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『そこで黒井さんが「会わなければならない人がいる――」と切り出したのです。仕方なく、赤間さんは管理小屋で黒井さんを待つことにしました。けれども、結局9時になっても黒井さんは戻って来ず、赤間さんは1人で戻ることにしました。ちなみに、暇つぶしに赤間さんは売店の店員と世間話をしており、その場から一度たりとも離れませんでした。これも売店の店員からの証言と、監視カメラの映像で確認がとれています』


 赤間の自由時間での行動は、白川や青野とは違って実にシンプル。黒井と合流したのち、その辺りを散策。午後8時半に管理小屋へと立ち寄り、売店にて買い物をしている。その後、管理小屋へと残り、黒井が戻ってこなかったため、そのままコテージへと戻った。


「赤間に関してはアリバイが完璧だな。黒井と別れた後は、コテージに戻るまで管理小屋にいたみたいだし」


 状況的に考えれば、赤間のアリバイは完璧。しかしながら、絶対的なアリバイがあるかと問われれば、答えはノーとなるだろう。


「でも、管理小屋からコテージに戻るまでのアリバイはないでしょう?」


 職業病とでもいうべきか。とりあえず、何でも疑ってかかってしまうのは、刑事としての本能なのかもしれない。


「そんな重箱の隅を突くようなことを言わなくてもいいだろうが――」


「重箱の隅を突くのが刑事の仕事だと思いますけど?」


 出雲のぼやきに返してやると、小さく「相変わらず可愛げのないやつだなぁ」との反論が上がる。刑事たるもの、可愛げがなくて結構。重箱の隅を突くほど細かくなくては仕事にならないと思うのだが。まぁ、だからこそ出雲と小野寺は良いコンビなのかもしれない。


「とにかく、黒井を殺害したのは白川、青野、赤間のいずれかです。この3人――アリバイがありそうだけど、でも完璧じゃありません。このアリバイを崩さないことには話になりませんね」


 白川と青野はずっと一緒にいたものの、他のグループと飲んでいた際に、両者とも何度か席を立っている。ただし、その時間は長くてもせいぜい5分と短め。一方、赤間は黒井と午後8時半まで一緒におり、コテージに戻る直前まで管理小屋にいた。しかし、そこからコテージに帰るまでのアリバイはない。ただ――この時点の小野寺の推測では、ある程度の時間がなければ犯行は不可能であるという答えが出ていた。まだ情報が足りないだけなのかもしれないが、5分やそこらのアリバイがなくとも、その5分で犯行に及べたとは思えない。


『白川さん、青野さん、赤間さんの自由時間の行動は以上になります。黒井さんは午後8時半まで赤間さんと一緒にいましたが、その後の足取りは分かっていません。それでは続いて、黒井さんを含めて4人の趣味をご紹介します』


 小野寺のほうが先だったのか、それとも出雲のほうが先だったのか。ナレーターの突拍子のない言葉に、2人して「はぁ?」と間抜けな声を上げてしまった。これまでは事件に関する情報であったが、何の前触れもなく4人の趣味を紹介するとは――これいかに。それとも、何かしら事件と関係があるのだろうか。


『まずは白川さんと黒井さんの趣味をご紹介します。お2人の趣味は実に似通っております。まずはこちらの映像をどうぞ』


 ――画面が切り替わると、随分と画質の荒い映像が流れた。辺りは真っ暗であるが、ステージの上は照明でこれでもかと照らされており、その中央には黒いドレスを着た女性の姿があった。顔は黒の丸が被るように表示されているせいで分からない。その黒の丸には白地で【黒井さん】と書かれていた。観客席から撮影したのか、周囲からはザワザワとした雰囲気が漂ってくる。


 ステージ中央で踊るようにしながら、彼女が演奏していたのはヴァイオリンだった。右手に弓を持ち、それで弦を擦りつつ、左手を巧みに動かす演奏は、素人目に見ても圧巻だった。


『黒井さんは小学生の頃からヴァイオリンを始め、ずっと趣味にしていたようです。現在、ご覧いただいているのは、黒井さんが高校生の頃に開催された音楽発表会の映像です』


 趣味がヴァイオリンとは、なかなかに良い趣味をしていると思う。やろうと思って簡単に始められるものではないだろうから、きっと両親の協力もあったのであろう。


『続いて白川さんの趣味です』


 黒井と白川の趣味が似通っているということから察するに、白川の趣味も音楽に関係するものなのであろう。いきなり趣味の話が始まってしまったから呆気にとられているのだろう。出雲は口を半開きにして、ただ画面を眺めている。


 てっきり、黒井と同じように演奏している姿でも見られるのかと思ったが、実際に映ったのは静止画だった。しかも、壁に吊るされているアコースティックギターを正面から撮影したものである。あまり楽器のことに詳しくない小野寺は、小さく溜め息を漏らした。全体的に茶色いのは、きっと木を素材としているのだろう。そのボディの真ん中にはぽっかりと穴が空いており、左から少しずつ太くなる弦の数は6本だ。この弦の数が4本だとベースと呼ばれる楽器になる――というのを聞いたことがあるような気がする。もっとも、その解釈が正しいかどうかは分からないが。


『こちらは白川さんの私物のギターです。白川さんは高校の頃からギターを始め、今でも暇を見つけては街頭に出てストリートライブをやっています。映像がないのは非常に残念ですが、きっと素晴らしい歌声を響かせていたのでしょう』


 黒井はヴァイオリンを、そして白川はギターを趣味としていた――こんな情報が一体何の役に立つのだろうか。まるで小野寺の心情を具現化するかのごとく、出雲が口を開いた。


「なぁ、これと事件――何か関係があると思うか?」


 黒井が殺害された事件と4人の趣味。これが全く無関係の情報だとすれば、クイズ番組で出されるクイズとしては失格である。必要とする情報量を制限することには関しては問題ないが、全く無関係の情報を付け加えるのはどうかと思う。


「現状ではなんとも言えませんね。あまりにも唐突ですし、関係性があるとは思えませんけど」


 問題の一部として、再現映像に組み込まれているのであれば、何かしら事件に関係している情報である可能性が高い。ただ、何がどう関係しているのかビジョンが見えてこない。


『続いて赤間さんの趣味は――草野球です』


 これもまた静止画のようであるが、顔を隠すように赤い丸が被さり、その上に白地で【赤間さん】と書かれたユニフォーム姿の人物が映っていた。左手にグローブをはめ、右手に球を持っている姿はサマになっている。


『赤間さんは小学生の頃から少年野球を始め、中学、高校とずっと野球を続けてきました。現在も草野球のチームに所属し、ちょこちょこ練習に顔を出していたようです』


 黒井や白川は割りかしインドアな趣味。それに相反するかのごとく、赤間はスポーツとアウトドアな印象である。黒井と白川が似たり寄ったりの趣味なのだから、もしかすると赤間と青野もまた、似たり寄ったりの趣味を持っているのかもしれない。そんな、特に根拠のないことを考えながら映像を眺めていると、自分の勘が妙に冴えていることに驚く。


『最後に青野さん。青野さんの趣味はバレーボールです』


 特に決まりはないのだろうが、今度は静止画ではなく、どこかの体育館での試合風景のようなものが映像として流れる。そのほとんどの人の顔にモザイクがかかっているなか、これまでと同様に顔に被さるように青丸が表示され、その中に白地で【青野さん】と書かれた人物の姿があった。随分と背が高く、アタッカーなのであろう。高々と飛び上がると、右手を大きく振り下ろしてアタックを決めた。

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