第一章 学園転入編

第19話懐かしの家

 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・・・・はーーー。」


 アオは、近くの木にもたれると、大きく息を吐いた。体が重い。生身の人間の体なのだからか、それとも転生したての体は体力がないように設計されているのか、その両方か。何にしても、以前の人間の体に変身していた時とは比べ物にならないほど運動能力が低下していた。

 季節は夏。照り付ける日光と、むせ返るほどの湿度と気温も体力を奪っていった。

 

 アオは、少し休憩するとまた歩き出した。ゆっくり、ゆっくり歩みを進める。すでにアオの眼は家を捉えていた。この力は、マザーによって限定的ではあるが、再現されていて、以前なら万物を解き明かせるほどの機能を有していたが、現在アオの中で確認できるのは遠視のみとなっている。それも距離は大きく縮小されたようであった。


 「はぁ、はぁ、もう少しですね・・・・。どうやら、完全な透視はできなくなっているのようですが・・・・はぁ、魔力感知はどうなっているのだろうか・・・・。何にしても、いろいろとこの体の性能を試さないといけませんね・・・・・。いざというときに、二人を守れない・・・。ふぅ、着いた。」


 息をあげて、ようやく森を抜ける。そこには懐かしの木造の家が建っていた。

 一歩一歩近づくと、遠くからでは確認できなかったが、異様な光景が広がっていた。畑のあった場所は、草木一本も生えてなく、当然花なども咲いてはいない。庭先は雑草が生い茂り、手入れされている影もない。外だけ見れば生活感がなくなっていた。

 部屋のカーテンは全て締め切った状態であった。

 

 「いったい、これは・・・・」


 目の前の光景にアオの理解が追い付かない。嫌な予感が胸中をよぎる。

 精一杯の速度で扉の前に走る。扉を開ける前に一呼吸置くと、勢いよく開いた。

 廊下を抜けリビングに飛び込む。


 「アリス、アイリス・・・・庭の畑・・・が・・・いったい・・・・」


 言葉の勢いが途中で薄れると、アオは呆然と口を開けた。それもそのはず、記憶にあるリビングとは似ても似つかないほどの変貌遂げていたのだ。部屋の中は妙に涼しかった。ちょっと肌寒いくらいに感じるほどに。カーテンの隙間から少し光が漏れている。

 

 キッチンのあった場所には、シンクの中を大量のフラスコやビーカーなどのガラス容器が洗われるのを待機している状態であった。そして、リビングのテーブルの上には紙の資料が大量に積んであり、その周りにはいろいろな模様が刻印され札がばらまかれており、食事など到底できない状態になっていた。

 壁のいたるところに、草木を乾燥させたものや、動物の毛皮や角、骨などが吊るされていた。その中に灰色のローブと三角帽子もかけられており、いずれにしろここの家主たちのもではなかった。

 最後に居間だ。小さなテーブルとソファーが置かれていた。そのテーブルの上には正方形の大きな一枚の白い紙が置かれており、いろんな文字や模様が描かれており、それを囲うように大きな丸い陣が形成されていた。そしてその陣に、綺麗な意思や動物の牙、草や種といったものが等間隔で配置されている状態のまま放置されていた。

 

 「なんなんだこれは・・・・・いったい、どうなっている・・・・」


 理解の追い付かない光景にアオは未だ考えがまとまらない。この部屋の光景。アリスは、アイリスは暮らしていないのか。ここにいないのなら、どこに行ったのか。

 あらゆる考えが脳裏を錯綜する中、もぞっと、ソファーの方で動きを捉えた。

 ソファーには何か大きなものが、薄い掛布団のような布で包まっていた。それが、もぞっと動くのをアオは恐る恐る近づく。

 意を決して布をめくりあげる。と、そこには下着姿のあられもない状態の女性が眠っていた。

 20代前半という顔立ちで、黒い髪の毛が肩まで伸びていた。白いつやのある肌が艶めかしくも露になっていた。派手な刺繍の入った黒い下着はふくやかな胸を包んでいた。

 

 「・・・・・・」


 アオは眼前の光景に絶句した。心境は穏やかではなかった。裸の女性に一切の興奮はなく、とにかく知らないものがアリスと二人で絵本を読んだ思い出のソファーで我が物顔で涎を垂らして寝ている姿に、怒りを覚えていた。今すぐたたき起こして事情を説明させようと、アオは寝ている女性の肩を叩こうとした。

 

 「へっくしっ」


 かわいらしい声で女性がくしゃみすると、んーと体を丸めた。

 部屋の中は外とは比べ物にならないほど気温が低く、なるほどそれで布団に包まっていたのか納得しつつ、なら何故服を着ないのかと更に怒りが湧き起ころアオ。

 そんなことは露とも知らず、眠っていた女性はぶるっと、身振りすると、布団を探すように起き上がった。


 「さむい・・・・・・・あれー、布団どこよー・・・・・・・・・・・ん?」


 寝ぼけながら眼前のアオに視点を合わせるも、ぼやけてよく見えない。ソファーの下に置いてあった眼鏡をかけると、焦点が合った。

 見知らぬ男。それも自分の布団を片手に目の前に立っていた。眉間に何やらしわを寄せているが、そんなことより、自分の状態を数度確認する。裸。目の前の男。布団取られている。

 女性の中で、物事の整理がつく。そして、咆哮を一つ。


 「んぎゃああああああああああああああああああ!!」


 アオの持っていた布団を奪い取ると、ソファーの端で丸く包まった。がくがくと震えて、アオを睨みつけると、指をさして問いただす。


 「あ、あ、あ、あんた、誰よ?何でここにいるのよ?わ、わ、私の布団取って何する気だったのよ!この変態!ケダモノ!不法侵入!」


 「・・・・・・・・・・」


  謂れのない罵倒をぶつけられるアオの眉間に更にしわが寄った。そして額には怒りのマーク浮かび上がると、拳に強い力が走る。

 ガクブルと震える姿を見て、アオは気を落ち着かせた。ふーと大きく息を一息入れると、手の力を抜いた。

 冷静になるアオ。目の前の裸の女性に対してそういった邪な感情は微塵もなかった、むしろ興味もなかったが、第三者目線では確かに女性に何かしようとしたと疑われても仕方のない光景であった。

   

「私はアオと申します。この家で、ある家族と一緒に暮らしていました。訳あって、留守にしていたのですが・・・・・帰ってみたら部屋の変貌と見知らぬ人間に驚愕しました。それで、あなたを起こして問いただそうとしたわけです。まあ、寝ている女性から布団を取る行為は確かに褒められたものではありませんが、私にも理由があることご容赦願いますって、聞いてますか?」


 アオの力説むなしく、女性は口を開けてぽかんとしていた。眼鏡は反射して白く光る。

 突然、立ち上がる布団を投げ捨て、自分の恰好も忘れてアオに急接近した。

 さすがのアオもその大きな胸が自分にあたりそうになると、少し後ろにのけぞった。

 何事かと女性の顔を見ると、目を大きく見開いて目には涙を潤わせていた。

 見上げるようにアオの顔を覗く女性は感極まったように涙を流した。


 「あんた、やっと、やっと、帰ってきたのね・・・。長かったわ・・・10年・・・・。

 う、うう、ううう、うわーーーーーーーーーーーーーん。長すぎよーーーーーーーーー。」

 

 崩れ落ちるように床に座り込むと、その女性は号泣した。

 どうやら、10年間アオの帰りを待ちわびていたようだ。その瞬間がようやく訪れたことでむせび泣いた。

 アオにとっての待ち人は別にあったが、ここまで感極まって自分を待っているとは。

 それ故に少し悪い気もしていた。今自分の中に抱く感情を口にすることを。

 アオは女性にとって絶望の一言を放つ。


 「あなた、誰ですか?」


 ふっと、涙が止まる。眼鏡をクイっとあげると、ぽかん口を開けてアオを見上げた。

 そして、


 「は?・・・・はーーーーーーーーーーーーーーー!?」


 女性の声が家に、森に、響き渡る。

 アオは首をかしげて頭をかいた。

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