ふうと息を吐くと、すぐさまコックピットを離れ、宇宙服をまとう。ハッチを開くと船の外へと飛び出した。


 シップを大型船から離れないように太いワイヤーで固定する。


 さっそくデブリによって破損した部分の修理を始めた。


 慣れているのか。手際がいい。


 さほど時間をかけることなく、作業を終えた彼は、船に背を向ける。


 彼の瞳には、青い星が太陽の光を浴びて輝きを放っている姿が映し出された。


 なんてきれいなんだろう。


 ほんの少し前まであの星に足をつけていた。


 しがらみの中でもがきながら自由を探していた星。


 それから解き放たれたばかりの今。


 自由にどこか自分のあるべき場所へと向かうことができるかもしれないという期待、いや重力のないまま、どこかなにもない闇へと浮遊してしまうかもしれないという不安。


 そんな入り混じった感情の中にいながらも、アキラの心は穏やかだった。


 なにもない。暗闇ばかりが広がる宇宙空間。


 何もないということは、紛争もないのだ。


 ずっと、漂っていることは孤独を感じる反面、自由でもあるのかもしれない。


 そんなことを考えながら、アキラは目を閉じる。


 彼の体がふわりと浮かぶ。宇宙服に身を包み、流されないように船から伸びたロープは宇宙服に固定されているゆえにその場から流されることはない。


 どこかにつながっているという安心感は、アキラを眠りへと誘ってくる。


「アキラ!」


 そんなアキラの眠りを“チューブ”の声で遮られる。


 はっと目を開けると、目の前に“チューブ”のつぶらな目が飛び込んできた。


 丸くて青色のボールに二つのつぶらなボタンのような目。二つの円柱のようなものが左右についている。背後にはゆらゆらと揺れているネズミのようなしっぽ。


「よう、チューブ。どうかしたかい?」


『通信。通信月からの通信』


「そうかい」


 そう言いながらチューブに触れると、口らしき部分が大きく開かれ、中から女性の映像が浮かび上がった。


「はい。こちら、士官候補生No.19451。早坂あきらです」


『こちら、トリプルエス月面支部コントロール・小田切綾香士官です。早坂アキラ士官候補生。到着時刻より遅れています』


 女性はアキラと同じ年頃だろう。耳にかかるほどのショートボブの茶髪と白い肌。生真面目そうな目が印象的な女性だ。


 それなりに美人だ。


 しかし、自他認める機械オタクのアキラは、美人とは認めるがそれ以上の感情を抱くことはなかった。


「あっ……。すみません。ちょっと船にトラブルが起きましたので……」


『トラブル?』


「ちょっと、デブリにぶつかってしまいまして……」


『えっ? 座礁したということですか?』


「まあ、そういうことになるのでしょうね。でも、心配いりませんよ。たいしたことはありませんでした。処置も済んでます。いまから、出発します」


『……。どれほどで……?』


「あと二時間ほどでつけると思いますよ」


『……。ならば、お待ちしております。くれぐれも、入隊式には遅れないように……。ご武運を……』


 通信が切れると、再び宇宙そら仰いだ。


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