第14話不穏な再会

 鱗雲が夕日の光に飲み込まれると、秋の夕暮れは少し肌寒く、冬の予感を感じさせた。湖でのひと時を過ごすと、三人は家路に着こうとしていた。

 森へ入ろうとしたとき、アオは何かの気配に立ち止まる。湖のはるか遠方の対岸に視線を合わせると、眼に力を込めて凝視した。


 (なんだあれは・・まさか、人・・なのか?)


 凄まじい眼力で捉えたのは、ローブを着た人の形をした何かであった。人だと断定できないのは、この森に一人で入るなど、余程の理由なしではありえないと考えていたので、アオが目を疑うのも無理はなかった。目の力を抜くと、先を歩く二人に声をかけた。


 「すみません、ちょっと、用事を思い出したので先に帰っていてください。」


 「なに?もしかして、楽しいことするの?なら、アリスも一緒に行く!!」


 「えっと、その、そういうわけではないのですが・・・・。」


 嘘が下手なアオは、アリスへの言い訳が思いつかず、助けを求めるようにアイリスに視線をちらつかせた。アイリスは何かを感じたのか少し、笑みをこぼすと、アリスの頭を撫でると、耳元でささやいた。


 「アリスー?アオがね・・・・・・・・・・・なんだって!」


 「えー、そうなの!?」


 アリスは、アイリスの言葉に目を輝かせてアオを見た。アオは、どんな話か皆目見当もつかなかったが、とりあえず笑顔を作って反応した。わーっと、改めて期待の眼差しを向けるアリス。

 アリスはくるっと反転すると、森の方に走って、入り口手前でもう一度反転する。


 「アオ―、すっごい楽しみにしてるね!」


 そう言うと、アリスは家路を走った。アイリスは、アオに目線を送ると、ニコッと笑みを浮かべた。そして後に続くように歩き出した。

 一体どんなことを言ったのか、後でアリスに謝っている自分を想像して気を重くしたが、切り替えるように首を横にふると、今一度対岸の目標を確認した。


 「さて、すぐに済ませましょうか。」


 アオは、深呼吸を一つ入れると今にも走り出そうという構えになった。


 「汝は影を歩む者スキア・クロス


 呪文を唱えると、アオの姿はどんどん虚ろになりやがて、空気と一体化するように完全に透明になった。足に力を加えて、グッと地面を蹴りだすとその勢いのまま湖に向かって飛び出した。水上を飛ぶように駆ける。水面に目に見えない何かによって等間隔で波紋が生まれる。水面を時折勢いが落ちると水を蹴りあげる仕草で加速させ、標的に向かって真っすぐ湖を縦断する。

 しばらくして対岸に着く。対岸は砂浜になっていて反対側のように植物は一切ない様子であった。森と砂浜の境界は綺麗に分けられており、遠視で標的を確認した時も砂浜にいた。標的を再度視認すると、神聖術で姿も気配も消したが、さらに息を殺して標的のいるすぐ後ろに忍び寄った。砂浜の真ん中でローブの姿が立っていた。

 近くで見ると間違いなく人であることが確認できたが、なぜ森に来たのか理由はわからない。後ろから、徐々に距離を詰めるが、ローブを着た者が何やらぶつぶつと呟くので足を止めた。


 「え?もう用は済んだってどういうことよ!?え、ご苦労様、帰っていいよ?ちょっと、ふざけないでよ、私がここまで来るのにどれだけ・・・。ちょっと、聞いてるの?ねえってば!・・・・・・・・」


 ローブの者は、アオにも気づきいてはいないが、周りに誰もいないにもかかわらず、まるで誰かと会話でもするように少し上を向いて、独り言を言うと、スーっと息を吸って大きく体を後ろにそらした。


 「ふっざけんなよ!!このクソ神があ!!今度会ったら、私の魔術で天界までぶっ飛ばして、神核ごと破壊してやるんだからーーー!!!」


 両手を天に上げ、大声で恨み節を吐き出すとローブの者の被っていたフードがスルッととれた。黒髪ボブカットが揺れると、丸い眼鏡の奥にはギラギラとした炎が垣間見える。ローブの下は人間の女性であった。

 ローブの者は、人間と確認が取れたが、アオはその事実確認よりも気がかりな単語を耳にしたことで、額に脂汗が滲む。


 「神だと・・・?」


 「えっ?!」


 女性は、声のする方に振り向くも誰もいない。気のせいなのかと首を横にかしげると、首筋に何かが当たる感触に襲われた。背筋が凍る、一瞬で命を握られている感覚が全身を伝わった。


 「動かないでください、質問に答えてさえくれれば、何もいたしませんから。いいですか?」


 「は、はい・・・・・。」

 

 アオは、後ろから女性の首元に手刀を構えると、神聖力でできた蒼い刃で首筋をなぞった。鋭利に研ぎ澄まされたそれは、かたい岩石を切り裂けそうな迫力を帯びていて、突きつけられた女性も下手に動くとまずいであろうことを直感して、言われるがまま硬直した。

 アオは、冷静でいようと心掛けているが、疑問を解消するために取った行動がアリスには見せられないなと内心、自分の中の焦りを感じ取った。緊張が走る。


 「ふー、まずあなたは誰で、なぜこの森に来たのですか?この森は単独で入るには危険すぎる。理由があるはずですね?」


 「わ、私はマリアベル・フォーリア。レイヴェルト王国より北のノーストイア帝国出身の魔術師よ。こ、この森にはある人に、あ、青いドラゴンを探すように頼まれて来たの。」


 唐突な、青いドラゴンという発言には聞きなれない単語で驚いたが先ほどの神、天界の言葉と結びつけると、アオの中で概ね答えは出かけていた。しかし、確信を得るためにまだ聞くことがある。


 「ドラゴン?とは、竜のことですね?どうしてそんなものを探しているのですか?」


 「そうよ、く、国や地域で呼び方はそれぞれだけど本来二つは同義よ。それから、その人が探している理由はわからないけど、おおよその位置はわかるからその辺まで行って探してほしいと言われたの。」


 「なるほど、それで、あなたにその頼みごとをしたのは誰ですか?」


 アオは、さらに緊張感を与えるように言の葉に凄みを乗せる。マリアベルは一瞬沈黙すると、意を決したように言葉を口にする。


 「神よ。」


 マリアベルの首筋に汗が流れる。荒唐無稽な発言に刃が首に構えた刃が動きかねないと感じたからだ。しかし、嘘を言っても看破されそうな気配が後ろの人物からしたので、真実を口にしたのだ。凍った空気が胸中をすり抜けるような感覚に襲われる。

 アオは、深く息をつくと、構えた手刀を下におろした。手に宿った青い刃も空中に四散する。


 「はー、やはり、あなたは神徒でしたか。」


 「え?あなたもまさか神徒なの?」


 マリアベルは、解放されたもつかの間、自身の発言に驚きもしない対象がどんな人物なのか、振り向くとそこには、青い髪と青い目がなんとも色鮮やかに夕日が照らしていた。15才前後の端整な顔立ちの少年がそこにはいた。しかし、年頃の少年には似つかわしくない、独特の雰囲気みたいなのを感じ取れた。マリアベルは固唾をのんで返答を待つ。

 アオは、首を横に振った。


 「私は神徒ではありません。でも、多少はその方面に知識はあります。神の命令に従う、盲目で愚かな者たちで、認識してはいますがね。」


 「ば、馬鹿にしないでよね!私だって好き好んでこんな役回りしてるわけじゃないんだから!勝手に命令するわ、用済みとあらばその場に置き去りにするわ、礼の一つもないわで、自由気ままなあいつらは嫌いなのよ!」


 髪に対する恨み節を放つと、悔しそうに地団駄を踏んだ。

 アオは、力が抜けるように息を吐いた。とりあえず眼前の人間が神徒で間違いはない。しかし、標的が自分とはいえ、好戦的な神徒でないことがわかった。ここは、竜などこの辺で見たことないと伝えておとなしく帰ってもらう方が得策だと考えた。

 ふと、アオはさっきの彼女の発言に違和感を覚えた。


 「先ほど用済みとおっしゃったのは、一体どういうことですか?あなたは、まだドラゴンを発見できていないですよね?」


 「えー?あーそれが、目的のドラゴンは見つけたって念話で話していたわよ。だから、念話越しでバイバイ♪って言われたときはもう、神殺しを心に決めるくらいに怒り心頭に発したわ。私がここまでどれだけの長旅をしてきたかわかる?初めてくる場所で右往左往したかと思えば、この森はなんなの?夜に出る魔獣のやばさが規定値大突破よ!、神話級の魔獣がうろうろしてるじゃないの!かと思えば昼間は何事もないように静かで逆に不気味よ!私の身と心はもうズタズタよ?はー、あいつ絶対ぶっ飛ばす。」


 マリアベルは先ほどまでの緊張感は記憶から消えたのではと疑うほどに、すごい剣幕で愚痴をこぼす。アオは、そんな言葉など途中から一切耳には入ってこなかった。背中にジワリと汗がにじむ。

 目的は達成した?自分がここにいるのにどういうことなのか、いったん頭を整理しようと考えこむ。

 アオは、右手首の模様を裾越しに撫でる。苛立ちと不安で足をゆらした。

 

 (もし、私を探知できる術があるなら、この場所を予測できたのも頷ける。しかし、神は、直接この世界に干渉できない。だから神徒を使って私を探し出そうとした。仮に見つけたとしても、神徒なしでは私を拘束できない・・・・・・。だがもし、それを自身で可能とする神がいるなら私が知る限り一体しかいない。いや、しかしそこまでのリスクをとるのか・・・・確認するしかないですか。)


 うだうだと愚痴をこぼし続けるマリアベルの前に神妙な面持ちでアオは立った。マリアベルもそれを察したのか独り言をやめると、向き合う体制で構えた。


 「最後の質問です。あなたが仕えた神の名前はなんですか?」


 一泊おくと、マリアベルは使えた神の名を口にした。

 その瞬間、アオの中の血液が沸騰したように、感情が爆発する。体から神聖力のオーラのようなものが噴き出ると、あたりの砂が舞い上がり、凄まじい風圧が周囲に放たれた。


 「きゃっ!?」


 マリアベルはオーラの突風に倒れ込む。普通の人間では噴き出る魔力や神聖力は目視できない。しかし、それでも感じ取れほどの何かがアオの周囲を包むのが見えた。

 メラメラと感情が具現化したようにオーラが体の周りに湧き上がると、アオは湖のほうへ体を向けて、前方へ踏み込む態勢に入る。グッと地面に力を加えると、周囲の神聖力が体の中へと戻るように収束する。静かに体の表面を青色のオーラが薄く包みこむ。

 

 「西風よ我が身を誘えゼピュロス・デセーオ


 アオの足から小さく風が巻き上がる。刹那、地面を蹴りだすとアオの体はその場から消え、湖の方へ高速で移動する。マリアベルの視線から少年の姿が消えたかと思うと、次には衝撃と爆風が襲ってきた。


 「うぎゃあああああああああああ?!」


 後方へ吹っ飛ぶ。森の木々が嵐にあったように揺れると、爆発とともに周囲に砂が巻き上がり視界を遮る。やがて落ち着いたように視界が晴れた。マリアべルの前には当然少年はいなかった。


 「いったい、なんなのよー。もう、帰りたーい。」


 マリアベルは砂浜で泣き崩れた。

 

 アオは、身体を水面と水平にすると、一本の矢のように真っすぐ水上を突き抜ける。最初に湖をわたった時とは比にならない音速を超えるスピードで跳ぶ姿は、もはや外からは認識することができない。アオが突き抜けるとその後ろの水がドッと音をあげて飛沫を飛ばし水面に泡沫の道が出来上がる。


 「アリス・・・アイリス・・・・無事でいてください!!」


 対岸に近づくと、眼に力を込めて家の方を確認する。すると、アリスとアイリスの二人の姿に加え、その前に人の形をした何かを目視する。アオはそのシルエットを知っていた。焦りが隠し切れないのか、ぎりっと、歯を食いしばると、さらにスピードを上げて飛ぶ。

 対岸に到着しても、その速度を緩めることなく森をそのままの勢いで突き抜ける。

 森の出口から光が差し込んでいる。その光を抜けると、アオの眼前に真っ白のローブを着た、少年が立っていた。緑の髪に、黄金の瞳を持った少年はアオが森を抜けるのと同時に振り向いた。

 アオは、その少年を知っていた。少年の名前が怒りに乗ってそのまま怒号となり放たれた。


 「ミトラス!!!!」


 ミトラスと呼ばれる少年と目が合う。すると、少年は目を細めて口元を斜めしてにやけた。


 「やあ、蒼き竜よ久しぶりだね。迎えにきたよ。」


 アオとミトラスが激突した。

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