第8話新たな姿
神聖力によって、生み出されたであろうその光の柱は少年の登場とともに消えていった。
「わー、アオが男の子になっちゃった!すごいねー!アリスより背が高ーい!そーだ!これなら、アリスの家に入れるよ!わーい、アオ、アオ、絵本一緒に読もうね!」
「はい、アリス、私が読んで差し上げます。」
ふわふわとお花畑が見えてきそうな二人の会話にただ、現実についていけない者がいた。
アイリスは、ぽかんと口を開けて現状を整理しようと頭を無理やり回転させた。
まず、アオの体から光が空高く伸びると、覆っていた雨雲がはじけ飛んで綺麗な青空が広がったと思ったら、今度はアオがその光に包まれると、あら不思議、人間の男の子になっちゃった。・・・・ってそんなことあるか!
と、アイリスの頭の中では現実は把握役と突っ込み役の二人が、子芝居を繰り広げながら眼前の確かな出来事を順だって説明した。
文字通り人間となったアオの体は、15歳前後の少年へと変化していて、ご丁寧に白地の薄い服まで来ていた。
髪は、鱗と同じ青色で彩られ、蒼空の光彩は変わらぬ美しさを放っていた。
ぶつぶつと、アイリスが考え事をしていることに気づいたアオは、心配そうに近づく。
「アイリス、大丈夫ですか?顔色が優れないようですが・・・無理もありません。突然の豪雨が襲ったかと思えば、あっという間に空は晴れ渡り、今までの悪天候が嘘のような昼下がりになってしまったのだから・・。」
「いやそっちじゃなーい!どうしていきなり、人間の男の子になったのか、そっちの方で頭が追い付いてないの!説明してくれるんでしょうね?」
万歳して、突っ込んだかと思えば、アオリスはアオに詰め寄ると見あげる視線を送る。
「あははは、冗談ですよアイリス。アリスがあまりに自然なので、こういうものかなと思ってしまいました。私自身も詳しくはわかりませんがこうなったことの第一の理由は、私が諦めなっかったからだと思います。」
アオは、両手でアイリスを窘めると息を整え自分の予測を話す。竜だったころよりも、少し口調が柔らくなったような雰囲気が出ていた。しかし、敬語は身体に刻み込まれているのか、くずすことはない。
抽象的な説明にまだ、アイリスは腑に落ちていない様子だった。アオは続けた。
「私は、アイリスやアリスの生まれるはるか昔、この世界で人間と過ごしていた期間がありました。それを思い出したのです。あの時は・・人間との圧倒的な差から心に距離を取っていました。人間たちも、私を畏れていたのは目に見えてました。」
アオは、空を見上げる。青い空に太陽が照り輝いている。そして、遠くを見るように断片的な過去の欠片を話した。
「その中で、不思議な人間たちがいました。当時、人間の救世主として祭り上げられた、勇者と呼ばれる存在とその仲間たち。その中でも勇者は、荒れ狂う魔族と人間との戦いを終わらせるために、魔族の王である魔王討伐のために村を旅立った少年でした。私は、その勇者と一緒に旅をし、ともに魔王を討ちました。」
「勇者!?絵本にでてくる、勇者にあったことあるの!?すごいなぁ~、勇者はね、世界中を大冒険してね、みんなを幸せにしたすごい人なんだよ!!アオは、いいな~、アリスも会いたかったな~。」
アリスは食い気味に勇者との出会いに興味を示す、羨ましそうにアオを見上げた。キラキラとさせる目線がアオは少し、心がちくりとした。アリスの羨望のまなざしが自分じゃない他の誰かに向けられていることに複雑な感情を抱いていた、アオは、勇者に嫉妬していた。
アオは、すねたように顔を横に向けると軽く咳払いをした。
「勇者など大したことはありません。品がなく、頭も悪く、一人では何もできない弱い人間でした。」
「うそだー、絵本では悪い奴らを懲らしめて、みんなを笑顔にしたって書いてあったもんね。すごい人に違いないよ!」
アオは、アリスの反応にムッとする。
「すごくありませんよ。」
「すごいもん!」
「すごくないです。」
「すごいもん!」
「すごくないです。」
幼稚な乱打戦を繰り広げると、
「ちょっと二人とも?」
声の調子がとても低い。怒りを含んでいるのは当人を見なくてもわかるほどであった。
アオとアリスは恐る恐る後ろを向く。髪を差が立たせた、否、そう見えるほどの怒気を放つアイリスが腕を組んで仁王立ちしていた。
「おすわり!」
「はい!」
シュッと、阿吽の呼吸で二人は返事をすると、怒りの仁王像の正座した。カタカタと震えるアオの耳元で。アイリスは不敵にささやいた。
「さ、アオ、説明を続けて?」
「はい!」
アオは、同じく震えるアリスを見て、アリスが約束を守ろうとしていたのは、これを垣間見るのを嫌ったからなのではと推測した。
「ふーーーー・・。は、話を戻しますね・・・。私には、やはり勇者が魔王を打ち倒せるほどの、強い人間には見えませんでした。」
そんなことないと、言いたげな目線をアリスは向ける。そして、目の前の仁王がキリっと視線を向けるとアリスは背筋を伸ばして前へ体を向きなおした。
アオは、変な汗が出てきたが、アリスの方を向くともっと恐ろしいものを見ることになると思い、体勢を維持したまま話を続けた。
「打てば脆い。一人では何もできない彼には、なぜかいつも支えてくれる仲間が傍にいた。過酷な戦いも、前人未踏の山や森、荒れ狂う嵐に中でも彼らは常に信頼し合っていた。それが、すごく羨ましくどこか遠いものと感じていました。そんな彼らには決して自分は成れないと諦めていたのです。
しかし、彼だけは、勇者だけは、私を諦めなかった、たびたび私にあの手この手で突っかかると、私を何とか馴染ませようと試みました。そんな彼の優しさを無下に、私は最後まで彼らと打ち解けることはなかったのです。我ながら滑稽なのですが、今になって思い出したのは、このことを後悔していたからでしょう。」
やりきれない思いを吐露すると、自分を皮肉るように少し笑みを浮かべた。前向きな感情ではない、嘲笑に近い感情は、吐いてみると案外自分の惨めさが浮き彫りになって楽に感じたのだ。
いつしか、聞いていた二人は真剣な眼差しで、アオを見つめた。
心配してくれている視線に気づくと、どこかすっきりしたような面持ちで、アオは顔をあげた。
「だからこそ、次は、次こそは自分にも勇者たちのように、心を通じ合わせることのできる、信頼し合える誰かを見つけるのだと夢見たのです。しかし、それも永い時の中で忘れてしまったようでした。あれだけ求めていたのに、きれいさっぱり忘れてしまっていた、愚かな話です。」
「永い時をって、それだけ大事なことを忘れてしまうほどに、人と関わることなく過ごしたの?いったいどれだけの時を過ごせば記憶を失うというの?」
「二千年です。」
「に、二千年?!」
膨大な時の量にアイリスは凍り付いた。誰かと信じあえる関りを求めていた者に、なぜここまで人と関わる時間を過ごせなかったのか、想像できない。
「二千年。二千もの間、私はこの世界でなく、天界と呼ばれる異世界で自らの罰を償うために、神々に従い闘い続けました。永遠に近い時の中で、闘い、闘い、闘い続けた。そして、自分の夢と、そして罪さえも忘れてしまったのです。本当に、救いようのない愚か者でしょう・・・。
そんな、笑ってしまうほどに醜悪な私にも、ある目的ができました。それは、安らかな死を享受することでした。自分の夢を忘れ、生きることを見いだせなくなっていたのです。
私の、償いの時間を残り僅かという時に、私は失敗してしましました、そして、天界から弾き飛ばされると、命からがら湖のほとりでアリスに出会えたのです。」
アイリスは、零れ落ちそうな涙を瞳の奥でぐっとこらえた。どれだけの罪を負ったのか、彼女にはわからない。でも、アオが大それた願いを口にしただろうか、神から許されないほどの夢を希望を抱いたのだろうか。ただに、誰かとの温もりを、触れ合いを、真の意味での対等を願ったことは、本当に赦せれないことなのだろうか。最後には、生きる意味すら感じ取れなくなるほどの永い時の中で得た答えが、死ぬことだとうのか。
アイリスは、自分の中の怒りと悲しみを震える両の拳にふさぎ込んだ。
アオは、その姿を見やるとそっとアイリスの手を取る。固くなった拳をほどいた。
そして、アリスの手と、アイリスの手を両方引っ張て、自分の前で強く握る。
彼の体温が二人に伝わる。
アイリスは、ハッとなって彼を見上げた。どんな表情をしているのだろうか、悲しい顔をしているだろうか。自分の感情が伝播してしまっていないだろうかと。
しかし、心配は杞憂に終わる。
彼は穏やかに、二人の前でほほ笑んだのだ。
なぜ、笑顔でいられるのか、アイリスにはわからなかった。それでも、きっと彼は今安心しているのだとそうわかると、不思議とアイリスも笑顔を浮かべた。
アリスは、そっとアオの手を握り返すと、アオはアリスと視線を合わせた。
「アリスと出会った。死にかけで、生をあきらめた私に生きる気力を与えてくれた。名前をくれた。
アイリスが。母親の情愛を見してくれた。自分の中で確かに暖かい気持ちを取り戻せました。
二人が、私に繋がりをくれた。おぞましい姿の私を関係ないと一蹴し、優しさで私を包み込んでくれた。
二人のおかげで、あきらめたくない夢を思い出せた。私は、成りたい自分を思い出せました。
神聖力は想いを形にする万能の力。きっと、二人といたいという強い想いがこの姿を体現したのだと思います。」
以前よりも、さらに砕けた口調は信頼の裏返しなのだろうか。彼の凍った心はこの世界に堕ちてから、すかっり溶けていた。
改めて、アオは二人の前に膝まづくと、握った手のひらを仰ぐように目線の上に掲げた。
「ただの竜だった私は、新たな姿を得ました。私の願いはただ一つ、この姿で、
竜は願った。人間になりたいと、人間のように弱くても支え合える存在に。恋焦がれたその果てない夢を思い出させてくれた二人に、どう報いればよいかそれは、これから探していくことなのだろう。
まずは、言葉にする、自分の願う夢を。彼は、二人の表情がどうあっているのか気になった。
握りしめた手の先に映る二人の顔はどうなっているのだろうか。アオは、前向きな予想を思いながらゆっくりと視線をあげる。
少年に祝福するように陽光が差す。広がる空のように、三人の表情は晴れやかであった。
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