『アキラ!アキラ!月だ』


 チューブの声でハッと目を覚ました。


 船の修理を終えた後、飛び立ったあきらは、自動操縦に切り替えてしばらく仮眠をとっていた。昔の夢から目を覚ましていたばかりのせいか、まだ夢心地のままで体の反応も鈍い。


『アキラ……?』


 チューブが心配そうにあきらの顔を覗いてくる。


「ちょいっとおやっさんの夢みたもんでねえ」


『虎太郎!恋しくなったか?』


「別れてまだそんなにたってねえぞ」


『そう。僕、会いたい』


「月についたら連絡するよ」


 アキラはベッドから起き上がると、宇宙服に着替えて操縦席のほうへと向かう。操縦席の前方の窓には大きく月の表面が映し出されていた。あきらは思わず食い入るように見た。


「おお。これが月かー」


『月……』 


「なんか地球でみるより大きいねえ。当たり前か」


 アキラはやがて窓際を離れて操縦席へと移る。器用に正面のスイッチなどを順番にたたきながら操縦悍を握る。


「じゃあ、行きますか!」


『アイアイサー』


 アキラを乗せた船は日本が建設している月面基地かぐや郷へ向けて舵を切る。


 “かぐや郷”のなかにあるCSPの月基地本部エリアのドッグへと進路を取りながらも、彼の視線はいまだに開発を続ける様を見ていた。月面基地の開発が進んでから、ずいぶんと年月が経っているにも関わらず、未完成だ。メディアの情報によれば、計画の八十%が完成しているらしい。


 だが、アキラが見る限り、完成するにはもう少し時間を要すると思われる。むき出しのコードと中途半端に組み上げられた外壁。それを必死に組み立てていくのは宇宙服を身にまとう人間と人間が操縦する作業ロボット。


―─なにもない


 ふいに養父の姿が思い浮かんできた。子供のころに拾われて育ててくれた養父はかつて月で仕事をしていたという。どんな仕事をしていたのかは詳しく聞いたことはなかったのだが、決して嫌だったわけではない。それなりに誇りをもってやっていたといった。なぜ辞めたのかを聞くといつも笑顔で話をそらすばかり。


 そんなある日、アキラが月にはなにがあるのかを聞いたときにそんな言葉だけを返してきた。


(あの人にこの月でなにがあったのだろうか)


 その答えがここにあるかもしれない。


「なにもないか……」


『あきら?』


「なんでもない。それより、チューブ。コントロールルームへの通信を……」


『アイアイサー』


 チューブの口が大きく開かれた。


「月面基地応答願います。こちら、第25期士官候補生早坂アキラです」


『はい、認証確認しました。ハッチを開きます。速やかに入港願います』


 女性の声とともに正面に映し出されている丸いマンホールのようなものが左右に開いていく。


 その向こうからは光の線が伸びてきた。


「この線を目印に入るんだな。よし」


アキラは唇をペロリとなめると、操縦悍を引いて速度を落としながらゆっくりと、開いたハッチの向こうへと進ませた。


 しかし、突然船が揺れ始めた。


『アキラ!異常発生』 


 すると突然モニターにエラーの文字が浮かび、船内が警報とともに赤い点滅で覆いつくした。


「げっ!エンジン不良!?いや、ブレーキの故障だ!」

 

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