鼻歌でも奏でそうなほど笑顔を見せていた。
アオは、少しほっとした。そして、マリアベルの憧れた賢者のことを思い出していた。
アオの記憶の中での彼は、マリアベルの言うような高尚な人物ではなかった。
いつも、悪だくみを考えては、勇者とそれを実行し、パーティ全体に被害が飛び火する。それを、エルフとドワーフが叱りつける。そんな毎日だった。
勇者とは友人であり、悪友であった。誰よりも勇者を理解していた人物だった。彼らは目に見えない強い絆で結ばれていたのだとアオは、今になってそう感じていた。
「そういえば、勇者と賢者がすぐ悪だくみするのを、いつしか実行前にエルフとドワーフが必死に止めていましたね・・・・ふっ、あの二人は本当に馬鹿で、無鉄砲でしたが、誰よりも、信頼し合える友で合ったのでしょうね・・・・。」
「・・・・・・・・・・・。」
「あ、いや、今の馬鹿というのはですね、突拍子もないというか・・・そう!発想力!発想力がすごい長けていた二人だったという意味です!はい!」
必死に言い訳を言いきると、アオは引きつった笑みを浮かべた。
マリアベルはしばらくそれを見つめると、息を一つ吐いた。
「あんたって・・・本当に勇者たちと旅をしていたのね・・・・・・。話半分にしか信じてなかったけど、彼らの話をしてる時のあんたの顔見たら、そうなのかなって思うようになってきたわ・・・。」
アオは目を見開いた。同時にマリアベルは、やはり本当に彼らを慕っているのだと感じた。
絵本の時もそうだが、この時代の人間たちが彼に対する想いを、わかった気がした。
「・・・・・・ええ、私も永いこと忘れていましたが、それでもあの旅は妄想などではないです。今だからこそ、あの旅が私の大切な何かを形成したのだと、そう・・・思います・・・。」
しみじみと語るアオの姿を、マリアベルは黙って見つめていた。そして、座るアオを横目に前に歩き出すと、少し前方で振り向いた。そして、アオを一回見ると、また歩き出した。
アオは何かを察したのか黙って歩くマリアベルを、駆け足で横に並んだ。
ここからは、歩きながら話すわと言うように、マリアベルは真剣な表情で道の先を見つめると、口を動かした。
「最後に、勇者アルスね。まあ、なんとなくわかってると思うけど、このアルストリア大陸の由来でもあるわ。実は彼の生まれた村はこの森のさらに南方にあったと言われているの。最南の地から旅を始めた彼は、多くの危険を仲間と乗り越え、数々の英雄譚を残したわ。そして伝説の聖剣エスペランザに選ばれた歴史上ただ一人の人間でもあったの。
この聖剣は鍛冶の神と慈愛の神の合作と言われていて、この世界で最強の武器の一つだったわ。というのも、今はどこに存在しているのかもわかっていないのよ。
そんな彼も最後は、魔王との相撃ちでその生涯に幕を下ろすわ・・・・・。そして、今では彼の名誉を称えて絵本にまでなるほどに信仰されているわ。
確か、このレイヴェルト王国の王都には。彼の銅像が建てられているという話よ・・・。
ねえ、あんたには勇者はどんな風に見えた?私たちにはかっこいい英雄として伝えられた彼を、一体どんな風にその目に映っていたの?」
「彼は、いつも子供のように無邪気に笑う人でした。誰よりも非力で、誰よりも何も持っていなかった。それでも、仲間が絶望に立たされた時、ただ一人前を向き、いつも私たちを導いてくれる光でした。
彼らの英雄譚は私にはわからない・・・。でも、彼らが誰よりも優しく勇敢だったと、私は誰よりも知っています。彼らを慕う今の時代を、私は本当に嬉しく思いますよ。」
いつもなら照れて話せないことも、不思議と言葉にできた。マリアベルがたまに見せる真剣な表情はアオの素直な気持ちを引き出してくれていた。
マリアベルは、そう、と一言放つ。彼女の笑顔は道の先から見える光に反射した。
二人の眼前に、道の終点が見えた。出口だ。
アオは、前にここまで来たときはこんなに時間が掛かっていただろうかと思いつつも、少し凝った体を伸ばしたりする。疲労感はあるが、悪くはない感じだと心が清々しく軽い。
森を抜けると、あたりはオレンジ色の光を浴びた草原が広がっていた。
町はすぐ目の前だ。
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