7
宇宙空間というものはなんて寂しいものなのだろうか。
静かで上も下も右も左もない。
つかむところもなく、宇宙服を着て遊泳しているとどこかへと自分は消えてしまいそうになる感覚に襲われることがある。
このまま、どこかへ消えてしまってもいいかもしれない。
所詮、自分という人間は壮大な宇宙に比べれば小さい存在にすぎない。
いま、自分が消えてもだれも気づかないだろう。
「だったら、さっさと消えろ!」
突然アキラは後方から蹴られ、そのまま体が前方へと飛ばされた。船と宇宙服をつなげていたロープが思いっきり引っ張られ、反動で逆行し船の壁に激突する。
「いてえ。なにするんすかあ? 枇々木さん~」
顔を上げると、眉間にしわを寄せて両腕をくんで不機嫌そうに睨み付けている枇々木拓海の姿があった。
「そうだよ。真面目にやってよね。こういうの、得意じゃなかったっけ?」
樹が大きな箱を抱えて拓海の後ろから近づいてきた。
箱の中にはさまざまな形をした船の部品らしきものが入っている。
「おっ、いい部品あるじゃん」
アキラは箱の中身に目を輝かせた。
「別にお前にやるために、こいつも持ってきたわけじゃないだろう」
「知っているっすよ。これはデブリ。捨てるだけのごみってことでしょ」
「そういうことだ。今回の研修は宇宙ゴミの回収だ。それだけに専念しろ。妙なこと考えるな」
「別に考えていないよ。おっ、これは使えそうだ。これもあれに……」
言っている矢先から、樹が集めてきた宇宙デブリを見ながら、何に使えるかを脳内で巡らせている。
「おい。考えている暇はない。時間も限られているんだ。さっさとやるぞ。この箱に入るぐらいは拾ってこい」
拓海は押し付けるように空の容器を渡した。
「はいはい。わかりました」
アキラはそれを受け取ると、宇宙空間に無数浮かんでいるデブリの回収を始めた。
休憩を終えて、船へと戻ってきたアキラたち研修生たちは、先輩たちともに二手に分かれてデブリ回収を行うことになった。そのチームはアキラと樹。担当の先輩は師団の中で最もやる気のない男のはずの枇々木だった。最初は適当にやっておけとアキラたちを放り出して、一人ダラダラとくつろいでいた拓海だったのだが、それをマネするかのようになにもせずに宇宙を遊泳しはじめたアキラに腹を立てたのだ。いわゆる自分を棚に上げてなんてこというのかと、こちらが立腹したくなるところだ。しかし、アキラは全く気にした様子もなく、むしろおもしろがっている。
あまりにやる気のない人間には、それ以上のやる気のなさを見せれば、妙に自分がやらないといけないという責任感が生まれるようだ。とりわけ、この枇々木拓海という男のやる気のなさは心の中の葛藤によるもので、本来の彼は、いたって真面目な青年だった。ちょっと刺激を与えれば、たちまちやる気がよみがえる。
それを踏んでのアキラの行動だったかといえば違う。単純に宇宙というものに浸っていた結果が、拓海に少なからず刺激を与えたようだ。
アキラはデブリを集めながら、拓海をチラ見する。
拓海は真面目にデブリを集めている。
「しかし、本当に山ほどあるなあ。拾っても、拾っても、きりがねえ」
「それもそうだろうな。いくらとっても減らない。ゴミも事故も事件も犠牲者も……」
アキラと樹は振り返る。
「間違いだったと思わないか?」
「間違い?」
「おれたちは宇宙へくるべきじゃなかったんじゃないかと思うことがある。夢なんて地上で見るだけで十分だった。進化など求めるべきではなかった。求めなければ、こんなことにならなかった」
拓海は宇宙に漂う小さなデブリを手に取り、強くにぎりしめた。
「どうだろうな。宇宙に進化を求めようとも、求めなくとも、起こるときは起こるもんさ。実際に地球だけでもごみであふれかえっているし、血がまったく流れなかった時代なんてないじゃねえか」
「……」
拓海はアキラから視線をそらした。沈黙が流れていく。
「あのお」
それを破ったのは樹だった。
「手を止めないで早くノルマを達成しませんか? 日高達のほうはもう終わったみたいですよ」
アキラたちは樹をみるやいなや、デブリ回収を先ほどより早めた。
「なんか、どっちもどっちだなあ」
樹は苦笑いを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます