第6話少女と母親2

「自分で言っておきながらなのですが、その、怖くないのですか?」

 

 アオは、自分の姿を疑いたくなるような反応に、素っ頓狂に質問する。

 実際、アリスという例外はあったものの、人々から恐れられる存在であるいう自覚は持っていた。

 しかし、こうも連続で親近感を持たれると、アオは自分が竜であるのかも疑いたくなるのであった。

 指をもじもじさせていると女性は、やはりくすくすと笑った。

 

 「ふふっ、そんな姿見せられたら、さすがに怖くないわよ。じゃあ、信じてもらうために自己紹介ね!

 私の名前はアイリス。アリスの母親で、今はこの森深くで二人で暮らしているわ。はい!次は、あなたの番 ね!」


 アイリスと名乗る女性は、どうぞ、と言わんばかりに手をこちらに向ける。アオは深く息をついた。こんな人間もいるのだと、自分の認識を改めるばかりであった。なるほど、アリスの母親なのだと、何度も理解しているつもりだったが、ここで再認識する。

 ゆっくりとアイリスのもとに顔を近づける。アオは、アリスと似たその容姿に少し緊張した。なにせ、アリスをそのまま大人の姿にしたようだったからだ。アリスとは違う魅力を持ったアイリスの独特な雰囲気に飲まれつつも、アオは深々と頭を下げた。

 

 「私は、天に仕えた竜。今は、その呪縛から解放されアリスより、新たにアオという名前を授かりました。私のことは、アオと呼んでください。」


 「アオ・・・。そう、アリスが勝手につけっちゃったのね・・・。あなたは、それで不満はないの?素敵な名前だと思うけど・・・その、もともとあった名前とかあるんじゃない?」


 アオは、首を横に振る。


 「いいえ、とても光栄な名前です。私の宝物です。それに、私に元々の名前などないのです。なので、アリスが名付け親といことになります。」


 アオは、自分の気持ちを口にすると嬉しそうに笑った。アイリスは、その姿に安心したのかアオの頬に触れると、優しく笑いかえした。

 アオは、アイリスが自身に対して親しみの感情を持ってくれてると確信した。同時に後ろめたい気持ちがあった。アリスが自分のような生物を救うことができたのは、間違いなく魔法を使ったことが自明であること。

 これは、アイリスもわかっているはずだが、どう言い繕えばアリスとの約束を守れるかわからない。


 頭の中で思考を繰り返すと、全てを理解したかのようにアイリスはクスだと笑う。

 

 「アリスは、魔法を使ったのね?」


 見透かされてる。アオは覚悟を決めた。


 「はい・・ただ、アリスは私の傷を癒やし、そして自由を与えてくれました。だから、どうか許してあげてはくださらないでしょうか?」

 

 懇願するように頭を下げる。そっとその上に手のひらの感触が伝わる。

 

 「今度は、私の方ね。頭を上げて、アオ。確かに、アリスと魔法は使わない約束はしたわ、けど、それはどうしてアリスにあの力が使えるのかわからなかったから。得体の知れない力が、後からアリスを不幸にするかもしれないと不安になったな。でも、アリスが自分の意思であなたのために使った力なら、それはきっと素敵なものなのよ。だから、アリスもアオも、何ら後ろめたい気持ちに、ならなくていいの。」


 「はーー、よかった・・・・、アリスに顔向けできないと思っていましたが、首の皮一枚繋がった気分です。よかった、、アイリスありがとうございます。」


 「大袈裟ね〜、でも、正直に話してくれてありがとね。それにしても、神聖術ってあなたみたいな竜に対しても効果的なのね。アリスが特別なのかしら。また、謎が深まるわね。」


 アイリスは、首を横に傾げるとぶつぶつと呟いた。アオは、許しを得たことへの安堵よりも、彼女の発言に耳を疑った。


 「ア、アイリス、今神聖術と言いましたか?」


 「ええ、言ったわよ?神聖術、ここより別の世界の住人、神、天使、悪魔たちが神聖力と呼ばれるエネルギーを媒介に行う奇跡の技よね?あなたが、姿を消していたのもその神聖術なのよね?ちなみに、アリスは傷だったら何でも治せるのよ。すごいよねぇ。」


 あっさりと、それもふんわりと、アイリスは神聖術について話した。

 アオは、空いた口が塞がらない。神聖術を知る人間が存在するとは、思いもよらなかった。アリスが魔法と呼ぶだけあって、正体不明の奇跡として認識しているものと思っていたため、その一言に驚愕したのだ。

 そもそも、人間は神聖力を持たない。人間の体内には魔力と呼ばれるエネルギーが循環している。

 アリスの体にも神聖力が流れていないのは、アオの眼を介せば容易にわかることだった。

 しかし、アオはなおアリスに対して疑問が残る。

 それは、本来存在するはずの魔力すらもアリスの体には流れていなかったからだ。

 

 「アイリスは、アリスに神聖力も魔力も流れていないことはご存知なのですか?」

 

 「そう、あなたにはそんなことまでわかっちゃうのね・・・」


「私の眼は万物を見抜くことができます。アリスの体には文字通り何のエネルギーの反応も見られませんでした。なら、アリスが神聖術を使える理由、それはー」


 言いかけると、んーとアイリスの膝元から産声が聞こえる。二人の会話のせいなのか、たまたまなのか、アリスはアオの言葉を遮るように目を覚ました。

 そのまま膝から起き上がると、すーっと、寝ぼけ眼でアイリスと目が合う。ぱちぱちと数回瞬きすると、ガバっとアイリスの顔に近づいた。


 「お母さん、アリス友達できたの!綺麗な青い竜なんだけどね、アリスと友達になってくれるって言ってくれたんだ。」


 「そうなんだ、じゃあ、お母さんとお話ししてくれた優しい竜さんは、アリスのお友達だったのね。」


 「え、お母さん、アオとお話したの?アオ、どこ行っちゃったのかわかる?」


 アイリスは、すっと人差し指を前に突き出す。アリスはそれにつられるように後ろを振り向くと、求めていた青い竜が目の前に姿を現した。


 「アオだ!」


 アリスは、アオの顔に飛びつくように抱きく着くと、首のあたりをさすった。


 「アオ、変な首輪取れてよかったねぇ。もうこれで、痛いの痛いのしなくてすむね。」


 「はい、アリスのおかげで、私は自由になれました。アリスが望むなら、私はアリスと一緒にいたいです。」


 アリスは、嬉しさを全開にしてアオに触れると、アオも答えるように身を任せた。

 何度も、顔を擦り付ける姿は、友達という枠を超えて親子のような風景に映った。

 しばらく、アオに抱き着いたアリスだが、何か思いだしたようにアオから一歩離れる。

 くるっと、後ろにいたアイリスのほうを向くと、すぐに顔を俯かせ、両手を体の横で強く握りしめながら、身体を少し震わせていた。


 「アリス?」


 アオが、心配そうに声を合図にするように、アリスは意を決したように顔をあげた。


 「ごめんなさい!」


 「アリス、どうしたの?」


 「アリス、お母さんとの約束破って魔法を使ったの・・・。だから、ごめんなさいしなきゃって思ってて・・・。アオをね、治してあげたかったの、アオがね変な鎖みたいなので連れてかれそうになったから、それも何とかしたいって思ったの・・・だからね、その・・・う、うう・・ごめんなさーい!」


 アリスは感情を爆発させて、天を仰ぐように泣きじゃくった。アリスにとって、アオを助けたことへの後悔はない。ただ、母親との約束を破ってしまったことが、喉元にいつまでも引っかかっていたままだったのだ。それほどまでに、アリスの中で罪悪感として残っていたしこりは、謝罪の言葉を放つと、濁流のような感情とともに流れ出た。

 アイリスは、アリスをそっと抱きしめると、アリスの長い髪を優しく梳く様になでた。


 「アリスは、偉いねー。友達を助けるなんて、誰にでもできることじゃないわ。それにね、アリス、約束は破っちゃったけど、アリスがすぐにごめんなしできたこと、お母さんすごく嬉しかったよ。」


 「う、う、アリスを嫌いにならない?」

 

 「うん!お母さんはアリスが大好きだよ!だから、泣かないのぉ」


 そういうと、アリスはまた、洪水のように涙と感情を母親の胸の中で流した。

 アオは、親子の仲を確認出来て安堵の感情に満たされた。自分を助けたばかりに、二人の絆にヒビを入れてしまったのではと心配したが杞憂であった。アオは、親子の絆とは、そう簡単には壊れたりしないと知った。アオの中で、親子の情などという感情は今までなかったが、目の前の光景がまさしく自分の思い描いたものなではと、夢想した。


 アオは、初めてかけがいのないものを手に入れた気がした。

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