第18話幕間 ~それは、困難な道のはじまり~

 私の名前はマリアベル・フォーリア。自慢じゃないけど、その界隈じゃ名の知れた魔術師よ。本来なら、才ある私は故郷の山奥で研究に勤しむ毎日を送るはずだったのだけれど、今は訳あってレイヴェルト王国最南の森で一人野宿生活を送っているわ。


 はーとため息を一つついた。白く霧のように息が空気を伝う。マリアベルは切り株に座ると、目の前をゆらゆらと踊る焚火に体を温めている。真冬の

 真っ暗闇の森の中にぽつりと火が一つ。誰が見ても目立つ光景なのだが、不思議とマリアベルの周りに彼女以外の生命の気配はなく、それが逆に彼女の不安を掻き立てた。

 マリアベルは改めて周りを見渡すもやはり何もいない。


 「おかしいわねぇ、私がここに来たときなんか神話の英雄譚にでも入り込んだんじゃないかってくらい、強大な魔獣のオンパレードだったのに・・・・・・。まあ、魔除けの結界は常時張っているけど、それを差し引いて考えてねぇ・・・それに、どうも結界外も静かなのよねー。はーいったいどうなっていることやら・・・。」


 マリアベルはだるそうに左手で頬杖をつくと、一枚の札を取り出した。ペラペラと指の間で揺らすと札に刻印が浮き上がる。それを合図に、彼女の周辺に張られた結界が目視できるように緑く光った。

 確かに、結界が作動していることを確認すると、炎の上に揺れる陽炎のその先を見つめる。

 彼女がかけた丸めがねのレンズが光る。


 「今日も今日とて、平和に終わったわねー。ま、そうでなきゃ困るけどー。」


 眼鏡越しに、光がともる小さな家を捉える。暗闇のぽつりと光る木造の家から何やら賑やかそうな声が聞こえてきた。

 マリアベルは家の明かりを目にすると少し機嫌よく笑った。

 彼女は火を消すと、毛布にくるまった。そして、札を三枚周囲に投げると彼女を包むように三角の結界が出来上がる。

 この結界のお陰で真冬の夜も毛布一枚で過ごせるようだ。静かに目を閉じると、すぐに小さな寝息をたてた。

 真冬の森に静寂の夜が包んだ。



 私の名前はマリアベル。さっきも話したから以下略ね。まあ見ての通り、あの親子を見守るためにこの森にいるんだけど、理由は、まあ、罪滅ぼしなのかしらね・・・。あのアリスって女の子、ほんとにかわいいわね、毎日森を駆けては目を光らせていろいろな発見を喜んでるわ。新しい発見に心動かす気持ちは私もわかるわ。まあ、そんなことより、あの子は、毎日あんたを思い出すように「これはアオと一緒に取った種なの」とか、「これはアオがすっごく喜んでくれた花だよ」とか、嬉しそうに話すわ。その言葉を母親が聞くたびに悲しそうに微笑んで。とにかく、あんたのことをこの親子はずっと待ってるんだから・・・。だから、早く帰ってきなさいよ、二人のもとに。


 地面に咲いた霜の花が、太陽の光で反射すると、キラキラと輝いて見せた。冬の朝。そんな寒さ極める時間帯に、彼らは森の中に足を踏み入れた。

 10人以上の一行は隊列を組みながら、しかしその大半が周りをキョロキョロと見まわしながら体を強張らせて歩いていく。その一行はほとんどが同じ格好で身を包んでいた。全身を鋼の鎧で着飾り、腰に一振りの剣を携えた者たち。

 その一行の少し前を歩く二人。その二人は恰好や雰囲気から一行の中でも特殊な存在であることが伺われた。

 そのうちの一人が口を開く。


 「しかし、坊ちゃん。本当にこんな森の奥で人なんか住んでるんですかね?近隣の町じゃ、子連れの女がたまに森の方から来てたって言ってましたけどね。なんでも、この森の魔獣は次元が違うってもんで、人なんかよりつかねえって話ですよ。ほら、後ろの奴らが怯えてますぜ。俺にはどうも今回の遠征は無駄骨だと思いますけどね。」


 敬語を交えつつも、慇懃無礼な態度で話すのは、巨大な男だった。身長は2メートルになろうか、そして強靭な筋肉と、隆起した胸板、空気をかき分けるような肩幅は、猛獣のような肉体であった。およそ冬に着る服とは思えない肩がむき出しで、動物の皮を主体にできたきっちりめのベストには申し訳程度に襟元に動物の毛が装飾されていていた。背中には、その男の身長に達しようかという大剣を鞘のない丸裸の状態で背負っていた。

 ふんと、鼻息をあげる大男の意見に、頷くもう一人の男は少し笑いながら、ゆうゆうと歩く。大男に坊ちゃんと呼ばれたその男いや、男の子は、そう呼ばれるだけあって、まだ10歳にも満たない少年であったが、雰囲気は大人のそれであった。


 「安心しろボルド。僕独自のルートだが、確かな情報を得ている。間違いなくこの森だよ。それにどんな危険がこの森にあろうとも、お前がいれば日向の散歩道のようなものだろ?」


 挑発にも似たその言葉にレギオスと呼ばれる大男はニヤッと笑みを浮かべた。

 顎に手をやって余裕そうな表情を浮かべるボルドと呼ばれる大男を見て、ふっと息を漏らす少年は、ロングスリーブの黒地のジャケットの上に白いロングコートを着ていたが、その服装はやはり冬にしては薄着で合った。

 胸元には、赤い薔薇と剣のシルエットが重なるような紋章が刻まれていた。そして、腰に携えれる剣の柄には金色の装飾が散りばめられており、経済的な力の大きさを象徴しているようであった。

 耳には赤色の宝石を着けたイヤリングが揺れており、金色のセミロングの髪と端整な顔立ちとが三者マッチして、子供にない雰囲気を出していた。


 歩みを進めると、赤いイヤリングがふっと反応した。少年は歩みを止め、道の先を見据えると少し笑う。

 その様子に首をかしげるボルドは、少年の顔を覗くように伺う。


 「どうしやした?」


 少年は首を横に振ると。問題ないと一言告げて歩き出した。納得のいかない様子で頭をかくレギオスは、少し後ろについて歩いていく。


 しばらく歩くと、森の先から光が漏れているのが見えた。森の出口だと、後方の兵士たちは安堵の表情を浮かべた。

 少年は以前、余裕の表情で森を抜ける。すると、開けた大地に小さな家がぽつりと一軒建っていた。


 「ここだな。」


 「え、ちょっ、坊ちゃん?!」


 何の躊躇もなく、家の入口まで歩くと少年は、こんこんと扉をたたいた。

 やれやれと、後ろをついていく従者たちは一歩後ろで少年の後方に待機する。

 ノックをしてから、少し経つと、扉の向こうから声がした。


 「だれ?」


 警戒の声。当然だ。こんな森で、こんな朝早く。警戒しないものなどいない。

 扉の先から聞こえたのは大人の女性の声であった。少年は、自分の身を明かすことで警戒を解くことを決める。

 その名前を、ゆっくりとそして、淡々と口にした。


 「僕はルシウス・ローズレインです。」


 「ローズレイン!?」


 驚愕の声を女性は上げた。そして、恐る恐る扉を開けると。年端もいかない少年は笑顔で扉の前に立っていた。

 アイリスは、目を見開いた。ルシウス本人に驚いたのではく、その服に刻まれた紋章にだ。

 ルシウスは胸に手をやると軽くお辞儀して、笑顔のまま反対の手を前にやった。


 「初めまして、伯母上。僕は王都より参りました。あなたたち親子を丁重に連れてくるように父より申し付かっています。さあ、僕と共に王都の屋敷へ参りましょう。」


 「・・・・・・・・・」


 アイリスは突然の訪問者に驚いたが、すぐに冷静な表情に戻る。この時が来たのだと、この瞬間を畏れていたが、それ以上に覚悟していたことなのだと。

 アイリスは息を一つ着く。顔をあげると、凛とした面持ちで真っすぐルシウスを見た。


 「条件があるわ。」


 「条件とは?」


 「アリスがもし、、ここに帰えることを約束して。それができないなら、ここからは出て行かないわ。」


 「それを決めるのは僕ではなく、父上です。ボクの一存では約束できかねます。それに・・・こんな森の中で暮らすより、王都の方がずっと便利で過ごしやすいですよ?」


 「それを決めるのはあなたじゃないでしょ?」


 アリスの強気な態度に、ルシウスは少し息を漏らした

 

 「ふっ、それもそうですね・・・。わかりました、僕が父上に進言します。必ずその約束果たしましょう。」


 笑顔が真剣表情になると、ルシウスは誓いの言葉を放つ。

 その表情や声色から、本当に約束を守ってくれると信用したアイリスは、小さく頷くと家の中に戻った。

 扉が閉まると、緊張の糸が切れたようにルシウスは息を長く吐いた。彼にとって笑顔は自分を偽るための仮面であり、このやり取りを優位に進めるための演技でもあった。アイリスの真剣な眼差しに内心は年相応に震えていた。

 後ろから水を差すように無礼な声が飛ぶ。


 「しっかし、あの女、坊ちゃんに対して失礼じゃありませんかい?ここは俺が少し、礼儀ってものを教えてやりましょうかい?」

 

 ボルドは白い歯を見せると、自信ありげに拳を反対の手に当てながら、顎をくいとあげた。

 その言葉を耳にした瞬間、ルシウスは後ろに視線をやった。

 凍り付く。ボルドは少年の視線に命の危機を感じるほどの恐怖を感じた。

 殺気に満ちた視線をボルドにぶつけると、ルシウスは詰め寄った。


 「無礼を許さないのは、お前だボルド。あの方は、私の叔母だ。次詰まらぬ冗談を言ったら、ただでは済まさんぞ?」


 「えっ、えへへへへ、じょ、冗談ですよ坊ちゃん。俺は、坊ちゃんのメンツを保とうと言っただけですよ~」

 

 ごまかすように首を頭をかくとボルドは後ろに下がった。周りの兵士もルシウスの殺気に当てられて、委縮したようで少し距離を置くように下がった。

 ふんと、軽蔑するように鼻を鳴らすと、扉の前で二人を待った。


 しばらくすると、扉が開いた。アイリスと、その手を握りながら寝みたげな眼をこする少女が出てきた。

 王都に行くという、ルシウスの言葉とは裏腹に、手持ちの荷物が少ないようにみえる。


 「荷物が少ないようですがよろしいのですか?」


 「すぐに帰る予定だから大丈夫よ、それに王都は便利なんでしょ?当然、生活に困らない用意があるんでしょ?」


 ルシウスは強気なアイリスにやはり困り顔を浮かべると、小さく頷いて肯定した。

 ふと、視線を少女に向けると眠たげな眼でルシウスを見ていた。


 「んー、あなたはだれー?」


 ルシウスは、笑顔を作ると腰を低くして少女と視線の高さを合わせる。


 「僕は、ルシウス。お嬢さんの名前を聞いてもいい?」


 「んー、アリスはーアリスだよー。」


 「アリス、そうですか・・・・かわいい名前だ。これからよろしく、アリス。」


 そっと手を差し伸べると、子犬のように反射的な行動を取るアリスは、手を乗せた。

 ルシウスは柔らかい笑顔を見せると、アリスの手を優しく握った。

 仮面の笑顔か本物の笑顔か、傍からはわからないけど、ルシウスが大切そうにアリスの手を取る様子は暖かいものがあった。

 

 

 森の中で、一人の少女が眠りから目覚めた。いつも通りの森の中にいることに、夢じゃないのだと残念さを感じながらも、眠りから冷めやらない体を起こして、いつもの日課を行う。

 それは、アリスたち親子の無事を確認することだ。この時間だと、アイリスが外に出て野菜を摘んだり、水をやったり、体を伸ばしたりと日課を行うのが見える。

 そのはずだったが、いつもと違う風景が目の前に広がっていた。

 10数人の男たちに囲まれるように二人がどこかへ行こうと、いや連れていかれようとしていた。

 マリアベルは、驚いて声をあげるのも後に、勢いよく飛び出していた。


 「ちょっとあんたたち、何してるのよ!?」


 大きな声に一行は動きを止めて声のする方を向く。

 視線が集まると、マリアベルは勢いでしたこととはいえ、少し緊張の汗を流した。

 すると、ひときわ大きな男が一人、列の前に出るとマリアベルに、にらみをきかせた。


 「お前こそ何もんだ?こんな森の中からいきなり出てきやがって。お前の方が何してんだよって話だ、なあ?」


 周りの兵士が親子を守るような陣形になると一斉に腰の剣を抜いた。ボルドの雰囲気が兵士たちにとって、警戒の体制を取るに十分なものを感じさせた。 

 マリアベルは唾を飲み込んだ。


 「わ、私はマリアベル・フォーリア。わ、別けあってその親子を見守っていたのよ!もし、その親子を無理やり連れて行こうというなら、許さないわよ!」


 そう言うと、どこからともなく白と黒の札を指に挟んで構えた。

 ボルドはニヤッと笑うと、背中の大剣を抜いて前に構えた。

 二人の間に緊張の空気が流れる。すると、その空気を裂くように一声が響く。


 「下がれ、ボルド。」


 「しかし、坊ちゃん?」


 ルシウスは後ろから出てくると、ボルドの言葉を遮るように強い視線を向ける。

 ボルドは首を横に振ると、剣を背中に戻し、不機嫌に後ろの方に下がった。

 ルシウスはマリアベルと対峙する。そして、少しお辞儀をしながら口を開く。

 

 「貴殿はあの、マリアベル・フォーリア殿でありましたか。その噂はかねがね耳に入っております。貴殿の考案した結界魔術の汎用術式は、我が国の守りにも活用させていただいております。」


 「そ、そう?それなら、私の功績に免じて彼女たちを解放してくれない?あの親子にはね、ずっと待っているやつがいるのよ。そいつが来るまでここにいてくれなきゃ、私が困るの。」


 突然の褒め言葉に少しにやけるマリアベルの提案に、ルシウスは視線を落として首を振る。


 「なるほど、それで見守るというわけですか。この辺りを囲う結界も、あなたの魔除けの加護といったところですね。しかし、あなたの望みを叶えることはできません。彼女たちを連れて行くのがボクの使命です。」


 ルシウスの周りの空気が、気配が変化する。マリアベルもその気配を感じ取ると、汗が滲む手が震えているのに気付いた。それでも、その気迫に押されまいと、手に取る札をルシウスに向けた。

 ふ―と息をつくと、ルシウスはゆっくりと腰から剣を抜いて、マリアベルに剣先を向ける。


 「どうしても、止めるというのであれば僕は強硬手段をもって、あなたを無力化するしかないですね。」


 ルシウスは魔力を、手に取る剣に流すと、剣の周りを紫の電気がバチバチと走りだした。乱れる雷が徐々に剣身に集まると、電気の弾ける音が消え、剣の周りを薄く覆うように紫の魔力が高密度に付与された。

 別次元。歳なんて感じさせない百戦錬磨の立ち振る舞い。無力化という言葉で済むはずのない、目に見えてわかるほどの魔力を帯びた雷剣。全てがマリアベルに恐怖を刻んだ。

 ルシウスのにらみつける視線と剣にともる魔力の密度。そして殺気がマリアベルの足をすくませた。                

 ルシウスは一歩ずつ近づく。ゆっくりと、視線を一切そらさず。

 マリアベルが死の恐怖を感じたその瞬間。声が空気を裂いた。

  

  「待って!!」


 アイリスはルシウスを制止しようと声をあげた。ルシウスは剣先を反らすことなく顔だけアイリスの方へ向けた。


 「剣を収めて。」


 「しかし・・・・」


 「お願い。」


 しばらく、アイリスの方を見た後に、マリアベルを一瞥する。そしてスッと、目を閉じた。剣から魔力が消えると、それを鞘に納めた。

 マリアベルは、緊張から解放されると息をこぼして、手を降ろした。唇はまだふるえている。

 アイリスはマリアベルの目の前まで近づく。あまりの距離感にマリアベルは、背筋を伸ばした。

 マリアベルに、真っすぐな視線が刺さる。


 「さっきの話、本当なの?本当ならあなたは、アオのこと知ってるのね?」


 こくりと頷く。普段なら天邪鬼な一言をこぼすとこだが、不思議と正直な態度が取れたと、マリアベルは内心、驚いた。

 アイリスはマリアベルの手を取ると顔の前まで持ってきた。そして懇願するように頭を下げる。


 「お願いします!あの子が、アオがここに来たら伝えてほしいの・・・。私たちはすぐに戻るから、だから私たちの家で待っていてほしいって。」


 「そ、それだけでいいの?」


 アイリスは、頭を下げたまま動かなくなる。そして意を決したように顔をあげる。


 「もし、もし、私たちが帰ってこなかったら・・・・・。アリスを助けて!あなたにしかできないから。私にはできないからって・・・・伝えてほしいの。」


 涙が潤う瞳からは必至な想いが伺われた。その真意はわからないが、この連中についていくことが任意ではないのだとマリアベルは理解した。

 

 「あなたたち、ほんとうは―」


 アイリスは、マリアベルの言葉を遮るように、彼女の口を指で塞いだ。そして、ふっと笑顔を見せると、「お願い」と一言放ち、後ろに振り返ってそのまま歩いていく。マリアベルの方に一度も振り返ることはなかった。

 

 「あ・・・・まって・・・・」

 

 マリアベルは彼女の背中をつかもうと手を伸ばすも、足が動かない。視線の先に少年の姿が入ると、恐怖が蘇った。

 眼前からどんどん遠ざかる親子を、ただ手を伸ばして、呆然と見るだけ。

 森の奥に二人が消えると、マリアベルは膝から崩れ落ちた。 

 地面を何度もたたくと、手から血が流れ出た。そして、流血と涙が地面を湿らせた。


 「なによ、なにが才ある魔術師よ・・・。怖くて一歩も動けないじゃないのよ!

 なにが見守るよ!・・・・・守れてないじゃないのよ!・・・・・・・なにが罪滅ぼしよ・・・なにも償えてないじゃないのよ・・・・」


 その嗚咽が悔しさと悲しさを表していた。息を大きく吸う。


 「さっさと帰ってきなさいよ!バカドラゴーーーーーーン!!」


 大声で恨み節を天に上げると、マリアベルの泣き声が森に響き渡った。

 その悔しさを悲しさを惨めさを、ただ手を伝う痛みだけが和らげてくれた。

 

 春を待たぬ真冬の森。アオが戻る10年前の出来事だった。



 森の中を歩く最中、どんどん遠ざかる家に別れを告げるように振り返ると、もう戻れないかもしれないとまた、涙が流れそうになった。

 そんな自分の手を握る小さな娘が、顔をあげるようにこちらを見ていた。

 そして、反対の手には花の種がたくさん入った袋が大切に握りしめられていた。娘がいつも大事にしているその袋の中には確かに、あの少年との思い出が詰まっていた。

 そうだ、きっとこの子を彼が救ってくれる。少年に望みを託すと、娘の手をぎゅっと握り返した。

 二人は歩く。これから来る困難の道を。

 

 少年と少女が再び邂逅するのはこの10年も先のことになる。

 二人の未来を祈るように朝日は今日も森を照らしていた。

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