第5話 雨宿りの魔法
翌日、月曜日。
「おい、聞いてるか尊人。お前もしかして笑ってんのか?」
僕は、昨夜、会社の同期で大阪本社にいる神谷に不思議な一件の詳細をメールしておいたのだ。昼休み、神谷から電話が掛かってきたのだが、どうやら笑っているようだ。
「すごいじゃん。化かされたって、お前はやっぱり純粋だからきっと好かれたんだよ。絶対に良いことがあるよ。保証する。ふふふ」
「お前なー!良く言うわ。人ごとやと思うて。俺は、ほんまに、」
「いいから!最後まで自分の気持ちに嘘をつくな。そして信じ抜け。お前が今、願うこと、それだけを考えろよ」
そうだ。
僕の願いはただ一つ……。
もう一度会いたい。
あの子に会いたい……。
火曜日の早朝。
いつもより早起きをした僕は、会社に行く前に妙見宮へと向かっていた。
さすがに朝六時前の空気は気持ちがいい。蝉の声も少しトーンが落ちているようだ。石段を登るスニーカーの音が響いている。
石段を上りきると僕は当たりを見渡す。賽銭箱に今度は百円を入れて鈴を鳴らすと、柏手を大きく二回打つ。
「どうか彼女にもう一度、会えますように!」
それは心からの願いだった。
もう一度深くお辞儀をして、帰ろうとした時、社の中から「コン」と音がしたような気がしたが、気のせいだろうか!?
出社すると、チーム全員がとにかく忙しそうに走り回っている。
余りの慌ただしさに振り回され、僕は今朝の妙見宮での出来事を忘れていた。
「髙戸さん、専務がお呼びです」
後輩のアシスタントに言われて僕は専務の部屋へ急いだ。
「専務、髙戸です。入ります」
僕は、ドアを開ける。
「おう、髙戸。最近、仕事はどうだ?大阪と違って東京では相手の反応が違うから大変やろう?でもな、お前を見込んで俺がひっぱったんやから頼むぞ」
僕は、直立不動で専務の話を聞いていた。どうやらソファーには先客がいるようだ。
「ところで、例の案件だが、絶対にうちが取りたい。ミネラルウォータのパッケージの絵柄はシンプルだがメーカーのコンセプトをしっかりとユーザーに伝えねばならない。お前そういう自然がテーマの案件は得意だろう?他社があっというような作品を必ず考えて欲しい。そこでだ。助っ人を呼んだので紹介しよう。彼女は、植物系のデッサンにとても定評があるんだ。昔、俺がやっていたイラスト教室の生徒でもある。優秀だぞ。彼女と力を合わせて頑張ってくれ」
専務の言葉は、途中から全く耳に入っていなかった。
「会えた…。君にまた会えた……」
僕の目の前にいる女性こそ、一昨日、僕と雨宿りをした女性だった。
彼女も驚きを隠せないようだった。
「白石百佳子です。あの、、初めまして、、ですよね?でも、以前、お会いしたことがあるような…。間違ってたらごめんなさい。実は私、一昨日夢を見たんです。そして、その夢の情景をスケッチブックに描いてみたんです」
彼女は不思議そうに僕にスケッチブックを差し出す。そこには、三本の樹木に囲まれた木製の椅子に座り、明るい未来を夢見て、希望溢れる表情でいる僕の横顔が描かれていた。
終わり (第一章 東京都稲城市 )
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