第20話いざ王都へ?

彼女は10年近く待ち続けた。それは通常、人ひとりを待つ期間としては長すぎる時間であり、その待ち人がようやく目の前に現れたので、彼女は歓喜でむせび泣いた。

 しかし、その待ち人の反応には呆れを通り越して怒りすら覚えるレベルで、マリアベルの心境を語るまでもない。


 「私があんたをどれだけ待ち続けたと思ってるのよ!!?それをあんたは、言うに事を欠いて、誰ですか?だとぉ!?」


 「・・・・・・・・・誰ですか?」


 首をかしげて禁句を口にするアオ。

 それにピキッと額に皺が寄る。ぴくぴくと眉を吊り上げると、ギラギラした目でアオを睨みつけた。

 あられもない自分の姿などお構いなしに、アオに怒りをぶつける。


 「私は、マリアベル・フォーリア!!10年前にも同じことあんたに言ったけどね!無理やり!無理やりよ?!あんたを探して北の国から遥々こんな森までやってきた天才魔術師よ!」


 アオは、その言葉に熟考する。そして一つの解を得た。アオは、10年前確かに、自分が怪しげな女と話をしたなくらいには思い出した。しかし、彼女の体の成長ぶりというよりも、年齢を重ねた感じが、やはり10年後の世界なのだと実感した。

 そして、記憶が蘇るとあの時の苛立ちも湧き上がり、余計に嫌そうな顔を浮かべた。


 「あー、思いだしました。あの時のミトラスの神徒ですね。」


 「神徒なんて、とっくにやめたわよ!もう、あっちから連絡も来やしないんだからね?!・・・・ま、まぁ、そんなことより何よその顔は!私に何か言うことがあるんじゃないの?」


 瞳孔の開いたようなギラついた眼からは涙が流れていた。そして、ほぼ半裸の状態でアオにもたれるほど近づて上目遣いで見あげる姿は、逆にアオの感情を。

 通常、半裸の女性のそれも、マリアベルのような美人に部類する女性の裸で、そんな詰め寄られれば男子なら胸が高鳴るシチュエーションなのだろう。

 しかし、アオはそんな感情微塵も抱いていなかった。裸で、しかも人の家をこんなに改造してしまっているのに、それを棚に上げ逆切れ。アオは心底呆れかえっていた。

 アオは、冷たい目線を送る。


 「はー、そんことより、服を着てくだい。そんな恰好で神聖なわが家を汚さないでもらいたいですね。」


 「あ・・・・・・・」


 顔の温度が急上昇する。沸点を振り切ったように赤く燃える表情を浮かべると、マリアベルはアオを突き放してそのまま二階に駆け上がった。

 どたどたと、何かを漁る音が聞こえると、アオは二階も大変なことになっているのではと頭を悩ませた。

 首を横に振ると、ため息一つついた。


 「やれやれ、事情を一から聞かないといけませんね・・・・・、はー。」


 予想外の滞在者に思考をかき乱されたが、アオの中にあった不安は不思議と消えていた。

 アリスとアイリスが無事かどうかはまだわからないが、破天荒なマリアベルの言動で落ち着きを取り戻せたのだと考えると、それはそれで微妙にイラついた。

 はー、と、天にため息を一つついたアオであった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 「それで、マリアベル、あなたが私を待っていた?、のはどうしてですか?」


 黒いゆったりとした服装に着替えると、ソファーの上でもじもじと膝を抱えて座るマリアベル。アオに裸を見られたことをここにきて、気にしだしたのか妙に距離を取っていた。

 そんことは一切気にする素振りを見せないアオは、イスに腰かけると、両手を顔の前で組んだ。審問でもかけようかという雰囲気はマリアベルの精神にさらに追い打ちをかけた。

 

 マリアベルは一呼吸置くと、10年前の話を思い出すように語る。

 アオが連れてかれてから二人を見守っていたこと。その二人が突如誰かに連れていかれたこと。そして、アイリスからの伝言。

 

 「こ、これが10年前の出来事よ・・・・。」


 壮大なエピソードを話しきった後でマリアベルは疲れたようにぐったりすると、パタパタと掌を仰いだ。

 アオは、今だ手を組んだまま頭の中でぐるぐると思考していた。そして、単純で明快な一つの解を導き出す。

 アイリスが今この場にいないということは、彼女の言った通り自分に助けを求めているに違いない。

 即ち、アリスの危機。

 ならば―。


 「なるほど、わかりました。では、すぐにでも二人を向かいに行かなくては。」


 「は?え?ちょっと待ちなさいよ!」


 立ち上がり家から出る体制のアオを、自分もソファーから飛び上がって止めた。

 アオは身体を止めると首だけこちらに向けて、言葉を待つ。身体は既にアリスの方に動き出そうと我慢の限界であった。

 

 「二人の居場所がわかるの?」


 「ええ、おそらく王都でしょう。以前、アイリスが王都には絶対行きたくないと言っていました・・・。その連れて行った奴らと何かしらの因縁があったに違いありません・・・・・。もし、私がその場にいれば、こんなことには・・・ならなかった・・・。」


 「・・・・・・・・・・・」


 悔しそうに手に力を入れるアオの姿を、10年前の自分に重ねたマリアベルは、黙ることしかできなかった。

 アオは、首を横に振ると前を向く。心も体もアリスたちの方に向かっていた。

 マリアベルは、アオの背中を見てあの時の罪悪感が蘇る。無力で、愚かな自分。だからこそあの時誓ったのだ。目の前のこいつを待ち続けると。まだ自分にやれることがある。そう心に言い聞かせると、  喉から言葉が這い上がってくる。


 「待ちなさい!!」


 立ち止まるアオ。もう、顔すら振り返らない。すでにここにいる意味はないと、態度が物語る。

 マリアベルは唾を飲み込む。

 

 「王都への道はわかるの?」


 びくっと、アオの体が動く。その動きを見て得心がいくマリアベルは、続けざまに質問の雨を降らせる。


 「森を抜ける準備は?この森の魔獣、最近は昼も夜も関係なくでてくるわよ。道中の食料は?近くの町に行くにしてもお金がいるわねぇ。馬車の使い方わかるの?まさか。歩いていくきじゃないわよね?」


 「・・・・・・・・」


 アオはゆっくりと後ろを向く。そこには、胸を張って得意げな顔のマリアベルが立っていた。

 アオは少しイラっとしたが、彼女の言い分は最もであり、図星を着かれたことで言い返す言葉も見つからなかった。 

 肩をがくんと下げると、渋々右手をマリアベルの前に差し出す。

 マリアベルは、上機嫌でその手を取ると、二人は契約完了の握手を交わした。


 「わかればいいのよ♪とりあえず、今日は旅支度を済ませて、日の出とともにここを出発よ。」


 アオは、こくりと力なく頷くと、大きくため息を吐いた。


 明日の準備を済ませると、すっかり夜になっていた。

 マリアベルは、ここが私の寝床だからと、アリスとの思い出のソファーを占有すると、またもはしたない姿で布団に包まると、アオの去り際に


 「寝込みを襲ったら許さないんだからね!」


 と、顔を赤めらせながら言われて、アオはメラメラと苛立ちが顔に出かけたが、ぐっと抑えた。

 マリアベルの戯言を無視して二階に上がるアオ。一階同様、とんでもない状態にされているのではと心配したが杞憂に終わる。

 アリスとアイリスの寝室は昔のままの状態になっており、さらに書斎もあらゆるものの位置が変わっていなかった。その代わり、物置用の部屋は、当時の物量をはるかに超えて、物であふれかえっていた。

 一階の風景に免疫がついたのか、二階の現状に安心したような表情を浮かべると書斎に入る。

 そして、そのまま腰かけると本棚に背中を預けて目を閉じる。


 「アリス、アイリス・・・・・早く、会いたいです。」


 思いを馳せる。夏の夜空に願いを捧げた。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 朝になり、アオは一回に降りる。すると、朝とは言え異常に涼しい部屋の中で、やはり布団に包まって寝ているマリアベルにため息一つつく。

 

 「マリアベル、朝ですよ。さあ、起きてください。」


 「んー、あと5分~、いや、3分だけ~・・・・・・スースース―。」


 また寝息をたてるマリアベル。アオの額に青い筋が浮き上がる。

 包まる布団を一気にめくりあげると、昨日見た光景と全く一緒の姿のマリアベルが丸くなっていた。


 「んー、寒い・・・・。ん、ん?」


 目の前の青年の姿はぼんやりとしか見えないが、自分の姿に我に返る。

 顔の温度が急騰する。そして、恥ずかしさを負い隠すように咆哮した。


 「ぎゃあああああああああああああああああ!!スケベ!変態!破廉恥!」


 「・・・・・・・・。支度してください。早く行きますよ。」


 「へ?」


 マリアベルの大声に全く無反応を見せると、冷たく支持を出した。

 思った反応と違い、呆然とするが、ぼんやりと見えるアオから、怒りのオーラが見えたので、飛ぶように起き上がると着替えと準備を始めた。

 アオは首を横に振ると、彼女の準備を外で待つことにした。

 朝日が昇ったばかりだが、気温と湿度はジワリと汗を流すほどには上がっていた。


 しばらくすると、灰色のローブと三角帽に小さな鞄を肩から下げたマリアベルが出てきた。

 見るからに暑そうな恰好を見て、こっちまでむせ返すようだとアオは感じた。

 

 「暑くないのですか?」


 「大丈夫よ?氷結と結界の汎用術式を応用させた術式を、このローブには付与しているから。ほら、汗一つ出てないでしょ?」


 マリアベルは得意げに額を見せると、確かに汗一つ流れてなかった。

 アオは、魔術についてよくわからなかったが、部屋の温度も何かしらの魔術による調整がなされていたのだと納得いった。

 自慢気なマリアベルは少し癪なので、軽く頷くと森の方へ歩みを進めた。

 そっけない反応にムスッとするも、速足のアオに駆け寄った。

 二人は森を抜けて、その近くにある街を目指して歩き出した。


 生い茂る木々の葉が陽の光をかなり遮るので、湿度は変化ないが暑さは多少緩和されたように感じた。

 マリアベルが魔獣の心配をして、朝早く森に入ったが、アオの中で昼間に魔獣が出た記憶がなかった。それどころか夜だろうが一度も見ていない。

 ふと気づいたが、アリスの加護を失い、この森の魔獣はどこでも行き来可能になってしまったのではないか。

 そんなことを考えつつも歩みを進めるアオは、目の端で何かが揺れるのを捉える。


 マリアベルはないも気づいてないが、アオはそれをはっきりと視認していた。巨大な魔獣が速度を上げて近づく。

 アオは、動きを止める。マリアベルも、アオの姿勢を見て白い札を片手に警戒態勢に入る。

 草むらの揺れが近づくと、それは巨大な雄たけびとともに姿を現した。


 「グォオオオオオオオオオオオ!!」


 アオの体長の2倍はあるのではないかという巨大な熊の魔獣が両腕をいっぱいに広げて二人の前に立ちふさがる。

 熊の胸元には大きな星の模様が描かれており、口からはだらりと涎を垂らしていた。

 アオは少し後ずさる。マリアベルは大したことないと判断したのか、札をを下げた。


 「この魔獣を知っていますか?」


 「星熊スター・ベア。この森に多くいる肉食の魔獣よ。戦闘技術のほとんどない私でも、何とかなるくらいのレベルね。あんたなら、楽勝でしょ。」


 安直名前で呼ばれる魔獣は、アオにとっては相手にならないとマリアベルは判断し、戦闘態勢を完全に解除した。そして、処理は任せたというようにアオの後ろの立つとあくびを一つつく。

 アオは、頷くいて星熊スター・ベアの前に移動する。

 棒立ちのアオを好機と感じた星熊は右手を大きく振りかぶると、そのままアオ目掛けて振り切る。

 

 アオの両眼はその動きを完全に捉えていた。スローモーションのような動きの中でアオは考える。

 このまま躱すことは簡単だが、自分の神聖術がどれほどの練度まで使えるのか試す機会だと感じた。

 アオの思考が弾ける。左手に神聖力を貯めて、身体を強化する術式を付与しようとした。

 

 ―しかし、神聖術が起動しない。それどころか、神聖力すら感じない。このままでは生身で魔獣の一撃を受けてしまう。

 

 (くっ、まずい、人間の体で耐えられるのか?考えてる場合か!できるだけ威力を殺すように受けるんだ。)


 加速する思考の中生み出した対処術。

 

 ドッ!!

 星熊の攻撃が炸裂する。

 

 アオは左手でクッションのように衝撃をいなし、そして身を任せるように地面から足を離した。

 魔獣の横なぎを体で受け止めると、勢いそのまま一直線に森を突き抜けていった。

 

 ドンッ!!

 

 遠くの木に体をぶつけるとするりと、身体を地面に落とした。

 

 「はあああああああああ?」


 飛んでいくアオの体を見ながら、あり得ないものを見た時の声をマリアベルはあげる。

 星熊もあまりに簡単に吹き飛ぶので、掌を見ながら首を傾げた。


 マリアベルは急いで駆け寄ると、アオは左手を抑えて気にもたれかけていた。

 痛みで悶絶し、たった一撃で満身創痍のアオを見て未だ信じられない様子で見守る。


 「ちょっと、あんた大丈夫?どうしたのよ、丸っきり弱くなってるじゃない!」


 「・・・・・不覚・・・でした・・・まさか・・・ここまで・・基本的な・・状態になっていたとは・・・・・・。うっ・・。」


 アオは自分の身体を分析したようにつぶやくと、ガクッと意識を失った。

 

 「は?はああああああ?ちょっと、なんなのよ、もーーーーー!!!」


 マリアベルの雄たけびが森をこだまする。

 家を出て数分。まだ森のほんの入り口。そこで、アオは意識を失う。

 アオの旅立ちはまだ先になりそうである。

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