フェルムに並ぶ猛者

「では、武術訓練始めたいと思いまぁす。今回は、特別ゲストが来てるよ。1年生のニーケさんとアシーナさんだよ。黄なんだけど強いから、3年生の授業に入れるくらいがちょうどいいってディア先生がおっしゃってたので、アールムとフェルムの練習に参加してもらうんだ。手加減不要だからね」


俺たちは、言われた通り第四道場で3年生の訓練に参加させてもらった。

驚くべきことに、訓練の担当はハオラン先生だった。人は見かけと雰囲気によらないものだな…

緑と黄の人はいないようだ。武術とは無関係な学科だから、1年生のところに参加しているのだろう。

ハオラン先生に紹介され、俺たちは頭を下げる。

フェルムとアールムの人たちから、品定めするような視線を感じる。まあ、しょうがないよね。


「はい、じゃあ顔を上げて。まずは、休み明けだしランニングから入ろうかなぁ。学園の外周を30分で2周! 

一周15分以内終わらせられるようにね。準備運動時間を10分とるから、その間に体をほぐしてね。じゃあ、始め」

ハオラン先生の合図で、全員が体をほぐし始めた。


この学園は外周1周分でも7kmはあるだろう。15分以内で走れ、というのは常識的には無茶な話だ。

でも、俺たちが放り込まれているのは3年生の肉体派のクラス。

二つ名によって体力も走力も上がっている奴らだけ。

なら、ついていくしかないだろう。

それに、昨日のアシーナとの手合わせでわかったこともある。


昨日の訓練では、昔の自分なら見切れなかったであろう技も正確について行けるようになっていた。

習ったけれどできなかった技も、さらっと出すことができた。

おそらく、錬金術師になったことで、自分の持っていた能力がすべて向上しているのだ。

走力、体力。向上しているのなら、俺たちはついていける。


「はーい。じゃあ、10分経ったよね」

ハオラン先生は手を叩いた。

それを合図に、先輩方がわらわらと集まる。俺たちもそれに倣う。


「用意できたね?いくよー!位置についてぇ、よーい、スタート!」

全員が猛烈な勢いで飛び出す。もちろんその中には俺も入っている。

100mほど先にある門に向かって走る。

門まで来た。人が密集している。

どうやら押し合いが激しすぎて、うまく人が出られていないらしい。

めんどくさい。跳び越えてやろう。


上がった跳躍力で、人だかりを跳び越す。

着地成功!そのままダッシュする。

一位軍団の背中が200mほど先に見えた。

俺は全力でそこに向かった。が、スピードはあちらの方が上。追いつける気がしない。

「ならば、この速さを維持して走り切る!」

全力の9割強くらいの速さで俺は走った。

後ろから門を突破した人たちの足音が聞こえてきた。


俺は2周を23分48秒でこなし、倒れこむように道場へ入った。

ハオラン先生は相変わらず穏やかな笑顔のまま、俺を出迎えてくれた。

「おめでと~。4番目だね。1年生の黄なのにすごいなあ。アシーナさんも。5位だよ」

振り向けば、俺と同じく息切れしたアシーナが座っていた。


ハオラン先生は武器庫を開け放ってごそごそしながら俺たちに言った。

「実践演習まで好きなように過ごしてていいよ~。アシーナさんもニーケ君も武器は刀かな」

「「はい」」

俺は意識をふり絞って答えた。あまりの疲労に意識が消えていきそうだ。

「じゃあ、いいやつ探しとk…」

先生の声が遠のいた。疲労で頭が回らない。俺は思考を放棄した。


リーンゴーンリーンゴーン

学園特有のチャイムで俺は目が覚めた。

「はーい、4時限目始めるよぉ。みんな起きてね~」

先生の声が聞こえ、周りからあくびやのびをする音が聞こえてきた。

どうやら寝ていたのは俺だけではないようだ。隣を見るとアシーナも寝ている。

…俺の肩に頭を置いて。

さらさらの黒髪が俺の首にかかり、少しくすぐったい。

一瞬、頬が熱くなるような感覚が俺を襲った。

そしてその次の瞬間、このシチュエーションの異常さに気が付いた。

「ア、アシーナ?授業だよ」

そおっと起こす。大きく伸びをしてアシーナは起きた。


先生はそんなことを意に介する様子もなく、

「じゃあ、武術訓練!みんな、武器を持って。もちろん本物じゃなくて木の奴ね。アールムの人は杖持って。持ったら適当に相手決めて。審判は周りにいた人!始め!」

と言った。

思い思いに自分の得意な武器を手に取る。俺は先生から渡された木刀を使うことにした。

軽く振る。うん、いい感じだ。


感心して刀を眺めていると、

「こんにちは、ニーケ君。僕と手合わせお願いしてもいい?」

いつの間にかそばに物腰柔らかなイケメンが立っていた。


このイケメン、俺と同じか少し強いってとこだろう。

ちょうどいい。練習相手がアシーナだけでは1パターンだから同じような相手が見つかってよかった。


「もちろんいいですよ。手加減はなしでお願いします」

俺は彼に、笑顔でそういった。

周りがざわっとした気がした。気のせいかな。

「わかった。よろしく。僕も刀使うね」

彼は刀を軽く見せ、そして笑った。



俺たちはラインに立ち、帯刀していた木刀を抜く。蹲踞し、初めの合図を待つ。

「初めっ!」

鋭く声が飛んだ。

「やあっ!」

互いに声を発し、牽制しあう。


僅かに相手の頭上が空いた。

一気に間合いをつめ、打ち込む!


パアン!

甲高い音が響いた。

防がれた!!

とっさに、打ち込まれないように刀を傾ける。

手首を叩いて相手の木刀を落とすタイミングを見計らう。


相手の気配が素早く動いた。

一瞬気配が攪乱された。

どこだ。


不意に、足に風を感じた。

パッと下を見ると、足に木刀が迫るのが見えた。

足を崩すつもりか!

とっさに下がり、打たれるのを回避する。

ふたたび牽制。向かい合うように立つ。


相手の顔が笑っているのが見えた。

俺も笑っているだろう。

戦闘中の緊迫した空気が、今の俺には何よりの幸福なのだ。


相手が動く。

俺も呼応して動いた。

同時のタイミングで、俺たちは口を開いた。

そして、音が弾けた。


「さすがね。フェルム1の逸材と互角に渡り合えるなんてすごいじゃないの!」

「試合時間3分のなかでここまで楽しい試合を見られたのは久しぶりだよ~」

アシーナと先生が口々に俺をほめる。

褒められると恥ずかしいからやめてほしい…


俺と相手は、3分間の間ずっと互角の戦いを繰り広げた。

最終的には相打ちで終わったんだけど、わずかに俺の方が速かったようで、俺の勝ちになった。


「きっとニーケ君は3年生になったら僕を余裕で凌駕する強者になるよ。がんばってねぇ」

先生はそう言った。が、俺はその言葉を鵜呑みにするほど馬鹿ではなかった。

実力を測らせてもらったが、先生の実力は俺の数段上だ。学園長に並ぶほどの強さ。

あと3年でそんなに強くなれるだろうか…

いや!俺はこの先生たちを上回って、魔王を倒しに行くんだ!

よし、がんばるぞ!


「まあ、ほかの人とも組んで練習してきてね。帰ったら今日はゆっくり休んでねぇ」

先生はにこやかに言った。


そんなこんなで4時間目も終わった。

フェルムとカームの先輩たちは、終わるや否や飛び出して行った。食堂に急いでいくのだろう。

「アシーナ、食堂行こ」

俺はアシーナのそばへ行って話しかけた。

「ええ…」

あまり乗り気ではない返事が返ってきた。というか、物思いにふけっている感じ。


「どうしたの?何を考えてるの?」

俺は彼女に聞いた。悩み事なら聞いてあげたい…

彼女は俺をまっすぐ見据えた。漆黒の瞳の奥に、純粋な疑問が浮かんでいた。悩み事じゃなさそう。

「そうね…」

アシーナはゆっくりと口を開いた。


「錬金術師特有の能力、『錬成』で戦うことはできないのかしら」


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