第15話別れ

 もう一度君に会えるなら、なんだってできるよ

             ―■■の独白


 赤く夕日が森の木々の隙間から漏れると、キラキラと光の筋が風に揺れる木の葉のリズムに乗ってカーテンのようにひらひらと踊る。

 アリスとアイリスは二人、家路を歩いていた。本当ならアオも一緒に帰るはずであったが、用があるので先に帰ってほしいとのことだった。


 「アオが、アリスにプレゼント!何かなー、やっぱり花の種かなー。ねえ、お母さんはどんなプレゼントだと思う?」


 「そうねー、でもやっぱり、アリスが喜ぶものを選ぶと思うわねー。アオはアリスが大好きだから。」


 えへへ―と照れ臭そうに笑う少女は、母親の耳打ちで聞かされたアオがアリスにプレゼントを用意するから楽しみに待っていてほしいと、その話をとても楽しみに足取り軽く森を抜ける。

 アオの微妙そうな顔を読み取り、娘を大げさにはやしてたが、楽しそうな姿に笑みをこぼすと同時に、アオがいったいどんな話をしたのかと困った顔をしたのを思いだして噴き出すのをこらえて手で口元を隠した。

 森を抜けて家の前に足を踏み入れた瞬間、それは突然やて来た。


 聞いたことのない音が耳に入ると、二人はその音源に振りかえる。視線を少し上げた何もない空間が歪んでいる。そのまま歪んだ空間は中心に渦を巻く様に集まると、黒い穴が出現した。どんどんその穴が大きくなる。そして、穴の中心から、何かがゆっくりと出てくる。

 その姿は真っ白な衣を身にまとうと、アリスよりも少し背が高いくらいの幼い少年であった。緑の髪に黄金の瞳がひときわ目立つその容姿は、作り物のように端正で、その口元は不気味に緩んでいた。

 すっと、緩やかに降下し地面に降り立った。アリスと、アイリスが目の前にいるのに興味がないようにあたりを確認すると、ため息交じりに頭をかいた。


 「はー、彼の神聖力をサーチしたんだけどなぁ、ちょっと座標がずれたかなぁ。」


 少年は気を落としたように視線も下に落とした。

 アイリスは眼前の少年に言葉にならない不気味さを感じた。人間ではないそう直感した。アオに少し似たような雰囲気だがやはり違う。気配が虚ろなのに、目に見えないオーラのようなものが体を締め付けるようドッと重く、そして凍えつような空気が肌をヒリつかせた。

 傍にいたアリスも体を震わせて母親の腕にしがみついていた。アイリスはアリスの震える肩をぎゅっとか寄せた。


 「あなた、なに?」


 少年は今まで存在を認識していなかったかのように初めて声の主に視線を向けた。


 「だれ。じゃなくて、なに、か。まるでボクが人じゃないみたいな言い方だねぇ。傷つくなぁ、ボクのこの姿人に見えないかなぁ?」 


 肩を落とすような仕草を入れる。嘘くさい行動にアイリスの懐疑心は高まる。警戒していることが少年にも伝わったのか、やれやれと首を横に振る。不敵な笑みを浮かべながら胸に手をやる。


 「ボクは神様だよって言ったら信じるかい?」


 「神様?って、あの神様?」


 「あのっていうのがどれなのかわからないけど、多分そうじゃない?」


 アイリスの心や考えは全て読んでいるような余裕な態度をとる少年。アイリスは、少年の存在感に荒唐無稽な神様という単語に疑いを持たなかった。むしろ、この気持ち悪いオーラに理に適った答えだと得心がいく。

 普通ならこんな理解不能な現象に言葉も出ないのだが、アオの件が免疫をつけたのか余裕がわいてきたアイリスは質問を追随する。


 「あなたはここに何しに来たの?」


 「神様相手に不遜だねぇ、ま、いっかぁ・・・。ボクねぇ、蒼い竜を探しに来たんだぁ、このあたりにいるはずなんだけどね。そうだ、君たち蒼い竜を見かけなかったかい?」


 蒼い竜という言葉にずっと俯いていた、アリスが顔をあげる。その反応を悟らせまいとアイリスはそっと隠すように体を前へやった。アイリスは顔に出さまいと、目をそらさず少年に向き合う。


 「知らないわ、竜なんてそれこそおとぎ話の、想像上の生き物でしょ?こんなところに、いるわけないわ。仮にいたとして、あなたはその竜をどうするの?」


 「神様の存在は受け入れたのに、竜の存在は信じないのかい?・・まあいいや、そっかぁいないのかぁ、、、残念。えっと、仮にいたらの話だっけ?そしたら連れて帰るよ天界に。そのためにわざわざ来たわけだしね♪」


 少年は作ったようなの笑みをみせると、指を空に向けて一本突き立てる。

 その言葉を聞いた途端身動きが取れないほど震えていたアリスが、アイリスの庇う腕を押しのけて少年の前に立ち上がる。


 「ダメ―――!アオは私たちの家族だから、連れてっちゃダメ!」


 「アリス!?」


 アイリスは慌ててアリスのもとに体を寄せる。アリスの視線は少年から離れない。作り笑いのまま少年は一歩前に踏み出すと体勢をアリスの高さに合わせるように腰を曲げた。


 「アオ?家族?よくわからないけど。なるほど、お嬢さんは蒼き竜のこと知っているみたいだね。それにしても、家族・・・・ふふっ、あはははははははははははは!!家族かぁ!これは傑作だなぁ。

 あー、可笑しかったぁ。それにしても、ボクに嘘をつくなんてなかなか大胆だね?」


 高笑いをしたのかと思うと、スッと冷え切った眼差しを向けると二人を凍り付かせた。

 アリスは、最初の時よりも体が硬直して視線をそらせない。恐怖で何もできなくなってしまう。アイリスもアリスを抱きしめるので精一杯になる。

 少年は震える二人を見て、またいつもの不気味な笑みを作る。


 「まあ、居場所を話してくれさえすればボクはいいからさ。ん?それにしてもお嬢さん、君は雰囲気が変わっているね・・・・。ふーん、なかなかに興味深いなぁ。そこらへんも含めてボクとじっくりおしゃべりしようか。」


 ゆっくりと、少年は二人に詰め寄る。アイリスはアリスを必死に体で隠すと、顔を下に向けてアリスを守るように構えた。少年の手が伸びる。二人は諦めてうずくまる。

 違和感に気づく。しばらく時間がたっても、なんもされないとアイリスはゆっくり顔をあげる。

 すると、少年は自分と反対方向の森を直視していた。しばらく、見つめるとまた不敵に笑い、体の向きを森に向けて、右手を前に伸ばした。


 「なんだ、やっぱりここにいたんだね。」


 独り言をつぶやく。森の中がざわつく。刹那、少年の眼前に右手を手刀の形にしたアオが飛び込んできた。


 「ミトラス!!」


 「やあ、蒼き竜よ久しぶりだね。迎えにきたよ。」


 再会の言葉を全く耳には入らず、アオは手刀から伸びた蒼い刃を大上段から振り下ろした。

 凄まじい剣速で刃は少年まで振り下ろされると、予知していたように伸ばした右手から一本指を突き出し小さく光の障壁を創り出すと、それを軽々受け止めた。

 轟音と衝撃があたりに走る。ギリギリと刃と少年の指の間できしむような音が鳴り響く。ミトラスと呼ばれる少年とアオの視線が合わさる。


 「いきなり危ないじゃないかぁ。まあ、ボクは大丈夫だけど、後ろの二人が吹き飛んじゃうよ?」


 アオは、ハっと視線を後ろにずらすと、アイリスがアリスを守るように地面にうずくまっていた。アオの刃とミトラスの光の障壁との衝突が凄まじい風圧を生み出すと、二人は今にも吹き飛ばされそうになっていた。

 アオは尽かさず刃を解除すると、勢いを前方に向け体を宙返りさせると、二人の前に着地した。

 アオは、うずくまる背中にそっと手を当てると、身体が震えているのを感じ取った。

 

 「アイリス、アリス!すみません、私のせいで・・・・。けがはないですか?」


 「アオ・・・・?」


 アオの声に安心したアイリスは、体を起こしてアオの姿を確認する。

 

 「アオ!!」


 アリスはその声に体を起こすと、アオの胸に飛びついた。震える身体を安心させようと背中を優しくさする。


 「アリス、怖い思いをさせてごめんなさい。でも、もう大丈夫です。あとは、私に任せてください。」


 アリスも落ち着いた様子を取り戻すとアオの胸から離れた。アリスの表情を確認すると優しく微笑む         。アオは立ち上がり後ろの厄災と対峙する。眼前の脅威に最大の警戒の意志を顔に浮かべる。

 ミトラスの顔は少し不服そうな表情を浮かべていた。深くため息を一つついた

 

 「しかし、君のその姿はなんだい?人間の真似事かい?そんな姿になっても君が竜であることに変わりはないんだよ?はー、君には天界で神竜を受け継ぐ使命があるの忘れたのかい?マザーも君を待ってるっっていうのにさ・・・。」


 ミトラスはアオの姿に納得がいかないようで、問い詰めるように言葉を投げる。

 マザーという言葉にアオは少し反応をしたが、それでもアオの表情は変化しない。


 「この姿は私が、家族と過ごすのに適していたから選んだだけです。それに、私を縛る罪の鎖はもうない、あなたが私を強制するものはないですよ。私は天界には帰りません。どうかお帰りください。」


 ミトラスは堂々とするアオの姿に加え図星をつかれたことで、さらに怪訝な表情が強くなる。


 「ぁ―確かにそうだね、どうやったかは知らないけど、ボクの鎖を外してるみたいだねー。」


 はーと、息をつくとガクっと首を曲げると、下を見ながら首を振る。そしてゆっくり、顔をあげると、目を細めてにらむ。


 「なら、無理やりにでも連れてかえるしかないか。」


 空気が軋むような殺気に似た気ミトラスは放つ。アオは、少し身構えるがそれでもなお余裕のある表情を保つ。


 「確かに神相手は、私にも荷が重いです。しかし、あなたがこの場にいることが何の制限もないこととは思えない。おそらく時間ですか?その時間耐久するくらい、本気の私なら可能だ。」


 正論を言われミトラスは黙り込む。そして視線をアオの後ろに向けると、何かを思いついたのか邪悪な笑みを浮かべた。


 「確かに、君の本気の抵抗は制約のある今のボクでは拘束はできないかもしれない。でも、果たしてボクたちの戦いでこの辺り一帯が無事の状態でいられるかなー?」


 「どういう意味です?」


 「だからー、君は無事でも、それ以外の生命は無事ではいられないかもよって言ったのさ。」


 アオの額に首に全身に汗がにじむ。アオはミトラスの発言の意味を理解した。眼前の外道は後ろの二人を人質に取ったのである。およそ、神とは思えない言動をやってのける可能性をアオはミトラスに感じていた。

 先ほどまでの余裕はなくなり、一気に追い詰めれれる。反対に悪の権化のような面持ちで佇むミトラスには余裕が見える。


 「あなたは・・・どこまで・・・・・外道の極みだ・・・。」


 「なんとでもいいなよ、さあどうする?ボクとこの辺を更地にするまで戦うか、それとも天界に帰るか。」


 アオは、沈黙する。全てが詰んでいた。目の前の神の実力は手を抜いていいレベルではなく、後ろの二人を守りながら戦うのは不可能であった。絶望の胸中で、アオの頭の中でこの半年間の記憶が走馬灯のように蘇る。

 アオは決意を固めて、後ろの二人に体を向けると、アリスの体を抱きしめた。


 「アオ?」


 アオはアイリスと目を合わせる。アイリスはアオの顔を見ると、全てを察したように目に涙を浮かべながら頷く。

 アリスの前で膝まづくような恰好を取ると、小さな手を取った。

 

 「アリス、私は少しだけこの人と遠くに行ってきます。でも、何も心配はいりません。すぐに帰ってきます。」


 「ほんとに、すぐ帰ってくる?」


 「はい、約束します。たくさんお土産を持って帰ってきます。きっとアリスが気に入ってくれるものをお持ちしますね。」


 「うん!!」


 指切りをすると、アオは立ち上がった。アリスの笑顔を目に焼き付ける。

 ミトラスは答えを確認できたことで、空中に黒い渦を発現させた。

 アオは、ゆっくりとその渦に歩みを進める。穴の前で立ち止まると、最後に二人に振りかえる。

 

 「必ず帰ります。だから、待っていてください。」


 そう言うと、口元を緩めた。そして、穴の中に体を入れると姿が闇の名へと消えた。

 ミトラスはその後を追うように入ると、渦は空中に四散するように消えた。


 静寂が包む。アイリスは線が切れたように涙を流して嗚咽した。

 そして、アリスを抱きしめる。アリスもアイリスの異変に気付く。


 「お母さん、泣いてるの?大丈夫だよ、アオはすぐ帰ってくるよ。たくさん、お土産持ってきてくれるってさ。きっと、さっき話してたアリスへのプレゼントだよ!楽しみだねー。」


 無邪気に話す娘の言葉に、その約束は果たされないのだろうと思うとアイリスの胸中は悲しみであふれた。

 アイリスの悲しい声が森中にいつまでも響いていた。


 

 その場から少し離れた森の陰から、親子を見つめる影があった。


 「こんなの聞いてないわよ・・・・。くそっ、こんなんじゃ目覚めが悪いじゃないのよ。」


 そんな恨み節を口にすると、静かに姿を闇に消した。



 

 黒い渦を抜けると、広大な部屋に行きついた。その部屋は全面ガラス張りの部屋で、ガラスの外は青い空が映っていた。部屋の真ん中には巨大なイスのない円卓が配置してあり、その傍に紅い竜が居座っていた。

 アオは、その姿を見て、未だ揺るがぬ覚悟を胸に一歩一歩近づくと、頭を下げた。


 「お久しぶりです。マザー。残りの罪を償うために帰還しました。」


 竜は、自分の知る外観とは大きく乖離していた眼前の存在の発言と覚悟の顔を目にして、全てを察した。一息つくと、もう一度アオを見つめた。


 「お帰りなさい蒼き竜。待っていましたよ。」


 マザーは優しく微笑んだ。

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