第12話季節は巡る
朝日が早くに昇ると、太陽はいつまでも空を照らし続けすっかり日が落ちるのは遅くなってしまった。
日中は照り輝く太陽の光が気温を上昇させ、夜になっても冷めきらないその温度は寝苦しさを感じさせるほどであった。森の葉は新緑を色濃く表現すると、春先では見なかった鳥や虫たちは鮮やかな音色を奏でた。生き物の躍動は一年で一番多い季節になった。
夏が始まった。
今日は、家の畑で色鮮やかに実りをあげた野菜たちを収穫する日である。アリスは、真っ白なワンピースで身を包むと、麦わら帽子でコーディネートされた姿は、アオの心を見事にくすぐる魅惑の夏スタイルを披露した。くるっと、アオの前で一周するとヒラリと舞うスカートを両手で抑えた。
「どう?かわいい?似合ってる?」
「はい、とても似合っていますよアリス。例えるなら、野に咲く一凛の花。照り付ける太陽に焼かれようと、その美しさと気高さは色あせることなく、凛と佇む大輪の花が私には見えます。」
「ふふふ、もうアオったら、もっとストレートにかわいいて言わなきゃ、アリスはわからないわよ。」
アオの表現に微笑するアイリスは、アリスとは打って変わって、白色と黒色のストライプの長シャツに青色の長ズボン、そして、上からピンクのエプロンを着込む、農業用のスタイルとなっていた。おしゃれとは言えないが、アイリスの容姿との組み合わせは絶妙に合っていた。
アオは指摘された通り、かわいいことを伝えると、アリスは照れながらありがとうと言う。
そんな、娘たちのうぶなやり取りを横目にアイリスは、ざるとハサミを用意した。
「さて、今日は畑になったトマトと、キュウリと、トウモロコシを収穫します。はい、アリスはハサミ持ってね。はい、アオはこのざる持ってね。それでは、頑張って育った感謝しながら収穫しましょう!」
「はーい」
アリスが返事をすると、三人はまずトマトのなる箇所へ移動する。真っ赤に膨らんだ大きな実は、パンパンで今にも破裂しそうなものばかり、ヘタからぶら下がっていた。それらをアイリスが見分けて、アリスが収穫、そしてアオがざるに入れていく作業を一行は流れるように行った。
続けて、キュウリも濃い緑ととげとげを宿し、照り付ける太陽に刃向かうように湾曲していた。要領を得たのかスムーズに収穫を済ませた。最後に、トウモロコシは、太い茎に支えられた見事な実は、黒い毛を携えて威風堂々たる姿で収穫を待っていた。アオは、実を下へ押すようにもぎ取ってトウモロコシも収穫を済ませた。
「ふー、今日はこのくらいにしとこうか。二人ともご苦労さま。野菜は冷やして夕食に食べるとしましょうか。二人はこのまま森を探検?」
「うん!、今日はね森を散策して―、湖で、またお花の種を集めるの!」
「あら、楽しそうね。そうだ、台所にお弁当用意したから、持って行ってね。」
「うん!それじゃ、アオ。行こう!」
アリスは台所まで走ると弁当の入ったバケットを手に取り、反対の手でアオの手を引っ張ると一直線に、森へと駆けた。
「あんまり無茶しちゃだめよー?あ、あと、アオ―?今日も、できたら
「はーい、行ってきまーす!」
「わかりましたアイリス。必ず持ち帰りますのでー。」
返事を片手間に済ませると、二人は森の中に姿を消した。
アリスとアオは森の中を散策する。これは日課だが、夏になると出てくる綺麗な虫を見つけるのアリスの目的らしく、図鑑でしか見たことがないその生き物を探す毎日なのだ。
そしてもう一つが、湖の周り咲いた花の種子を集めることだ。これは、先日の夜の花を見た帰り際にも採取していたことで、アオが夜中にアリスにこっそり請け負った革の袋は、その種子を入れておくものであった。
森をずいずいと移動するもなかなか、お目当ての虫には出会えず、アリスは落胆したが気を取り直したのか、湖へ行くことを提案した。
二人は湖に着くと、湖畔に腰かけた。照り付ける太陽は厳しい暑さをもたらしていたが、湖はキラキラと光るとアリスたちを歓迎しているようだった。湖から吹く風は、気温に相反して心地さを感じさせた。
しばらく、風に吹かれて湖を眺める二人。すると、ぐーーと奇怪な音がする。アリスのお腹は昼ご飯を所望していた。恥ずかしそうに、お腹を押さえるアリスにアオは、昼ごはんを提案する。
用意してもらった弁当を開けると、サンドイッチが敷き詰められていた。アオが、ここに来て初めて口にしたアイリスの手料理だ。二人は弁当をぺろりと平らげると、余韻に浸った。
「ふーごちそうさまでした。美味しかったね、サンドイッチ。」
「はい、やはりアイリスの料理は世界一ですね。」
毎日用意される食事の美味さに作り主への感謝を心に浮かべる。
アリスは、食事で元気が出たのか湖の周りを散策し始めた。例の種子集めに移行したのだ。アリスは、地面をじっくり見ながら何かを見つけると、それを凝視して頷いたり首を傾げたりした。それを、良しとしたものをアオは、手に持つ袋に収容していく。
「んー、これは・・・・。はっ!?この形初めてかも!・・・・・これは・・違うかな。」
「ふふ、アリスいつもながら楽しそうですね?」
「うん!知ってる種ならその花を思い出せて楽しいし、初めて見る種ならどんな花を咲かすのかすごく楽しみだし。いいことばっかりだもんね!」
アリスは今にも踊りだしそうなほど、咲き乱れる花々を夢想した。アオは楽しそうなアリスの姿が毎日の癒しであり楽しみとなっていた。
昼下がりになると、本日の採取は終わり、二人は再度湖の畔に腰かけた。
優しい風に触れると、アリスはコクリコクリと頭を揺らして、そのままアオの膝に頭を寝かせた。力を使い切ったようにそのまま意識を眠りの底へ落とすと、小さな寝息をたてた。
横になるアリスの頭を撫でると、アオは静かに湖の風景を眺めて風に身を任せた。
夕暮れを告げる虫が鳴く。鮮やかなオレンジの夕日が森を照らすと、力強い新緑も穏やか顔を見せはじめた。
ふわっと、風がアリスの髪を揺らすと、アリスは目を覚ました。
「アリス、おはよう。」
「んーー、おはよーーー。」
「そろそろ、帰りましょうか。」
「んーー、そだねーー。」
アオは、眠気眼のアリスの手を取ると、ゆっくりと湖を背に歩き出した。ふわーっと、大きなあくびをすると、アリスは目をこする。
はっと、アオがあることを思い出すと歩みを止めた。すると、目を凝らして周りを見渡す。アオの特殊な眼は、何かをとらえた。
「アリス、少し遠回りしてもいいですか?」
「んー?いいよー。」
ほとんど上の空のアリスは、反射のように返事をした。
アオが思い出したのは、アイリスから頼まれていた
ようやく覚醒したアリスは、アオと同じものを視界にとらえて思わず声をあげそうになる口を両手で塞いだ。
二人の少し前方の草むらから、白色の獣の姿が見えた。どうやら、アオの目的物はウサギのことであった。
アリスは、これからアオのすることを理解しているように興味津々で見守る。
アオは、右手の親指と人差し指を合わせると、力を籠める。そしてゆっくり指を離すと、二つの指の間に青く細い針のようなものが生成された。青白く光るその針の先をウサギに定める。そして、ピンと指ではじくと一直線に目標に飛んで行った。針はウサギの首筋に突き刺さる。きゅっと断末魔を最後にウサギは動かなくなった。アオは見事な技量でウサギを即死させたのだ。
「すごい!ウサギさんにはごめんんさいだけど、やっぱりアオのビュンはすごいね!」
「アリスが喜んでくれるなら、いつでも披露しますよ。」
アリスは、感嘆の声をあげた。
そもそも、アイリスとアリスの食卓に並ぶ肉類は全て森の恵みを当てにしていて、アオがいなかったころは、罠を仕掛けて野鳥などを捕獲していたらしいが、成功率は高くなく、1ヶ月肉なしの時期もあったそうだ。その話を聞いたアオは自ら、狩りの話を申し出たというわけで、それ以来は百発百中のアオに任せることとしていた。アイリスのためというわけではなく、アリスが毎回喜んでくれるので、その姿見たくてしているのが理由の大半であった。
「ダメだよ。命をもらうのは食べる分だけ。そして、感謝を込めていただかなくちゃ。」
「そうですね。命に感謝ですね。」
そう言うと、アリスは両手を顔の前で握ると、ウサギの前で祈りをささげた。アオも同じようにポーズをとる。これは、毎回行う命への感謝をささげる行為のようだ。
ウサギを抱えると、二人は家路を進む。
「わあ。立派なうさぎねー。いつもありがとねアオ。」
アオは、予想通りの反応ながらも照れながら頭をかいた。
アイリスはウサギを外に持っていくと、器用に解体しはじめた。部位を小分けにすると、夕食用と保存用でそれぞれ集める。痛まないように迅速に事を進めていく。
「お風呂沸かしてあるから、二人とも夕飯までに入ってね。」
アリスは、その言葉を受けずともすっぽんぽんで廊下を走ると、脱衣所へと駆けこんだ。
毎度、アリスの大胆な姿にアオは、驚くも最近は免疫がつき始めたのか、以前よりは動じなくなっていた。二人は鼻歌交じりに湯船で音楽を奏でると、楽し気な音色を聴きながらアイリスは夕飯の準備に取り掛かった。
今晩のメニューは、キュウリとトマトに葉野菜を添えたサラダに、トマトをベースにしたゴロっとウサギの肉の入ったスープ、ショウユと呼ばれる別の大陸から伝来した塩見の強い調味料を表面に塗って丸焼きにしたトウモロコシなどなど、夏の野菜と新鮮な肉を使った豪華全席となっていた。
三人は賑やかに食卓を囲む。今日の出来事や明日やりたいこと、たくさん話して、お腹と心を満たした。
「今度、湖で釣りでもしようか。」
「アリスね、アリスね、こーんくらい大きなお魚釣るんだー!」
「アリスの活躍、楽しみですね。」
まだ見ぬ明日を夢想して、夜は深まる。床に就くと、虫たちが子守唄で演奏会を開く。
こうして夏の一日を、アオは一つずつ大切に織りなして、三人は次第に本当の家族のように絆を深めていく。
徐々に日が短くなると、気温も過ごしやすくなり、森の緑は黄色く色づき始まる。
まもなく、秋が始まろうとしていた。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
闇夜の中、森の北側の入り口より入ろうとする影が一つあった。灰色のローブで全身を覆い、フードで顔を隠す姿は、怪しさを立ち込めさせていた。
なにやら、ぶつぶつと不気味に呟くと、フードを後ろに外した。ふわりと黒い短めの髪が舞うと、丸いレンズの眼鏡をかけた女性の顔が現れる。理知的で端整な容姿ではあったが、何やらイライラしているのか眉間にしわが寄っていた。
「本当に、ここなんでしょうね・・・もう、こんな長旅はこりごりよ・・・早く帰って研究したい・・・。」
怒りからの脱力、そして悲愴な声をあげると、再びフードで顔を隠した。そして森の中へ歩みを進める。
「ちゃんと、じっとしててよね、青い
不敵に笑うと、女は闇夜に姿を消した。
意味深な言葉は何を指しているのか。森の中に悪風が吹こうとしていた。
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