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『青野さんは、なんと高校時代にインターハイに出場したほどの選手でした。高校卒業とともに引退し、現在はあくまでも趣味としてバレーボールに携わっていたようです』


 黒井はヴァイオリン、白川がギターで、赤間は野球。最後の青野はバレーボールが趣味。思い返してみれば、仕事のことばかりで趣味らしい趣味を持っていない小野寺からすれば、趣味を持てるということは羨ましく思えた。


「黒井と白川は音楽。赤間と青野はスポーツ。趣味だけを聞くと、お互いに良いカップルのように思えてくるんだがなぁ。男と女ってのは、どこでどうなるか分からねぇもんだけどよ」


 出雲の言う通り、趣味だけを見れば、お互いに良いパートナーを持っているように見える。しかし、実際のところ黒井は赤間と、白川は青野と、それこそお互いが公認しているかのようなダブル浮気という形になっていた。もちろん、断定はできないのだが、事件当日の4人の行動を追って行くに、そうとしか思えない状況が出来上がってしまっている。


 またしても画面がブラックアウトした。しかし、まだ映像には続きがあるらしい。


『続きましては、コテージに常備してある備品のご説明です。コテージには、アウトドアを楽しむための備品が用意されていました。水汲み用のバケツ、多目的で使用する50メートルロープ、バーベキューセット、簡易スコップ、調理道具一式です。のちの捜査で判明したことですが、これらの備品のうち、水汲み用のバケツ、多目的50メートルロープ、バーベキューセット、調理道具一式に使用された痕跡が残されていました。簡易スコップ完全に空気ですね』


 今度はコテージの備品が静止画で紹介される。そもそも、コテージに備え付けられているのは、アウトドアに必要なものばかり。しかも、4人はバーベキューをしているわけだから、その備品のほとんどが使用されていても、まるで不思議ではない。


『なお、こんなことをお伝えするとアウトドアの醍醐味もなくなるのですが、4人の泊まったコテージには、コンロをはじめとする調理台が用意されており、水道もしっかり引かれていました。これだけの設備が揃っているのに、どうしてわざわざ面倒な準備をしてまで、人はバーベキューをしたがるのでしょうか? パリピの存在意義ってなんなのでしょう?』


 これは再現映像なのか、それとも、ナレーターの個人的な愚痴を披露する映像なのか。なんだか、ナレーターが毒を吐く回数が増えてきたような気がする。いや、気がするのではなく、間違いなく増えている。


『あと少しで、この再現映像も終わりです。最後までどうかお気を抜かずに――』


 ダラダラと、しかも事件に関係あるのかさえ不明な寄り道までした挙げ句、どう考えてもナレーター主観のコメントまで入る再現映像。そろそろ観るのが疲れてきた頃を見計らってか、ナレーターがブラックアウトと共に画面の外に向かって語りかける。見透かされたように感じたのか、出雲があくびを噛み殺した。小野寺と目が合った出雲は、気まずそうに苦笑いを浮かべる。


 画面には駐車場らしき場所を映し出し、そこに白タイツ、青タイツ、赤タイツが映り込む。白タイツが青タイツと赤タイツに手を振り、車に乗り込んだ。


『こうして、黒井さんは行方が分からなくなり、警察に促されたこともあって、白川さん、青野さん、赤間さんは、数日後に戻ってくることを約束し、それぞれの家路に着きました。白川さんは海とは真逆方向にある自宅へと帰宅したのち、数時間もしないうちに会社へと向かったそうです。黒井さん捜索の時間を作りたかったらしく、それから三日三晩、会社に缶詰となって働いたそうです。白川さんの会社の人間の証言で、裏付けも取れています』


 白川は帰宅したのちに仕事へと向かったようだ。どんな仕事なのか分からないが、よくも恋人が行方不明になった直後に仕事へと出かけられたものだ。


「この白川ってやつ怪しいなぁ。普通、恋人が行方不明になった直後に仕事なんてできるか?」


 珍しく出雲と意見が被る。その意見を聞いて、自分の直感的な考えを冷静に見直すことができた。白川と黒井が交際していたのは、あくまでも表向きだった可能性が高い。それならば、白川が仕事に向かっても不思議ではない。それに、人によってはプライベートと仕事を完全に切り分けられるだろう。そういう人からすれば、例えプライベートでどんなことが起きたとしても、仕事には行くと思われる。身内に不幸があったなどの特殊な状況を除いての話だが。


「俺も率直にそうだとは思いますが、それだけで疑うのはどうかと思います。あくまでも可能性ですが、この時点で黒井も白川の関係が破綻していた可能性もありますし、白川が仕事とプライベートを切り離せるタイプなのかもしれません。とにかく、先入観で決めつけるのは駄目ですよ」


 自分に対する戒めという意味も含めて発言する小野寺。やはり、この異様な状況が、思考回路に何かしらの影響を与えているのか。冷静に構えているつもりでも、心のどこかですぐに答えを求めようとする。この軟禁状態から解放されたいという無意識の防衛本能が働いているのかもしれない。


『青野さんと赤間さんは、元より青野さんの軽自動車で一緒に来ていたので、青野さんの運転で家路に着きました。2人の帰宅方向は白川さんと真反対であり、青野さんが赤間さんを自宅へと送ったのち、青野さんも帰宅。両者ともに仕事があったため、白川さんほどではないですが、普通に仕事に行っていたようです』


 ここまでくるとそれぞれの後日談のようなものになってしまうのだが、果たして再現映像には必要であろうか。なんとなくだが蛇足が多いような気がする。


『さて、ここで問題です』


 画面が切り替わり、川の中でうつ伏せになった全身黒タイツの姿が映し出される。キャンプ場の渓谷で死んでいた黒井。殺害したのは白川、青野、赤間のいずれか。ただし、簡単そうに見える事件ではあるものの、それを紐解いてみると、様々な面倒ごとが見えてくる。


『黒井さんを殺害したのは白川さん、青野さん、赤間さんのうち誰なのでしょう?』


 再現映像はそこで終わり、そのタイミングを待っていたかのごとく藤木の顔がアップで映された。再現映像からスタジオの映像に切り替わったらしい。


『さて、あるキャンプ場で起きた殺人事件。もちろん、この中の誰かは――心当たりがあったりするんでしょうねぇ……』


 司会者の藤木はそう言いながら、解答席のほうへと視線をやる。この8人の解答者――なんとなく見覚えがあるように思えてくるのは、気のせいなのだろうか。ふと、小野寺の脳裏に浮かび上がった違和感に反応するかのごとく、出雲が口を開く。


「どうしたんだ? 小野寺」


「いえ、漠然としてはいるんですが、解答者の中に見覚えがある顔が混じっているような気がして――」


 テレビ画面を眺める小野寺と出雲。小野寺の言葉に出雲がぽつりと漏らす。


「そりゃ、元アイドルなんてのが混ざってるからじゃねぇのか? 俺くらいになると、今時のアイドルなんてみんな同じ顔に見えるけどな」


 悲しき老年の特徴か。まぁ、アイドルに興味のない小野寺からしても、アイドルなんて同じような顔に見えてしまうのだが――。しかし、解答席に座る8人に対する既視感は、どうやらアイドルが混じっているからではないようだ。ならば、この既視感はなんなのであろうか。


『さぁ、それではそれぞれ答えをお手元のフリップへとお書き下さい! シンキングタイム、スタートぉぉぉぉぉ』


 司会者の藤木が言うと、安っぽいBGMが流れ始め、画面の下にこれまた安っぽい感じのフォントのテロップが入る。


 ――第1問 黒井さんを殺害したのは白川さん、青野さん、赤間さんの誰なのでしょう。


 解答席に奇妙な感覚を抱いた小野寺と、ぼんやりテレビを眺める出雲。


 テレビの中では、とうとうBGMに合わせて藤木が踊り出したのであった。

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