3
それは数か月前のこと。拓海の所属する船はいまいる地点で遭難した船らに乗っていた一般の顧客の救助に当たっていた。
その中には、拓海が同時付き合っていた恋人が含まれていた。いち早く彼女を避難させたい気持ちもあったのだが、、彼女自身はほとんど無傷で自分は後回しでよいと負傷者たちの避難を優先するように勧めた。
それどころか、彼女もまた拓海たちトリプルエスとともに避難誘導に協力してくれるぐらいだったのだ。
「もう君も飛鷹へ」
ある程度の避難誘導が終わるころ拓海が呼びかける。
「ええ」
ほとんどの避難誘導が終わったことを確認した彼女は拓海の手をとり、飛鷹へと乗り込もうとした。まさにそのときだった。
奥のほうから助けを求める女性の声が聞こえてきたのだ。
まさか、まだ避難していない人がいたのだ。
ちゃんと確認したはずだったのにどうやら見逃していたらしい。
「君は先にいってろ」
拓海は彼女を先にいかせて助けに向かおうとした。しかし、彼女はなぜか拓海の手を離そうとはしなかった。
「だめだ。きみは先に避難するんだ!」
そういうのになぜか彼女は顔を横にふる。
なにもいわずに拓海の腕を握りしめたままで見つめていたのだ。
拓海にはわからなかった。なぜそんかに必死に握りしめるのか。だけど、彼女の意思の固さは理解した。
仕方なく、拓海は彼女をつれて取り残された女性を助けに向かうことにした。
船の一番奥。
女性は倒れたシートの下敷きになる形で倒れていた。女性の胸元には幼い子供の姿がある。
「大変だわ」
拓海と彼女は椅子の下敷きになっている親子を引きずりだした。親子ともけがをしており、その痛みで子供が泣いている。
「枇々木さん!」
ちょうどそのとき同僚がやってきてくれた。拓海は子供を同僚に渡す。
女性は拓海と彼女で運ぶことにした。
飛鷹への通用口にはいまだに人が溢れかえつている。どうやら誘導がうまくいつていならしい。
「負傷者です。さきに通してとらえますか?」
拓海は避難民たちに声かけを行うも、我先にと向かう人たちにはまったく聞こえていない様子だ。しかも、彼らは怪我している様子はない。
されど、いま抱えている女性はいますぐに手当てしなければ手遅れになるほどのレベルだった。どうにか先にいれてもらわなければならない。
どうすべきか。
「たくちゃん」
彼女が口を開いた。
「先にいって」
「えっ?」
「たくちゃんがこの人を背負って強引にいくの!」
突然そんなことをいいだすものだから、拓海は面くらった。
「はやく」
彼女は強引に女性を拓海の背中に背負わせた。
そして大声で「どいてくださーい!あなたたちは人殺しになるつもりですか!?」と叫んだのだ。
驚いた人たちは彼女を振り向く。そこで拓海がぐったりとしている女性を抱えていることに気づいたのだろう。自然と道をあけたのだ。
「日本人ってそういうところあるからね。早くいって。わたしはこの人たちといっしょにいくわ」
そういって、彼女は微笑んだ。
「ああわかった」
拓海は彼女に背を向けると女性を抱えたまま飛鷹のほうへと急いだ。
それが最期にみた彼女の笑顔だった。
女性を飛鷹内にある医務室へ運んだ直後だ。
ドーンというものすごい衝撃音が響いたのだ。
直後船が激しく揺れ、飛鷹の壁にもかすかな亀裂が走る。
『緊急事態発生。緊急事態発生』
その揺れは人々の動揺を誘い、我先へと飛鷹へと乗り込もうとしていく。
拓海たちは遭難船からあふれくる人たちをなだめる。
「落ち着いてください。これ以上は乗れません」
その時、すでに飛鷹の格納庫は満杯になっていた。どう詰め込んでも入らないという状況になっても、押し寄せてくる光景は都会の朝の通勤ラッシュに恐怖と絶望が襲い掛かってきたようだった。
『枇々木。一度、離脱しろ』
通信機から西郷の声が漏れる。
「しかし……」
『もう満杯なんだろう。楠木がそちらへ向かっている。お前たちは戻ってこい。交代しろ』
拓海は遭難船に残された彼女の姿を探した。けれど、我先へと逃げようとする人たちに隠れて見つけることができなかった。
わかっている。
これ以上は無理だ。
もう格納庫は満杯で入れる余地などあろうはずがない。せめてでも彼女だけでもと思わず手を伸ばそうとした瞬間、格納庫のハッチがしまった。愕然とする。
『枇々木操縦士。戻って……』
同じチームだった塔子声がした。拓海は歯を強くかみしめ、急いでコックピットのほうへと戻った。同時に飛鷹を発進させる。ドッキングが外れて、視線の先には手を伸ばす人の姿が見えていたが、次に来た飛鷹によって視界を遮られた。
大丈夫だと言い聞かせながら、飛鷹は新選丸へと舵を取る。
しかし、悲劇はそこから起こった。
『三次災害発生』
救難者を新選丸艦内へと誘導している最中に、アナウンスが鳴り響いた。みると、遭難船と飛鷹が火花を散らしながら、遠くへ離れていくではないか。炎の中から灰が飛びちるように人が宇宙空間へと放りだされていく。
「カスミ? カスミ!」
拓海はいつの間にか零に乗り込み、発進シークエンスを開始していた。
『枇々木!なにをしている』
西郷の声が響く。
「助けに行きます。いまなら、間に合う」
彼の脳裏には彼女の姿ばかりが浮かぶ。笑顔で自分の名前を呼ぶ姿が、徐々にかすんでいく。消えるなと必死に手を伸ばそえと、操縦悍を握り締める。
『えーい。仕方ない。ハッチ解放しろ』
西郷のいつになく苛立った声が聞こえる。
目の前のハッチが開いていく。そこには無限の闇の中で赤い光を放つ船。浮遊を余儀なくされた人々。必死に救おうとする零の姿がいくつも漂う。
拓海の乗る零は新選丸を飛び立ち、彼らに目もくれず爆破し流されていく船のほうへと向かう。
通信機の向こうでは、そんな拓海の行動に怒声を浴びせる声が聞こえてくる。
『枇々木操縦士。どこへいく。救助を』
そんな声さえも聞こえていなかった。すでに彼の心を締め付けるものは、見知らぬ人々の命ではなく、たった一人の大切なものの命に向けられていた。
自分の行動は、人々を救うために存在するトリプルエスにはあるまじき行動。完全に個を尊重している。けれど、そんなことどうでもよかった。彼の中に締め付けるものはたった一つだったからだ。
カスミ
どこだ?
いない
だれもいない。
気づけば、なにもかも消えていた。
彼女の姿も座礁した船も放り出された人々の姿さえも宇宙の闇に溶け込んでしまっていた。
気づけば、新選丸の姿が遠くに見えるだけだ。
呆然とていていると、突然船が振動した。なにかが船を横切ったらしい。
「なんだ?」
レーダーにはまったく反応していない。
けれど、確かになにかが通りすぎていったような気がした。気のせいだろうかと思った瞬間、船に衝撃が走る。
モニターに危険を示すアラームが鳴り響き、前方から火花が散り、船の破片が彼の体に突き刺さる。痛みを感じるよりも早く、彼の意識は遠のいていった。
目を覚ますと、彼は月面の医務室にいた。
そこで語られたのは、ハヤブサの消息がわからなくなったことと行方不明リストに彼女の名があったことだった。
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