錬成陣の変化
「え、先輩方の実力なら倒せるんじゃないんですか?」
俺は思わず聞いた。
「だって、あんなに遅いくせに勢いは強いんだから、避ければ勝ちでしょう?避けなくても、がらがらに空いている急所のどこかへ一発叩きこめば勝てるんですから」
当り前のことを言ったまでだ。あいつを倒せなくて、どうして学園に入れたのだろう?
先輩方は目をぱちくりさせている。俺、何も変なこと言ってないはずなんだけど…?
俺を連れてきたのとは違う、一番体格の大きい先輩が口を開いた。
「ゴルのスピードが遅い? 避ければ勝てる? そんな簡単に避けられるのか? あれは、黄のクラスではかなりの強者だが…」
理解にたっぷり20秒かかった。
「は? あれが強いんですか?」
俺は素っ頓狂な声を上げた。
「だって、ゴブリンよりも遅いんですよ? そいつが強いんですか?」
…20秒間、生徒会室を沈黙が支配した。
先輩方も理解に20秒かかったようだ。
「ゴ、ゴブリン!? それを、戦闘職でもない私たちが倒せるわけないわ!」
先輩も素っ頓狂な声を上げた。
うーん、どうやら俺と、先輩を含めたこの学園の人たちとでは、大きな認識の違いがあるようだ。
俺は指を一本立て、先輩に質問を投げた。
「先輩方は、モンスターを倒したことって…」
「「「あるわけがない!」」」
でしょうね。
「モンスターを見かけたら…」
「「「即逃げる!」」」
…。
「ゴルにケンカを売られたら…」
「「「逃げる!」」」
ええ……。
「戦闘職の人たちと一緒に武術指南を受けたことは…」
「「「そんなことしたら死ぬ!」」」
ふーむ、なるほど。驚かれるのも無理もなさそう。
俺と黄の人とでは、基礎のレベルが根本的に違うようだ。
ちなみに俺の基礎は
モンスターは見かけ次第倒す!(あまりに強かった場合を除く)
ゴルみたいな自意識過剰の奴にケンカを売られたら即買う!で、ぶちのめす!
戦闘職の人たちとの武術指南は当たり前!
…完璧なまでに真逆だ。
「え、えーと、ニーケ君ってどこの出身…?」
先輩が恐る恐る俺に聞いた。
「王都です。というか一応王子です」
俺は平然と答えた。
途端、先輩たちの驚きに満ちていた空気が緩んだ。
「なるほど! ニーケ君が頭おかしいほど強いのはそれが理由だね!」
「そうだな! 王都出身の奴らはいろいろ基準がおかしいからな!」
にこにこ笑顔の先輩同士がそんなことを話しているのが耳に入った。
俺、そんなに強いのか…
「さて! ゴルがぶっ潰された理由も分かったことだし! 授業にもどろっか!」
にこにこ笑顔をキープしている先輩がパンっと手を叩いた。
俺たちはわらわらと生徒会室から出ていった。
そんなこんなで数週間過ぎた。
ゴルが俺に手を出してくることもなく、毒入りの食事が送られてくることもなく、平和だった。
まあ、1年のクラスメイトたちが俺を怖がって声をかけないことを除けば、だけど…
「ニーケ様、今日はついに新一年生の入学式ですよ! 私たちもそろそろ参りましょう!」
リンはうきうきした様子で俺に言った。
俺も楽しみだ!特に錬金術師の奴が。
「そうだね。じゃあ、制服着て…っと。リン! ちょっと後ろ向いて!」
リンはその場でぴょんぴょんはねていたが、俺に言われて後ろを向いた。
思った通り、髪飾りが王家の紋入りだ。ちょっとした騒動になってしまう。それに、地味だしね。
「錬成」
リンの髪形をいじるふりをして、髪飾りを錬成しなおした。
真鍮の髪飾りを変形させ、金のバレッタに。もちろん、不器用だから髪形は一切変えてない。
「はい、髪の毛ちょっと出てたから直しといたよ」
「ありがとうございます。では、行きましょうか」
部屋の扉を開け、リンが言った。
「しっかし、一回目来た時も思ったけどこの学園でかいよな…」
「そうですね。式場である講堂へ行くのに30分かかるなんていくら何でも広すぎます」
俺たちは入学式場へ来た。来るまでも長かったが、講堂もめちゃくちゃ広い。
生徒もそれだけ多いということだ。今年入学するのは確か、1200人。
紫、赤、黄、緑の四つに分かれるとは言え、多すぎる。
「こんだけたくさんいると、錬金術師の子がどこにいるかわかりませんね」
「そうだね。早いとこ会いたいなあ…」
俺はほぼ無意識にそう言った。
突然、手袋をして隠していた左手の甲がうっすらと光った。俺と、俺の左側にいるリンだけに見えるくらいの強さの光だ。
「二、ニーケ様。また何かちょっとヤバめのもの錬成しようとしてませんか?」
リンが慌てながらも俺にひそひそ声でそう聞く。
「そんなことしてないよ!こんななかで錬成なんかしたら丸見えだ!」
俺も小さい声で答える。
左手が俺の意思に反して動いた。錬成陣が何かに反応しているようだ。
足が一方向に向かって動き出した。陣に引っ張られるように俺は進む。
「ニーケ様!? どこ行くんですか!」
リンが慌てふためいて聞く。
「わかんない! ちょっと場所取っといて!」
俺は大きな声で答えた。
進むにつれて、俺の足が動くスピードが上がっていく。
時々目の前を通る人たちが驚いて俺をよける。
避けきれなくてぶつかる人の方が多かったな…
「どこに行かされようとしてるんだ俺は!」
思わず独り言が漏れる。
スピードはさらにあがり、もはや全力疾走と変わらない。
ドンッ!
柔らかいものとぶつかった音がした。そして、足が止まった。
なにかと思って顔を上げる。
目の前に、俺と大して身長が変わらない、黒髪黒目の女子が立っていた。
「ご、ごめん」
「いえ、私こそ…すいません」
動揺しているようだ。まあ、しょうがないけど…
もう足が動かない。
ラッキー! これ以上ものにぶつからなくて済む!
でもなんでこの子にぶつかっただけで足が止まったんだ?
俺はこの子に会わせられようとしていたのか?
答えを求めるように、俺は左手を見る。
左手の錬成陣の光が少し強くなった。
何かに反応しているようだ。
手袋を取る。
目の前の女の子の右手が胸の高さまで持ち上がった。
俺の左手も同様の動きを取った。
互いの手が全く同じ高さに持ち上がった瞬間、錬成陣の光が最高潮に達した。
ふっと光が収まった。
左手を見る。
上向きの三角形だけだったはずの模様に、下向きの三角形が重なるように加わっている。
六芒星、っていう模様だった気がする。
上向きの三角形が一回り大きくなり、円からはみ出した。
ぶつかった女の子も右手を不思議そうに見つめている。
俺は唐突に、ある一つの思考に至った。
どうやら彼女も同じように思ったらしい。
顔をあげ、お互いの目を見つめる。
3秒ほどたった。
俺たちは同時に口を開いた。
「もしかして君って…」
「もしかしてあなたって…」
「「錬金術師?」」
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