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【5】


「おい! ひとつだけ確認させろ」


 人の神経を逆なでるようなBGMが流れ、とうとう藤木が気味の悪い踊りを披露し始めたところで、司馬の隣から声が上がった。明らかに上から目線の偉そうな声がだ。その声を発した主は、九十九だった。


「はい、なんでしょう?」


 声をかけられても踊りをやめる気はないらしい。音楽に合わせて体を動かしているだけなのに、憎たらしく見えてくるのはなぜなのだろうか。まぁ、こんなことを強制的にやらせている側の人間なのだから、何をしていても腹立たしく見えてしまうのかもしれない。


「確か【ルール3】だったかに、こう書いてあったはず。収録の流れは、クイズ出題、シンキングタイム、休憩を挟んでの解答になる――。ってことはよ、別にこのタイミングでフリップに答えを書く必要はねぇってことだよな?」


 九十九の発言に対して、相も変わらず踊りをやめようとはしない藤木は「えぇ、解答のタイミングでフリップに答えが書いてあるのならば、それで有効となりますよ」と答える。隣の九十九がニタリと笑みを浮かべた。


「だってよ! おい、お前ら。ここで答えを急ぐ必要はねぇ。ここは黙ってあいつの踊りでも見てろよ。なんか妙にムカつく踊りだけどよぉ」


 珍しく九十九と意見が一致する司馬。どうやら、藤木のダンスには人を不快にさせる要素が含まれているらしい。某RPGの中であれば、確実にMPを持って行かれるやつなのであろう。それはそうと――九十九は一体何の確認をしたのであろうか。


「黙って踊りを見ていろって……でも、シンキングタイムが終わったら解答しなきゃいけないんですよね?」


 通路を挟んで隣にいるアカリの声だからこそ、辛うじて九十九の耳に届いたのかもしれない。いっそのことBGMを止めて欲しいのであるが、藤木は楽しげに踊りを続けている。そう――こちらのやりとりなど目に入っていないかのように。


「こういったテレビ番組のシンキングタイムなんて、長さもたかがしれている。番組進行の尺に合わせたシンキングタイムだけじゃ、どう考えたって答えなんて出せるわけがねぇんだよ。だからこそ、休憩を挟む。どうやら、現段階でも成立しているみたいだが、休憩を挟むってことは……」


 九十九の言葉をそこで奪ったのは、実に意外な人物。九十九の下段の席に座っていた眠たそうな女子高生、眠夢だった。


「事実上、私達で相談して答えを出すことを認めてるってことですよねぇ。こうして、シンキングタイム中におしゃべりをしても気に留めてないみたいだしぃ」


 目をこすりつつ、大きなあくびをした眠夢。しかしながら、その鋭い意見に司馬は背筋が冷たくなった。とぼけた様子に見えている彼女ではあるが、思っているよりも頭が切れるのかもしれない。


「その通り。おそらく、休憩時間中も、俺達がこうして互いに意見を交換することは認められているんだろう。もちろん、前面に押し出してはいないがな。それは、ルールからも察することができる」


 気に食わないやつであることは間違いないのであるが、しかし九十九は鋭い推測を展開させていく。


「クイズの答えによる俺達の扱い――。過半数以上の正解があった場合、賞金の1千万にくわえて、犯人が降板となる。過半数の正解がなかった場合、賞金は発生せず、また犯人を除く解答者の中からランダムで1人が降板となり、犯人は卒業となる。この降板と卒業との違いは良く分からねぇが、ルールの流れから察するに、過半数以上が正解した場合は解答者側にメリットが、過半数以上の正解がなかった場合は犯人側にメリットが生じるような仕様になっていると思われる。となると、解答者側の着地点は、過半数以上の正解――ということになる。解答者にとってもっともメリットのある着地点だ」


 九十九の言いたいことは、この時点である程度分かっていた。いいや、クイズの細かいルールを引っ張り出してきた時点で、おおむねの予測はできていた。きっと、司馬と考えていることはほとんど同じだ。


「よし、それじゃあ、みんなで力を合わせて頑張ろー」


 そこで話に加わったのは、カメラに対してはあくまでもアイドルらしく振舞う凛だった。カメラからは視線を外さず、しかし藤川のダンスのせいで、カメラの視界から自分が外れたタイミングを見計らって振り返ると、片手を挙げて笑顔を見せる。そして言葉を発すると、再び前を向いた。プロ根性というべきか、器用なことをするものだ。


「最初に言ったが、俺はお前達と手を組むつもりは一切ない。ただ、そこの女が言ったことは間違っていない。解答者にとってベストな着地点は正解者が過半数を越えることだ。しかし、個人戦でそれをやるとなると難しいだろう。だからこそ、表沙汰にはしていないが、お互いに意見の交換を行えるタイミングが意図的に用意されている。このクイズ番組は、個人戦のように見えて、実は犯人と解答者という図式を暗に組み立ててやがるんだ。だからお前らは俺の手駒になれ――。手を組むつもりはねぇが、利用くらいならしてやる」


 その物言いに対して、不愉快な気分になったのは1人だけではないだろう。九十九の言う通り、解答者にアドバンテージを生じさせるのであれば、解答者同士が手を組んだほうがいい。しかし、言い出しっぺの九十九は、誰とも手を組むつもりがないらしい。人のことを手駒だとか、利用するだとか言う人間に、誰がついて行くだろうか。


「そんなことを言う奴はこっちからお断りだね。それに九十九――お前が犯人じゃないとも限らない。もしお前が犯人で、その舵取りをお前に任せたら、お前の都合の良いように真実を捻じ曲げられしまうかもしれない」


 嫌悪感たっぷりに吐き出してやる。この九十九という人物は……きっと放っておくと面倒なタイプだ。性格もねじ曲がっているようだし、今後のことを考えると、主導権を握らせないほうがいい。


「はぁ? 俺が犯人? そんなわけねぇだろ。だって、俺は自分が犯人じゃねぇことを知ってるからな」


 司馬の言い方が気に入らなかったのか、九十九はややキツめの口調で言い返してくる。そんなやり取りが背後で起きているというのに、藤木はカメラに向かって踊り続けていた。この光景――カメラの向こう側にいる人から見たら、かなりシュールなのではないだろうか。


「ちょっと2人とも――落ち着いてください」


 司馬と九十九のやり取りを真隣で見ていたアカリ。通路を隔てているにもかかわらず、身を乗り出して仲裁に入ろうとしてくれる。しかし、売り言葉に買い言葉というやつで、司馬は九十九に言い返す。


「それを示せる証拠は? お前が犯人じゃないって証拠なんて、どこにもないだろう?」


 自分が犯人ではないと言うことは簡単だし、誰にだってできる。しかしながら、それを証明する手段なんて誰も持たない。けれども、九十九は「いや、あるぜぇ」と、気味の悪い笑みを浮かべる。


「あのぉ、この第1問に関してはぁ、私も自分が犯人じゃないって言い切れると思うんだけど」


 2人のやり取りに再び割って入ったきたのは眠夢だった。元より顔の作りがそうなっているのか、常に眠たそうな顔に見える彼女。九十九と眠夢は、自分が犯人ではないとする根拠があるようだ。


「ねぇ、どうして2人は犯人じゃないって言えるの?」


 カメラ目線の凛がそこに加わった。通路を挟んで隣に座るアカリも会話に加わりたそうにしているが、しかし距離があるためか、聞き耳を立てるに留めているようだった。


 ずっとBGMに合わせて踊っていた藤木であったが、とうとうブレイクダンスを始めてしまった。しかも上手い。腹が立つくらい、ブレイクダンスが上手い。

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