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 白川と黒井、青野と赤間。この双方は交際状態にあるカップル同士だった。それならば、自由行動の際にバラバラに動くのは違和感がある。ましてや、白川は相手の黒井とではなく、赤間の相手である青野と合流している。これが示しているのはすなわち――。


「浮気ってやつか? 実は白川と青野がいつのまにかできていたってパターンだな」


 小野寺が答えを言う前に、ぽつりと答えを漏らしてしまう出雲。小野寺は咳払いをすると、それに付け足した。


「補足するのであれば、黒井と赤間も同様の関係にあったと考えるのが自然ですね。少なくとも、ここまでの情報から察するに、それぞれのカップル仲が冷め切っていたことが伺えます。例えば、どちらか一方が、それぞれの恋人に内緒で交際していたとすると、いくら自由行動の時間だとしても、同じキャンプ場内で合流するのはリスクが高すぎる。むしろ、こういう時こそ、疑われぬように、それぞれの相手と過ごすのではないでしょうか?」


 白川と青野が合流する。この事実、もし黒井と赤間が何も知らない状態であるのならば、かなりリスキーなことである。下手をすれば、2人で一緒にいるところを、黒井か赤間に目撃されてしまうかもしらない。そこから互いの浮気がばれてしまったら身もふたもないだろう。しかしながら、白川と青野は、自由行動で合流することになった。堂々とこんなことができるのは――それぞれのカップル仲が冷え切っていたか、双方ともに浮気をしており、それが定着しつつあったかのいずれである可能性が高い。


「確かになぁ。ってことは、そういうことをしても問題ないくらいには、互いのカップル仲は崩壊寸前だったってことか」


 自由行動なのにバラバラに行動する。恋人ではない相手と合流をする。白川と青野の行動から推測しただけなのであるが、可能性としては充分にあり得ると思う。


「あくまでも可能性ですけどね」


 ただ、それが決定的な論拠となるわけではない。推測は推測にすぎないというやつだ。


「となると、黒井が殺された理由は――痴情のもつれってやつなのかもなぁ」


 出雲こと、小野寺が【ケンさん】と呼んでいる男は、俗に言う叩き上げの刑事だ。情報は足で稼ぎ、犯人もほとんど執念のようなもので逮捕する。こう言ってしまうと出雲には失礼なのであるが、いまだに根性論が根深く残っているような、やや古いタイプの刑事だ。時代が進むにつれて、警察の仕事も効率化されてきたが、それに馴染めないタイプというべきか。少なくとも、小野寺が知っている限り、頭を使うよりも体を使い、根性論で事件を解決する刑事――それが出雲という男だった。


 出雲の推測は、可能性としてはあり得ることであろう。ただ、まだ全ての情報が揃ったわけでもないため、小野寺はとりあえず曖昧に頷くにとどめた。


 2人がやり取りしている間も、白川の自由時間での行動が詳細にされる。青野と合流した白川は、その日キャンプにやってきていた別のグループと一緒に、酒を飲んでいたそうだ。キャンプというのは不思議というか、おそらく酒が入っているのが大きな要因となるのだろうが、見ず知らずの赤の他人のグループと、平気で酒を飲み交わすなんてことはざらにある。どうやら、自由時間が終わるギリギリまで、白川と青野はこのグループのところにいたらしい。たまたまであるが、そのグループがカメラを回していたらしく、グループの証言だけではなく、そのカメラの映像からも、白川と青野が戻る直前まで、グループと一緒にいたことが証明されている。ただ、酒が入っていたせいもあり、白川が2回ほど、そして青野が3回ほど席を外している。離れた時間は1回辺り長くても5分くらいだった。


「白川は自由時間開始直後に青野と合流。それから自分達のコテージに戻る直前までは、他のグループと酒を飲んでいた。ということは――白川と青野には自由時間のアリバイがあるってことになるな。いや、被害者を渓谷に突き落とすだけなら、途中で席を立った5分でも可能か」


 今は自由行動でそれぞれが何をしていたのかを知りたい。いや、知っておくべき情報はそれであろう。すっかり、刑事としてのスイッチが入ってしまった小野寺は、テレビに集中するために一度は出雲の言葉を聞き流した。しかし、白川に続いて自由時間の詳細が明かされたのは青野であったため、小さく溜め息を漏らしながら口を開いた。青野の自由時間の詳細は、白川の自由時間である程度分かっている。わざわざテレビにかじりついている必要はなく、むしろテレビからの情報は聞き流す程度でいい。


「――そもそも、どうしてケンさんは、被害者が渓谷に突き落とされたと思っているんですか?」


 当たり前のことすぎて申しわけないのだが、あえて出雲へと問いを投げかける。


「そりゃ、お前……遺体が見つかったのは渓谷を流れる河川の中――橋のたもとなわけだし、切り立った崖に囲まれているせいで、キャンプ場から渓谷の下に降りるのも難しいんだろ? だったら、被害者は上から突き落とされたと考えるのが自然だろ?」


 出雲の言い分に間違いはない。間違いはないのだが、そう考えると明らかに矛盾する点が出てきてしまうのだ。


「そう考えるのが当然なんですけど、どうやらこの事件――そこまで簡単そうじゃないんですよ」


 問題として提示された事件――普通に考えるのであれば、被害者は上から突き落とされたという単純なものであるはずだ。なぜなら、渓谷の高さはおおよそビル8階分であり、また切り立った崖に囲まれているがゆえに、人の足で降りられるような状況ではないからだ。しかし、被害者が上から突き落とされたのだとすると、決定的な矛盾が生じる。


「簡単じゃない? 小野寺、何を根拠にそんなことを言っているんだ?」


 本当ならば出雲の問いに答えてやるべきなのであろうが、タイミング悪く青野の自由行動の説明が終わってしまった。白川と行動を共にしていた青野に関しては、やはりわざわざ詳細を知るまでもなかった。自由行動開始数分後に白川と合流し、別のグループと飲んでいたようだ。やはり聞き流す程度で充分だったらしい。もっとも、これで白川と情報の相違があっても困るのだが。


「ちょっとは自分で考えてみて下さいよ。落ちついて考えれば、明らかに現場に矛盾が生じているのが分かりますから。それよりもほら、次は赤間の自由時間の詳細ですよ」


 出雲はベテランの刑事であり、本人のやる気次第ではあるが、頭もそこそこ回る。しかしながら、宝の持ち腐れというやつであり、自分で考えれば分かるようなことも、とりあえず小野寺に振ってくる傾向にある。それが悪いとは言わないが、少しは自分で考えたほうがいい。ボケ防止だから――なんて言ったら、きっとゲンコツが飛んでくるのだろうが。


『赤間さんは自由時間が始まってすぐに黒井さんと合流しました』


 出雲が「もうこれ、痴情のもつれどころの話じゃねぇだろ。ここまでやるなら、いっそ別れて相手を交換すりゃいいじゃねぇか」と呟く。白川と青野がそうだったように、赤間と黒井も自由時間は一緒にいたようだ。ここまでカップルとしての関係が崩壊しているのに、なぜに4人は元の鞘のままでいたのであろうか。出雲の言う通り、さっさと別れてパートナーを交換したほうが手っ取り早い。


『赤間さんと黒井さんはキャンプ場内を散策したようです。途中、キャンプ場の管理小屋に立ち寄り、売店で飲み物を購入していたことが、店員の証言と、管理小屋の中に設置されていた監視カメラで確認されています。2人が管理小屋に立ち寄ったのが午後8時半のことです』


 白川と青野は、合流したのちに別のグループと酒を飲んでいたわけだが、赤間と黒井も例外なく2人で合流しており、キャンプ場を散策していたようだ。赤間と黒井が管理小屋に立ち寄ったのが午後8時半。この時点で黒井は無事だったことになる。

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