第4話 夢?

 漸く立ち上がった僕は、もう一つの出入り口に向かって歩き出した。


 途中、ブロッコリーやミニトマトを栽培している畑を通り過ぎると、うっそうとした樹木が目の前に広がっていた。どうやらここは神社のようだ。社殿を見上げると妙見宮という看板が掲げてある。僕は、賽銭箱に十円を入れ、鈴を鳴らすと静かに祈った。


「あの彼女にもう一度会えますように」


 だが、果たして叶うだろうか?

 もう一度彼女に会いたい。僕は、初めて会った彼女のことばかりをずっと考えていた。しかし、その時僕は、彼女の名前さえも聞いてなかったことに気がついたのだ。せめて名前やメルアドを聞いておけば良かったのに…。



「お兄さん。夢を見ましたな」


 突然、引き戸が開き、社屋から人が出て来た。僕に声を掛けてきた人は、ここの住職のようだった。ここ妙見尊は今では珍しい神仏混淆の残る寺院の一つで、山の頂には妙見宮が、そして、山を降ると妙見寺という本堂があるとのことだった。


「え、あの、夢って、なんなんですか?」

「実は、この山にはな、選ばれた人だけが夢見ることが出来るという古くからの言い伝えがあるんだよ。それは、ここに住んでおられる白いキツネ様が気に入った相手にしかかけない呪術らしい。お兄さんは、選ばれたんですよ。素敵な夢を見られたのでは無いかな?」


 えっ、あれが夢?いやあれが夢の訳がない。そもそも彼女はスケッチブックにデッサンしていたしペンを走らせている音も聞いた。それに僕があげたシュークリームも美味しそうに食べたし、また会えるよと言ったではないか。

 僕は化かされていた?本当か?絶対に嘘に違いない。僕は、信じることが出来ずにいた。


「いや、彼女はほんまに人間でしたよ。そうや、写真を撮ったんで見て下さい」


 僕は、スマホのアルバムを立ちあげると住職さんに見えるようにスマホを向けた。アルバムには、散策の合間に撮った写真が並んでいる。二輪のヒメジョオン、急な山道、綺麗な雑草の花、笹の葉、樹木から覗く空など。そして、最後の一枚が彼女を写したものだ。だが、その一枚には彼女は写っていなかった。

 ただ、テーブルの上にあるホイップのビニール袋と三本の樹木が写っているだけだったのだ。


 釈然としないまま、住職に別れを告げた僕は、急な石段を降り、麓の妙見寺に立ち寄っていた。


「あの話はほんとうなのだろうか?」


 本殿の天井には、住職さんが言っていたこの町に長く伝わる白いキツネ様が、今にも動き出すのではないかと思うほど見事に描かれていた。僕は、じっとその絵を眺め思い返す。


 なぜ、キツネ様は僕に彼女の夢を見せたのだろう。僕に長く彼女がいないことを哀れんだからかもしれない。だけど、それは逆効果だった。何故なら、あの短い時間に、僕は彼女に恋をしてしまったのだ。

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