8
「楠木が行方不明?」
《新選丸》のブリッジ内には、西郷以外に姿はない。先ほどまでいた専属オペレーターの梅崎は席を外してもらっている。
梅崎は怪訝な顔をしていたが、特に詮索せずに用が済んだら呼んでくださいとだけ言い残してブリッジを去っていった。
彼女がいなくなったのを確認するとすぐに大久保に連絡を取ることにした。
定期連絡用ではなく、個人的なコード仕様のものを利用したのは、内容が極秘であるためだ。定期連絡用だとだれが聞いているかわからない。個人用ならば、セキュリティの面でも盗み聞きされる可能性が少ない。とにかく、極秘なものはすべて個人コードを使用している。
内容は一つ
これも西郷独自のルートで入手した情報のことだったからだ。
『ああ、あの後、楠木の家族に連絡を取ってみると、彼は家に帰っていないということだ。家族とも連絡をとっていないらしい』
画面に神妙な面持ちの大久保が映し出されている。
「こりゃあ、読みが正しいということじゃろうか」
『そう判断はできん。もっと違う理由かもしれん』
「わしもそう思いたいわ。まあ、とりあえず、あの事故に現場へいこうとおもっちょる」
『いまからか』
「ああ、もうじき、研修生の船外活動が終わる。そのあと、やつらを……いや、月面にはもどらんで直接いくことにする」
『新人も巻き込むのか?』
「いや、ただ見に行くだけじゃ。なにも起こらんよ。もし、起こったとしても、うちには優秀な部下がそろっちょる。いざとなれば、新人も使こうてもかまわん」
『おい』
「まだ研修生とはいえ、あいつらも立派なトリプルエスじゃ。経験を積むのも早いほうがいいからなあ。まあ、そういうことじゃろう」
『……。お前がそういうなら好きにするといい。ただし、研修生の間は無理させるな。上に怒られるのは俺だ』
「はいはい。わかってます」
『じゃあ、こちらもなにかわかれば連絡する』
「ああ」
通信が途絶えた。それと同時に先ほど席を外していた梅崎が戻ってきた。
「もしかして、廊下で待機しちょったのか?飯でも食いにいけばいいものを……」
「お腹すいていませんから」
「まさか、盗み聞き?」
「そんなことしませんよ。大体、中の会話になんて聞こえてませんよ。壁厚いんだから……」
「はははは。そうじゃったかな」
ピーピーピー
通信が入る。
「はい」
梅崎がモニターを開くと、土方の姿があった。
『団長。研修生のデブリ回収が終了しました』
「ああわかった。直ちに帰還せよ」
『了解しました』
「船外活動している者たちを艦へ戻せ」
「は?」
「あと、船員全員持ち場につくように伝えてくれ」
「はい? まさか、もう出発するんですか?」
「当然じゃ」
「月へ?」
「いや、ラグランジュポイント3へいく」
「ラグランジュポイント3って……まさか……」
「あの事故の現場じゃ」
「なぜ? いまさら……」
いつのまにかブリッジに数人戻ってきていた。
「おまんら、すぐ持ち場へつけ。出発するぜよ」
船員たちは慌てて、自分の持ち場へ着く。
彼女はそれ以上尋ねずに、言われた通り船内放送を開始した。
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