第3話出会い2
神竜――竜種では稀に人の言葉を理解し、強大な力と永遠に等しい寿命を持つ個体が存在する。古竜と呼ばれるその個体は、生態系の頂点に君臨する竜の中でも、頭抜けた実力を有していた。
ひとたび、古竜が怒りに身を任せて暴れれば、国家の存亡にかかわると言われ、実際に歴史から消え去った国は数知れず、その存在から奇跡的に逃げおうした者には等しく畏怖の念を抱かせた。
その古竜とは一線を画す圧倒的な力と知識を有し、神々と並び称される存在、それが神竜であった。
しかし、神話に語られるその存在を、実際に確認する術などなく、伝説上の生物として今も語り継がれるに過ぎなかった。はずであった。
湖のほとりで、少女は神話の存在と奇跡的な邂逅を果たしていた。
「アリス・・アリス・・良い名前ですね、体の芯まで響き渡るようです。」
「ふふふ、へんなのー」
笑みを浮かべた少女の名前はアリス。綺麗なブロンドの髪と、黄金色に輝く瞳が特徴の見目麗しい少女であった。
アリスは、ゆっくりと竜の頬を撫でると、自分の額を竜の鼻先に付けた。
「どー?落ち着いた?怖いのどっか行っちゃった?」
目を閉じて、優しい声色で竜に語り掛けた。
「はい・・とても安らかな気分です・・このまま天に召されてもなんら後悔などありません。アリス、ほんとうにありがとうございました。私の生涯でこんなに救われたことなどありません。」
何一つ偽りのない言葉であった。心の底から本心を口にすること自体、竜にとっては初めてのことであったが、何より自身の心が、魂が救われたことに感謝していた。それほどに、アリスの”一人じゃない”という言葉に救われたのだ。
その竜にとって生きるということは、孤独な闘いであった。この世に生を受けた時から、常に
しかし、それも使命に従っただけで、何一つ自身の内から出た感情で行動したことがなく、永い時の中で竜は自分の意志すら捨て去ったのだ。
英雄と呼ばれる異才を放つ人間たちと世界を救うために共闘したこともあったが、あくまで気まぐれな神の戯れだと思われていたのだろうか、真に心を通わせることはなかった。
いつしか、自分や他人に対して期待や関心はなくなり、ただ使命を全うして自分という存在が静かに消えゆくのを待つものだと思うようになった。
だが、アリスの言葉を受け、初めてうれしいと感じた。安らぎを、幸せを感じた。生を実感することができたのだ。だからこそ、終わりゆく自らの心身に何一つ悔いなどないのだ。
竜は自分が、案外単純だったのだと少しおかしさを感じていた。たった一言で救われるとは思ってもみなかったからだ。
そんな竜の言葉とは裏腹に、アリスは憤怒していた。
「死んじゃダメ―――――――!!」
ぎゅうとアリスは竜の鼻先に抱き着くとすがるように叫んだ。
竜は、アリスの必至な姿に驚いたが、まっすぐ向き合った。彼女に嘘偽りは無礼であると感じたのだ。
それと同時に、アリスの尋常でなはい態度に、アリスにとって死や別れが耐え難くつらいことなのだと悟った。
「ありがとうございます、アリス、本当にありがとう。私は幸せです。しかし、この肉体、この魂はすでに限界に達しています。」
「だめだよ・・・せっかくアリスの・・・アリスのはじめての友達になれたのに・・。お別れなんて嫌だよぉ・・」
アリスの瞳からは涙がぽろぽろと流れ落ちていた。その涙を巨大な爪の先でぬぐい取ると、竜はそっと頭を撫でた。
「アリス、本当にありがとう。アリスのはじめての友達になれたこの誉は、私の誇りです。先ほど後悔はないと言いましたが、アリスに恩を返せないことが心残りです。」
「そんなのいらないよぉ・・アリスとずっと一緒にいてよぉ・・」
ぐずっと、両手で涙をぬぐうアリスの姿に、竜は困ったように笑った。心がズキズキと痛い。竜はアリスの涙を止められない自分のふがいなさを情けなく思いつつも、自身に近づく死に対しては抗えないことだと悟っていた。
竜はアリスの頭を撫でていると、突然、アリスが顔をあげた。まだ潤んだ瞳で竜をまっすぐに見上げた。
「あれなら・・・でも・・お母さんとの約束が・・・」
アリスは何かを思い出したようで、うーんと、顔を下の向けると小さい声で一人葛藤していた。
「アリス?・・・もういいのですよ。アリスは笑顔が一番素敵です。なので、もう私のことで苦しまなくていいのですよ」
竜の悲しげな作り笑いに、アリスは決意した。大きく息を吐いて、気持ちを落ち着かせると、黄金の瞳と蒼空の瞳と視線が合わさる。
アリスは人差し指を口元に近づけると、
「アリスが助けるの・・・でも、このことはしーーだよ?約束してね?」
「アリス、何を?」
竜の言葉も半ばに、アリスは目を閉じ、祈るように両手を胸の前で合わせた。
すると、アリスの体の周りから光の粒子が現れる。
風や音が止まり、湖には波紋の一つすらなく、ふわふわ光の粒だけが宙を漂う光景。
はたから見れば、美しい光景なのだが、一人の少女が起こす現象とは通常思えない。
そして、光の一つ一つがアリスの体の中に吸収されていくと、アリスの体から光があふれ出す。
どんどん光を吸収し、アリスの光が強まるのを見て、竜は驚愕していた。
竜は目の前の現象を知っていた。それは、自分と同じ力を使うことのできる証であったからである。
「まさか、人間がこの力を・・・これは、間違いない・・・神聖術!」
竜が言葉を口にするや否や、光の粒の吸収を終えたアリスはゆっくりと、竜の頬に触れる。
刹那、まばゆい光が弾けるとそのまま、アリスと竜は光の中に包まれた。
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