第13話約束

 過ごしやすい気温になると、森の色合いは緑一色から、黄色や赤色へと変化した。秋の季節になった。

 秋になると三人は、森の恵みを散策することが日課となっていた。森にはキノコや、木の実、山菜などいろいろな食材が豊富に生殖しており、それらを食べて育った獣たちも丸々と太った個体へと成長させた。食料の大半が自給自足で成り立っているため、こうした日課は欠かさず行うのだ。無論その中にはアオの狩りも含まれているが、今日はキノコや木の実の採取が主な目的であった。

 アリスは、大きなキノコを見つけると、つかさずもぎ取り天高く掲げた。


 「おー、おおきい!!すごいよこのキノコ、アリスの最高記録かな?」


 「流石ですアリス。そんな大きなキノコ見たことないです。間違いなく最高記録更新です!」


 「えへへー」


 いつものようにアオの甘々な誉め言葉にアリスも満更ではない様子で照れ隠し。掲げたキノコは確かにアリスの顔くらいの大きさであり、焦げ茶色の傘は、肥沃な土と陽気な秋の季節感を感じさせた。


 「あー、それ毒キノコだから、ごめんなさいしてポイしてねー。」


 『え?』


 二人の声が共鳴すると、ぽとっと、アリスはキノコを手から離す。アイリスは、ぽつりと一言言うと、しゃがみながらぽいぽいと森の恵みを拾い集める。そして懐の小さな籠に入りきらなくなると、アオの背中に背負われた籠にキノコや木の実をザバッっと入れていく。

 二人は、きょとんと顔を見合わせると、さっきまで上がったテンションは氷点下を突き破って下降した。

 落としたキノコをアリスが拾い、アオは近くの土を少し掘り起こした。


 「ごめんね、キノコさん。アリスこれからは気を付けるから、今回はゆるしてください。」


 キノコを埋葬すると、両手を合わせて祈りを捧げた。気を取り直して、アリスは次の標的を探すため、また散策を開始した。その後ろをアオがついて回る。

 アイリスがせっせか食材を集め、アリスとアオは探検しながら未知との遭遇を期待する。このような日課を三人で行っていた。

 アイリスは、十分な成果を得られたと思い、ふーと息をつく。アオとアリスは、落ち葉をめくって虫を発見したり、小さなリスが木に駆け上がるのを眺めたり、とにかくあらゆるものに一喜一憂の反応を見せた。二人の行動にアイリスはおかしく笑う。


 「今日の収穫はこの辺ににして、湖の周りいこうか。」


 「さんせーい!」


 アオとアリスは手を挙げて、賛成の意志を表する。そのまま、アリスはあっという間に湖へ走り去った。

 アオは、アイリスが抱えた籠から森の収穫物を回収すると、ふと自分の中にあった疑問をぶつけた。


 「この森は食料が豊富ですが、やはり生活で足りないものはあって、それらは森の外近くにある小さな町や村で買うことをしていましたが、質や値段は二の次にしていたように思いました。もっと大きな町の方が安くそして、良いものを買えるのではないですか?」


 この森で暮らすことはそこまで難しくないと感じ始めたがそれでも必需品は多々あり、森で手に入れることのできない物品は外で入手するしかなかった。しかし、森の近くという利便性はあるものの、その村や町の規模から想像できるように、少ない商人が市場を制していたので、粗悪品を仕方なしに買うこともあった。そんな現状を垣間見てアオは、もっと良い町に出向く方が長い目で見れば良いのではないかと尋ねたのだ。

 アイリスはその疑問は尤もだというように頷く。

 

 「確かに、粗悪な品が多いわ。けど、必ずしも大きな町だからといって、安くていい品を手に入れられるとは限らないの。今の行きつけの商人にとって私たちは顧客にあたるわね、そういった客の要望や値引きには贔屓目に扱ってくれるのよ。現に交渉すれば、割かし成功したりするわ。けど、大きな町でそういった関係を一から築くのも大変でしょ?」

 

 「なるほど、そういう理由があるのですね。私とアリスが遊んでいる間に、アイリスは商人とそんな熾烈な駆け引きをしていたとは・・・感服しました。」

 

 アオはアイリスに労いと敬意をお辞儀で表現する。そして、アイリスが"金銭に関しては現在の貯蓄で賄っているので、いざという時のために節制している"と言っていたことを思い出していた。なるほど、小さな町選ぶ理由はそういった面もあるのだと納得したが、同時に、最初から選択肢の多い大きな町で、商人の選定や品定めをした方がよかったのではと思ったが口にするのは避けた。それは、アイリスの尊厳を傷つけると感じたからだ。

 アオの顔を見つめるアイリスは、ふふっと笑った。


 「ふふ、最初から大きな町に行っとけば良かったのではって顔してるよアオ?」


 「え、いやそれは・・・ごめんなさい、そんなつもりはなかったのですが・・・顔に出してしまいましたか・・・」


 見事にアイリスに見透かされたアオは、ばつの悪そうな顔をすると後頭部をかくような仕草をする。

 アイリスは、視線を少し反らすと、遠くを見るような目をした。どこか懐かしむような、そして少し悲しげな顔をした。


 「いいのよ、あなたみたいな人をつい、いじわるしちゃうの。私の悪い癖ね。それにね、この辺で大きな町って言ったら、王都よね。王都だけはダメなの・・・うん、絶対にダメね・・・・」


 「王都は、ダメ?それは、いったい―」


 言葉を遮るように、二人の間を突風が吹いた。アオは、風を遮るように反射的に目を閉じる。再び目を開けると、アイリスの長い髪がなびいているのが見えた。儚く消えそうなその姿に不覚にも、目を奪われた。アオを見つめる瞳は、物憂げで少し潤んでいた。


 「ねえ、もしアリスが辛くて悲しくて、涙を流していたら、アオならどうする?」


 アオは、驚きに口を開けた。言葉通りにアリスの姿を想像して驚いたのではない。アイリスが普段ならしない質問を投げかけてきたからだ。アイリスの表情、声、質問の全てがとても大切なことに繋がっていると感じた。アイリスの頬を涙が伝う。アオは、その雫を拭い去る。真摯な顔がアイリスの両目に映る。


 「もし、涙を流していたら、その涙を拭い去りましょう。もし、辛く悲しい気持ちになっていたら、その何倍も楽しくて嬉しい気持ちに変えてみせましょう。私がアリスに受けたように、今度は私がアリスを幸せにします。」


 アイリスは目を見開くと、穏やかな笑みを浮かべた。見せたくないのか、くるっと後ろに体を向けると、涙をぬぐった。はーっと息をつくと、肩を少し揺らして、思いだしたように笑った。


 「アイリス?」


 「ふ、ふふ、だってアオ、なんかプロポーズしてるみたいなんだもん。おかしくって。」


 「あ、あの、そういう意味で言ったわけではなく、その家族としてアリスにはいつも笑顔でいてほしいという意味でして・・・そのプロポーズを意図したわけではなく・・・」


 「ふーん。じゃあ、アリスをお嫁さんには欲しくないってことなのー?アリスのウェディングドレス姿は別の誰かに取られてもいいとー?」


 「・・・・・・・・・・」


 沈黙するアオに、背中を向けるアイリスは大きく噴き出した。アオは、大きく息をつくと、がっくり肩と視線を落とした。しかし、恥ずかしがりながらも、アイリスがいつものようにアオをいじる姿に安心した。何より、笑顔が一番似合っていると思っていたからだ。

 アイリスはひとしきり感情を出し切ると、アオの方へ振り返る。少し目元が赤くなっていたが表情は暖かな感情を表に出していた。


 「ありがとう、アオ。アリスのことお願いね。はい、約束。アリスのピンチの時は、助けてあげてね。」


 小指をアオの前にたてると、穏やかな表情に真剣な瞳をアオは感じた。アオは自分の小指を結んだ。


 「はい、約束します。」


 あの夜アリスと交わした約束と同等の約束を、アオは心に誓った。アイリスはその言葉と真っすぐな瞳に安心すると、また穏やかに笑った。

 暖かい秋の風が二人を包む。いつまでもこんな時間を過ごせますようにと、森の草木は静かにこすれ合い音を奏でて祈ってくれているようだ。

 

 ふと、湖の方角から、元気な声が響いてきた。


 「おーい、お母さーん、アオ―まだー?」


 「はーい、今行くよー!アリスが待ってるわ。いこっか。」


 「はい!」


 声のする方へ歩き出す。二人にとっての宝物が呼ぶ声の方へ。森を抜けると、二人の前にアリスは紅い落ち葉を片手にくるっと回ると、二人の方へ白い歯を見せて笑った。幸せな風景に二人はまた笑顔に満ちるのだ。



 湖は、森の落ち葉を浮かべて、そして光が白く反射すると、目が眩むほどに明るく輝いて見せた。季節で表情をこんなに大きく変えるのかと、アオが秋の湖を初めて見たときには感心した。

 アオは、綺麗な紅の葉を見つけると、アリスの耳にかけるように添えた。アリスは大事そうにそれを耳へそっと抑えると、嬉しそうな表情を浮かべた。

 

 湖の傍でアイリスは腰をおろした。アリスが落ち葉を拾うのを見つめていた。これじゃない、これでもないと品定めする娘の姿を見守る。そして、アオは、その隣に腰かけると、同じように愛しそうな表情でアリスを目で追いかけた。

 ふと、アイリスは思いだしたようにアオに顔を向けた。


 「そういえば、アリスと二人きりでニフタの花を見に行ったんでしょ?」


 「え、あ、あの、えーと、やはりばれていましたか・・・・ごめんさない、どうかアリスを怒らないで上げてください。その・・・アリスの一番好きな花で・・・その夜にしか咲かないので・・今回だけは・・・ご容赦を・・・」


 アオは、頭を深く下げると、手を合わせて誠意を見せた。それを見て、アイリスはいたづらっぽく笑みを見せる。


 「ふーん、私はのけものにして、二人で見に行ったんだー?すっごくきれいだったんだろうなー。私も見たかったなー。ま、どうせ私はのけものですけどねー。」


 つーんと、そっぽを向くと、アオはあたふたと手を動かすも言葉が浮かばず、ぶつぶつと意味のない声をあげる。そんな姿を見なくても容易に想像できたのか、アイリスは肩を揺らして笑った。

 ぽかーんと、アオが口を開ける。

 

 「あはははは、冗談だよ。ふ、ふふふ、アオの口ぽかんってなってる。」


 「ふーーー・・・・アイリス?」


 アオは、笑顔で詰め寄る。その目は笑っていなかった。さすがにやりすぎたとアイリスがシュンと反省すると、アオは、また大きく息をついた。ぽりぽりと少しすねたように頭をかくと、湖に体を向けて口を尖らせた。


 「ごめんね、アオ。またからかっちゃった。アリスのことは心配してないよ。だって、アオがいるでしょ?アオと一緒にいてくれるなら、安心だなー。」


 その言葉にぴくっとアオの肩が反応する。だんだん、嬉しそうに顔の締まりがなくなっていく。アイリスはアオの感情の起伏の軽さに微笑すると、怒っていないことも確認出来て安堵した。

 

 「そっか、ニフタの花かぁ、アオはニフタの花言葉知ってる?」


 「花言葉ですか?いえ、知らないです。どんな意味なんですか?」


 アオの興味が向くと、体もそれに合わせるようにアイリスの方へ向けた。

 アイリスは落ちてる葉を拾うと、指でひらひらと回転させた。そしてそのまま風に乗せると葉はどこまでも飛んで行った。


 「花言葉は、あなたを決して忘れない。ニフタの花は春の、それに夜にしか咲かないから、きっと初めて見つけた人はその美しさにこんな感情を抱いたのかもしれないね。」


 「あなたを決して忘れないですか・・・確かにあの風景は絶対に忘れない思い出になりました。」


 「そう、それは良かったわね。なら次は、朝にしか咲かない花を見に行きましょう?今度は三人で。」


 朝にしか咲かない花。アオがアリスと初めて会ったあの朝に見た美しい花。アリスはその花を見に朝早く湖に出かけたのだが、件の出来事があったことで、よくよく花を見る機会を失っていた。

 三人で見に行く。未来にまた新たな楽しみを見出すアオは、勿論肯定の返事をしようとしたそのとき、ふわっと後ろから風が抜けると、色とりどりの落ち葉が舞う。アリスが二人の間から顔を出した。


 「プロイ!!アリスもみたい!!」


 食い気味にアリスは言葉を放つと、鼻息荒げさらに目を輝かせた。


 「プロイ?の花というのですか?」


 「ええ、朝にしか咲かない花よ。アリスも見に行きたいってさ、どう?次の春に三人で見に行かない?」


 「いこう!アオ、ぜったい、ぜーったいいこうね!」


 二人の目線がアオに集まる。否定などするはずがない、ただこの言葉にできない期待と幸福感を少しだけ心の内で噛みしめたいとそう思うのだった。

 ふっと、笑みをこぼすと、予定調和の返事をした。

 

 「はい、行きましょう!!三人で!!」


 秋の夕日が三人を照らす。いつまでも三人は、暖かい光の中で笑いあった。

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