月より遠く闇は続く
1
「ねえ、今度いつ帰ってくるの?」
彼女はどこか寂しげに尋ねてきた。
拓海はその言葉に自分はいつから地球に帰らなくなったのだろうかと考えてみた。もうずいぶん帰っていない。両親や祖父母、姉家族はどうしているのだろうとか考える暇もなく仕事に邁進していた。彼女ともさほど連絡を取っていたわけではない。
定期的に送られてくる彼女からのメールにほとんど返事をすることはなかった。
そんなときに彼女は父親の付き添うという名目で月を訪問してきたのだ。正直どうしようかと思った。それでも、彼女が以前と変わらない笑顔を向けてくるものだけら、少しでといいから一緒に過ごしたいと想ったのだ。
拓海は団長に事情を話して仕事を彼女が滞在している間休ませてもらった。それから数日殆どの時間を彼女と過ごしたのだ。
しかし、別れの日はやってくる。
彼女の父親が仕事を終えて帰る時を迎えた。彼女はシャトルに乗る前にそう尋ねてきたのだ。
「そのうちに帰ってくるよ」
「そのうちっていつよ。もう何年帰ってないと思っているの?」
彼女は不満そうに拓海をみた。
「そのうちさ。今度連休取れたら必ず帰るから、心配するな」
拓海が彼女の頭を軽く撫でると安心したように微笑んだ。
「絶対だよ。ちゃんと帰ってきてね」
そういって笑顔を浮かべる彼女が愛しい。このまま一緒に地球へ戻りたい気持ちにもなった。地球で彼女と穏やかな日々を過ごすのも悪くはないだろう。けれど、そうすることはできない。
拓海はこの仕事に誇りをもっていたし、まだ続けていきたいと思っているからだ。だけど、いつかは彼女と共に暮らしたいとも思っているのも事実。
「ああ、もちろんだ。だから、待っていろよ」
「うん、待ってるよ。地球の私たちの家で待っているからね。帰ってきてね」
いつかは帰るだろう。
彼女のいる地球へ帰ることもあるのだろうがいまはその時期ではない。
彼女が地球に帰らなければならない時間が迫ってきている。
シャトルに次々と観光客が乗っていき、ハッチのすぐ手前で彼女の父親がもうすぐ出発だという合図を送っているのがわかる。
いつまでのみつめあう二人。
離れたくない。
そんな気持ちがお互いにあったのだろう。
何度も『帰ってきてね』と言いながら、目を潤ませていた。
時間は一刻と過ぎていく。
一般人専用ドッグの出発ロビー内ではアナウンスが流れてくる。
「私、いくわね」
彼女は出発ゲートのほうへと歩み始めると、思わすその腕をつかんでしまった。
「どうしたの?」
彼女は怪訝な顔をする。目と目が逢う。
そんなに長い時間たってなかったはずなのだが、それは長く、すべての音が消え去り、世界に二人だけが存在するような感覚のみが漂う。
「いや、なんでもない」
最初に視線をそらしたのは拓海のほうだった。
「なに。寂しいの?」
彼女はおどけたようにいう。
「そうじゃない。さっさといけよ」
「はいはい。今度は地球であいましょぅ。拓ちゃん」
「お……おう」
彼女は笑顔で手を振りながらゲートのほうへと消えていった。
拓海は彼女が視線から消えても、しばらくの間ゲートを見つめていた。
遠くへ行ってしまう。
もう二度と近くに感じることさえもできないほどに彼女は遠くにいってしまった。
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