第21話神聖力とは?魔力とは?
暗闇の中を歩いていた。ここはどこか、アオにはわからなかった。見渡す限りの闇に心が折れそうになる。妙に左腕が痛むのを感じた。必要に腕をさする。
ふと先を見つめると、何かが見えた。近づいていくと白いワンピースを着た少女が前を向いて歩いていた。
「アリス!」
叫び声むなしく、アリスはどんどん歩いていく。アオは走って詰め寄るのに追いつけない。
アリスが闇の彼方へ消えてしまう。できうる最大限手を伸ばす。少女の背中まであと少し。
「アリス!!」
ばっと目を開ける。視線の先はアリスの背中ではなく、見知った天井が見えた。アオは息を荒げて右手を伸ばしていた。
すると途端に、左腕が痛みに襲われた。
「くっ・・・!?」
見ると、左腕には包帯がぐるぐるに巻かれていた。左手を確認すると奥で声がする。
「やっと、目が覚めたのね。あんまし、動かさない方がいいわよー。」
「この、包帯はあなたが?」
「そうよ。」
「私はどれだけ寝ていましたか?」
「丸1日くらいかしらね。」
アオはソファーから見えたマリアベルに問いかけると、彼女はイスの背もたれに腕を置くとゆらゆらと前方に揺らしていた。
どうやら、アオはあの魔獣との戦闘後、腕を負傷しそのまま意識を落とすと、1日中目覚めずに寝ていたようだ。
部屋の中は相も変わらず、くしゃくしゃに資料や物であふれかえっていた。
アオは、自分の左手を見て、昨日の戦闘を振り返る。
まずは、神聖力を練り上げることができなかった。神聖術を行使するにもその源がなければ意味がない。
そして、基礎体力の低さだ。ギリギリとはいえ、躱すことはできたはずだ。それに受け身も。そういった行動の全てが一律して低すぎるレベルにあることを感じていた。
アオは、自分のふがいなさに、歯を食いしばるように眉間にしわが寄る。
「私は、負けました・・・。」
「そうね、私の目からは、魔術を発動させようとしたけど失敗したように見えたけど。だって、あんたあの攻撃わざと受けようとしてたでしょ?なんでそんな無茶・・・。」
「はい・・・・。自分の力の程度を試すつもりでしたが・・・このざまです。あの時、体の中に神聖力を感じることができなかった。もしかすると、私は神聖力すらなくしてしまったのかもしれません・・・・。ああ・・あと、この怪我の処置ありがとうございます。マリアベルのおかげで助かりました。」
「べ、別に、あんたをあのまま犬死させたら目覚めが悪かっただけよ!それに、ついでみたいに礼なんて言うんじゃないわよね!」
顔を少し赤くしながら、プイと顔を横にする。アオは、弱弱しく笑い返した。
すっかり意気消沈しているアオを見て、流石に、軽口に反応できるほどではないと思ったマリアベルは、息を一つ着くと、アオの方に向き直った。
「それよ!その神聖力ってのがなんなのか、わからないのよ。それって、魔力とどう違うわけ?」
「基本的には、体内を流れるエネルギーです。そういう意味では魔力と一緒ですね。下界の生命が魔力を天界や獄界に住む者たちが神聖力を持っています。どちらも、この宇宙を流れる流体エネルギー、マナを根源としていると言われていますね。」
「ふーん。天界とか獄界とかそういう神話的なのはよくわからないけど、ようは呼び方が違うくらいってことね。」
アオはソファーから足を降ろすと、膝の上に左手を置く。そして時折痛むのか右手で患部をさすった。
マリアベルの発言にアオは首を振る。
「それは違います。神聖力は神聖術を使うためのエネルギーですが、魔力では神聖術は発動しません。まあ、逆ができるかは私の記憶の中には答えがないですが。」
神聖術は神聖力にのみ作用する。では、魔術は神聖術で発動するのか、それに関してはアオの中では知る由もなかった。
マリアベルは、とんとんと親指を額にリズムよく刻むと、頭を悩ませた。イスから立ち上がると、右手で白い札をひらひらさせる。
「んー。やっぱり神聖術についてよくわからないのよねー。例えば、魔術を発動させるにはね・・・術式と詠唱が必要なんだけど、最低でも前者は絶対条件なの。術式に魔力を流すと、魔術は起こる。こんなふうにね。」
指で札を挟むと、マリアベルは魔力を注ぎこむ。すると、白い札に青色のいくつにも分岐した線が走ると、札が空中に四散する。マリアベルの右手には、紫色で半透明の立方体が掌に乗るサイズで発現した。
アオは、納得したように顎に手を置いた。
「これが、魔術・・・。今のは、札に刻まれた術式に魔力を流して発動させた。ということですね?」
「そうよ、これが私の結界魔術よ。これに加えて、詠唱を含めれば魔術の練度や精度が上がるわ。まあ、他にも汎用術式と固有術式に分かれるんだけど・・・・。今は、まあ説明省略で。それより、神聖術も魔術と同じプロセスで発動させると思っていいわけ?」
マリアベルは掌の結界を握りつぶすように消滅させると、キラキラと紫の破片が宙を舞った。
アオは、その風景を記憶中の何かに照らし合わせると、口を開けて少し見惚れる。
すぐに、我に返ったようにマリアベルの質問にまたも首を横に揺らした。
「神聖術には詠唱も術式も必要ありません。神聖力さえあれば、発動します。あえて、必要なものを言うのであれば、それ・・・・」
アオは、少し決め顔を浮かべると頭をつんつんと叩いた。
「想像力です。」
「は、はああああ?つまり、あれなの。イメージしただけで、それを再現できるってこと?」
アオはこくりと頷くと、現実を受け入れられないような顔で口を大きく開けるマリアベル。
ふらふらと、イスに着地すると、大きな胸をイスの背もたれに預けた。
マリアベルは、魔術の研究者である。言葉では説明できない複雑な工程を術式の組み立てには必要であることを知っていた。
それを神聖術はあざ笑うかのように、簡単に工程を省いてくれたのだ。 力が抜けるのも無理はない。
「そんな万能の術も神聖力がなければ意味がないです。今の私には、使えるかどうかもわからない・・・・。」
アオは、またも落ち込む表情を浮かべると視線を下に向けた。
昨日の戦いで、とっさとはいえ神聖力が体に流れていない感覚は脳裏に刻まれていた。自分には魔力も神聖力もないただの無能になり下がったのだと気を落とさずにはいられなかった。
マリアベルは、気落ちしたアオを見る。自分もそれ相応のカルチャーショックを受けたばかりだが、そんな自分より明らかにダウンする者を見て、今の自分が馬鹿らしくなる。
マリアベルは、目の前のしょげてる男を手助けすることをここに決めていた。
ため息一つ着くと、アオをフォローする案を思いつく。
「あんたって、転生したのよね?」
「はい、そうですが・・・それが・・何か?」
「じゃあ、生まれたての赤子みたいなものよね。だったら、方法はあるわよ。」
アオは、首をかしげる。マリアベルの方法の意味は分からないが、転生後を生まれたてと表現することには納得がいった。
つまり、何も持たない赤子のような存在だとアオを表現した。
何も持たない?アオの中で何かが閃いた。
「まさか・・・人間は生まれながらに魔力を―」
「そう、持っていないのよ。先天的に魔力は会得しない。というより、感じ取れないのね。まあ、隠れた才能みたいなものよ・・・。では、どうやって魔力を手に入れるのか・・・。」
アオは固唾を飲んで続きの言葉を待ち望む。
もし、自分が赤子というのなら、まだ可能性はあるのではないか。その期待がアオの表情を明るくさせた。
そんなご期待の目を無視するように、右手を拳の形に変えると、それを顔の前に持ってくる。
その拳の横から覗かせる無表情で見つめる視線は、狩りをする獣のように鋭かった。
「な、何をする気ですか?」
「何って、殴るのよ?」
「な、殴る?何でですか?」
「はあ?そんなの魔力を発現させるためよ。」
説明不足なマリアベルが一歩一歩近づく。アオは、そう広くない家の壁際に追いつめられる。
目の前の恐怖が、体の神経を刺激すると、アオの特殊な眼が覚醒する。
今までは見れなかった世界が見える。
マリアベルの右手には青いオーラ。魔力が込められていた。アオは魔力を見る力の覚醒に喜ぶ暇もなかった。
その拳の魔力は、一撃を受けてしまえば間違いなくただでは済まない迫力を有しており、マリアベルの不敵な笑みと合わさって、より恐怖を増長させていた。
「ま、待ってください、ちゃんと説明をしてくださいよ!」
マリアベルの足がピタッと止まる。拳を構えたまま、ファーと息を吐く姿は、凶悪な魔獣そのものであった。ように見えた。
「外から魔力の籠った刺激を与えれば、魔力を感じ取れるようになるのよ。つまり、魔力の蓋を外からこじ開ける感じね。ね、わかったでしょ?つまりこれが、最適解なのよ。」
説明が終わると、また恐怖の行進がはじまる。
外からの刺激は理解できたが、あれほどの魔力で殴る必要はあるのか。否、あるはずがない。
アオは、マリアベルの私怨が目の前の魔獣の具現であると察知した。
目の前で恐怖が笑う。
アオは、最後の命乞いをする
「な、なら、殴る必要ないじゃないですか」
「問答無用!!しねーーーーーーーーーーい!!!」
明らかな攻撃的な意思を表明すると、右手をアオの顔面目掛けて振り下ろす。
その瞬間、アオの眼に映る世界はスローモーションのように緩やかな時が刻む。
アオは反射的に右手を前にやって、打撃に備えると、あることに気づいた。
それは、この茶番を根本的に覆す事象であり、アオの生存を叶える唯一無二の答えがそこにはあった。
「あーーーーーーーーーー!!!」
アオの、感嘆の声に鼻先寸前で拳が止まる。ぶわっと、拳の威力を物語るような風圧がアオの顔を舐めとるように当たる。
アオは間一髪の光景に唾液を飲み込んだ。しかし、恐怖は終わらない。
マリアベルは、拳を降ろすことなく、真っすぐに獣の視線をアオに送る。
「何よ?」
アオはマリアベルの質問に一言一句間違えてはいけないと感じ取った。目前の死は自分の言葉一つでどのようにも変化する。
「い、言い忘れていましたが、私の眼は魔力を色で認識できます。マリアベルの拳に込められた魔力は青色に見えてます。そして、私の右手。私の右手に黄色のオーラが見えています。こ、これは、間違いなく神聖力です!!」
「ほんとうに?」
「ほ、本当です。な、なので、拳を降ろしてください。」
アオは懇願するように頼み込む。マリアベルは、ふっと力が抜けたように右手を下ろすと、少し残念そうに後ろを向いた。
アオは、安心すると床にへたり込んだ。間違いなく、
「ちっ!」
「え、今、ちって・・・まさか、ただ殴りたかっただけではないでしょうね?」
「そんなこと・・・・ないわよ?」
「ちょっと、間があるじゃないですか!!生身の人間によくあんな芸当しようと思いましたね!」
「あーもういいじゃない。神聖力だっけ?発現してよかったわねー。はい。おめでとー、おめでとー。」
マリアベルは、両手をひらひらと挑発的に動かす。
ピキッと音がする。アオは、怒りと苛立ちをを右手に集めるが、なんとか理性で耐え抜いた。
マリアベルは、振り向いて腕を組む。大きな胸はその場所が一番適当であるかのように腕の上に収まる。
「それにね、神聖力を開花しただけじゃ意味ないでしょ?」
「どういう意味です?」
「はぁー、本当に大丈夫?あのねー、実際に神聖術を使えるようにならなきゃ意味ないでしょ?」
アオは、失念していた。あまりの恐怖と、神聖力の発現により、考えが至らなかったのだ。
神聖力は、媒介物に過ぎない。それだけでは、言葉通り意味がないものだ。
アオは、ぽかんとマリアベルを見上げる。
マリアベルは首を横に振ると、はーと息を深くついた。
「言っておくけどね、今回の恐怖がノミ程度に感じるくらいの、辛い鍛練が待ってるんだからね。」
恐怖の宣告に、アオの思考は停止した。
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