「彼は信用できるわ」

今まで「錬成」で戦うなんて考えたことがなかった。

純粋に、武力がものを言うのだと信じて訓練してきた。

でも、錬金術師特有能力の「錬成」を使えたら…

新しい攻撃だ。とても相手に有効なものになるだろう。


「確かに。でもどうやって…」

俺はアシーナに疑問をぶつけた。

「錬成」は戦闘向きの能力ではない。

せめて近くにあったものを錬成して武器にするくらいのものだろう。

「俺たちが「錬成」で戦えたら恐らく有効な攻撃になると思うよ。でも、「錬成」自体が攻撃を可能にするものではないでしょ?」

俺はアシーナにそう言った。

アシーナは顎に手をやり、うつむいた。考えているのだろう。


30秒ほどたった。アシーナがぱっと顔を上げた。

その顔は、新しい発見に輝いていた。

「何か思いついたのか?」

「そうね。今考えたことなのだけど、私に考えがあるの。今日の放課後、疲れを取ったら学園裏の森に来てくれないかしら?」

いたずらっこのような笑みを浮かべた彼女の目の裏に、おさえきれない興味があるのを俺は見た。

「わかった。消灯後に会おう。まあ、それは置いといて」

俺はアシーナに向き直った。

「飯食いに行こう。腹減ってしょうがない」


「ニーケ様、お疲れ様です。今日は問題なかったですか?」

授業(8時間あった。結構疲れる…)をすべてこなし、夕食を取って部屋に戻ると、リンがベッドで本を読んでいた。俺が帰ってきたのに気づき、にこりと笑いながら話しかけてきた。

風呂上りなのだろう。ほのかに体から湯気が立っている。それに、咲きたての花みたいな香りもわずかに。

「ああ。問題なしだ。カトラリーにも皿にも毒の付着なし。刺客の気配もなし。王家からの接触もなし。おそらく、エイを見破ったことに気づいて策を練っているんだろうな」

俺も隣にすとんと腰を下ろす。

「そうですか…ならいいんですが…」

リンは何か気になるようだ。俺にはなにも引っかからないぞ。

「俺にはわかんないから、そこの考えはリンに任せた。風呂入ってくるわ」

俺は大きく伸びをして、その反動で立ち上がりながら言った。

「わかりました。行ってらっしゃいませ」

リンは俺に一礼すると、また本を読み始めた。


「消灯!」

一斉に寮の明かりが消えた。

「おやすみなさい。ニーケ様」

「おやすみ、リン」

俺たちは互いに挨拶をして、ベッドに入った。


30分ほどたっただろうか。

眠気に耐えながらベッドでうだうだしていると、ようやくリンの寝息が聞こえてきた。

俺はそっとベッドを抜け出し、中に等身大くらいに丸めたバスタオルを突っ込んだ。

錬成して俺の体形みたいな形にする。うん。パッと見問題なし!


「あら、遅かったわね」

「ごめん、リンがなかなか寝なくて…」

俺が着いた頃には、もうアシーナは校舎裏に立っていた。

「そう。間に合ったからまあいいわ」


「さて、私が検討していることは主に2つよ」

そういって、アシーナはあたりをゆっくりと回るように歩き出した。


「一つ目は、何もないようなところから武器を出現させること。これは簡単。その辺の壁とか床とか、技術が向上すれば空気からだって錬成可能よ。相手の不意を突くことは可能だと思うわ」

それは俺が考えていたことの一つだ。だが…

「武器を扱えないと無意味だよね」

アシーナは大正解、と言いそうな勢いで親指を立てた。


「そこでもう一つ。地面や壁自体を錬成して変形させること。これは意外と難しいかも。状況に応じて錬成を変えなきゃいけないし、スピード勝負になるわ。でも」


アシーナの気配が一瞬消えた。


俺はぱっと後ろを見る。

いない。

元の方向に向き直ると…


アシーナがたたずんでいた。

彼女の表情は、余裕のある、そしてどこか人間離れした笑顔だった。

俺は怯んだ。何が…

突然俺の喉元に鋭く尖った太い針が迫った。いや、これは…


「まさか錬成したのか?」

アシーナは不敵に笑った。

「相手を怯ませるのには効果的。でしょう?」

強い風が吹いた。

雲が晴れ、蒼い月が現れる。

不敵に笑うアシーナを照らし、黒髪を輝かせる。


不意に、漠然とした恐怖が俺を襲った。

掴んで原因を解明する前に、その恐怖は消え去った。


「ああ、それは効果的だ。でも、練習が難しそうだな」

俺は消え去った恐怖に疑問を抱きつつも、アシーナに聞いた。

アシーナは不敵な笑みを消し、しばらく首をかしげていたが、やがてにこりと笑った。

いつものアシーナの笑みだった。

「大丈夫よ。フェルム3年、最強の逸材、ソルドに手伝ってもらえばいいの。彼は信用できるわ」


ソルド。おそらく俺と相打ちになったイケメンのことだろう。

彼の実力なら俺たちに遜色ない。

それに、アシーナの言う通り、THE 優等生だ。物腰も丁寧だった。

俺たちのことをばらすような奴ではないだろう。

「わかった。アシーナがそう言うならそうなんだろう。それに従うよ」


「…と、いうわけなんです。手伝ってくれませんか?」

俺たちは翌日の朝食の時間、ソルドを見つけ出して昨晩のことを包み隠さず話した。


イケメンだし強いし恐らく成績も優秀なのだろう。取り巻きの女子たちが大量にいて、振りきるのが大変だった。モテるのも大変だな…

「へえ、君たち錬金術師なんだ。伝説では錬金術師の誕生で世界は闇に包まれるってあったけど…」

話を聞いて、真っ先に言った言葉はそれだった。

ソルドは平然を保とうとしているのはわかるが、しかしその青い瞳の奥に恐怖が見え隠れしている。

やはりだ。伝説を心配する、というディアさんの忠告は間違っていなかった。


「あれはあくまで伝説でしょう?伝説を鵜呑みにしていたら一生正しい知識なんて得られないわ」

アシーナが初めて口を開いた。

ソルドはアシーナの言葉に納得したようだ。

「わかった。協力しよう。消灯後、学園裏の森集合だよな?」

「ええ。ばれないように気を付けてね?」

「言われずとも」

そういうと、彼はいたずらっ子のようににやりと笑った。


そんなこんなでソルドを味方につけ、俺たちは食堂を後にした。

振り切った取り巻きたちが食堂を出た瞬間ソルドを取り囲んでいたのには参った…

こいつ、一人でゆっくりできる時間あるのかな…


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