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『結局、朝になるまで黒井さんは戻ってきませんでした。お酒も入っていることもあり、楽観的に考えていた白川さん達ですが、いよいよおかしいということになり、キャンプ場の中を探すことにしました。けれども、広大なキャンプ場に対して、できることなんて限られています。黒井さんは見つからず、白川さん達はキャンプ場を管理する会社を通じて警察へと通報しました』


 4人でキャンプへとやってきたのに、そのうちの1人の行方が分からなくなった。当たり前であるが、これは由々しき事態である。まぁ、子どもではないのだろうから、いい歳して迷子――ということにはならないとは思うが。


『警察による捜索が始まりました。途中から地元の消防団が加わり、その規模も大きくなりましたが、黒井さんは見つかりませんでした。白川さん、青野さん、赤間さんも捜索に加わっていましたが、しかし白川さん達にも生活というものがあります。警察にも促され、一旦帰宅することにしました。非常事態ではありますが、3人にだって生活があります。ここは警察にお任せし、週末になったら改めて捜索に加わるという段取りをして、それぞれが帰ることにしました。なんだかんだで人って薄情なものですね。所詮は赤の他人ということなのでしょうか』


 最後の最後に、ナレーターの所感のようなものが加わるのはなんなのだろうか。確かに薄情なのかもしれないが、そのような現場において素人がいたところで役に立たないのも事実だ。ずっと現場に駐留するわけにもいかないだろうし、警察に捜索を任せるのは悪いことでもなんでもない。


『白川さん達は、現場に2台の車で来ていました。白川さんの所有するオフロード車と、青野さんが所有する軽自動車。黒井さんは白川さんの車に乗り、赤間さんは青野さんの車へと乗って、現場となったキャンプ場までやってきていました。よって、帰りも赤間さんは青野さんの車へと乗り、そして白川さんは自身の車へと乗って、それぞれが家路へとつきました』


 駐車場で互いに手を振り、それぞれの車へと乗り込むカラータイツ達。どうにも、その光景がふざけているように見えてしまうのは、仕方のないことなのか。画面はそこで暗転する。画面には【――3日後】と白い文字が浮かび上がった。


『黒井さんの遺体が発見されたのは、それから3日後のことです。発見された場所は、白川さん達が宿泊していたコテージの近くにあった渓谷の河川の中。たまたま橋のたもとが浅瀬になっており、川の中でうつ伏せになって倒れているところを、渓谷のほうへと捜索の幅を広げた消防が発見したのでした』


 映像を眺めながら小野寺は考える。そう、さながらクイズ番組を観ている時と同じように。案外、解答席に座っている人達より、視聴者のほうが先に答えにたどり着くなんてざらにある話だ。わざわざ自分達を軟禁までして、クイズ番組を見せている何者かの思い通りのような気がして面白くはないが――。


 捜索が始まってから、黒井の遺体が発見されたのは3日後。渓谷といえばコテージのすぐそばにあっただろうし、どうして遺体の発見に時間がかかったのであろうか。まるで小野寺の心を見透かしたかのごとくらナレーションが入る。


『遺体が発見された渓谷は、かなり深い渓谷となっていました。コテージそばの橋から水面までの距離は、おおよそ30メートル。これは8階建のビルに相当します。渓谷ですから切り立った崖に囲まれており、到底、人が下に降りることができるような環境ではありませんでした。また、渓谷を覆うかのように竹林が広がっており、河川そのものが上からは見えにくくなっていたのも、発見が遅れた要因となったと思われます』


 情報が徐々に出揃ってくる。自分の足で稼いでいる実感はわかないが、曲がりなりにも小野寺だって刑事の端くれだ。自然とスイッチが刑事である自分に切り替わっていた。何者かに軟禁されている環境であるにもかかわらずだ。


 ――ナレーションを噛み砕いて考えると、キャンプ場の地面から河川の水面までの距離はおおよそビル8階建分。随分と深い渓谷ということになる。竹林に覆われているせいで、水面の確認ができず、また切り立った崖に囲まれているため、崖を降りて河川へと向かうことは、まず普通に考えて不可能。だからこそ、捜索をする際に後回しにされてしまったのであろう。大方、竹林の一部を伐採し、ヘリからの降下か何かで水面まで降りたのであろう。そうでなければ、ビル8階建分の深さがある渓谷を降りることはできない。


『黒井さんの死因は溺死。それ以外に目立った外傷はありませんでした。また、検死の結果、黒井さんの肺の中に残っていた水の成分が、渓谷を流れる渓流のものであると判明しました。なお、水の中にいた時間が長かったせいか、死亡推定時刻を特定することはできませんでした。これらを受け、警察は事故と事件の両方の可能性があるとして捜査を始めました。結果――黒井さんの自宅にあったパソコンから遺書らしきものを発見します』


 主要の人物をタイツとしたのはまだ分かる。しかしながら、捜索をする消防隊員や、被害者の部屋らしき場所を調べる警察官らしき人物まで、全身タイツなのはどうかと思う。しかも、黒のタイツで統一しているものだから、黒井とまるで区別がつかない。まぁ、再現映像の中で黒井は死んでしまっているわけだが、なんというか節操がない。


『これらのことを参考に、警察は――橋の上から渓谷に飛び込んでの自殺であると断定しました。しかし、実際のところ黒井さんを殺害した犯人は白川さん、青野さん、赤間さんの3人のうちのいずれかです。ここからは、もう少し周辺の情報を交えて進めて参りましょう』


 警察は自殺と断定――いやいや、これまでの情報だけでも、被害者が自殺であることは否定されているではないか。少なくとも、橋の上から渓谷に飛び込んだことは否定されるはず。もし、これが本当に起きた事件であれば、かなり捜査が杜撰ずさんだったということになる。


 出雲は黙ったまま画面を眺め続けている。彼の意見を聞きたいような気もしたが、しかし再現映像は待ってくれない。ブラックアウトをした画面に改めて映ったのは、白い全身タイツ――白川だった。


『それぞれがバラバラに行動を始めたのは午後8時頃。そして、戻ってきたのが9時頃となります。その1時間――黒井さんの分も含め、判明している限りで何をしていたのかをご説明します』


 午後8時から午後9時までの間、4人は別行動をとっていたと思われる。そして、黒井は9時になっても戻ってこなかった。つまり、もし何者かの手によって黒井が殺害されたのであれば、午後8時から午後9時の間ということになる。この時間帯のそれぞれの動きが分かれば、何か手がかりを掴めるかもしれない。


『まず、白川さんの行動です。自由行動が始まって数分もしないうちに――実は青野さんと合流していました』


 そのナレーションに、出雲は「ん?」と声を上げる。一方、小野寺は小さく溜め息を漏らした。そもそも、この午後8時から午後9時の自由行動に違和感を抱いていたのだが、なるほど――そういうことか。


「おい、小野寺。俺の記憶が正しければ、白川は黒井と交際していたはず。それなのに、どうして青野と合流しなきゃならんのだ?」


 出雲の言う通り、黒井と白川、青野と赤間でカップルとなっていたはず。しかしながら、自由時間で白川が一緒にいたのは黒井ではなく青野だった。溜め息混じりで小野寺は口を開く。


「――そもそも、自由時間でそれぞれバラバラになること自体がおかしいと思ったんです。普通、そういう時こそ、カップル同士で動くものでしょう? それなのに、それぞれがバラバラに動いていた。これらの情報から、ある可能性が浮かび上がります。しかも、白川と青野が一緒に行動していたことが分かった時点で、その可能性はかなり信憑性の高いものになると思います」

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