第22話超える者

 「マリアベル・・・・・・これはいったい?」

 

 アオを囲むように巨大な紫の立方体ができていた。それは、部屋で見せた手のひらサイズのとは比べ物にならない大きさであり、4点で地面に貼ってある白と黒の札から、その術式は発動していた。

 

 庭先の開けた場所に二人は立っていた。湖を抜けた時には気づかなかったが、アオの足元には青々とした雑草で茂っている。手入れがされてない自然の状態だ。

 照り付ける日差しがチリチリと体を熱するように、体温を上昇させた。


 「見りゃわかるでしょ、結界よ。それも、私のできる最強の結界よ。今からあんたには結界を無理やりぶち破ってもらうわ。それを最終目的として、鍛練するわよ。」


 腕を組むマリアベルの表情はどこか固く、冗談を口にする感じには見えない。

 マリアベルの顔から伺える本気が伝わった。おそらくこの結界を破壊する以外に出る方法はないという意思表示だろう。

 アオは、こんこんと結界の側面を叩く。木の壁を叩いた感触に似ているが、感覚でわかるのは並みの攻撃では突破不可能だということだ。

 アオのに額から汗が落ちる。どこか、息苦しさも感じた、暑さのせいだろうか。


 「マリアベル、今の私は左腕が使えない・・・。それを差し引いても、今の私ではこの結界を砕くだけの技も術もありません・・・・。」


 アオは目線を下にそらすと、自信のない声を出す。

 その言葉に苛立ちを覚えたのか、マリアベルの眉間にしわが走る。マリアベルは最初からイライラしていた。アオの態度に。弱弱しいのに、どこか甘えた態度が気に入らなかった。


 「術ならあるわよ。」


 「え?」


 「試してみる?」


 マリアベルは新しい札を一枚、指に挟むと、詠唱を口にする。


 「その力、世界の礎を破壊せよ。エルクシ・ペサド。」


 札を構築した術式が蒼く光ると、札はぴんと指の間で直立する。

 すると、アオの周囲に力が加わる。


 「くっ・・・・・・!!!」



 上空からの圧力がアオの体を崩した。地面に両膝膝をつくと、何とか左手一本で体を支えた。

 土下座をするような態勢で力に抗う。

 マリアベルは、魔力を込めると、さらに力が加わる。アオの周囲の地面に亀裂が入り、表面の部分が剝がれて散った。円状に茶色い地面が姿を現す。

 アオの体が地面にめり込むように、加重される。それでも、何とか体を支えた。


 「そうよ、やればできるじゃない。今あんたは、体をを圧し潰そうとするほど力を何とか支えられているわ。これは、生身の体では絶対に不可能よ。すぐに地面に打ち付けられて、呼吸困難でジエンドよ。」


 マリアベルは首を掻っ切る動作をすると、表情一つ変えずにアオを見下げる。

 アオは、首だけ何とか上に向けると、歯を食いしばり見つめる。

 札に魔力を流し続けるマリアベルが言っていることの意味を考えていた。

 確かに自分でも想像できない程の力が上から加わっているのに、何とか耐えられている。考えられる要因は一つだけだった。


 「・・・・神聖術?」


 振り絞るように回答をすると、マリアベルはニヤリと口を曲げた。


 「そうよ、あんたは今地面に押し付けられないように体を強く支える力をイメージしたのよ。それが神聖力を介して、具現化させたの。・・・やっぱり、あんたは神聖術について、自分で説明した以上のことを知らないのよ。」


 マリアベルは魔力の流動を止めると、札は力を失くしたようにふにゃりと曲がる。

 それと同時に、アオの頭上の圧力が消える。

 解放されると、そのまま膝まづくように上がる息を整える。

 滝のように汗が流れ落ちると、マリアベルの言葉を脳内で反芻する。

 

 神聖術について知らない?そんなはずはない。現に今、想像を具現したではないか。それが神聖術の本質だ。

 それが、なぜできたのかは別として。アオの中で神聖力の流れが強くなるのを感じた。

 それと同時に這いつくばる自分に悔しさが、地面に指をめり込ませた。ぐっとこぶしを握る。


 「はあ、はあ、はあ、はあ・・・・神聖術を知らない・・・・とはどういう意味です?あなたにはわかるというのですか?!」


 半ばやけくそに言葉を投げる。アオは魔術については詳しくない。それでも、神聖術についてマリアベルよりも知識があると思っていた。

 どうしてこんなに焦るのか、アオの中で不安がよぎる。自信に満ちたマリアベルの表情が、自分の秘めていたことに対して、その事実に対して突きつけられると直感していた。


 「神聖術は想いを具現する。それは、間違いじゃないわよ。でも、だったらなんであんたは最初から私の魔術を無力化することを想わなかったの?いや、想ったはずよ、無意識にね。この力から解放されたいって。じゃあ、なぜそれが実現できなかったか。当ててあげようか?

 それは、使い手に絶対的な得意、不得意があるからよ。あんたにできるのは、自分に対する力に耐えるだけの身体的な強化だったってわけよ。」


 直感が的中した。図星だった。アオは言葉を失う。胸を刺されるように自分の精神をえぐった。

 

 どこかで驕っていた。自分は転生しても、人間になっても、最強であるのだと。神聖術のほとんどを使えなくなっても、自分の得意とする術だけは使えるのだと・・。しかし、蓋を開ければ、惨めに這いつくばるのが関の山。やっとの思いで神聖力を感じ取れてもこの様。

 だから強がった。自分の力は人間よりも優れているのだと。自分は竜であったことへの驕りがこの始末。顔を上げることも、できなかった。

 アオは悔しさと惨めさで顔を下げる。地面に降り注ぐ汗が、染みていくのが見えた。

 

 マリアベルは指をパチンと鳴らすと、結界が解除される。そして、アオの前に仁王立ちする。

 そして一喝。

 

 「甘えてんじゃないわよ!!そして、へこんでるんじゃないわよ!!あんたは、生まれたてなんでしょ?

 できないことをめそめそ嘆いてんじゃないわよ!それから、弱気になって自分の可能性を見失うんじゃないわよ。

 あんたは、強くならなきゃいけないでしょ?

 それはなぜ?その答えも忘れたの?」


 何のために?その質問が心に問いかけた。

 マリアベルの言葉で目に生気が宿る。その場に立ち上がると、真っすぐに彼女を見た。

 マリアベルは遅いのよと、一言添えると後ろを向いた。

 

 アオは、確かなことを心に再度刻み込んだ。何のために転生したのか。アリスに会うためだ。

 何のために神聖術を試したのか。アリスを今度こそ守れる力を欲したから。

 覚悟が定まる。もうぶれない、もう迷わない。

 今の自分は底辺だ。地面に這いつくばるだけの底辺だ。それでも空を目指すことへの努力は何も誇れないものではないのだ。

 汗を拭きとる。地面の水分は蒸発し、土は強く固まる。


 「マリアベル、もう一度お願いします。」

 

 竜である自分はいない。人間となったアオのゼロからの修業が始まった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 一か月が経過していた。

 最高の真夏日を乗り越えると、残暑が襲うも、秋を思わせるように虫の鳴き声が変わり始めた9月も後半。

 

 アオは、結界のなかで頭上から降り注ぐ力に仁王立ちで耐えると、目をつぶって集中していた。

 とにかく神聖力を体内でどんどん練り上げて、外側の攻撃に耐えるだけの耐久力をより洗練させ、より持続させようと鍛練していた。


 3時間ほど経過すると、マリアベルは加重の魔術を解除した。

 少し疲れたのか、額に汗がにじんでいた。

 アオも天を仰いで息を整える。


 「まあまあ、いい感じね。最初よりも強い力を押し付けてるけど、なんなく耐えれてるわ。身体の強化は順調に進歩しているわね。」


 アオは、マリアベルの言葉に素直に受け取った。最近、彼女が本当はすごく聡明で、そして真摯な人間なのだと理解した。

 だからこそ、自分お進歩は本当のことだと思えたし、彼女の言葉はそのまま自信につながった。

 

 「マリアベルに褒められると、自信が出ますね。ありがとうございます。」


 「ばっ!!違うわよ!別に褒めてないんだからね!?あんたがまた、めそめそしないかって・・・あれよ、飴を与えてたのよ。つ、次は鞭なんだからね!覚悟しなさいよねっ!!」


 プイと横を向くその顔は耳まで真っ赤になっていた。

 この照れ隠しも彼女の性格の一部だと理解すると、アオはまた一つ人間を学べたような気がしていた。

 アオはマリアベルの隠れたやさしさに気づけて良かったと心から思う。


 少し休憩すると、アオの中での疑問点を口にした。


 「そういえば、マリアベルは神聖術について、その、考察をかなり的確に伸ばしていましたが、どうしてそこまでの答えを導き出せたのですか?」


 二人は、地面に腰かけると隣同士に座った。


 「私はこれでも、6歳から魔術を探求しているわ。だからこそ、魔術と神聖術の類似点があることは最初から思っていたし、なにより想像しただけで何でもできる術が本当にあるなら、神様はこの世界をもっと良いものにしているわよ・・・。」


 どこか遠くを見るように答えるマリアベルの瞳は少し潤んでいた。

 心配そうにアオは顔を覗くと、その距離感にマリアベルは我に返ると顔を赤くさせて咳ばらいを一つ着くと言葉を続けた。


 「そ、それに、思いだしたのよ。初めてあんたにあった時、あんたは声を漏らしていたわ。それから、湖を横断したときに、神聖術の真名を口にしたわ、あれは魔術で言う詠唱に近いと感じたわ。それで思ったのよ、この術は明らかに使い手で練度が変わるってね。それじゃあ、魔術と変わらないんじゃないかってね。」


 すごい。唖然とする。そんな短期間の情報でここまで考察を伸ばせるのか。そもそも。あらゆるものに疑問を持つ研究者としての素質がマリアベルには備わっているのだとアオの中で合点がいく。

 驚きと興奮で身を投げ出すように続く質問を投げた

 

 「で、では、私が身体強化を得意としているといった根拠はなんですか?」


 アオは目をキラキラさせて質問した。

 確かにアオはこの人間としてのフォルムになってから、得意とする神聖術は身体強化に限定されつつあることは感じていた。

 そこに来ての完全転生で、自分の中で残された神聖術はもはやそれだけであると、感じていたのも事実だった。

 だからこそ、強がっていた自分の目を覚ましてくれたマリアベルには感謝していた。

 そして、その答えを導いたプロセスに興味を抱いたのだ。


 少し引き気味にマリアベルは答えた。


 「あんたが、魔獣の攻撃を左腕で受けようとしてたのは、試すためだって言ったじゃない?

 それであんたの中で、自分が使えると思った神聖術はそれを直接防ぐ術。身体強化なんじゃないかと思ったわけよ。

 だって、私なら、魔獣を動けなくすることや、触れなくても吹き飛ばすような攻撃を想像するもの。

 それをしない理由。あんたの中で、一番自信のある術が選択されたから、でしょ?」


 はーと、圧巻に取られるアオ。口を開けて感動していた。眼前の女性はあながち嘘偽りなく天才魔術師なのではないかと。

 そんな視線に照れるようにサッと立ち上がると、指にはすでに札が用意されていた。


 「さあ、再開よ。」


 アオは、自信に満ちた笑みで頷いた。


 秋を過ぎると、森の中は寒さが厳しくなってきた。アオにとっては初めての森での冬は、修行の毎日であった。

 結界の中は時間経過に連れ、低酸素の状態となりそれも集中を邪魔する要因としてあり、そして加重の魔術もより強化されていた。

 さらに、本人曰く、攻撃系の魔術は苦手、とのことだったが、たくさんの札が結界内側に貼られると、そこからレーザーの波状攻撃を繰り出していた。

 

 アオは、結界の中心で手を合わせると静かに目を瞑る。もう左腕はすっかり治っておいた。

 心の中でイメージが固定されていた。全ての攻撃を防ぐ、壁、鎧、縦・・・・・。全てがピンとこない。

 守る、加護、その単語に結び付く自分に関わるもの。それは、鱗。蒼い鱗だった。

 固く、それでいてしなやかで、防御にも攻撃にも転化できる性質を併せ持つ鱗のイメージ。

 

 ありとあらゆる攻撃はアオの体を一切の傷を付けさせるに至らなかった。完全にイメージを体現していた。アオの中で何かを確実に掴んでいた。

 

 ある日、アオはマリアベルに修行は終わりだと告げる。その言葉で、彼女は理解した。超える時が来たと、ゼロだったころの自身を超える瞬間が。

 マリアベルは頷くと、息を整える。体内の魔力を練り上げると、そして白い札を目の前に取り出した。

 アオの眼からは膨大な魔力の流れが観測できた。間違いなく最硬の結界が発現する。そう直感した。

 空気が静寂を唄うと、それを切り裂くように詠唱する。

 

 「其は鉄の心、意思を通すものよ。其は光の加護を与えるものよ。

 百妖を退ける盾となれ。ルミナス・アミュレット!」

 

 青紫色に輝く結界は、今までの結界の練度とは桁が違のは一目瞭然であった。

 風が吹くと、舞い落ちる木の葉が一枚結界に触れると、バチっと音をたてると、焦げて散る。

 防御だけでなく、対象を焼き付けるだけの攻撃性を有しており、マリアベルの最強の結界が発現した。

 

 アオは息を整える。左手を前に添えて、右手で後ろに拳を作ると、腰を低くして構える体制を取る。

 修行で見せたことのない構えだった。誰を見て覚えたのか今は思いだせない。

 それは頭のはるか奥に眠る映像を、体に刻まれた記憶が体現させた構えだった。

 

 右手に神聖力を集める。身体にあふれる力を一点に集中させると、右手は蒼白く光り輝いた。

 そして、拳を一気に放った。


 拳と結界が触れる。刹那。

 バキイイイイイ!!

 結界が弾ける音が響く。キラキラと青紫色の破片が舞い散ると、その中を笑みを浮かべるアオの姿があった。

 マリアベルは安心したように、頷く。結果は予想を超えるものになった。


 「おめでとう、合格よ。」


 「ありがとう、マリアベル。あなたのおかげで、夢に一歩近づけました。」


 二人を照らす暖かな日差し。

 季節は春を迎えていた。

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