ボス格は弱い

毒事件の翌日。俺は授業に出た。

朝ごはんは問題なかったし、教室まで行くときにも問題は起きなかった。

クラスに入ってからの自己紹介もうまくいった。

今日は上手くいきそうだなあ、と思っていた矢先。


「おい、お前無職だってほんとかぁ?」

休み時間になった途端、俺は声をかけられた。

かけられたっていうより、からまれたの方が正確かな。


俺に絡んできたのは、体格がでかくて、あからさまな悪人面の奴。

周りにはにやにや笑いの取り巻きがたくさんいる。

恐らく黄の一年生クラスのボス格ってとこだろう。

リンは後ろで縮こまっている。まあ、しょうがないよね。


「うん、俺無職だよ?なんかダメだったかな?」

俺は言った。ちょっとムカついたから煽ってみた。これで攻撃されたらこっちに有利だし。

案の定、気が短いようで、俺に突っかかってきた。

「ああ?なんだお前。来たばっかのくせに生意気じゃねえか。やんのか?」

「売られた喧嘩は買うよ。でも、ここだと迷惑じゃん。君も醜態をさらしたくないでしょ?」

俺はさらに言う。

余裕綽々なのは、もうすでに相手が俺より弱いことを認識しているからだ。

城を抜け出してモンスターと戦ってるうちに、相手が自分より弱いか強いかは大体わかるようになった。

俺は、強いやつとも戦いたい! って思っていたし、好都合な能力だな。


俺が放った一言は、ボス格の癪にみごとに触ったようで、怒りで顔を真っ赤にしながら殴りかかってきた。


大きく振り上げられた拳が、俺に迫る。

リンが後ろで息をのんだのが聞こえた。が。


遅い。

最弱の人型モンスター、ゴブリンより遅い。


ここが戦場なら相手に瞬殺されている速度。

実技試験のあるこの学園によく入れたものだ。


俺はひょいと脇に避けた。

ボス格は勢いを抑えきれず、本棚に突っ込みかける。

これはやばい。怪我されたら俺の責任だ。


とっさに錬成して棚の本をクッションのように柔らかい紙に変え、衝撃を吸収した。

埃が舞い、ぼふんというでかい音をたてて、ボス格が勢いのままそこに突っ込む。

そのおかげで怪我はしなかったようだ。よかったよかった。

本は彼の体を受け止めへこんだが、やがて空気を含んで元に戻っていった。

「…てめえ、ぶっ殺してやる」

ボス格がゆらりと立ち上がり、俺を睨む。取り巻きも、呼応するように構えを取った。

「おお物騒だねえ。怖い怖い」

俺は大げさに肩をすくめ、わざとらしくぶるぶるっと震えてみせながら言った。

…うん、自分で言うのもなんだけど、俺煽りスキル高めだね。ちょっと直さないとな。


「ボコす!」

ボス格が言った瞬間、取り巻きたちがとびかかってきた。

…数の武力で押すつもりらしいが、急所は丸見えだし、技の精度もなってない。

何より、遅い。

「隙だらけだね」

するりと包囲から抜け出しつつ、相手に軽くぶつかってバランスを崩す。

相手は思いっきり顔面から床に激突し、うめいている。

あくまで避けたタイミングに運悪くぶつかっちゃっただけ。俺に咎はないよ?

…我ながらなかなかいい対処法だと思う。(世間一般にはせこいと言われるだろうが、そんなことは今気にするところではない)


俺はボス格に向き直ると、ゆっくりと近づいた。

ボス格はあっけにとられた顔をしていたが、俺が近づくと尻もちをついて後ずさりした。

うん、めっちゃ怖がってるけど、あとでまた絡まれたら面倒だ。どうしよう。

…完膚なきまでに叩きのめすべきか? いやでも怒られるのは勘弁。あっちから攻撃してもらわないと。


「あれえ? 俺をぶっ殺す、とか言ってなかったっけ。おかしいな。全然殺されそうにないけどなぁ?」

俺はボス格に向かって上からそう言い放つ。わざとらしい仕草をつけて、だ。

恐怖より、煽られたことへの怒りが勝ったようで、ボスが立ち上がり、腰から剣を抜き放った。

リンをはじめとしたクラスの奴らが息をのんだのが聞こえた。


「ふうん、結構いい剣使ってんじゃん」

俺はまだ尚余裕をかました。この実力差なら問題ないとわかりきっているからだ。

「なめるなよ、てめえをこの剣でぶった切ってやる!」

そう言って再びとびかかってくる。


やっぱり遅い。

一歩大きく横に動き、間合いから避ける。が、

避けたはずなのに、剣が俺の頬をかすった。

なんでだ? 剣が触れる様な間合いじゃなかったはずなのに。


俺があっけにとられた顔をしたことで得意になったのだろう。ボス格が声高らかに宣言した。

「どうだ、恐れ入ったか! 俺が持つこの剣はしなって、避けた相手にも攻撃を喰らわせるんだ!」


リンやクラスメイトが口元を抑え、あからさまな恐怖の色を浮かべる。

対して俺は、絶句。マジで開いた口がふさがらない状態だ。

…バカだな、こいつ。敵にわざわざ自分の奥の手を知らせるとか。

というか、俺攻撃らしい攻撃くらってないんだけど。

まあ、今日はこいつのバカさ加減に感謝しよう。


俺は軽く床を蹴った。

たんっ、と軽い音をたて、一気にボスの剣との間合いを詰める。そして、


「錬成」


次の瞬間、彼の剣は曲がり、彼の首筋にぴたりと当たっていた。

剣がしなるということは、あの剣の素材はリチム鋼なのだろう、と予想して錬成したが、的中だ。

俺の錬成の速度、上がったなあ…


あっという間のことで、何が起きたかわからなかっただろう。

我に返った時には首筋に自分の剣が当たっていた、という状況だ。

気が動転したのだろう、わめきながら剣を放り投げ、慌てて教室を出て行った。

戦意喪失させれば勝ちだ、と読んだがあながち間違ってもいなかったらしい。


剣を拾い上げると、力業で剣を戻すふりをしながら錬成しなおして元の形に戻した。

クラスの奴らは俺が斬られるのを覚悟していたのか、全員目をつむっている。

好都合だな。俺の錬成は恐らくばれてないだろう。


ひと段落終わった。

息をついてリラックスしていると、バタバタとボス格が戻ってくる音が聞こえた。

ボス格だけじゃない。2人。おそらく教員を連れてきたのだろう。

ヤバい、怒られるのは勘弁。

俺は大慌てで何が起きたかわからない、というバカ面を作った。


「ニーケ君!ちょっと来なさい!」

切羽詰まった声で俺が呼ばれる。

俺はバカ面のまま、顔を上げて声の主を見た。

ボスが連れてきたのは教員ではなく、ショートヘアの先輩だった。


「は、はい」

気が動転した声を取り繕い、俺は大慌てで先輩の方へ行った。

ボス格も俺の方に足を進めた。顔がにやけている。

俺が怒られるのを見たいんだろう…性格わるっ


「ゴル、お前は待ってろ。あとでこってり叱ってやるから」

先輩は彼に向けて笑いかけた。もちろん、純粋な笑顔ではない。

なかなかに迫力のある笑み。ゴル、と呼ばれたボス格は気圧されたように立ち止まった。

あー、これあとでめっちゃ叱られるパターンだ…。


先輩に連れられてきたのは、生徒会室だった。

「ここで待ってろ」

先輩はそう言い残し、部屋から出る。

何を言われるのか少し不安に思っていると、先輩が生徒会と思われる人たちをたくさん連れてきた。

うう、叱られるのかな…


首をすくめて説教を待っていると、好奇心と驚きにあふれた明るい声が降ってきた。

「なあ、お前どうして一年でもないのにあいつらをぼこぼこにできたんだ?」


…は?

逆に、倒せないの?


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