錬金術師か!
俺たちが部屋を出て、そっと扉を閉めると、事務室の前にさっきの女性が微笑んだまま立っていた。
「すみません、待たせてしまいましたか?」
恐る恐る俺が言うと、彼女は微笑んだまま首を横に振った。
「いえ、大丈夫ですよ。お気遣いありがとうございます。学園長、いらっしゃったようですね」
「会話、聞こえてましたか?」
俺は少し驚いて、言った。
事務室の扉、かなり分厚かったから、すごく音をシャットアウトしそうなのに。
女性はわずかに気まずそうな笑顔を浮かべた。
「まあ、学園長、声が大きいので…」
…確かに、よく通る低い声だった。不可抗力だな、これは。
気まずそうな笑顔を閉じ込めると、彼女は滑らかな動作で廊下の奥へ俺たちを促した。
「では、行きましょうか」
促されるままに再び長い廊下を歩きだした。
それから、案内をしてくれる女性の説明を聞きながら、あちこちの教室を回った。
事務室があった棟とその隣の棟を回りきるころには、太陽が西の空に赤く輝いているのが見えた。
…俺たちが来た時、太陽はたしか、南東の空に出ていたような…
女性もどうやらかなり時間が経ったことに気が付いたようだ。
俺たちの方を振り返ると、彼女はにっこり笑った。
「もうかなり時間が経ってしまいましたね。では、今日の見学はこれにて終了となります」
「案内、ありがとうございました…」
そこまで言って、俺は彼女の名前を聞いていなかったことに気が付いた。
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったようです。失礼でなければ、お名前を教えてくださいますか?」
「ええ、かまいませんよ。私は、ディア・ダイナと言います。この学園の副学園長をやらせていただいています」
副学園長、ということはきっとあの学園長の妻だろう。
…ずいぶんいい人捕まえたなあ、学園長。
俺は姿勢を正し、ディアさんに向けて一礼した。
「ディアさん、案内、ありがとうございました」
ディアさんはにこっと笑うと、俺たちに背を向けた。
俺たちはそれを少し見送り、帰ろうとした。
「あ、忘れていました!ニーケさん、リンさん!そういえば、学園長からあなたたちがこの学園の特別寮で生活していい、という許可を貰っていたんです!部屋、空いてますので泊まりますか?」
突然、後ろからディアさんが叫んだ。
俺たちは驚いて振り返った。
反射的に振り返ったため、ディアさんの言った意味をしっかり理解するのに時間がかかった。
…特別寮で生活?
俺は息を吸うと、ディアさんに向かって叫んだ。
「ぜひ、お願いします!」
特別寮、というのは、特に良い成績で入った生徒だけが入れる、その名の通り特別な寮だ。
普通の寮より部屋数が少ない代わりに、一つ一つの部屋が広い。
設備もしっかりしていて、それぞれの部屋に、トイレやシャワールーム、小さいながらもキッチンがついている。寝室とリビングは一緒だが、ベッドが置いてあっても大して負担にならない広さだ。
また、入居している間は、部屋を壊さない範囲でなら自分好みにリフォームできるらしい。
…そんな寮の一室を使うことを許可されちゃって、よかったんだろうか…
部屋の片づけと家具の新調を終わらせると、俺はベッドにダイブした。
備え付けてあるベッドの寝心地が最高であることに気が付いてから、この瞬間を待ち望んでいた。
毛布にくるまってふわふわで幸せな感覚を味わっていると、自分の荷物をきれいにまとめたリンが俺を振り向いた。
「さて、これからどうする予定とか決まってますか?ニーケ様」
俺は毛布にくるまってベッドの上を行ったり来たりしながら答えた。
「うーん、決まってないんだよね、ぶっちゃけ。錬金術の訓練もしたいけど、ずっと引きこもるわけにもいかないから」
リンは戸棚から小さいカップを取り出し、鍋に水を入れてお湯を沸かし始めた。
火の様子を見ながらしばらく黙っていたが、不意に顔を上げると声を上げた。
「なら、学園長に、体験的な感じで授業に参加させてもらえるかどうか聞いてみませんか?きっとそうすれば、学園の雰囲気もつかめるでしょうし!」
俺はしばし考えると、くるまっている毛布を、自分に鞭打ちながら剥がした。
ベッドから降りると、俺は部屋を出た。
俺は事務室に直談判に向かった。
事務室の思い扉を3度叩くと、俺は扉をゆっくり開けた。
学園長は正面の椅子に座って、山積みの資料を見ながら唸っていた。
俺を見つけるが早いか、学園長は笑顔で顔を上げた。
「おお、ニーケじゃないか!なんの用事?」
俺は恐る恐る学園長に申し出た。
「あの…まだ入学前なんですけど、体験的でいいので授業に出させていただけませんか…?」
学園長ははじめ、きょとんとした表情をしていたが、やがて「なんだそんなことか」という笑顔を浮かべた。
「体験的に授業に出たい?全然いいぞ!雰囲気掴むためだもんな!」
「え、いいんですか?」
「もちろん!ニーケは何の職業だ?それによって学科が変わるからな!」
学園長は笑顔で言った。
「…錬金術師です」
母さんにも、エクセレスにも見放された職業だ。
教えたらきっと…
「ああ、錬金術師か!今年の受験生に一人いたぞ!」
…え?
…ほかにもいたの?
…マジで!?
「えっ、錬金術師、他にいたんですか!?その子、入れそうですか!?」
待ってほんとにその子入れないと俺泣くよ!?
学園長は満面の笑みを浮かべると、首を縦に振った。
「おう!すごくちゃんとした子だったし、普通に頭もいいし、恐らく入れるぞ!」
いよっしゃあああああ!
俺は心の中で喜びで舞い踊った。
「ほい、制服と、学校の決まりがのったしおり。明日から黄学科に来いよ!」
学園長が手渡しで俺にそれらを渡した。
俺は、同い年に錬金術師がいる、ということと授業が受けられる、ということの二つのせいで、ものすごく舞い上がっていた。
お礼もおろそかな状態で部屋を出て、スキップしながら寮に戻った。
学園生活、いい具合にスタートできそうだ!
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