4
満身創痍の巧海の姿を目の前にした土方塔子はただ愕然とした。
トリプルエスであるかぎり、自分たちがいつ命の危険にさらされてもおかしくないことはわかっている。けれど、目の前で同期が死にかけているという状況に塔子は現実逃避したい気持ちになった。
違う。
これは彼じゃない。
別のだれかだと言い聞かせたいほどの衝撃で、ただ彼の命がつながることを祈ることしかできない。
トリプルエスには救命の役割もになっいるから応急処置程度ならば、塔子でもできる。けれど、最終的に命を助けるのは医者の役目だ。月面基地に駐在する宇宙専門の救命医によって処置をされるのだ。
それからは患者の生命次第。
いままでも宇宙での事故でなんとか月面基地にある医療センターまで命を繋いだとしても、その後死亡したケースがいくつもあった。
もしも、巧海がいなくなることがあればと思うと塔子の胸ははじけそうだった。
だけど、彼は命をとりとめた。
よかった。
いなくならなくてよかったのだと心から思った。
でも、彼は塔子のことなどみない。
塔子のことなどまったく思ってもいないことなどわかっていた。
彼には彼女がいた。
地球にいる彼女。
宇宙に消えた彼女。
まだ意識が曖昧だった巧海が何度も呼んだ彼女の名前。
彼女が消えると同時に、彼の心も宇宙の闇のなかへと消え去ったのだ。
「デブリ回収なら飛鷹じゃないのか?」
塔子は日高の呟きにふりかえる。
ここは新撰丸内にあるドッグの中。デブり回収が終わったのちに母艦へ戻ってきた塔子たちは待機を命じられたのだ。
それからしばらくすると、館内放送で現在ラグランジュポイント3と呼ばれる場所におり、これから飛鷹ではなく、零で宇宙空間に出るように告げいるところだったのだ。
それを聞いた日高は思わず疑問を投げ掛ける。
「まあ、気にしないで、団長の考えることはいつもよくわからないから……」
本当に理解できない団長だと塔子は思う。ちゃんとした訳があるとは思うのだが、それを事前に船員たちにつげないというのがこの団長の悪い癖だ。
ラグランジュ3
その場所には覚えがある。
数ヵ月前に巧海を満身創痍の状態にした場所だ。
あのとき、いったいなにがあったというのか。
塔子はすでに新撰丸の船内にいて負傷者の応急処置をしている最中だった。
巧海が戻ってきたのは見えていた。
けれど、その直後に彼は零にのって飛び出したのだ。
それからさほど時間がかからないうちに戻ってきた彼の期待はボロボロだった。
なにがあったのだろうか。
塔子もだが、西郷も知りたいのだろう。
巧海はどうだろう。
塔子は思う。
その後、意識を取り戻した彼は問い詰められたのはいうまでもない。けれど、彼はあまり覚えていない様子だった。
ただ座礁船を追いかけていたら、突然意識を失って気づけば月面基地の戻ってきたのだという。
それが真実なのかわからない。
けれど、それ以上、問うものはいなかった。
きっと答えはでないことはわかっていたからだ。
それから数ヵ月。
なにも変化のない日々が続くなかで、
突然団長がラグランジュポイント3へたどり着いたのだとつげた。
それを聞いた巧海はどんな気持ちになっているのだろうかと塔子は巧海のいる方向へと視線を向ける。
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