第5話少女と母親
レイヴェルト王国最南の森、その中央に不自然に開けたその場所に巨大な湖があった。湖の周りには色とりどりの花が咲き乱れており、アリスはその花の中でも、朝にしか咲かない花を見るために早朝、森を抜けて湖まで来たわけだが、今は、青い竜の両の掌でぐっすりと眠っていた。
アオを助けたいという一心で発動させた神聖術、
アオは状況を整理しようと頭の中で思考する。
まず、天使の一撃をうけて天界からこの湖に落下、その後意識を失い湖を漂流し、目覚めるとそのほとりでアリスと出会う。最初は寝ぼけて、目の前に天使がいると勘違いはしたものの、すぐに体が動かなくなり、アリスの優しい言葉に身を任せることにした。そこからは、奇跡の連発であった。
アリスは、神聖術を使うと、傷を綺麗さっぱり治癒した。それだけにとどまらず、神が差し込んだ、杭と鎖を砕き、文字通り解放されたのであった。
アオは、アリスには驚かされてばかりだったが、なによりこの短時間でいくつも自分を救ってくれたことに、深い感謝をしていた。
ふーと、深く息を吐くと、上体と翼をいっぱいに伸ばして、身体の硬直をほぐした。すると、あることに気づく。以前よりも体が軽くなっている。というよりも、精神的な面で軽やかになっていた。
「神から解放されたことで、心まで軽くなったようですね。」
アオは、さらなるアリスへの敬愛を深めると、周りの様子を確認した。
アリスはひとりで森を抜けてきたが、言葉の要所要所で母親の存在を語っていた。もし、アリスがこのまま帰ってこなければ心配するだろうと考えたのだ。なので、アリスの家を見つけるべく、周囲を見渡した。
アオは、アリスの来たであろう森の入り口を見つけると、目をとじた。
感覚を眼球に集中させる。そして、準備が整い一気に開眼する。
アオの青い目が開かれる。光彩が白く燃えるように輝いて反射する。
アオはこの眼力を駆使して、アリスの家を探し当てる。
この能力は神聖力を必要としない、アオが有する神からの恩恵であり、基本帝に遠視と透視ができるらしく、森の奥深くのやけに開けた場所に小さな木造の家を見つけると、その家の中に人がいるところまで確認することができた。
「あれが、アリスの家、そしてアリスの母親ですね。」
確認が済むと、能力を解除した。白い光沢は消えて通常の青い目の状態に戻る。
「さて・・・」
アオは、近くの花畑を見つめる。自分の翼では羽ばたきとともに、花を散らしてしまう。
かといって、病み上がりの状態で重力を操作する神聖術を使うことは抵抗を感じていた。
「しかたないか・・・」
森の木々には悪いが、アリスを掌に載せながら歩いて家まで行くことにした。幸い、そう遠くでなかったので、できるだけ身を低くして森へと入った。
当初の心配は意外にも杞憂に終わりる。森の木々はアオの体長よりも高いものが多く生育していたので、不自然に森を開拓する必要がなくなって安心した。
森を抜けると、開けた大地にポツンと家が建っており、なにやら家の周りには畑のようなものが広がていた。
家の近くの開けた場所にアリスをそっと降ろした。と、次の瞬間家の扉が、開かれる。
ドン、勢いよく女性が飛び出ると、アオはその女性と目が合うかどうかの一瞬の間に、身体を透明化して姿を消した。とっさにかなり高度な神聖術を使い、心配したが、うまくいって安堵した。
アオはさすがに、遅かったかと心配して息を殺して様子を見守ると、アオのことなど気にする素振りはなく、アリスを見つけると全速力で駆け付けた。
「アリス!」
ぎゅっと、アリスを抱きかかえると、震えた声でアリスの名前を呼ぶ。
すーすーと、アリスの寝息が耳元にかかるのを感じると、アリスの課を確認するなり、はーと安堵の息を吐いた。
「こんなところで、寝て・・アリスったら・・ふふ、よかった。」
アリスを抱える所作のすべてが、子を想う親の姿であるのだとアオは感じた。生まれた時から一人だった自分とアリスを重ねて、どこかうらやましく、でも安心した気持ちになったアオは、笑みを浮かべた。
女性は、アリスが安泰であることを確認するとアリスの頭を自分のひざ元に置くと、ゆっくりと視線を目の前の空間に向けた。
アオは、ビクっとするとすぐに自分の両手が透けて地面を映していることを確認した。見えているはずなどないが、今まさに目が合っていることに自分がの術が解けているのではないかと懸念したからだ。
じーっと、女性の眼はアオを見つめる。ジワリと汗が出る。ゆっくりと女性の口が開く。
「そこにいるのよね?アリスをここまで運んできてくれた誰かさん?」
やはり、気づかれていたとアオは焦りを感じた。まだ疑問形で質問する女性が何かしらの気配を感じただけで、まだ特定に至ってはいないのだと思ったので、このままやり過ごせるのではと考えたアオは、なお息を殺して、身構えた。
「姿を隠す理由があるのなら仕方ないけど・・。この子を救ってくれたあなたに、お礼を言いたいの。本当にありがとう。」
そう言うと、女性は何もない空間に深くお辞儀した。
アオは心が痛くなった。アリスを救ったなどととんでもない誤解を生んでしまったこと、自分はお礼を言われるのではなく、言わなければならない立場であること、そして何より卑怯にも姿を隠して今まさに頭を下げている女性を目視していること。
ゆっくりと、息を吐くとアオは意を決した。
「顔をお上げください。」
何もないところから、声が聞こえると、女性は顔をあげた。アオは女性の顔をまじまじとみると、アリスと似たその顔は困惑したようにしていた。半信半疑であったがいざ目の前に何かいるとわかると、不安がよぎったのだろう。アリスをかばうように身を低くした。
「どうか、驚かないでください。私は、アリスを救ったのではなく、アリスが傷ついた私を救ってくれたのです。」
真実を話すとアオは決めた。
「疲れてしまったのでしょう、アリスは眠りについてしまいました。あなたのことは、アリスから聞いていました。母親がいるのなら、やはり心配してしまうと思い、ここまでお連れした次第です。」
「そう・・だったのね・・何にしても、あなたがアリスをここまで運んできてくれたことは事実だわ。本当にありがとう!」
そう言うと、今度は満面の笑みを向けて感謝の言葉を口にした。
「どうか、どうか、私の姿を見ても驚かないでください・・・。私は決してあなたたちに害をなすものではありません。だからどうか、そのまま・・・。」
「わかったわ。あなたがなんであろうと、驚かない。約束する。」
アオの動揺が伝わったのか、女性は真剣な眼差しでアオを見つめた。
アオは、もう一度深く息を吐くと、自分にかけた神聖術を解除した。
女性は、目を大きく見開いた。目の前の光景に。
蒼空の眼、巨大な爪と翼、青く輝く鱗。その姿が神話に登場する竜であると瞬時に理解した。
普通の人間なら、恐怖で逃げ出すか、そのまま意識を失うかのどちらかが常である行動であった。
アオは、どんな言葉を浴びせられるのか、目をぎゅっと閉じて構えていると、女性はしばらく、竜の姿を見つめて、通常では考えられない一言を口にした。
「綺麗・・・。」
驚愕。アオの想像していた180度違う言葉に。信じられない光景を目にアオ自身言葉を失った。
しばらくすると、ぽかんと口を開けた女性は、目の前の黙りこくってしまった竜を見て逆に少し笑うと、右手をそっと差し出した。
「あなたの名前を教えててくれる?、綺麗な青い竜さん。」
アオは、また言葉を失うのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます